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「トマトは要らないわ、
今の時期だと古いテニスボールみたいだから」
ティッピーと別れてから自宅に寄り、急いで昼食をすませた。口に入るものならんでもよかったが、冷蔵庫はほとんど空っぽで、やむをえずアスパラガス・スープの缶詰を開けた。この缶詰は、もともと何かにかけるソースのかわりに買ったものだった。料理の初心者にはこの出来合いの白いソースが欠かせないと教えられた。ポーク・チョップにクリーム入りセロリ・スープをかけ、350度のオーヴンで1時間焼く。ミート・ローフにはクリーム入りマッシュルーム・スープをかけ、同じ温度で同じ時間オーヴンで焼く。チキンの胸肉にはクリーム入りチキン・スープをかけ、ライスを半カップ加える。ヴァリエーションは無限で、なによりいいのは、一度客を食事に呼ぶと、もう二度とやってこなくなることだった。いま挙げた料理のほかにも、スクランブル・エッグやけっこういけるツナ・サラダもつくれるが、レパートリーはそこまでだった。サンドウィッチを食べることが多く、ピーナッツバターとピクルス、チーズとピクルスの2つが好物だった。もう一つ、全粒パンにスライスした熱い固茹で卵をのせ、それにたっぷりの塩とベスト・フーズのマヨネーズをかけて食べるのもおいしい。わたしのとっては、料理をするただ1つの理由は、なにかほかのことを考えながら両手を動かしておくためだった。
………
スープを飲み終え、ボウルを洗い、1つしかないスプーンといっしょにラックに置いた。この調子でシリアルとスープの夕食を続けていれば、1週間はべつな皿を汚さずにすみそうだ。
(『無実のI』p268)
引用文の「わたし」キンジー・ミルホーンは、スー・グラフトン(Sue Grafton)が産んだ現代を代表する女性私立探偵である。1982年の『アリバイのA』(A is for Alibi)でデビューして以来、『泥棒のB』(B is for Burglar)、『死体のC』(C is for Corpse)と続き、既に<アルファベット・シリーズ>は10作を越えている。『無実のI』(I is for Innocent、ハヤカワ文庫)は第9作目の作品である。
キンジーは幼くして両親を交通事故で失い、叔母に育てられた。高校を卒業後警察学校に入り、カリフォルニア州サンタテレサ署に配属された。男性警官によるセクハラと安月給に耐えかねて退職し、2年間様々な職を転々としたあと、ある私立探偵事務所に勤めた。2年後に私立探偵のライセンス取得と同時に独立。
デビュー当時32歳だったが、1作毎に2ケ月年をとり、『無実のI』のときは33歳である。身長5フィート6インチ(約168センチ)、体重118ポンド(約54キロ)。ダークでストレートな髪、はじばみ色の目。鼻は2回骨折。ジーンズにタンクトップ、タートルネックのセーターといったラフな服装を好み、ストッキングはめったにはかない。おしゃれには興味がなく、化粧したこともほとんどない。
料理に関しては、ネロ・ウルフが聞いたら怒り出しそうなほど単純な考え方を持っている。つまり、「料理をするただ1つの理由は、なにかほかのことを考えながら両手を動かしておくため」なのであって、楽しみでもなんでもない。できるだけ手抜きをする。好物は、ピーナッツバターとピクルスあるいはチーズとピクルスのサンドウィッチだ。
毎日ジョギングをし、週に3回はジムに通って身体を鍛えている。
だが、がさつな感じを与えない。
サラ・パレツキーのヴィクことV・I・ウォーショースキーと人気を2分するが、ボクはどちらかと言えばヴィクのファンだ。ヴィクがシカゴでキンジーがサンタテレサという土地の馴染みやすさもあるが、ヴィクの方が人間として、女としてわかりやすいと思うのだ。
スー・グラフトンもサラ・パレツキーもお互いに意識しているのだろう。
わたし(ヴィク)はつねづね、キンジー・ミルホーンが細大もらさず記録をつけているのを、いささか妬ましく思っている。
(『ダウンタウン・シスター』p211)
ヴィクがキンジーが「最大もらさず記録をつけ」1週間毎に依頼人に対して報告を兼ねて経費の明細を送っていることを妬ましく思っている、なんてことをサラ・パレツキーは書いている。ヴィクは整理整頓が悪く、本当にきちんと経費を請求できているのだろうかと、こちらが心配になる。
