十五
突然やってきた、助けを求める悲鳴。
大切な人が死ぬという事態に敏感だったユーノは、騙される可能性を分かっていながらすぐ行くと返事をした。
部屋に戻ると、ユーノはワイシャツも脱がず、薄いオレンジ色のダウンジャケットを取り出した。すると部屋にいたなのはが声をかけてきた。
「ユーノ君? どうしたのそんなに慌てて」
「なのは。あ、あのさ、僕ちょっとでかけないといけなくなっちゃって」
「それ着るってことは、向こうの世界だよね?」
「まぁ……、その。あの、なのはも会ったでしょ、あの変な黒い服着た、髪がぐるぐるなってる人。あの人が助けて欲しいって言ってきたんだ、僕に。お姉さんが死んじゃうって。だから僕、いかないと。それがなにかの罠でもいかないと」
「だったら私も行く」
「え、どうして」
「あの人ともう一度戦ってみたい。なにもできないままって嫌だし。それにユーノ君が危険な目に遭うかもしれないなら、私が守らないと」
「それじゃなんか立場逆のような気が……」
「ふふ、そうかも。でも私、ここであんまりじっとしてるのも退屈だから」
なのはは笑っていた。
しかしユーノは素直に笑えなかった。
なのはを危険な目に遭わせたくない。戦いにだけは巻き込ませたくない。大事に隠しておきたい。けれどもそんな人形のような生活、なのはは嫌がるだろう。なのはに窮屈を感じさせるのも、ユーノが懸念することである。
大事にしておきたいが、大事にすると嫌がられる。
このジレンマにユーノは悩んだが、なのはに生きるチャンスと喜びを再び与えるのがユーノの目的である。鳥かごの中に閉まっておくだけの生活を強いていては、その目的に反してしまう。
「……じゃあ一緒に行こう」
ユーノは自分の考えに従い、力強く頷いた。
ミッドの地に降りた二人は、まず電話をかけ、コンチェを探した。
コンチェはバモスが住む田舎町から、さらに離れた山奥に隠れていた。
どうしてそんな場所に。やはり罠なのだろうか。
いろいろ悩みながらも、ユーノは手を振るコンチェに近寄った。
するとどういうわけか、コンチェの右手がやけに長く見えた。そのやけに長い右手が、頭の上で左右に振られている。なんだろうと思いつつ注意し、その正体に気づいた時、ユーノは目玉をぎょろっと広げてしまった。
「あぁ良かったですわ。ワタクシ、ほんとどうしたら良いのか」
「う、うん……」
「あ、ワイシャツとズボン。もしかして、お仕事中でしたの?」
「いや、それはいいんだけどその……、君のそれ……」
「ワタクシの?」
「腕なんだけど……」
ユーノが指差した先には、コンチェの左腕があった。ただその左手のある場所が、右手の中ということが問題で、本来左腕がある場所は、肘の先からすっかりなくなっていた。
「腕取れて……」
「あぁこれ。こんなの別にどうってことありませんわ。良くあることでしょう。たまにぽろっと取れたり」
「いや、それはないと思うけど……」
「ねぇユーノ君」
「なになのは」
「その腕、コード垂れてる……」
なのはの指摘した通り、コンチェの左腕からは、なにかのコードが垂れていた。血管や神経ではない、機械的な部品。よくよく注目してみると、引き千切られた腕の切れ目に、金属的な光が見えた。
人間ではない。ユーノはすぐさまそう判断した。
「とにかく、ワタクシなどどうでもいいですわ。早くお姉さまを」
「あ、うん……」
とりあえず平気そうなのは確かなので、コンチェの疑問は横に置いて、三人はアリシアのいる森の奥へ走った。
アリシアは太い木に寄りかかり、ぐったりと座り込んでいた。
額にびっしょりと汗を掻き、腹部を押さえている。その腹部からは、赤い血が遠慮なく広がっていた。
どうしてこんな場所で、こんなふうに放置しているのだろう。
また疑問が過ぎったが、ユーノはとりあえずアリシアの様子を細かくうかがった。
顔はフェイトと全く同じだが、いくらか幼さも感じられた。
怪我をして時間が経っているのか、熱が酷い。息も荒い。怪我は脇腹の怪我が主な怪我だったが、それ以外にも細かい切り傷が見えた。
「始めはワタクシの魔法で怪我を抑えていたのですが、ほら、ワタクシの魔法って、目を閉じたりすると効き目がないでしょう。意識がなくなってからは、全く効かなくて。それで治療魔法の使えるユーノさんならと……」
「うん。とにかくやってみるから」
ユーノは両手を広げてかざし、治療魔法を展開させた。
人が一人入る程度の大きさを持つ、緑色のドームが広がる。そうすると、アリシアの息が少し落ち着いたように見えた。
