九

 今日のヴィータは一人ぼっちだった。
 元々友人がいないせいでもあるが、今日のはやては特に忙しそうだった。声をかけるのも迷惑になるかもしれないぐらいに。
 六課を設立させる前からはやてはなにかに猛進していたが、本来大切なのは六課ができてからなにをするかであって、はやての忙しさはこれからもしばらく続きそうだ。
 しかし仕事だからと言って相手にされないのも寂しいので、ヴィータは無意味に隊長室をうろうろしていた。こうして声をかえられるのを待っているのだ。
「ヴィータ」
「ん。アタシもなんか手伝おうか、はやて」
「じゃあこれ、コピーして皆に配っといて」
 はやてがちょいちょいとパソコンをいじると、そばにあるプリンターから一枚の紙が出てきた。
 仕事中のはやてにとっては、ヴィータはあくまで仕事仲間だ。
 出来たてのコピー紙は熱かった。
 けれどもはやての表情はヴィータにとって冷たく見えた。
 もちろん家族の関係を切ったわけではなく、はやては手伝うと言われたのだから手伝ってもらっただけ。しかしヴィータはそれがあまり面白くなかった。
 家族なのだから、一緒にいて当たり前。その安定した関係が嬉しいようで楽しくない。まるで長くいた夫婦のような心境だ。
 もう少し昔みたいに喜んでくれてもいいのに。
 そう思うヴィータだったが、はやてはもう大人になった。自分に構うこともないと諦め、言われた通りの事務作業をこなした。
 数枚の用紙を持って寮内を歩くと、ティアナと顔を合わせた。いや、いるだろうと狙って顔を合わせたのだ。
「これ配っとけ」
「え、あ、はい」
 はやての手伝いをするのが楽しいのであって、本当に仕事をするのは楽しくない。だからそれは無抵抗な部下に押しつけるのが一番だ。
 仕事が片付くと、忙しい時になにかしても無駄だと悟ったヴィータは、次に暇そうなやつのところにけしかけた。結局のところ、一番暇だったのはヴィータ自身だった。
 今度はシグナムの場所に行ってみた。
 寝ていた。
 ヴィータはコソコソ仕事をサボるが、このお方は堂々と仕事をサボる。その勇ましさは、さすがに感服するしかない。
 今度はザフィーラを探した。
 ザフィーラも寝ていた。
 見た目が犬なので、丸まって寝ていても誰も気にしない。都合のいい外見だ。
 最後にシャマルが残ったが、シャマルとは遊ぶというか遊ばれる側なので、暇だからといってあまり近寄りたくなかった。
 すると今日は珍しくユーノがいることに気がついた。
 ユーノは遊んでやる側だ。少なくともヴィータは立場が低いやつだと思っている。
 ユーノの貸し部屋に入ると、ユーノは机に向かってなにかを書いていた。
 何度も筆を走らせては消したりして、かなり悩んでいる様子だった。
「珍しいじゃねーか、おめーが残ってるだなんて」
「ヴィータ、どうしたの」
「別に暇だからぶらぶらしてるだけだっつーの。それよりなにしてんだ、いつもならすぐ帰っちまうのに」
「明日のスピーチの原稿を考えてて」
「あぁ、知ってるぜ。なんかホテル・アグネスチャンとかいう所でのオークションだろ。アタシ達も警護で行くんだ。でもユーノも行くのかよ」
「僕は別に六課として行くわけじゃないから。でもまぁ警護隊なら会えないかもね、人いっぱいいるだろうし」
「いや、警護は六課だけでやる」
「なんで」
「はやてが気合入れてんだ、それに」
「警護に気合なんか入れてどうすんの」
「どうもさ、噂があんだよ、なんか起きるだろうって。もしかしたら謎の組織が現れるとかなんとかって」
「な、謎の組織?」
「だからコネ使って、六課だけが独占して警護にあたるようにしたんだよ」
「ちょっと待って。なにかまずいことが起こるなら、もっと人を増やしたほうが」
「馬鹿だな、おめー。馬鹿だろ。そんなことしたら、そいつらとっ捕まえる権利が他にもいっちまうじゃねーか。だから六課だけがやんだ。六課にはな、丁度いい敵がいねーの。世界を征服しようとか、人類を抹殺しようとか、人造人間作って悟空を倒すたくらみをするとかいうのが。いなけりゃ活躍できないだろ、六課も」
「そんな凄い組織が出てきて、六課だけで戦うっていうの? だいたい、その組織がまず六課だけを相手してくれるだなんてありえるの?」
「そこはほら、第一発見者が六課なら、本局の報告をどうするか選べるだろ。しばらくこっちで黙っておいて、重要な情報や手柄を取ったら本局に渡す。それで六課の手柄は守られるって」
「もし報告を出し渋ってる間に、世界を征服されちゃったら?」
「んなの知るかよ。世界の危機より、六課の成果だろ」
 極めて自己中心的な考え方のようでも、わりと合理的な思考に、ユーノは唇の端を曲げて黙った。
 いわゆる評価されることがなにより大事という成果主義が生み出す弊害ともいえるが、その弊害が世界の危機になってしまってはたまったものではない。
 しかし手柄を独占してあげなければならないというものまた事実。はやての頭の中は、世界の危機を防いで、なおかつ六課が成果をあげるつもりなのだ。
「……ヴィータはそれでいいの?」
「なんだよ」
「あんまりヴィータ、楽しそうじゃないよ」
 ユーノはあえて視線を合わせず語りかけた。
「楽しくなきゃやっちゃいけねーのかよ、仕事ってもんは」
「そうは言ってないけど」
「はやてはやりたいことを見つけた。それを守ってやるのがアタシの役割だ」
「……偉いね、ヴィータは」
「皮肉か、それ」
「違うよ。ひねくれてるなぁ」
「口がわりーんだよ」
 ヴィータはユーノの腿をグーでこづくと、その腿の上にお尻を乗せた。
「どれどれ。どんなの書いたんだ」
「大したもんじゃ」
「えーと、本日はお日柄もよく、春の日もうららかに晴れて、ご婚儀をわれらとともに天地も寿ほいでいます。謹んで、おめでとうを申しあげます」
「……どう?」
「結婚祝いのスピーチじゃねーか」
「だって人前でスピーチだなんてやったことないし」
「ご婚儀って時点で気づけよ。それに全く春じゃねーよ」
「……ごめん」
「しょーがねぇなぁ。アタシが手伝ってやるか」
「ヴィータが? 不安だよ」
「うるせー! おめーが書くよりマシだろ! すぐ終わらせるからな!」