さて、『無実のI』である。老練な私立探偵のモーリーが突然死し、仕事がキンジーに回ってきた。6年前イザベルという女性建築家が自宅で射殺された事件で、彼女の夫であるデヴィッドの犯行の証拠を集めることがその内容だ。6年前の公判でデヴィッドは告発されたが、証拠不十分により無罪となっていた。一事不再理の原則のために、デヴィッドを再び刑事裁判にかけることはできないが、イザベルの前夫であるケネスは民事訴訟を起こし、デヴィッドがイザベルの死に責任があることを理由に彼から遺産相続権を取り上げようとしていた……
「あら、もうすぐ1時だわ。おなかがすいてきたけど、あなたはもうお昼を召し上がったのかしら?」
「どうぞおかまいなく。もうじき失礼しますから。わたしならオフィスに帰る途中でなにか食べます」
「どうかいっしょに食べていってくださいな。これからサンドウィッチをつくりますから。1人で食べるよりおいしいわ」
こころから言ってくれているようだったので、わたしは微笑を返した。「ええ、ではごちそうになります」
(『無実のI』p74)
キンジーが、イザベルに関する情報を集めるために、その双子の姉シモーンを尋ねた場面だ。シモーンとキンジーは初対面である。初対面の人を昼食に誘い、その料理がサンドウィッチ。とても自然な会話。サンドウィッチが出来た。
シモーンはアイス・ティーを入れたピッチャーとサンドウィッチを盛った皿を持って、テーブルのほうにやってきた。わたしたちは食事をはじめた。きめの荒いパンは薄くスライスされ、軽くバターが塗ってあった。庭から摘んできたらしい葉っぱがサンドウィッチから顔をのぞかせていた。
「クレソンよ」わたしの顔を見て、彼女は言った。
「大好物です」つぶやいて口に入れたが、食べてみるとこれがぴりっとした辛味があっておいしかった。「イザベルの写真はありますか?」
(『無実のI』p79)
キンジーがサンドウィッチを好むのは、亡くなった母親が作ってくれたサンドウィッチがおいしかったからだ。また、母親が作ってくれたのと同じサンドウィッチを作ることによって、両親の死の悲しみを癒しているのだ。
お気に入りは、ひっくり返ったトマトジュースの缶のなかに住んでいるトウィッグという小さな妖精を見つけた女の子の話だった。幻想の家のなかで空想に耽っていたというわけだった。泣いた覚えはない。4ケ月間、鼻歌を歌い、それから絵本を読んだ。こうして子供なりに悲しみを癒そうとしたのだろう。母親が作ってくれたのと同じチーズとピクルスのサンドウィッチを食べた。そっくり同じでなくては嫌だったので、自分でこしらえた。たまにチーズのかわりにピーナッツバターを塗ったが、これもおいしかった。叔母は余計な世話はやかず、わたしはだれにも邪魔されずに徐々に悲しみを克服していった。両親は5月の戦没将兵記念日に死んだ。その年の秋、わたしは学校に通いはじめた……
(『無実のI』p70)
ピ―ナツバターはアメリカの子供たちの大好物。ピーナツも極めて「アメリカ的」な食べ物である。
さて、サンドウィッチ(sandwich)である。
サンドウィッチの生みの親は、イギリスのサンドウィッチ(地名)の伯爵だったジョン・モンタギュー、いわゆるサンドウィッチ伯。1762年、賭事に熱中して食事の時間を惜しんだ伯爵は、パンに肉を挟み、食べながらゲームを続けたという。
アメリカ人がサンドウィッチを知ったのは19世紀半ばで、人気の食べ物となったのは、白い柔らかいパンが好んで食べられるようになった19世紀後半以降と言われている。作るのが簡単で持ち運びのできるサンドウィッチは、食事に手間暇かけずによく動くアメリカ人のライフスタイルに合致し、イギリスでよりもはるかに愛されている。とりわけ、忙しく動き回る私立探偵には愛されているようだ。国民食ハンバーガーが出てこないミステリーはあるけれど、サンドウィッチが出てこないアメリカのミステリーにはあまりお目にかかったことはない。
アメリカ人は家庭でサンドウィッチを作るほか、サンドウィッチをデリカテッセンなどで注文する。こうした店では客の好みをいちいち尋ねてから作っていく。初めてアメリカでサンドウィッチを注文すると、「なんで、サンドウィッチごときを注文するのにこんなに苦労しなければならないのか」と苛立ってしまう。ボクなんか、サンドウィッチというのは耳を切った食パンを三角形か長方形に半分に切った出来合いのハムサンドか卵サンドという固定観念しかなかったので、やれパンは何にする?やれ何を入れる?マスタードは?マヨネーズは?レタスは?なんて聞かれると困ってしまうのだ。思わず「ボクは何でも食べるから、まかせる」と言ってしまいたくなる。出来合いのサンドウィッチは、およそコンビニエンス・ストア以外には売っていないのだ。
