八
食堂でもしゃもしゃと口を動かす八神はやては、昼食に付き合ってくれたシャマルを前にして、こう、ぼそりと呟いた。
「……土とか、食うてみようかな」
「……」
「……」
「な、なにを言うんですかはやてちゃん! 日本が恋しくなって、頭にうんちか何か湧いちゃったんですか!」
「ちゃうんやシャマル。六課にはなにかインパクトがあらへんなぁって思うて」
「はぁ。……いや、だからってこんなところで土をむしゃむしゃ食べても誰も気づきませんよ! 私一人だけびっくりしますけど。っていうか引いちゃいますけど」
「うぅん……。なんで六課は地味なんやろな、こんなんやと歴史の教科書に載らへんやんか。こう都合良く、あと数時間ぐらいしたら巨大な敵組織とか現れへんかな……」
「そんな無茶な。だいたい巨大な組織だったら、六課じゃ手に負えませんよ」
「せやなぁ……。そないおっきい組織がうちらを相手にしてくれるとは思えへんし……」
「ならあれはどうです。先週電話があったあれですよ」
「えー。私はあんまなぁ、あれって」
「まぁまぁ。ちょっとお耳を」
――隊長室に呼び出されたユーノは、ねっとりした汗を掻いていた。
目の前には、にこにこしたはやてとシャマルがいる。
これは根の捻じ曲がった悪意の笑顔だ。
長い経験から、ユーノは理屈のない危機を察していた。
「仮設部隊の六課は、ただ任務をこなしとるだけやとあかん。成果も重要やけど、それをしたという認知、評価、評判も大切や。そこで今日の午後、うちらはマスメディアの取材を受けるよーにした。それで六課がなにをして、六課がどう地域社会に貢献しているかをアピールするんや」
「それはわかるけど。でも僕まで取材を受けるだなんて。僕なにも喋れないよ」
「話なんて。なにをするか、もうノートに作戦びっちりや」
「ノートに? じゃあちょっと見せて」
「例えばこれ。まず挨拶した時の、ユーノ君のいじらしい上目遣い」
「え、えっ!? なんで上目遣いなんか!? しかもいじらしく!」
「そしてこれが、取材者を落とすまでもう一押しという時の、ユーノ君の豊満な胸寄せ」
「どうして僕が取材中に胸を寄せなきゃいけないのさ! だいたい胸なんてないでしょ!」
「頑張って寄せればこのぐらいあるやろ」
「ないない! そういうのは女性にやってもらってよ!」
「あかん。ユーノ君あかん。えぇか、六課設立時からメンバーは大して変わっとらへんから、今更新しい女の人は出せへん。おまけに、向こうは噂の天才指導官を気にして、取材をしたいんや。そこはほら、ユーノ君メインでないとあかんやろ」
「だ、だからって、僕が女のふりをしたってすぐバレるんじゃ……」
「バレるって。ははは、なに言うてん。ユーノ君」
「そうですよねぇ、はやてちゃん」
はやてとシャマルは笑った。
今の発言は二人にとって、相撲取りが太ってないッスと言うぐらいの意味合いでしかなかった。
「まぁまぁ。えぇやないの。これで新しい男子隊員が入って……、コ、コホン。優しい教官の下で実力つけたいいう子が来てくれれば」
それははやての本心が少し垣間見れた言葉だった。
思えば六課は不運続きだった。不運部隊と言ってもいい。
なにをやっても空回りばかりだった。
どうせこのまま続けても大したことはできないだろう。
ならばいっそ、せめて有意義に過ごしておきたい。
置き去りにして来た、甘酸っぱい青春を取り戻すように。
十代を仕事に費やした後悔を、今その仕事で取り戻そうとしている必死がそこにあった。
――翌日。
結局ユーノは多勢に無勢で、用意させられた女性職員の服を着せられた。
きっちしていない撫で肩に、白く細い長足がスカートの下から覗いている。
「たまらんな」
シグナムが率直な感想を漏らした。
シグナムの鼻からは、赤い血がだらりと垂れていた。
「やっぱり似合いますよ、ユーノ君」
「せやせや。もー、嫌がるわりにはきっちりおうてまうんやからー」
もちろん元々こういうのが好きなはやてとシャマルも大喜びだった。
「ね、ねぇ。ところで取材に来る女神雑誌ってどういう雑誌なの?」
「管理局お抱えのメディアや」
「お抱え?」
「縁が深い言うか、癒着って言うか。元々は軍事系の雑誌なんやけどな、基本的に管理局よいしょいうか。例えばアニメー銃っていう軍雑誌あるやろ、あれは管理局がスポンサーやなくて、ソレスタルなんたらっちゅーのがスポンサーやから、うちらは取り上げられるものの、ほとんどかやの外やったり」
