一
海の見えるいい場所だった。
初めて来た場所ながら、ユーノは落ち着いた気分でいられた。
「おい。なに止まってんだよ」
「うるさいなぁ。いいじゃんか別に」
「さみーんだよこっちは! 早く中入れって!」
頬が冷える潮風に、ヴィータは二の腕を擦り、ユーノの尻を蹴った。
建物の中に入ったユーノは応接室に通された。
革張りの椅子に座っていると、ヴィータがいろいろ書類を出してきて、それをばーっと机の上に広げてきた。
ユーノは眉間にシワを作りながら、出された書類を眺めた。
「どーだよ」
「どーだよって、まだ見てるんだけど」
「んなの後でいいんだよ、後で。アタシが聞きてーのはOKかそうじゃねーかってことだって。だいたいの話はしてあんだろ」
「だからそのための詳しい話をしてって言って……」
「ウダウダすんなよ。どーせ仕事ねーくせに。無職のくせに」
「無職じゃない。ちゃんと仕事はあります。食べていけてます」
「うっせバーカバーカ! おめーぶらぶらしてるから誘ってやってんだぞ!」
「誘いはいっぱいあるねー。バーカ」
「はんッ! バカって言った方がバカなんだぞバーカ!」
「ヴィータのほうが言ってるじゃないか」
机を挟んで、二人は程度の低い罵り合いを始めた。
ヴィータの話とは、はやてが指揮する新設部隊への誘い話だった。
なんでもつい一月前ほどに認められたらしいのだが、ヴィータ達だけでは今まで通りすぎるので、成果を出すためにも人員を増やす予定だと言う。
それに誘われたユーノだったから、ヴィータが頭を下げてお茶の一つでも出してくれるのだろうと期待していただけに、こういつものように悪態をつかれると、なんだか面白くなかった。
「とにかくだなぁ、うちは一人でもいいから人が欲しいんだっつーの。アタシは反対だけど、はやてがどうしてもおめーを入れたいって言うから」
「他の人は?」
「シグナムとかも賛成してる」
「じゃあ反対してるのはヴィータだけなんだ。ふーん、なるほど。じゃあヴィータが頭を下げて、お願いしますって言ってくれたらいい方向で考えるけど」
「な、なんだそれ! ……ぬぐぐぐ。ア、アタシはおめーなんかいなくてもいーんだよ! だ、だけどな、新人のキョーイクとか、そういうのに誰かが必要なんだっつーの」
「新人? 誰?」
「今呼ぶ」
ヴィータが外に出た。
しばらくして、朱色の毛の女が入ってきた。ヴィータは一緒じゃなかった。
女は鋭い目つきと引き締まった頬を顔に作って、今にでもユーノを殺さんとする勢いで睨んでいた。
ユーノは少し身構えた。そこへ女が敬礼をし、口を開けた。
「じ、自分はッ! ティ、ティア、ティアナ、ランス……、ランスター! です!」
「は、はぁ」
「歳、は、歳は十七! ランクは陸戦C! しゅ、趣味はリボン集めです!」
「あ、ど、どうも。僕はユーノ・スクラ……」
「聞いてますっ! な、なんでも管理局のエースを見つけ、ご自分で育てたことのあるお方、だ、だ、だ、だとか!」
「まぁ……、その……。そんな感じだけど」
ユーノは頭を掻いて、局における自分の評価が、一体どんな具合なのかと気にした。
挨拶の終えたティアナは深々と頭を下げ、ぎこちない足取りで帰っていった。
最初に見た恐ろしい形相は、緊張していただけなのだろうか。
変な新人を入れたもんだ。
ティアナを他人事のように処理したユーノに、今度はシグナムとシャマルがやって来た。シャマルは制服に白衣を羽織っていて、他の人とは違う雰囲気だった。
しかしにこにこしているシャマルに対し、シグナムの顔はいたって険しく、足を組んで、ユーノを見下ろすように眺めていた。
「こんにちわ、ユーノ君」
「お久しぶりです、シャマルさん。あとシグナムさんも」
「単刀直入に言おう」
挨拶もせず、シグナムはまず最初にそんな脅し文句をつけた。
「この話、ユーノのほうから断って欲しい」
「え」
「私はそう思う」
「でも、ヴィータの話じゃシグナムさんは賛成してるって」
「それは主はやての前での話だ。しかし実際はそう単純な話ではない」
「シグナム。そこ、ちゃんと説明してあげないと」
シャマルに催促され、シグナムは不愉快そうに上着の裾ポケットに手を入た。傍から見て行儀の悪い態度だった。
「ユーノ。お前はこの機動六課の評判が今どんなものか知っているか」
「さぁ」
「仲良し隊だ」
「仲良し隊?」
「つまりコネで出来た隊ということだ。そんなだから、新人もあれぐらいしか取れなかった」
「でもコネだけじゃ新設の隊なんてできないでしょ」
「コネだ」
「それにこの寮だって普通……」
「それもコネだ」
「じゃ、じゃあそんなにコネが強いなら、人なんかもっと取れるはずじゃ」
「それは他のもっと強いコネに取られた」
