十一

「ティアナ、風邪引いたの?」
「すいません……」
「謝ることじゃないよ」
 ユーノは普段のように六課でティアナを待っていた。しかしいつまで経ってもやってこないものだから直接ティアナの部屋に行ってみると、出てきたのは顔を赤くして気だるそうにするティアナだった。
 とろんとした目蓋で、扉に体重をかけながら応対するティアナは、単純に辛そうだった。
 だから今日は休みにした。
 けれどもティアナがいないとなれば、ユーノにすることはない。かといって自ら新しい仕事を探す気も起きなかったので、ユーノは暇ながら暇を悟られて仕事が増えないないよう、六課の中をぶらぶらと歩いていた。
 だが、そうしたもんだからユーノは運悪く最悪の客と出くわしてしまった。
「やぁ、ユーノちゃん」
「げっ……。ど、どうして。クロノがここに」
 最悪の客は実に爽やかな顔をしていた。
 クロノはなんの曇りもない表面を持ちながら、どす黒い曇りを持った腹をしている。少なくともユーノにはそう思えた。
「別に来る僕が来る必要はないんだが。ただ、ちょっと君の顔を見たくなったというか」
「気持ち悪いこというなよ」
「気持ち悪いのはどっちだ」
「え、あ、あぁ……」
「まさか本当にそんな格好をしてるだなんて」
「う、うるさい。僕だってしたくて……」
 ユーノは顔を落として、クロノがむけてくるあざ笑いの視線から逃げた。
 そこには男らしからぬスカートと、白くて細い足があった。
「で、どうしてお前なんかがここに」
「六課とは前から協力してる。今日は例のほら、あれだ、機械のことで」
「ガジェットのこと?」
「そう、それだ。この前結構な数が取れたらしいから、一つ分けてもらおうと思って」
「そんな大根やニンジンじゃないんだから」
「もちろん機密品の輸送は他の人にやらせるべきなんだが、今日はちょっとな、僕が直接足を運んでいいなぁと」
「はいはい。どーぞ笑ってください」
 投げやりに毒づくと、クロノは構わず笑った。酷いやつだとユーノは思った。
 そうして一通り笑った後、クロノは部隊長の部屋へ向かった。
 その時、ユーノのケータイが鳴ったので出てみると、電話の向こうからは少々困った調子のエイミィの声がした。
「ねぇユーノ君。クロノ君そっちに行ってない?」
「クロノですか。来てますけど」
「ほんとに? もう、勝手にいっちゃうんだから」
「どうかしたんですか」
「ほんとは別にやることあるのよ。まぁそれが息抜きになるなら構わないけど。あ、ねぇねぇ、そういえばユーノ君、見たよ見たよ、女神マガジン。いやー凄いよね。さすがって感じ。エロいよね。エロさを感じるよ」
「え……、あれ、もう発行されてたんですか」
「もうって結構前じゃーん。アタシも買ったよ。いやー商売上手だよね、ほんと。クロノ君なんか普段そんなの読まないのに、三冊も買ったんだから」
「三冊って……、な、なにに使うんですか……」
「……え。や、やだ。ちょっと、怖い事言わないでよ。一応ほら、アタシ達家庭持ってるんだし。あんまり家庭に響くようなことは、あっても言わないでよ」
「す、すいません」
 弾んだ声から、急に真面目になったエイミィ。彼女はあまりにも神経だったので、ユーノは何を言っているのかわからずとも、素直に謝った。いや、本当は少し考えもすればわかることなのだが、わかることが嫌だったのでわからないことにしておいた。
 夫婦一緒にからかわれたユーノだったが、一応いつかバレるだろうという覚悟はあったので、思ったよりダメージはなかった。
 しばらくすると、台車を押してクロノがロビーまでやってきた。
 台車の上には大きな木箱が載っていて、中を覗くと壊れたガジェットがあった。
「こんな箱で持ってくの」
「機密品は原則木箱だ。ダンボールじゃ持ってけないだろ。君もそういう決まりには慣れておいたほうがいい」
「乱暴な」
「こんなに壊れてて、今更乱暴もなにもないだろ。ほら」
「あぁもう。どこ触ってんのさ」
「結構やらかいんだな、ここ」
「バカ。そんなところいじっちゃ……」
「これなんかは」
「それは違っ、入らないから、そんなの。乱暴にしないで」
「別にいいじゃないか」
「良くないっ! お前はいつもそうやって人の事考えないで!」
「そうだ! ユーノさんになにをするっ!」