「ピンナップも女神雑誌は管理局だけですよね」
「ピンナップ?」
「なんや、知らへんの? これから自分がそれになるっちゅーのに」
「え、えぇええーーーーっ!? いや、聞いてないよ!」
今明かされる真実。
もちろん言ったら言ったで逃げられるのはわかっているから、あえて言わなかったはやてが全面的に悪かった。
ピンナップはいわば雑誌の目玉だ。
局は広報の協力を望み、出版社は売り上げ部数が伸びることを望み、読者は軍事情報だけでなく、ちょっとしたお楽しみも望む。それぞれがwin―winの関係になるには、ピンナップは欠かせない要素だった。
それに噂の天才指導官をぶつけようというのだから、部数を出したい出版社と、注目して欲しい六課にとっては万々歳の展開だ。
「ぼ、僕、あの、やっぱりちょっと用事を思い出して……」
しかしそんな思惑に利用されるわけにはいかない。
だだでさえ利用されてばかりなのだから、なおのことユーノは嫌がった。
「はやてちゃん。記者の人来ましたですよ」
「ではいこう」
そこへリインがひょっこりとやってきた。
そうして人の気持ちを察せないシグナムがユーノの腕を掴むと、ユーノは記者の待っている部屋へと連れて行かれた。
――取材は思ったより普通だった。
今までの経歴、今やっていること、六課についてなど、ごく普通の問いしかなかった。
しかし思ったよりも辛かったのは、いくどとなくたかれるカメラの音だった。
話の間にパシャパシャと音がし、その小さな音が、小さくなっているユーノの心をいじめてくる。
取材は三十分ほどで終わった。
解放されたユーノは、ぐったりした顔で自販機が並ぶ休憩所に逃げ込んだ。
長椅子に腰を下ろすと、スカートの足を広げ、背中を丸めて溜め息を吐いた。
結局どこへ行っても自分は利用される側なのだという自覚が、ユーノの気分をとことん失墜させていた。
誰も彼も失敗しなように生きている。
世の中の真理を知りつつ、その真理に上手く乗れない。
「どうした。それほど落ち込むことか」
「シグシグ。別にそんなんじゃ……。あ、いや、結構落ち込むことだよ、これ。こんな格好させられて」
「そうか」
「シグシグは取材慣れてる感じあったよね」
「もう慣れたものだ。どうせ同じ言葉を並べるなら、絵は爺さんよりも若い女と思っているのだろう。あいつらは器量が良ければなんでもいいらしい」
「自分で言う、それ」
「ふふん。ユノユノももし気に入られれば、また取材が来るかもしれないぞ」
「まさか。だって僕はもうこんな服着ないし」
「何を言う。ユノユノは六課の広告塔でもあるのだから、ずっとそのままだぞ」
「へ?」
「聞いてなかったのか、主はやてから」
「……いや、聞いてないよ」
今日二度目のびっくり発言に、ユーノはまた落ち込んだ。
昔はユーノ君、魔法教えて、リインはどうなったん? なんて可愛い笑顔を持ちながら寄って来たりしたのに、今では頭のいい部隊長になり、自分を上手く操っている。いや、よく考えれば、いいように使われてきたのは昔からかもしれない。
「僕、この仕事辞めようかな……」
「辞めてどうする。金が必要なのだろう」
「……う」
自分一人で気楽に過ごしていたころならともかく、今は養うべき相手がいる。辛いだの嫌だので辞めるわけにはいかない。
次の宛てもなく辞めるのは愚かだし、無限書庫に戻ればめったに家へ帰れない。
変な制服に目を閉じれば、ここは給料も待遇も良くて、ある程度わがままも効くいい場所だ。マイナスの箇所があるものの、プラスの面も多い。
第一、せっかく自分を頼りにしている部下がいるのに、そうすぐに辞めてしまっては彼女が可哀想だ。
「な、なんですか。ユーノさん、それ」
「あ、ティアナ……。やぁ、こんにちわ……」
けれどもその部下は、尊敬すべき上司のあるまじき姿に、強い信頼の念を捨てかけた。
今まで男だと思っていた相手が、どういうわけが自分と同じ制服を着ている。しかも妙に似合っている。
「これはその……、話すと長くなるんだけど……」
「仕事だ。ティアナ・ランスター。気にするな」
「仕事ってどういう仕事ですか!? 税金もらって男の人が女性の制服着るだなんて!」
「大切な仕事だ。六課の命運を背負っている」
女装に命運を背負わせる不運部隊の機動六課。
ティアナはこの仕事場にさらなる嫌悪感を覚えた。
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