十二

「最近ティア、元気ないね」
「……そう」
「じゃあさ、これ食べようよ。ほら、おいしそーでしょ」
「……そう」
「ケーキケーキ、いいにおーい。ティア甘いもの好きでしょ、好きだよね。大丈夫、アタシティアのことなんでも知ってるし。はい、あーん」
「……いらないわよ」
「どうして。もしかして食欲ないの?」
「嫌いじゃないけど、あんたに食べさせてもらうのだけは嫌」
「もうティアったら、恥ずかしがり屋なんだから。いいよ別に気にしなくても、アタシは平気だし」
「……こいつ、人の話を1ミリも理解してない」
「ほーら、食べないと元気でないよ?」
「……だいたい、なんであんたがアタシの部屋にいるのよ」
「え? なに言ってるの?」
「いや、なにアタシのほうが変な質問してるみたいな顔すんの」
「だって親友でしょ?」
「親友だからって他の隊に勝手に入ってきたり、個人の部屋まで無断に入ってきたりしないわよ……。って、ううん、誰が親友よ誰が……」
「ところでティア、さっきからなにしてるの。紙コップで遊んで」
「……別に」
 部屋の中に、カパカパと紙コップを重ねたり離したりさせる音が続いている。
 この原因であるティアナは、無意識のまま紙コップをいじっていた。
 そうしながら、スバルの話を浮ついた心で聞いていた。
 ティアナの中にある本心は、この一つ。
 [合体したい]
 とろんと垂れ下がる目蓋の奥には、燃えたぎる欲求不満があった。
 ガジェットに襲われてから、妙に体のほとぼりが治まらない。激しい刺激を覚えた体が、またアレを望んでいる。
 けれどももうあの機械は動かないし、やっぱり人としてどうかと思う節もあるので触れたくない。
「……やっぱりそれもらう」
「あぁっ! もう、だったら食べさせてあげるのにっ!」
 綺麗な三角を保つ白いケーキは、ティアナの口の周りに白い跡を残しながら、無残に食べられていった。
 治まらない気持ちを食欲で紛らわすティアナ。
 おかげで今週だけでも2キロは太った。
 自慢の腹筋もだらしなくなった。お腹も余裕で摘める。
「……なんか変な味しない?」
「そう? 普通のケーキだと思うけど」
「これ、利々香る亭のフルーツタルトでしょ。いつもよりちょっと酸っぱい感じ」
「そうなんだ。もらったやつだからアタシわかんない」
「もらったって誰に」
「ユーノせんせー」
「あの人こんなの買うんだ」
「でも聞いてよ、せんせーいらないからって捨てるところだったんだよ。でももったいないでしょ、それって。だからもらってきたんだ。えへへ」
「捨てるってどうしてよ。買う意味ないじゃない」
「さぁ。それももらいものだったんじゃないのかな。せんせー甘いもの苦手だったり」
 腑に落ちない点はあったものの、それでもわりと好きなケーキだったので、ティアナはついでにもう1個、口の中でケーキをぐしゃぐしゃに潰した。
 けれどもちょっとした食事程度では、気はあまり紛れなかった。
 むしろ余計に気分が高まってくる気がした。
 いつもなら一人で済ますのに、今はどうしてかスバルがいる。
 帰って欲しい。
 でもコイツがそうそう帰るはずがない。
 というかなんでここにいるのかわからない。
 嫌がらせだろうか。いや、そうに決まっている。
 ならばこれはスバルとの根気比べだ。
 今後この女に振り回されても堪えられるかどうかの試練でもある。
 これを乗り越えられなければ、自分に未来はない。
「……やっぱだめ。負け。負けでいいわ」
 しかし10分もすれば、そんな意気込みは無意味に散った。
 我慢すればするほど、したい気持ちが込み上がってくる。
 ――もう負け。あなたのしつこさには負けたわ。これから振り回されて生きてってあげるから、帰って。お願いだから帰って。
 ティアナは心の奥でスバルに土下座した。白旗を揚げた。
 それでもなぜか居座り続けるスバルは、ティアナにとって悪魔より恐ろしい存在だった。
 いつもデビルに見える笑顔が、今日に限ってはサタンにまで昇格している。
「ねぇティア」
「……なに」
「それ、いつまでやってるの? 楽しい?」
「……別に」
 かぱ。かぱ。
 紙コップをいじくる回数はますます早まっていた。
 もう我慢も限界に近かった。
「……合体したい。……合体したい」
 大事なことだから、ティアナは二回呟いた。
「ねぇティアってばー、そんなことよりもっと別のしよーよ」
「家帰って一人でゲームでもしてれば」
「それもいいけど、もっと楽しいこと」
「楽しいことって……、な、なによ……」
「むふふふふん」
 今まで軽くあしらっていたスバルの声が、妙に熱の篭った声になっていた。
 見ると瞳が黄色くなって、焦点さえもあっていない。
 それでいて、大きく広げた手をティアナに伸ばしていた。
「な、に……?」
「ティア。親友だからいいよね、ティア」
「い、いいって、親友は親友でも許容範囲ってものもあるでしょ。あ、いや、だから親友じゃないって言ってる……」
「いいよねっ!?」
「……んっ!?」
 ズキュゥゥウウンッ!
 肩を掴まれたと思った瞬間、スバルの頭突き、いや、強烈な口付けがティアナを襲った。
 その刹那、ティアナの肌の上を悪寒が駆け抜けた。
 毛虫でも握り潰したかのように鳥肌が立つ。
 なぜ。どうして。
 神様わたくしめがなにをしたというのでしょう。
 確かに行いが必ずしも良かったとは言えません。しかしどうしてあなた様はこんな不幸や苦行をわたくしめに与えるのでしょうか。
 ティアナは白目を剥きながら泡を吹いては、神をそうやって恨んだ。
「ティア、お願い……」
「……(ぶくぶくぶく)」
「アタシの子、産んで?」
「いやーーーっ! 誰か、誰か男の人呼んでーーーっ!」

 index