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昭和48年に建立の現本堂平成6年に建立の蒲田不動尊
昭和三十年に建立の木造本堂
御本尊の阿弥陀三尊不動明王お不動様は2.7mの坐像。お賽銭を入れると法話をします
昭和63年に建立の楼門と鐘楼道塚銭洗い弁財天
歴代住職の墓地いぼ地蔵供えた小石で擦っていぼが取れたら、いぼ地蔵に豆腐をお供えしてください
永代供養墓庭園
庭園を眺めながら、庫裏で60名まで会食できます

 

大楽寺の紹介

 大楽寺の開基は寛仁三年(一〇一九)と伝えられていますが、定かではありません。しかし、境内から出土した石碑により、少なくとも平安末期には寺があったことが分かっています。この頃は極楽寺と呼ばれ寺運勢大、七堂伽藍の整った壮麗な道場であり、現在地より二〇〇メートルほど南まで境内があったことや、戦国時代のころには小田原北条氏の軍勢が闇夜に新田氏を追って寺に火を放ったことが伝えられています。江戸時代には徳川二代将軍秀忠が、自分の子供である三代将軍家光の健康を祈って経文一巻と朱印を奉納し、それと同時に使用を認めた葵の紋が現在でも随所にご覧いただけます。

  その後、昭和二十年の大空襲では本堂・書院・山門・庫裏等が焼失、昭和三十年に木造本堂が建立され、更に昭和四十八年に現本堂が再建、昭和六十三年には楼門ならびに鐘楼が、平成六年には蒲田不動尊が大楽寺境内に建立されました。

 本堂の御本尊は阿弥陀三尊(玉川八十八ヵ所霊場六十七番札所)で四方に四天王。不動堂のお不動様は二七〇センチの坐像で、五大明王の中心として安置されています。さらに薬師如来(室町時代)・阿弥陀如来(平安時代)・千手観音(東海観音三十三ヶ所霊場十二番札所)・十二支守り本尊・聖天像・道塚銭洗い弁才天(八臂弁財天・琵琶弁天)・修行大師銅像・いぼ地蔵・延命子育地蔵・法界萬霊供養塔・第二次世界大戦々歿者尊霊供養塔・第二次世界大戦道塚殉難者尊霊供養塔・大般若経六百巻などがあります。

 近年は元旦護摩・節分・両彼岸・施餓鬼・棚経・除夜の鐘のほかに、お不動様の縁日(毎月二十八日)には護摩・詠歌・写経を行っています。特に両彼岸と施餓鬼は屋台の出店もあり、日本ボーイスカウト東京連盟大田第十一団の協力のもと、檀信徒がたくさん集う「大きく楽しい寺」として賑わっています。


大楽寺