シグナムの諦めきった説明は、ことごとくユーノを打ち負かした。ユーノは次第にバカらしくなって、尋ねることをやめた。
「が、成果まではコネだけでできやしない。我々の問題は仮設期間一年の間に、なにか成果を残すことだ。主はやてはそれに焦っている。焦って、成果の残しやすい優秀な人材を探している。しかし人材集めはなにも我々だけではない、他の部署もやっきになっている問題だ。こうなると、もう安いコネでどうにかなるものではない。特に主はやては上手くないのだ、そういう関係が対立する問題に。本人の前では口が裂けても言えぬがな」
「はぁ」
「そこで新人集めと新人教育にお前を選んだわけなのだが」
「僕ですか?」
「お前は“超エース。エースオブエースを育てた逸材の教育者”だろう」
「な、なんですかそれは」
「そう言ったほうが人が来易いだろう。売れこみは抽象的かつ、感覚に訴えるものであるべきだ」
「つまりそれって、嘘を言って人を集めようとしてるってことですか?」
ユーノのひっくるめた言い方に、さすがのシグナムを口を噤んだ。
しかしそれは「そうだ」と素直に認めているようなものだった。
「なにも丸っきり嘘というわけでもないだろう。新人は自分の成長と成果を求める。だからこそ自分が伸びる場所を探すのだ。将来もなにもない場所に、わざわざ新人が集まるわけもないだろう。集まるとしたら、それは向上心もなにもない使えんやつということだ」
そういえばさっき、ティアナという新人も似たようなことを言っていた。
淡々と暴露される裏事情に、ユーノは憤りを感じることを通り過ぎ、逆に上手く考えるもんだと感心した。
「もちろんそんな広告塔だけにお前を使うわけではない。我々が使うデバイスは特別だから、メンテナンスのできる人材も必要というわけだ」
「それぐらいでしたら。でもそれなのに、どうして断って欲しいって言うんですか」
「元々お前を欲しがっていたのは本局だ。つまり本局がずっと欲しかった人材を、コネで横から取るということになる。それはでこの六課に向けられる目は痛くなるばっかりだろう。そこなのだ、私が嫌なのは」
厳しく言い切り、シグナムはどこか満足げだった。
「まぁまぁ、なにも会ってすぐそんな難しい話しないで。ユーノ君もまだまだ考えてる最中なんだから」
重い空気を察したシャマルは、一旦シグナムからユーノを離そうと、一人で施設の中を案内することにした。
施設の中を回ると、ユーノは隊員達の若さに驚き、そうして自分にかかる期待の目に苦しんだ。
どうやら下駄を履いたユーノの評判は、すでに広まっているらしい。
そうだとすれば、なんだか断りづらい状況である。ユーノはいくらコネとはいえ、はやてもなかなか上手いことやるもんだと、また感心した。
施設の中は、なかなか充実したものだった。食堂や風呂といった必要なものはもちろん、隊員個別の部屋や、娯楽施設まであった。
なんでも少し前まで臨時的な施設として使っていたらしいのだが、実際はサークル合宿や宴会使用ばかりで、税金をそんなものに、しかもこんな立地のいい場所に使うとは何事だとテレビ局や市民にどやされ、その対策的な意味ではやてに宛がわれたらしい。
事情を知り、なんだやっぱりはやてのコネだけが、この隊と施設をもらえた理由ではないのかとユーノは納得した。ついでにミッドも日本も、根本的な思考や政治体制は同じなんだなとも思った。
そうして最後にシャマルに案内されたのは、ただの個室だった。
個室は誰も使っている様子がなく、ベッドと机ぐらいしかなかった。ユーノはまさかと思い、シャマルに尋ねた。
「もちろんユーノ君の部屋ですよ」
シャマルはしれっとした顔で答えた。
「シャマルさん。僕、泊まり込む気は。だから本局も断ってるわけで」
「別に部屋は余ってますから。それに使いたい時だけ使えばいいんです」
「はぁ」
「私が思うに、ユーノ君は正式なメンバーじゃなくていいと思うんです。外部の人に仕事をお願いするような形なら、こちらの決まりや面倒なことに巻き込まれなくて済みますし」
「非常勤ということですか」
「はい。それにシグナムだってあぁ言ってましたけど、なんだかんだでユーノ君には来てほしいんですよ? こういう利権や立場が絡んだ人間関係に慣れてなくて、強がってるようで内心はかなり困ってるんです。だからユーノ君が助けてくれるのなら、シグナムだって喜びますってー。で、ユーノ君はどうですか」
「僕はかまいませんけど。でもそれ、非常勤って本当にシャマルさんの提案で?」
「元の提案者ははやてちゃんです」
またはやて案。
どうやら自分の知らないうちに、はやては局での立ち回り方を覚えたらしい。自分はいつまでもなじめず、逃げてばっかりだというのに。
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