二一

「さて、お前は逃げないだろうな」
「あ」
「逃げなければ私はなにもしないぞ」
 突然ユーノがいなくなり、ぽかんとするフェイトだったが、シグナムに声をかけられて我を取り戻した。
 打ち合わせもなにもなく逃げるもんだから、常に決断力の足りないフェイトは、当然のように置いてけぼりであった。
 いくら一人が逃げたとはいえ、まだまだ部隊は残っている。
 じゃあ私も逃げましょうと、簡単になる空気でもない。
 フェイトはこのままおとなしくしていれば、少なくとも悪い結果にはならないだろうと考えていた。抵抗などできるはずがないとも。
 しかし事態は最後までフェイトの思い通りにはいかなかった。
「ぎゃぁああーーーー!」
 背後がぴかっと光ったと同時に、男の断末魔が響いた。
 その断末魔がぴかぴかと光るたびに起こるものだから、その場にいる全員が意識を断末魔の原因探求に取られてしまった。
 そこへリニスが、一番偉そうであるからこいつが隊長であろうと思うシグナムに頭を下げて謝った。
「あ、すいません。なんかもう、やっちゃてます」
 光の原因は、プレシアの雷撃であった。
 娘と違って判断の鋭い母は、瞬時にユーノの逮捕が自分に取っても不利だと考え、自身や娘の危険をわかっていながら、それらを無視して逃亡を援助する方向に出た。
 六課の平均的な兵と、プレシアの力の差は圧倒的である。
 あっという間にユーノを追いかけようとした部隊のほとんどを黒コゲにした。
 惜しいことに倒しきれなかったのは、途中でヴィータというじゃまが入ったからだ。
 ヴィータの鉄槌を避けると、プレシアはようやく弱い者いじめをやめ、ほんの少しだけ目の前のチビに集中した。ヴィータが他のやつらのように簡単に潰れないことは、すぐにわかった。
 しかしこれに一番困ったのはフェイトである。
 フェイトは何をしようかなど、一切考えていなかった。
 もし気の強い者なら、なに勝手にやっとるんじゃいと言いたくなる状況だが、気も強くもないので、やっぱり口には出せなかった
 もちろんプレシアにとっては、知ったこっちゃない。
 むしろ娘は自分に極めて協力的であると決めつけ、武器を持つよう指示した。
 次第にリニスとアルフもフェイトを中心に身を寄せ合い始める。
 戦う覚悟はできているらしい。先頭に立つリーダー以外。
 これに合わせ、ヴォルケンリッターの面々も陣形を取った。
 困ったことに戦わなければいけない空気らしい。
 できればすいません勘弁してくださいと言いたいのだが、それは母どころか、もう向こうでさえ許してくれなそうだ。
「フェイト、アタシはわかってる」
「アルフ」
 しかし心と心が通じている使い魔ならば、フェイトの真意を読み取るのもたやすい。
 このままでは流れされてしまいそうな展開に、長年の家族が、救いの手をさしのべてくれた。……と思ったら。
「心じゃ凄く迷ってるね。どうしようって。フェイトには長い人生があるからわかるよ。でもさ、アタシにはわかるから。ほんとは、家族と一緒にいたんだろ」
「あ……、え。う、うん……」
 あろうことか、ただ迷うだけの心境を深読みして、有りもしない心情までアルフは察してしまったのである。しかもそれがまるで聖人かなにかのように綺麗な心情であったため、本当は違うんですなど、余計に言えなくなってしまった。
「よーしっ! フェイトがその気なら、もうやるしかないですね!」
「え、リニスまで。え、あの、ちょっと……」
「家族が一緒にいたいという気持ちが悪だというのならば、我々は悪に染まります。さぁ行きましょう」
 リニスが手を構え、空に向けて突き上げた。
「テスタロッサ一家ファイヤー!」(リニス)
「ファイヤー!」(アルフ)
「……え、ファ、ファイヤー?」(フェイト)
「……馬鹿らしい」(プレシア)