被害者意識で固まった人々のあいだに甲高い女性の声が響いた。
「わたしは反対ね。わたしはそんなふうには思わないわね。そんな考え方は三国同盟やユダヤ人の世界経済支配説五十歩百歩だわ。グリルしたチーズとベーコン添えのサンドイッチを待つあいだぐらい、静かにしてもらえないかしら−−トマトは要らないわ、今の時期だと古いテニスボールみたいだから」
(『チャーム・シティ』p65)
「焦げてるわよ。引っくり返して、引っくり返して!」ホイットニーがグリルのそばの、背の低い男に怒鳴った。男は彼女が愛を誓ってくれでもしたかのように、ぼんやりと笑っている。「その端のところ、切り落としてちょうだい」
(『チャーム・シティ』p70)
引用した『チャーム・シティ』(Charm City、ハヤカワ文庫)は、ローラ・リップマン(Laura Lippman)の<テス・モナハン・シリーズ>第2作。このシリーズは現役の新聞記者である著者が長年住んでいるボルチモアを舞台に元新聞記者の女性探偵テスを活躍させるとてもさわやかなミステリーだ。まだ、3作しか書かれていないがボクが楽しみにしているシリーズの1つである。特に、ボルチモアの描写がすばらしい。
引用は、両方とも主人公テスの友人ホイットニーがサンドウィッチを注文している場面だ。ホイットニーは、地元の新聞社《ビーコン・ライト》の記者で、上昇意欲の極めて強い女性。サンドウィッチを注文するにもこれぐらいの気迫と参加意識がないとだめなのだ(?!)アメリカというところは何でもそうだ。「お任せします」では生きていけないのだ。
パンは一番多いのがサンドウィッチ・ブレッドとまたはサンドウィッチ・ローフと呼ばれる10センチ四方の薄切り食パン(耳は切らないのが普通)で、イタリアン・ブレッドやピタ・ブレッドも人気が高い。地方によってはフランスのバゲットやユダヤのベーグルもよく使われる。パンにはたいていマスタードかマヨネーズを塗る。
はさむものも地方色が多少見られるが、ロースト・ビーフ、ハムとチーズ、七面鳥の薫製、そしてマグロの缶詰や茹で卵をマヨネーズで和えたものなどが全米で一般的である。肉類に加えて、レタスやトマトやタマネギの薄切りなども一緒に挟むので、かなり分厚くなる。
ここでまたボクの恥をさらしてしまおう。ミシガン湖とかウィスコンシンのコーン畑とかアメリカの馬鹿でかいものはいろいろ見て驚いたが、ボクの原体験はエヴァンストンのホリディ・インで食べたクラブ・サンド(club sandwich)にある。
アメリカでの初めての夜、緊張でくたくたに疲れ食欲もなかったが、何か軽いものを口にしておいた方がよいだろう。しかし、地理もよくわからず、英語にも自信がなかったので、外に出るのはやめて、泊まったホリディ・インのルーム・サービスを利用することにした。メニューを見る。よくわからない。sandwichはわかった。sandsichの前にclubと書いてあるが、サンドウィッチにかわりがなければそれでよい。部屋の電話をとって注文した。相手は聞く。「コーヒーか紅茶は?」「コーヒー」とボク。そのあと、「○○○のコーヒーか?」○○○がよく聞き取れなかったがコーヒーなら何でもいいから「イエス」とボク。
数10分後に、黒人のおにいさんが大袈裟に例の台車のようなもので運んできた。「ありがとう」とボク。だが、おにいさんはどこに置こうかとか、なんとかとか、なかなか出ていかない。ああ、そうだ、ガイドブックにはチップをあげることと書いてあった。チップを渡すと"Have a nice day!"とニコニコして出ていった。どうも、渡しすぎだったようだ。
問題のクラブ・サンドを見てびっくり。大きな皿に3枚重ねで、ハムやチキンやレタスを挟んだ背の高いサンドウィッチがいっぱい、その回りにこれまた山盛りのポテト・チップス。これが一人前なのか!そして、コーヒーは大きなポットに入っていた。わかった。電話の相手は、"a pot of coffee?"と聞いていたのだ。ボクの頭にあったのはそういう意味では"a cup of coffee"だったのだ。先が思いやられる。クラブ・サンドを2切れ口に入れたらもう満腹になってしまった。これは本当のことだが、ボクは夕食、翌日の朝食、昼食と3回の食事で、このクラブ・サンドをようやく平らげたのだ。よく言われるように、こんなものを一人で食べるアメリカ人と一緒にやっていけるのだろうかと不安になったものだ。これが17年前の話。それ以降、ボクはクラブ・サンドを注文したことはない。
