九

 ユーノとなのはの二人は動けずにいた。
 絶対に決まると思った必殺技。
 それが目の前で美味しそうに食べられてしまった。
 そうして食べた張本人は丁寧に口を拭いた後、じろりとなのはを見下ろした。
「ふぅ。ところでなんですの、あなたはさきほどから」
「え、私?」
「なのはさんと言いましたわね。そんなゴボウを持って、どうしたいんです」
「ご、ごぼう……? え、あれ!?」
 なのはの手には、確かにゴボウが一本握られていた。毛の生えた長いゴボウだった。
「あ、あれ。レイジングハート!?」
 なのははゴボウに声をかけた。しかしゴボウなのだから、返事があるはずもなかった。
「それからユーノさん。い、いつまでワタクシの手を握っていらっしゃるんですの。そういうことしていますとね、いつか火傷しますわよ」
「火傷って……、あっつ!」
 ユーノは声を張り上げて手を放した。コンチェの腕が、沸騰したやかんのように熱かった。おかげでユーノの手は、ひりひりと腫れ上がってしまった。
 このまま幻術にハマっていては負けてしまう。
 なのはは再び目を閉じ、耳を塞いだ。せめてゴボウになってしまったレイジングハートぐらいは戻しておきたかった。
 しかしそんな行動を取るなのはを、コンチェは見逃さなかった。
 コンチェの右手が上がる。そうしてその手の平に光る緑色の球体が現れ、球体は高速でなのはの腹部に直撃した。なのはは思わず耳から手を離し、お腹を抱えてうずくまった。
 ユーノは急いでなのはに駆け寄り、治癒の魔法を唱えた。敵を目の前にして、追撃が来るかどうかなどを一切考えず、まずなのはの治療に入ってしまった。
 けれどもコンチェは手の甲を頬に当てて、じっくりとその様子を眺めているだけだった。
「ふふ。だから言ったでしょう。目や耳を閉じていらっしゃるほうが、超よゆーですわと。おーっほっほっほ! あなたってお馬鹿さんですわね。だいぶお馬鹿さんですわね」
「コンチェ。それぐらいにしておきなよ」
 コンチェの高笑いが響く中、突然別の場所から女の声がした。それは聞き覚えのある声だった。
「あらお姉さま。入って来られましたの」
「別に結界じゃないからね、簡単だったよ。それにこれだけ広ければ、誰だって気づく。気づかないほうがおかしいって。だからあいつらだってもう気づいてると思う」
「まぁ、それは大変」
「で、どう。上手くいった?」
「いえ全然。なかなか強情ですのよ。ほんと、参っちゃいますわ」
「思うんだけど、その人達がアヴァンシアの力を手に入れてからでもいいんじゃないかな、奪うのは」
「それではお姉さまのご都合が悪いでしょう。お母様にだって早く……」
「母さんには絶対会える。でも今は逃げよう」
「えぇ。それではごめんあそばせ」
 コンチェは頭を下げ、ユーノ達から離れて行った。
 危機は向こうから去ってくれた。
 なのはのダメージは思ったよりも軽く、呼吸を整えたらすぐに立ち上がれた。
 ユーノの魔法世界が解かれていく。辺りは普段の街並みに戻った。
 二人はしばらく気楽になれなかった。
 町の真ん中で黙って立って、黒い頭がいくつか通り過ぎていくのを眺めていることしかできなかった。
 そうしていると、なのはがようやく口を開いた。
「全然……、太刀打ちできなかったね……」
「うん……、凄い魔法だった。コンチェとかいう女の子、あの子の想像が全部現実になっちゃうだなんて」
「アイディア次第でなんでも叶う魔法……」
「恐ろしい魔法だ。そう、あえて名づけるなら、アイディア具現化魔法」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「ユーノ君、アイディアなさすぎ」
「ごめん……」
「やっぱりコンチェルト幻誕って呼ぼうね」
「うん……」
「ねぇユーノ君、そんなことより最後にいた人のことなんだけど」
「あ、なのはも思った? 離れてたし、僕の勘違いだと思ってたけど」
「ううん、私も思ったよ。髪型が違ってたけど……」
「あれって」
「声も顔も、フェイトちゃんだったよね」
 二人は顔を見合わせた。
 コンチェを迎えに来た女は顔と声がフェイトと瓜二つだった。
 他人の空似かもしれない。良く見れば鼻とか口元とか、違っているかもしれない。だいたい、似ているからなんだというのか。
 いろいろ否定する言葉が頭に降ってくるものの、胸に突っかかった違和感は抜けなかった。
 平和が戻った二人は、すぐにフェイトの家に戻った。
 家に戻ると、ユーノは今日あったことをフェイト達に話した。しかしフェイトに似た人物がいたことは喋らなかった。似ているからなんだといわれれば、それまでだったから。
「じゃあ私も戦わなきゃいけないのかな……」
 話を聞き終えたフェイトは、ぽつりとそう呟いた。顔からは不安が滲み出ていた。
「大丈夫ですよ、フェイトは強いんですから。ね、フェイト?」
「う、うん」
 なにも知らないリニスがフェイトを持ち上げた。持ち上げられたフェイトはますます不安になった。
 ここ数年、魔法という魔法を使っていない。
 覚えているのだろうか、戦えるほどの魔法を。
「フェイト」
「か、母さん」
「ちょっと使ってみなさい、魔法」
 そんなフェイトの不調子を、プレシアは見抜いた。プレシアはソファーに肘をついたまま、じっとりとフェイトを睨んでいた。