 さっぱり心の合わない家族が、一つの悪に向かって希望をかかげた。


 テスタロッサ一家と、ヴォルケンリッターの四対四の集団戦。
 客観的に見れば、後者の方に明らかな分がある。
 なにせ言葉を返せば、家族経営と国家軍隊なのだから、その後ろにある支援、資金、訓練経験に天と地ほど差がある。
 けれども、ヴィータは青ざめた顔ばかりしていた。
 シグナムはチームワークを無視してフェイトの相手を買って出るし、となればアルフとザフィーラは互いの魔法のつぶし合いになる。
 だから残るヴィータとシャマルでプレシアとリニスを取り押さえることになったのが、これが引きもしないが、押しもしない力差であった。
 見るからに歳の食った顔は、どこかフェイトに似ており、変に露出の高いバリアジャケットのセンスや、電撃の魔法もそっくりだ。
 ただ、冷徹さと判断力が圧倒的に違う。
 今は探り合いで力が均衡しているが、時間が延びて気を抜けば、そこを容赦なく突かれるかもしれない。ヴィータには緊張と集中を保ち続ける自信がなかった
 この均衡を破るには集団で襲いかかるのが最も単純で効果的なのだが、平凡な隊員は蚊が飛んできたかのように容易く打ち落とされ、シグナムは相変わらずの単独行動。かといってヴィータとしては、はやてをこの危険に晒したくない。
「くっそ……」
 身内を密かに捕まえて終わるだけだった簡単な作戦が、上手く行かない。
 ヴィータだんだん苛立ちを募らせた。
 その苛立ちは、念話としてシグナムに流れる。
『おいシグナム! おめーはこっちにこい! フェイトなんか後回しだ!』
『なにをいう。久々の戦闘、楽しませてもらう』
『あんなぁ、そういうのは帰ってからやれよ』
『帰ったらできない』
『今は遊びじゃねーんだ、この戦闘馬鹿!』
『ふん。助けて欲しいなら欲しいと素直に言えばいい』
『い、いらねーよ!』
 念話が終わる。
 シグナムにとって、ヴィータを手玉に取ることは用意であり、また、最も重要なことは事件の集結よりも、自分がいかに充実するかであった。
 バランスの取れたチームは先鋭チームは瞬間的な力はあるが、一つが崩れると後がなし崩しになりやすい。
 どちらも単一兵でない以上、勝敗の決定はこの二人にかかるのだ。
 なので話は二人が中心に登場してのみ進められる。
「さて、どうやら急がないといけないらしい」
 寒空にじっと立つ二人。シグナムが面倒に言葉を出した。
 せっかく剣を抜いて気分が乗ってきたのに、急げと言われては楽しくない。
 仕事が充実をなくすのは容認したがいが、仕事である以上容認しなければならない。
「このまま大人しくしてくれれば、六課が観察義務を負い、何度でも剣を交えることができる。私としてはやはりそれがいいのだが」
「それは……」
 この場になっても、シグナムはまだ冷めた部分を持っていた。
 フェイトもこの冷めた意見に賛同する気は少なからずあったが、家族を裏切って自分から白旗を揚げるなど、今更できるはずもなかった。
「そうか。戦うか」
「……はい」
「まぁそれでないと面白くないから構わないが。だがな、悪いが仕事なんだ。遊ぶと怒られるようだから、遊ばないようにする。だから、一瞬で決着ができる」
「そ、そんなことはないっ! 私にはみんながいる!」
「十年ほどのブランク、背負うものがある意地だけで埋められると思うな!」
 力任せに振られたレヴァンティンが、フェイトを突き飛ばす。
 実力差の誇示でもあった。
 シグナムは腹を引き締め、全てわかりやすく剣を振り下ろした。
 友人を切り落とすのは、仕事とはいえ忍びない。だから力の差に怖じけづいて、屈服させる目的だ。
 しかし敵を甘く見過ぎ、時間を与えてしまったのは、シグナムの失態であった。