ハンバーグのことをアメリカの国民食として紹介したが、サンドウィッチは自宅で食べることも多いので、食べる回数でいえば、キンジー・ミルホーンならずとも、ハンバーグ以上だろう。ある調査によれば、全アメリカ人の99%がデリ・ミートを使ったサンドウィッチを食べていたという。
特に20代の若者は週に5回以上は食べているという調査結果もある。人気があるのは、順にハムサンド、B・L・T(ベーコン、レタス、トマト)、コンビーフサンド、、パストラミサンド。
19世紀後半から20世紀の初頭にかけて、ドイツや東欧のユダヤ人が大挙してアメリカに移住してきた。ユダヤ人移民の多くがニューヨークにとどまった。今でもニューヨークにはたくさんのユダヤ人が住んでいる。
ユダヤ人移民が始めた商売がデリカテッセン(delicatessen)だった。初めは仲間うちで食べるユダヤ食を扱っていたが、そのうちに一般の食品も売るようになると、次第にニューヨーカーの馴染み客も増え、やがてデリ(deli)の愛称で呼ばれるようになった。
デリカテッセンという言葉は、ドイツ語のDelikatessenに由来する。ディカット(delikat)は「おいしい」というドイツ語で、これに「食べる」という意味のEssenが結びついて生まれた言葉である。
共通点はただ1つ――にして十分だが――われわれが共にニューヨークからの移民であるということだ。初めて遭ったのは1年前、新しいショッピングセンターの中に「これぞ正真正銘のニューヨーク式デリカテッセン」というふれこみの店ができて、その開店当日にそこで知り合ったのである。店のほうは期待外れもいいところだった。ニューヨークのデリのシェフでパストラーミをあんなふうに扱う奴がいたら、たちどころに放り出されるだろう。しかし憤慨し合っているお互いに、マイクとわたし(デイヴ)は共通点を見つけ、それ以来時たま友情を温めているというわけだ。
(『ママ、手紙を書く』p20)
ジェイムズ・ヤッフェ(James Yaffe)の<ママ・シリーズ>はボクのお気に入りのシリーズの1つだ。シリーズの詳細は、いつか、「ユダヤ人について」の中に正統派でない《アメリカのユダヤ人》を追加する予定で、その時に書きたい。引用文の文脈だけいえば、〈ブロンクスのママ〉は正統派ではないが、時々シナゴーグには顔を出すユダヤ人。その息子デイヴは、ほとんどユダヤ教のしきたり等には関心はない。場所はロッキー山脈の裾の田舎町メサグランデ。デイヴは住み慣れたブロンクスを離れメサグランデの住人となっている。「ニューヨークからの移民」というのはそういう意味だ。デリカテッセンはニューヨークのユダヤ人が始めたものだという感じがよく出ている。
一般的なデリは、細長い店の片側に缶詰や瓶詰めの棚があり、もう片側には冷蔵ショーケースがあって、中にはハム、ソーセージ、チーズ、サラダ類が並び、ケースの裏側にはまな板と簡単なキッチン設備を備えていて、サンドウィッチなども作ってくれるのだ。
私はあちこち歩き回った。午にYMCAに寄ったが、なんとなく落ち着かなくて、話し手の談話の途中で抜け出した。ブロードウェイのデリカテッセンでパストラミ・サンドウィッチを食べ、ブライア・ダークを1本飲んだ。夕食の時に同じビールをもう1本飲んだ。8時半にセント・ポール教会まで行った。が、そのブロックまで行きながら地下の集会場の中にははいらず、ホテルへ引き返した。そしてずっと部屋に引きこもった。飲みたかった。が、すでに私はビールを2本飲んでいた。1日2杯が自分の適量だと思った。それを超えないかぎりはなんの支障もないだろうと思った。それを朝一番に飲もうと、1日の最後に飲もうと、私の部屋で飲もうと、バーで飲もうと、ひとりで飲もうと、何人かと一緒に飲もうと、そんなことはどうでもいい。
(『八百万の死にざま』p104)
『八百万の死にざま』(Eight Million Ways to Die、ハヤカワ文庫)は、ローレンス・ブロック(Lawrence Block)の<マット・スカダー・シリーズ>の代表作だ。<マット・スカダー・シリーズ>は1980年代から90年代にかけてのハードボイルドの傑作と言われる。スカダーがニューヨーク市警の刑事をやめたのは、2人組の武装強盗を狙って撃った弾が、誤ってたまたま路上にいた女の子の眼を撃ち抜き、即死させてしまったからだ。この経緯はこれはシリーズ第1作『過去からの弔鐘』(The Sins of The Fathers、二見文庫)に描かれている。