 しかし逃げるわけにもいかない。フェイトは立ち上がり、コントロールが重要な飛行魔法を使ってみることにした。どれだけ自分の勘が残っているか、まず知っておきたかった。
 すると期待が叶ったのか、フェイトはすっと数センチ浮いた。が、すぐにバランスを崩し、そのまま腹を軸にして半回転。床に頭を強打した。
 フェイトは頭を押さえてうずくまってしまった。
 その様子を、皆なにも言わず見守っていた。
 いいや、なにも言えなかった。
「最低ね」
 プレシア一人を除いて。
 フェイトの魔法力は、少女時代よりも遥かに衰えていた。むしろリニスが教えていた時よりも悪くなっている。これでは戦いなど到底無理である。
 空気が重たい。そんな中、どうにかユーノが口を開いた。
「ま、まぁ。その、ね、魔法なら、なのはとそれからプレシアさんもいることだし」
「あの、ユーノ君。それなんだけど、ちょっとお話が」
「なに、なのは」
「今日魔法使って分かったんだけど、なんだか調子悪くって」
「悪い? なにが?」
「良く分からないけど、こう、上手く魔法がコントロールできないんだ」
「それどういうこと」
 突然の発言に、ユーノはなのはの口に注意した。
 すると注意していなかった別の口が言葉を発した。
「私もそうよ」
「あ、私もです」
 プレシアとリニスもだった。
 どういうことだか分からない。ユーノは首を捻った。
 そうして、バモスにもらった端末のことを思い出した。
 ユーノはそれをレイジングハートに噛ませ、中身を見てみることにした。
 すると宝石について、不都合な事実が判明した。
「ユーノ、どうなの?」
 フェイトが尋ねた。ユーノはあごに手を当て、しばらく返答を考えた。
「悪いよ。悪いことだった、載ってたのは。フェイト、あの宝石、覚えてるよね」
「宝石って、命を繋ぎとめておくってやつ?」
「うん。あれは映写機みたいなものなんだ。常に体と魂を表示してくれる機械。とても不安定で、これを渡された時に言われた通り、出来のいいものじゃない。おまけに宝石の魔力、つまり電池が切れたら……」
「う、うん」
「気前が良かったはずだよ。タイムリミットは……、最初から作られてたんだ……」
 ユーノははっきり答えなかった。それでもなにを言いたかったのかは、全員が理解していた。
「で、でだよ、問題の魔力が上手く作れないってやつなんだけど。これは不安定な体で作られた魔力が、一箇所に集まらなくて、端々に逃げちゃうからだと思うんだ。だから集中しても、上手く魔力が溜まらないんだと思う。……でもなのはなら」
「私?」
 なのはが自分を指差した。
「魔力が飛び散るのなら、飛び散る容積を減らせばいい。それに維持する体が大きければ、それだけ宝石の魔力の消費も大きい。だから小さい体のなのはは好都合なのかもしれないよ」
「でもそれじゃ、母さん達は……」
 フェイトはプレシアとリニスの顔を眺めた。体の大きい二人は、それだけ寿命が短いことになる。
 そんな不安な面持ちをするフェイトを、リニスは笑顔で迎えた。
「気にしなくていいですよ、どうせなかった命ですし」
「でも……」
「なら小さくなっちゃえばいいんじゃないかな」
「あ、そうですよそう!」
 なのはがぽつりを呟いた提案に、リニスが大きく賛同した。
「なんだー、悩むことなかったじゃないですか。プレシアも体の規模を小さくすれば解決ですよ、解決。ねぇプレシア」
「そうね。仕方が無いわね」
 馬鹿らしい提案に、意外にもプレシアまでが賛同した。
 効率的とはいえ、それはどうなのか。
 フェイトは声を上げたかった。
 ユーノも胸に突っかかる不安がある。
 アルフは自分がそうなので、特になんとも思わなかった。
 するとまずリニスが小さくなった。ただアルフとは違い、幼児化というよりは、単純に体の比率を小さくしただけだった。顔は少し子供っぽくなったかもしれないが、胸や腰つきは大人の比率のままだった。
 なのはより少し背の低い小人という感じだった。
 しかしリニスはまだ良かった。多少なり可愛げがあった。
 無論、可愛い可愛くないは別問題なのだが、完璧に切り離せないのが人の情だった。
 フェイトは唾を飲んだ。
 ユーノも飲んだ。
 アルフは仲間ができて、心持ち嬉しかった。
 そうして問題のプレシアも、体を小さくさせた。
 プレシアはリニスと同じ、体の比率を単純に小さくする魔法を使った。
 だから胸は大きいまま、背がなのはより小さくなった。しかし顔のシワ、目つきの悪さ、目元のクマなどまでがそのままだった。
 明らかに変だった。
 不調子にもほどがある。
 不気味な小人、としか言いようがなかった。
 だから全員がプレシアを眺め、黙っていた。
 命に関わることなのだから、あまり失礼なことを言っても可哀想。そのうちなれるさと、全員ができるだけプラスの方法へ思考を働かせていた。
「かわいー!」
 なのは一人を除いて。
「ちょ、な、なに、なにあなたは」
「ちょっと変なとこがかわいー! へんかわだよー!」
「離れ……、離れなさいっ! ちょっとリニス、こいつを離して!」
「もうプレシアったらぁ、友達できて良かったじゃないですか。ふふっ、嬉しいくせに」
「嬉しくないわよっ!」
 嫌がるプレシアに、なのはは可愛いペットでも現れたかのように接した。
 やっぱり二人は気が合うのかもしれない。フェイトはまたそう思った。

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