 覚悟と度胸が足りなかったフェイトは、追い詰められるほど意思を固めた。
 自分のするべきことはなにか。自分にとって捨てられない物は何か。
 今まで散々逃げてきたフェイトが、今になってやっと自らの意思に気がついた。
 切り落とすべきは、逃げ続けた自分。
 立ち上がるべきは、今も忘れられない家族のため。
 そしてこの手には、バルディッシュという家族の絆がある。
 これしかないが、これさえあれば負けるはずがない。
「バルディッシュ!」
『yes――』
「モード、KATANA!」
『――sir』
 肘を下げ、バルディッシュを垂直に立てる。
 バルディッシュは大きな剣ではなく、ただ斬り落とすことだけを目的とした形に進化を遂げた。それはあまりにも細く、短い刀身は貧相でありながら、日頃から極めた魔力圧縮と集中の技術を使い、激しい鋭さを持つ。
 押し込められた魔力からは、冷たい殺気がにじみ出ている。
 これがプレシアが暇な一日、日本の時代劇を見て作り上げた傑作である。
 なんといっても素晴らしいのが、造形美だけではなく、とてつもない鋭利さだ。例えば人の腕さえ簡単に斬り落としてしまうぐらいに。
 しかしシグナムの判断も頑なに崩れなかった。
 今までのように思い切り剣をぶつけず、弾くように刃先でさわった。すると刃が刃で斬られてしまう感覚が、手先まで伝わった。
 シグナムは急いで刃を引っ込めた。
 このまま押し込めば、恐らくダメージを負うのはシグナムの方であったろう。
 例え冷めていても、戦闘において尊い経験を持つシグナムは、勘という曖昧な物だけで剣の殺気を感じ取り、警戒を怠らなかった。
 やはり一枚岩の仕掛けでは通らない。
 ならばシグナムがまだフェイトをあなどっている間に、一策二策投じるしかない。強力なバルディッシュとはいえ、真正面から競り合うのにはまだ怖い面も多い。
「もしや、そのデバイス……」
 だがシグナムの瞳には、もう冷めなどなかった。
 今までどこか宙を見ていた視線は、真っ直ぐと黄色の刃に向けられていた。
 その視線がどんどん強くなると、しまいには自分から手を出し、素手で刃を握った。
 シグナムの手の平から、赤い血が滴る。
 フェイトはわけがわからず、ただ目を丸くするだけであった。
「なるほど。そうか。こういうことか……」
 流れる自分の血を眺めるたび、シグナムの瞳が熱く燃える。
 ふつふつと煮え立つ水のように、背から熱気があふれ出てくる。
「非殺傷……、していないな」
 しまいには口の端を右上にあげ、ふふっと笑った。
「いや、確かに犯罪者がわざわざ非殺傷にするほうがおかしい。テスタロッサ、お前は正常だ。しかしよくやってくれた。ありがとう、私も嬉しいぞ」
 一人で納得し、一人で満足するシグナム。
「殺意。殺意がある。この逃げ出してしまいたくなるような殺意は、やはりたまらない」
 シグナムは常に思っていた、なにかが足りないと。
 平和な日々、安定した生活。家族があれば、他人に威張れる正義もあった。
 だが決定的に足りないものがあった。シグナムは常に否定していたが、やはりなくてはならない。この命を左右される、ピリピリとした緊張感が。
 過去のシグナムにとって戦いとは生活であり、他に身を費やすなどと容認できるものではない。
 だから生死の極限状態を苦しみから楽しみに変える狂った心が、シグナムを生活から救う一つの抵抗であった。
 死の危険こそが最高の楽しみ。
 苦肉にも、その感覚を思い出させたのがフェイトなのだ。
「私を楽しませるのはテスタロッサ、お前だ! やはりお前だった!」
 レヴァンティンが強く握られる。
 本気にさせてしまった。フェイトが交渉に出る余地はなくなった。

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