「私が撃った銃弾の一発がそれて跳飛した。そしてそれは7歳の女の子の眼を撃ち抜いたんだ。跳飛弾にはあまり威力はないものだ。だからもし弾丸が1インチでも上にそれていたら、たぶんその子の額をかすめていただけだったろう。そのために醜い傷痕が残ったかもしてないが、それ以上のことはなかったろう。でも、実際にあたtったのはやわらかい眼だった。で、弾丸は彼女の脳にまでたっしてしまった。即死だった」私は自分の両手を見つめた。震えはほとんど眼には見えなかった。私はコーヒーのカップを取り上げ、中身を咽喉に流し込んでから言った。「私に過失はなかった。実際のところ、私は表彰されたくらいさ。でも私はそのあと警察を辞めた。もうお巡りでいたくなくなったんだよ」
(『過去からの弔鐘』p23)
警察を辞職すると同時に、この事故が契機となって、スカダーはアルコール依存の道を歩むことになる。コーヒーを1日中飲んでいるか酒を飲んでいるかのスカダーがデリカテッセンでパストラミ・サンドウィッチを食べる場面というのは珍しい。
デリ・ミートは、肉屋で売られる鮮肉ではなく、加工された畜産肉をいう。現在では、デリで加工するわけではなく、大手業者が大量生産して、卸業者がデリに運んでいるだけである。主なデリ・ミートには、ハム(ham)、ベーコン(bacon)、サラミ(salami)、ボロニア(bologna)、ローストビーフ(roast beef)、コンーンビーフ(corn beef)、パストラミ(pastrami)などがある。
次は『二日酔いのバラード』から、女弁護士とトレースとの掛け合い漫才をどうぞ。もっともっと続くのだが、きりがないので途中で切って紹介する。
「いらっしゃい。ワインは」
「忘れた」
「よかった。わたしも料理をつくるのを忘れた。自分でお酒をいれて、すわっていてちょうだい。ロースト・ビーフはいかが。デリカで買っておいたの」
「いただこう」
「ライ麦パンは」
「ふすま入りの?」
「もちろん。ふすまのはいっていないライ麦パンがある?」
「いただこう」ウォッカを注いで、ダイニング・ルームにはいると、ガラスのテーブルの上で高さのちがう2本の蝋燭が燃えていた。チャーリー・パーカーのアルバムが2枚見つかったので、それをステレオにかけた。
テーブルにむかったとき、声がきこえた。「ロースト・ビーフになにをかける。マヨネーズ?」
「まさか。そんな恐ろしいことはできない。ケチャップを」
「ロースト・ビーフにケチャップをかけるの?」
「ロースト・ビーフのことなら、なんでもおれにきいてくれ」
数分後に、彼女はダイニング・ルームにはいってきて、ロースト・ビーフのライ麦パン・サンドイッチをテーブルの上においた。窓からさしこむ夕日で、髪に火がついているように見えた。
トレースは思った。美しい。美しすぎるほどだ。
また数分後に、今度はコールスローとケチャップとマヨネーズと酒をもってもどってきた。
それから椅子にすわり、ロースト・ビーフにケチャップをかけるのを見て、言った。「まずそう」
「いや、これが論理的なんだ。ロースト・ビーフは赤い。だから、赤いものをかける。白いもの、たとえばチキンとかターキーとかツナには、白いもの、すなわちマヨネーズをかける。茶色のもの、たとえばボローニャソーセージには、茶色のもの、すなわちマスタードをかける。この法則を理解すれば、人生はよりシンプルになる」
(『二日酔いのバラード』p163)
サンドウィッチの種類に移る。
さきほど人気のあるサンドウィッチ紹介したが、ボクの印象では、ミステリーによく出てくるのは、パストラミ・サンドとB・L・Tサンドのようだ。人気3位とされているコンビーフ・サンドは意外に見かけない。
スカダーがブロードウェイのデリカテッセンで食べていたのがパストラミ・サンドウィッチだ。
パストラミとはハンガリー系のユダヤ語が語源らしく、英語のpreserve(保存する)とも関係があるらしい。牛の肩肉(shoulder)を使い、粗塩をよくすり込んで一晩置き、食塩水にスパイスやハーブや香味野菜を入れて作っておいた液に3〜4日漬け込む。この間に肉の中に塩や香味がしっくりと浸透する。時間をおいて取り出したら、ざっと塩抜きして今度はオレガノと粒コショウをまんべんなくすりつけ、煙薫に移る。この時温度は25度以上に上げてはいけないそうである。
この工程でわかるように、ステーキやローストビーフと違ってパストラミの場合には、肉汁が外に逃げない。つまり。旨味が肉の中に留まっている。スライサーにかけて薄切りにしたものを、パンにはさめばパストラミ・サンドができる。ライ麦パン(rye bread)にはさんだものが最も人気が高いようだ。