「あぁ良かったですわ。ほんと、どうなることかと」
「どうしてこんなことに。コンチェ、君とこの子はどういう人間なの。君は普通の人間じゃなさそうだし、この子はこの子で気にかかることがあるし」
「それは……」
「言わないなら、僕は協力できない」
「あっ、い、言います。言いますわっ!」
コンチェは取れた左手をアゴに当てて、しばらく悩んだ。その光景が、ユーノにはおかしく見えた。
「ユーノさんは、プレシア・テスタロッサという方をご存知ですわよね」
「あ、ま、まぁ……」
「その方が残した研究、通称プロジェクトF。その遺産が今だなお残ってることまではご存知でしょうか」
「遺産……? いや……」
「ワタクシもまだ表面的にしか存知ませんが、なんでも超短期間でSクラスに近づくアンドロイドを作れるとかなんとか。あぁ、これはまだ不確かな噂ですので、あまり信用しないでくださいまし。だいたいそれを作って軍事やテロに利用するのか、それとも他になにか利用する手があるのか、まだ分かりませんのよ。ただ、調べる価値はあるものですわ。だからワタクシ、その情報を掴むために、プロジェクトFの調査をしてたんですの」
「調査……。君はスパイってことかい?」
「まぁ、そう仰っていただいても結構ですわ。ワタクシもそのために生まれたようなものですし。ワタクシの魔法って、人を騙すのにぴったりでしょう」
「それでこの子は」
「お姉さまはナンバーズという兵器の試作品ですわ」
「ナンバーズ? 試作品?」
「えぇ。そのアンドロイドの集団が、ナンバーズという名。そしてお姉さまは、プロジェクトFの模倣品。つまり、最初にまずそっくりマネて、どういうものだか経験してみたという試作品ですの」
「じゃあこの人、フェイトちゃんとまるっきり同じってことなの……?」
ユーノとなのはは、顔を見合わせたまま考えに更けた。
フェイトと全く同じように作られたとしたら、自身をアリシアと名乗る理由も分かる。本当のアリシアの記憶を受け継ぎ、いつまでも優しいプレシアの面影を追いかけている。それがこのアリシアなのだ。
「お姉さまの願いはただ一つ。過去に戻り、お母さまと仲良く暮らすこと。それがお姉さまの願いですの。ワタクシはお姉さまが不憫で不憫で。どうしてもその願いを叶えてさしあげたくって」
「過去にってどうやって。まさかアヴァンシアの力にはそんなものまで」
「いいえ、詳しくは分かりませんが、なんでも十三番目のナンバーズになれば、その力を得られるのだとかなんとか……」
「十三番目のナンバーズ?」
「えぇ。そうすれば過去に戻り、やり直せる力を得られるとお姉さまは」
「そんなもの、あるわけないでしょ」
突然茂みの中から、女の子の冷たい声がした。
全員が顔をその方向に向けると、そこには水色の髪の女の子がいた。その子の瞳は鋭くこちらをにらんでいた。
すると合間を入れず、横からもう一人やってきた。
紅色の髪を束ねた、やけに明るそうな女の子だった。
「やっぱりここッスか。さっすがセイン」
「怪我に慌てて魔法を使ったわね。馬鹿みたい。それで気づかれないと思ったの」
「で、その二人はなんッスかね」
「分からない。でも仲間だと思う」
「ヤバイッスか」
「BP(バトルポイント)は……、そうね、並以上はある。男が1100、子供が1800。やっかいだけど、問題になる範囲じゃないわ。落ち着いていきましょ、ウェンディ」
セインという女の子が、隣にいるウェンディの背中をとんとんと叩いた。
二人がゆっくりと足並みを揃え、こちらに近づいてきた。
そのどっしりとした余裕に、ユーノ達は張り詰めた恐怖を覚えた。
その時、二人は脇から四角いカードホルダーを取り出し、前にかざした。そうすると、二人の腰に一本のベルトが巻かれた。
「ヘンシン」
「ヘンシンッ!」
現れたベルトに、カードホルダーを差し込む。
二人の体が一瞬光に包まれ、見えなくなった。そうして再び姿を見せた時、二人は全身鎧に包まれていた。
セインは白と青が混ざった、でこぼことした熊のような鎧。ウェンディは紅色の、つるっとした鎧。そんな鎧を全身まとって、顔だけ空気に晒している。
ユーノは一歩下がり、コンチェへ怒鳴るように尋ねた。
「彼女達は!?」
「ナンバーズですわ。お姉さまを奪い返そうとする!」
「いくッスよ!」
『スイングベント』
ウェンディがホルダーからカードを取り出し、左手の差込口にカードを入れると、ムチのような武器が現れた。
ウェンディが腕を振るい、ムチを放つ。
そのムチが伸びてくる直前、ユーノは慌ててシールドを張った。
ガィンッ!