 ユーノが声をあげようとした瞬間、横から声が割り行ってきた。
 ユーノとクロノがびっくりして視線を上げると、男が手を伸ばして二人を睨んでいた。
 六課一のイケメン、グリフィス君だった。
「貴様! ユーノさんになんて楽しそうな……、いやいや、酷いことを!」
「な、なんだ君は」
「あんたはいったいなんなんだ! あ、いや、クロノさんこんにちわ! でも今はそんな礼儀正しいことはしていられない! どういうご関係ですか!」
「あ、グリフィス君。こいつはあの、ちょっとした知り合いで。そう、昔から知ってるから、別に特別悪い人じゃないから。嫌な人だけど」
「昔から……、昔から? 幼馴染ですか……?」
「幼馴染だって!?」
「幼馴染!?」
「あの朝起こしに来てくれるという伝説の!?」
 するとグリフィスの後ろから、ぞろぞろと男の職員が顔を出してきた。
 一応両手で数えられるほどの数だったが、それでも一箇所に男どもが群がるとなると、相当な威圧感はあった。
「ユーノさん。じゃあそいつのこと、好きなんですか」
 グリフィスは下唇を噛み締めていた。
 それには謎の気迫さえあった。
「どうしてそれで好きなんかに! だいたいこいつだなんて気持ち悪い!」
「そうだ! 僕だってこんなのに好かれたくない!」
「ツンデレだ……」
「ざわ……、ざわ……」
「……ツンデレ」
「幼馴染でツンデレ……、凄い属性だ」
「これはさっそくブログのトップ記事にしなくちゃ」
 男達に電撃が走る。
 もちろんツンデレがなんだかわからない当人は、彼らの言っていることが理解できなかった。だいたい、この妙な熱心さが恐ろしさなんなのだろうか。
 男達のぎらぎらした瞳が、ユーノに恐怖と違和感を押し付けてくる。
「あの……、みんなどうしちゃったの。なんだか、いつもと違うっていうか」
「当たり前です。僕達は目覚めたんです」
「目覚めたって……、なにが?」
「ユーノさんにです!」
「は?」
「俺たち応援しますから!」
「まだ数少ないですけど、これからもファンとか増やしますし!」
「い、いやいや。ちょっと待って、みんな。あの、話が良く。第一、ファンとか応援とか、ここはそういうことする場所じゃないでしょ」
 もっともらしいことを言ったユーノだったが、どういうわけか、男達は顔を見合わせ、揃って首をかしげた。この場ではユーノのほうがおかしいようだった。
「なに言ってるんですかユーノさん」
「六課はアイドル機動隊でしょ?」
「ア、アイドル機動隊?」
「そうですよ。局のアイドルを集めて、みんなで応援しながら楽しくやろうっていう。八神部隊長もそう言ってるじゃないですか」
 ガガーン。
 ユーノの頭に稲妻が落ちた。
 全ては策略だった。
 人に女装を推し進めたのも、単なる一時的な広告ではなく、アイドルグループの新メンバー追加が真の目的だったのだ。
 コネで部隊が作れたとしても、部員はそう簡単に集まらない。
 だからアイドルという釣り糸を垂らし、男性隊員を吊り上げた。例え志望動機がどうであれ、働いてくれれば六課としても問題ない。
 日本で育ったはやてだからこそ、このアイドル商法を思いつける。
 まさに全ては恐るべきジャパニーズビジネスの仕業。
「ははは……、う、うそぉ。……うわっ!」
 脱力して一歩下がると、ふらふらの足が台車に取られた。
「大丈夫ですか!?」
 しかしお尻が地面に付く手前で、グリフィスがユーノの体を支えた。
 爽やかな笑顔がユーノに向けられる。
 気分は最悪だった。
「あ、ありがとう……」
「いえ。これぐらいのこと」
 その様子を見ていた他の男達は爪を噛んでいた。
「……グリフィスのやつ」
「ノーマルコミュニケーションぐらいは出ただろう」
「いや、もしかしたらグッドコミュニケーションぐらいは」
「くそぅ、世の中やっぱり顔か。無念だ」
 パッパパー。
 男達の視線を浴びながら、ユーノが立ち上がる。
 そうしてふらふらしながら、またも利用されている自分に強い嫌気を抱いていた。
 どこにいっても、自分は人の手の平の上にしかいられないのだろうか。
 酷く落ち込むユーノ。
 その暗い背中を見たクロノは、嫌いな友人の不幸に同情した。
 ついでに自分はあぁなりたくないと心から願った。

 index