パストラミはボクの大好物だ。ステーキやローストビーフよりもパストラミの方が好きなのだ。アメリカのデリで食べるようなパストラミが何枚も重ねられ、サンドウィッチというより肉の塊のようなパストラミ・サンドは自宅では作れないが、週末に気が向くと三越の食品売り場でパストラミを300グラムぐらい買って、薄い(?!)サンドウィッチを作って食べている。オレガノと粒コショウ。なんともいえない肉汁の旨さがアメリカ的。子供にも好評だ。
《朋友会》のメンバーのうち、ケアリーの大好物はハンバーガーだが、グレアムとレヴァインは2人ともライ麦パンのパストラミ・サンドが好物のようだ。
マッキーガンがグレアムの前に、ライ麦パンのパストラミ・サンドイッチと、フライドポテトと、注ぎたてのビールを並べた。
(『ストリート・キッズ』p140)
ウェイターが、料理を大きな盆に載せて持ってきた。
「お気に召すといいがな。おれの一存で選んだ」
グレアムにはライ麦パンのパストラミ・サンド、ニールにはレアのチーズバーガーとポテトフライ、レヴァインにはサラダが配られる。
(『高く孤独な道を行け』p66)
(レヴァインは)指で机をこつこつとたたく。空腹だった。マスタードをきかせたライ麦パンのパストラミ・サンドとビールが欲しいところだ。ビールは、ライト・ビールなどではなく、腹にずんと沈む芳醇な黒ビール。それとポテトチップスがひと袋。
(『高く孤独な道を行け』p203)
コンビーフ・サンドウィッチは、ありとあらゆるサンドウィッチを食べているスペンサーが食べている他は、『ラブラバ』に出てくる悪役ノーブルズが好んで食べるぐらいか。
「ご推薦料理は?」私がきいた。
「コーン・ビーフはおいしいわ」
スニーカーをはいた太って気が強そうだが疲れている感じのウェイトレスが注文をとりにきた。
私がコーン・ビーフ・サンドウィッチとビールを2人分頼んだ。テリイ・オーチャドが煙草に火をつけて鼻から煙を出した。
(『ゴッドウルフの行方』p22)
ノーブルズは、まだコーンビーフのサンドイッチを半分ほどと、半分生のフレンチ・フライを数片残していた。イーライの店のサンドイッチはうまいんだが、フライをこってり揚げるってことができねえ。彼はサンドイッチにかぶりつきながら、ティースプーンをもてあそんでいるクンドー・レイに言った。
(『ラブラバ』p205)
ちなみに、コンビーフは日本で「コンビーフ」と呼んでいるものとちょっと違う。日本では缶詰をイメージするが、アメリカでは缶詰にする一歩手前のものをいう。運動量が多く筋肉が発達している牛の胸肉(brisket)やもも肉(round)を使う。固いので柔らかくすために塩をこすりつける。塩は柔らかくするほかに、保存性を高めるという効果がある。次に食塩水に硝石を加えた液に10日ほど漬ける。その後蒸し煮すると出来上がりである。コンビーフの缶詰を開いたとき、肉の回りに白い脂肪の固まりが見えるが、これは真空密封する際に加える牛脂で、生のコンビーフには脂肪は少ない。
B・L・Tサンドウィッチ(bacon-lettuce-and-tomato sandwich)は、文字通り、ベーコン、レタス、トマトをはさんだサンドウィッチである。ちょっとしつこいが、気が付いたものを全部引用してみよう。人気の高さがわかるだろう。まずは、ヴィク。
何かを食べれば元気が出るかもしれない。食事をしたのは6時間前のことで、それも全部もどしてしまった。最初に通りかかったコーヒー・ショップへ入った。メニューにはバラエティ豊かなサラダが出ていたが、わたしはBLTサンドウィッチとフライド・ポテトにした。脂肪(グリース)は野菜(グリーン)よりもはるかに心をなごませてくれる。とにかく、わたしの体重は今も減る一方だ――もとの体格にもどすために、炭水化物をせっせと詰め込まなくては。
(『バーニング・シーズン』p469)
次は、キース・ピータースン(Keith Peterson)の<ジョン・ウェルズ・シリーズ>第2作『幻の終り』(There Fell a Shadow、創元推理文庫)から。主人公は《ニューヨーク・スター》紙のトップ記者であるジョン・ウェルズ。「わたし」という一人称で語られるハードボイルドだ。マッケイとランシングはウェルズの同僚。密かにウェルズに対して恋心を抱くランシングは、忙しさに朝食をとるのも忘れるウェルズの身体を気遣っている。
午後3時頃になって、マッケイが再び顔を出し、わたしのデスクのうえに紙袋を放り出した。
「わたしをなんだと思ってる、恵まれない国か?これはなんだ?」とわたしは言った。