ムチとシールドがぶつかり、激しくぶつかる金属音と火花が散った。
「ウェンディ、それ結構固いわよ。2000AP(アタックポイント)ぐらいじゃ破れないかも」
セインのアドバイスに、ウェンディは一旦ムチを引いた。
「なのは、今のうちに!」
「うん。レイジングハート!」
『all right』
「んっ。気をつけて。そのデバイスで、その子BPが800はアップしたから」
ユーノにはセインの会話が良く分からなかった。
BPだとかAPだとか、一体なんの話なのだろう。
しかしなのはだけはなんとなく分かっていた。恐らく彼女達が言っているのは、良く故障するアレのようなもので、自分達を見ているだろうと。日本で育ったなのはだからこそ、突然の不思議について来られるのであった。
「ちょっと待って、お話しよう!」
なのはがレイジングハートを構えながら、声を張り上げた。武器を構えながら交渉に入るなのはを見て、ユーノはなんだか懐かしさを感じた。
「どうして襲ってくるの!? 私達はこの人を助けたいだけなの!」
「なんか言ってるッスよ。もしかして、医者呼んだだけなのかも」
「ただの医者がそんな強いわけないでしょ。……でもいいわ、じゃあこうしましょ。そこを退けば、なにもあなた達の命まで取らない。それでどう」
「そんなのダメだよ!」
「ふぅん。交渉決裂させるの」
『ストライクベント』
セインは持っていた小型の斧にカードを入れると、両手に巨大な爪を生やした。
その鋭い爪を持って、セインはこちらに走ってきた。
なのははすぐさまレイジングハートを構え、杖先に魔力を溜めた。
するとセインは爪を地面に突き刺し、地中深く隠れてしまった。まるで熊というよりモグラであった。こうなると、なのははどこに向けて撃てばいいのか分からなくなってしまった。
『ファイナルベント』
地中の奥から、かすかにそんな声がした。
なにかまた新しい力を使ったのか。なのはは脇を締めた。
「グガアアアアー!」
その瞬間、真横から白熊のような巨大な化け物が飛び出して来た。
なのはは杖の向きをその化け物に変えた。
が、化け物はなのはの横を素通りしてしまった。
化け物が狙っていたのは、アリシアだった。
「お姉さま!」
化け物に掴まれたアリシアは、うつ伏せになったまま地面を引き摺られた。顔に土や枝を容赦なくぶつけながら、かなりの速さでである。
そうして十メートルほど引き摺られると、突然地中がぼこりと膨れ上がった。その地中から飛び出して来たのは、爪を天に向けたセインだった。
セインが地中から飛び出すと、爪先をアリシアの腹に刺し、そのままアリシアを空高く持ち上げた。
「クリスタルブレイク!」
セインの爪先に魔力が集中する。それから間髪入れず、爆発が起きた。周囲には爆発の破片である、氷の塊が飛び散った。
煙が晴れた後、セインの爪の先にはなにも残っていなかった。
あっけない。
守る間もなく、一瞬で終わってしまったのか。
「危ない危ない」
空気に絶望感が染み込む中、また知らぬ声が聞こえた。
ユーノが顔を横に向けると、コンチェの隣に、短い青髪の女の子がアリシアを抱えて立っていた。頭にハチマキを巻いた、これもまた活発そうな女の子だった。
「スバル……、お姉様……」
「コンチェ、この子預かってて」
「はい」
「コンチェ、この子が過去の世界で消滅すると、現在のアタシの世界も消滅する!」
「え? は、はぁ」
「スバル・ナカジマ! 生きてたの!?」
「この世に光がある限り、アタシはいつでも蘇る! セイン! 子供達のムササビにかけた夢と期待を裏切り、命まで取ろうと企んだお前を許すわけにはいかない!」
「ムササビ!? な、なにを言って!」