 ――一時間程度で終わると思っていた原稿作りは、ヴィータという邪魔が入り、気がつけば外が明るくなっていた。
 激しい眠気に襲われていた二人は、そのままベッドに倒れこみ、熟睡の底にいるところをけたたましい目覚ましの音で起こされた。
 体が重い。目蓋が熱い。
 ユーノは気だるそうに体を伸ばすと、腕を伸ばして目覚ましを止め、起きようと気合を湧かせる頭と、眠りの底にまだ沈んでいたい体と戦った。
 戦って負けた。
 お日柄のいい冬の朝は寒かった。
 布団を捲くったせいか、ヴィータが余計に丸っちく背を曲げた。
「……おい、起きる時間だろ」
「うん……、じゃあヴィータ代わりに起きて……」
「うるせぇ……、おめーが起きろ……」
「ヴィータが、ヴィータがいけないんだ。ヴィータがあんなことするから……」
「おめーだって、のりのりだったじゃねーか……」
「ヴィータが息抜きだって言ってモンスターハンターを持ってくるから……。入手率4%の天鱗三枚も集めようとするから……。一匹倒すのに三十分かかるっていうのに……。結局出なかったし……」
「くそっ。それでなんでおめーが五枚出すんだよ……」
 ある程度口を動かすと、頭もじょじょに冴えてきた。
 ベッドから這い出た二人は、始めのほうだけ座っていた机に向かった。
 さすがに白紙はまずいだろうと、確か寝る直前にスピーチの原稿を書いたはず。なにを書いたかは覚えてないが。
「えーっと。なになに。本日はお忙しい中、重鱗7個。背ビレ8個、天鱗1個……」
「……」
「……」
 原稿は出来上がってないことにした。
 食堂で朝食を取ろうとした二人は、はやてと会った。
 はやては二人と違い、とても元気だった。
「なんやユーノ君、今日は泊まったん?」
「……どうしても仕事が片付かなくって。はやては元気だね」
「ふふん。今日は大事な日やからな。六課の名前が世間に知れ渡る、大事な日。迫りくる悪との全面対決! もうガジェットでもなんでもかかってこーい! いけいけ六課! いけいけドンドーンや!」
 両手を振り上げ、満面の笑みを浮かべるはやて。
 しかし不運部隊の念により、本日のホテル・アグネスチャンはとても平和に過ぎたのでした。
 良かった良かった。

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