「ベーコン・レタス・トマト(BLT)サンドですよ」とマッケイは言った。「ランシングが食べろって。食べないと、あなたの猫を殺すそうです」
「猫は飼ってないよ」
「まずあなたに猫をプレゼントして、それから殺すんだそうです。猫の名前は『うすよごれ』にするって」
「まいったね」とわたしは言った。「まったく口の減らない娘だ」
(『幻の終わり』p154)
ロス・トーマス(Ross Thomas)は玄人受けする作家だと言われる。代表作『女刑事の死』(Briarpatch、ハヤカワ文庫)と『神が忘れた町』(The Fourth Durango、ハヤカワ文庫)から引用しよう。前者はアメリカ探偵作家クラブ賞受賞作だが、ボクは、なんともいえない不思議な雰囲気を漂わせている後者の方が好きではある。Durangoという町はコロラド州、メキシコ、スペインと3箇所にある。本書の舞台はウェスト・コーストの小さな町で《4番めのDurango》。これが、『神が忘れた町』の原題だ。
アンナ・モード・シンジは気が変わって、〈ピンキーのバーとグリル〉という店で、ベーコンとレタスとトマトのサンドイッチを食べ、ブラディ・メアリを呑んだ。Grilleの最後のeの文字が、ディルは気にかかったが、中へはいると、寄木の調度と植木が多すぎることはあったが、なかなかいい感じだった。彼はビールとチーズバーガーを注文した。チーズバーガーはすばらしかった。シンジは彼女のベーコン・レタス・トマト・サンドも大変けっこうだといった。
(『女刑事の死』p251)
ヴァージナ・トライスがふたりのいたボックスにきて、「電話がかかってるわ」と知らせたとき、ヴァインズは生ビールを飲みながら、チリを食べていた。彼はそのチリはヒメウイキョウの入れすぎで、トウガラシがたりないと思った。ベーコンとレタスとトマトのサンドイッチを頬ばっていたアデアは困ったように、ヴァインズに肩をすくめて見せた。「どっちにかかってるんだね」
(『神が忘れた町』p312)
最後はご存知、ボストンの私立探偵スペンサーの名を大いに高めたロバート・パーカー(Robert B. Parker)の『初秋』(Early Autumn、ハヤカワ文庫)から。アイルランド系のスペンサーにユダヤ系の恋人スーザン。
「おれを愛すれば、おれの難題を愛することになる」
「その交換条件(トレード・オフ)は割が悪いんじゃないか、と思うことがあるわ」
「また始まった、すぐ得意の教育管理用語を使うんだ」
スーザンが冷蔵庫の中をのぞいた。「交換条件と言いたい時には、はっきりそう言うわよ。例のウィリアムズバーグ・ベイコンがあるわ。ベイコン、レタス、トマトのサンドウィッチがかなり作れるわ」
(『初秋』p114)
体系だってサンドウィッチの種類を説明していくのも難しいので、以下アト・ランダムに紹介する。
2時にポールに言った、「腹へらないか?」
「へったよ」
「ニューベリーのサンドウィッチ・ショップへ歩いて行って、なにか買ってこないか?」
「どこにあるの?」
「1ブロック下がって角を曲がったところだ。ブルックス・ブラザーズの向かいだ」
「オーケイ」
「金を渡した。「なんでもいいから、うまそうなのを買ってこいよ」
「あんたはなにがいいの?」
「おまえの判断にまかせるよ」
「オーケイ」
彼が出て行き、私はファイルを調べ続けた。ポールが、カラス麦のパンの七面鳥サンドウィッチ、ライ麦パンのロースト・ビーフ・サンドウィッチ、レモン・パイ2つとミルクを1カートン買って戻ってきた。私はオフィスのポットで沸かしたコーヒーを飲んだ。
(『初秋』p277)
『初秋』が話題になったのは、ハードボイルド小説でありながら、相手にする悪役がギャングでも巨大企業でもなく、依頼人の女性とその夫で、守る対象が彼らの息子ポールだったからだ。アメリカのアッパー・クラスの夫婦と子供の関係そのものが事件の中心にあるという意味で画期的だった。最初のうちポールはスペンサーに対して生意気を言って困らせるが、2人は次第に打ち解けていく。この2人の心のふれあいが読みどころである。
ポールが買ってきたライ麦パンのロースト・ビーフ・サンドウィッチも人気がある。特に説明を要しないだろう。
1920年代後半のサンフランシスコを舞台にハードボイルドの生みの親ダシール・ハメットを描いたジョー・ゴアス(Joe Gores)の『ハメット』(Hammett、角川文庫)にもロースト・ビーフ・サンドが出てくる。グッディはハメットの恋人だ。
上甲板の仕切られたキャビンの食堂で、グッディは、“博覧会風”クラム・チャウダーと、グレイヴィ・ソースとマッシュ・ポテトを添えたローストビーフ・サンドイッチを買った。ハメットはコーヒーを頼み、いわれるままに50セントを払った。