「さぁ行くぞ! とぅ!」
スバルが先頭を切って、セインとウェンディに飛び掛った。
どうやら今度来たのは、コンチェの仲間らしい。
しかしユーノは気がかりなことがあった。元気で明るいと言えばいいのだが、スバルの瞳はどこか焦点があっていなかった。
ユーノはアリシアの腹の傷を治しつつ、コンチェに尋ねた。
「あ、あれは……、誰なの?」
「ワタクシの本当のお姉さま……、って言えばよろしいでしょうか。あまり認めたくはないですが」
「あぁそう……。でもなんだかあの子、言ってることがちょっと変というか……」
「スバルお姉さまは昔、大きな火事に遭って。そしてその時、お姉さまは酸素欠乏症にかかってしまい……、あのような性格に……」
コンチェがちょんちょんと目元を拭いた。そういう事情ならと、ユーノは納得した。
しかしたった一人で戦いを任せて平気なのだろうか。
ユーノは援護に入るべきか、それとも様子を見て極力関わらないでいるほうがいいか。そのどちらが自分にとって最も利のあるものか考えた。
そうしていると、コンチェがユーノの手を、取れた左手で叩いた。
「早く逃げましょう」
「逃げるって、君のお姉さんは」
「スバルお姉さまは何度死んでも平気ですわ。そういう人ですもの。それよりここにいるほうが危険ですわ。ご覧になってくださいまし、お姉さまの目を。黄色になっていらっしゃるでしょう」
「あ、うん」
「あれ、超やばい証拠ですわ」
なにがやばいのか。しかしやばいと言うのなら、なにかやばいのだろう。
ユーノは恐怖で身構えながらも、ほんの少し好奇心が沸いた。
セインとウェンディの二人は、なにか恨みか因縁でもあるのか、こちらを放っておいて、スバルばかりを睨んでいた。
「仇ッ! 取らせてもらうッスよ!」
『ファイナルベント』
ウェンディがまたカードを通した。すると空から紅色の鳥、というか、紅色のエイが降りてきた。ウェンディはそれに飛び乗り、猛スピードでスバルに向かっていった。さながらサーフボードにでも乗っているようだった。
それに対しスバルは右腕を構え、真正面から対抗するつもりでいた。
そんな光景を見たコンチェは、顔を青ざめさせた。
「お、お二人とも! 早く防御を! 結界を!」
「ど、どうしたのそんな慌てて!」
「慌てるもなにもありゃしませんわ! 巻き込まれて死にたいんですの!?」
コンチェの慌てっぷりを見て、ユーノとなのははとりあえず二重のシールドを張った。
目の前では今にも二人が衝突する寸前だった。
「AP5000のカットバックドロップ、ターンなしッス!」
「炎の力は、アタシのエネルギーだッ! ちょんぴろすぽーんっ!」
スバルの拳と、ウェンディが激突する。
その瞬間、強烈な突風が周囲に巻き起こった。
木々を押し倒し、砂埃どころか土を巻き上げ、岩を吹き飛ばす衝撃。シールド越しでも細かい空気流だけが付きぬけ、四人の髪と頬の肉を真横に引っ張った。それは音速を超えたスバルの拳が巻き起こしたソニックブームだった。
「な、なにこれぇ!?」
今にも破られそうなシールドを抑えながら、なのはが声を上げた。
「大理不尽パンチですわ!」
「大理不尽!?」
「ただでさえマッハを超えるパンチに電磁加速を加え、拳速を超ウルトラマッハに高めたパンチ! その威力は戦車一つに大穴を空けて場外ホームランにし、巻き起こる衝撃波で山一つをハゲ山にするほどの理不尽っぷりですわ!」
「そんなのってありなのぉ!?」
「も、もうだめだ……っ! これ、持ちこたえられ……、うわぁあああああーーー!」
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