(『ハメット』p215)
ポールが買ってきたもう一つのサンドウィッチは、カラス麦パンの七面鳥サンドウィッチである。
ターキー・サンドウィッチは、脂肪分が鶏の3分の1というヘルシーさがうけるのか、ダイエット指向のアメリカで最近特に人気のサンドウィッチのひとつだ。
「名前は?」
「ニール」
「ロック・スターじゃあるまいし、自分の苗字も言えないのか?」
「ケアリー」
「マッキーガン、ニール・ケアリーにチーズバーガーを作ってやってくれるか?」
マッキーガンは自分の後ろを差した。「ここにあるのが何か、わかるか?」
「グリルだろ」
「きれいなグリルだ。5時になるまで、このグリルはきれいなままにしておく。うちの客の財布を狙うこそ泥のために、これを脂で汚す気はないね。客の財布を軽くするのは、おれの役目だ」
「ターキー・サンドはどうだ?」
「それなら、できる」
(『ストリート・キッズ』p21)
ターキー・サンドを作るのにグリルは不要で汚すことはない。
「やつらはいつだって底意地が悪いんだよ」〈ネバー・オン・サンデー〉というサンドイッチ店で行列しているときに、列の中の一人が言うのが聞こえた。テスはトマトとレタスを添えた激辛のターキー・サンドイッチのできるのを待っているところだった。「NBAが意地の悪いちょっかいを出すのはいつものことだ」
(『チャーム・シティ』p64)
ターキー・チーズ・サンドイッチというのもある。
私たちは草地を歩き、川沿いの崖に近いオークの林へ出た。メアリー・ベスはチェックのクロスを草の上に広げ、フォークやナイフ、塩と胡椒の小さなシェーカー、ターキー・チーズ・サンドイッチ、グアカモレ・ソース、タコ・チップス、ポテトサラダ、魔法瓶入りのレモネードをつぎつぎに並べた。紙皿にひとつずつ丁寧に料理を載せていく彼女の頬に、髪が垂れかかった。
(『シマロン・ローズ』p165)
引用した『シマロン・ローズ』(Simarron Rose)は、『ブラック・チェリー・ブルース』などの<デイブ・ロビショー・シリーズ>でネオ・ハードボイルドの旗手との評価が高いジェイムズ・リー・バーク(James Lee Burke)の最新作。元テキサスレンジャーの弁護士ビリー・ボブが、依頼された少女レイプ事件の捜査を進めるうちに、テキサス州の平和な田舎町がどす黒い素顔を見せはじめる。舞台がミステリーでは珍しいテキサスというおもしろさだけでなく、癒せぬ傷を抱えた男の誇りと哀しみをうまく描いている傑作。
ターキーは<アメリカ的>なものの代表である。
1620年、メイフラワー号のピューリタンたちはプリマスに上陸したが、ニューイングランドの冬は厳しかったため、約半数は最初の冬が超せずに死んでしまった。翌年になっても厳しい状況は続いたが、インディアンに教えられて植え付けておいたトウモロコシや豆やカボチャがかなりの収穫をもたらしたので救われた。そこでこの最初の収穫を神に感謝し、合わせてこれからの無事を祈願して祭りを開いたが、この時、野生のターキーも食卓に上った。以後、この秋の1日を感謝祭として祝うとともに、ターキーを食べる習慣が始まった。今日、11月の第4木曜日に行われる感謝祭(Thanksgiving Day)は、この故事の継承で、1863年にリンカーン大統領が布告によって国の行事とした。
ターキー(turkey)と言っても、トルコとは無縁である。
「メキシコ・中米に古くから、トルテカ族、アステカ族、マヤ族などがパポ(pavo、美しい鳥)とよぶ神聖な鳥がいた。こんにちの七面鳥で、学名をMeleagris galloppavoという。この鳥は北米でもアメリカ各地やカナダに広く野生していた。
1518年にスペイン人が到来し、中南米を席巻してこれをスペインにもちかえった。そしてすぐに地中海沿岸にひろまり、ヨーロッパ北部やイギリスでも家畜化がすすんだ。現在アメリカで飼育されているものは、イギリスから里帰りしたものである。」(『食の文化誌』p70)
なぜ、ターキーなどと呼ぶようになったのか。内林氏の得意の分野、再び登場願う。
「この鳥の名は、ヨーロッパで最初に混同がおこり、それがそのままこんにちにいたっている。古くから地中海の人たちは、西アフリカ産の鳥、日本名ほろほろ鳥になじんでいた。西アフリカのギニアからポルトガルの商人がもちこんだので、ギニア鳥(guinea fowl)ギニア鶏(guinea cock)とよんでいた。ヨーロッパで16世紀ころは、東方の異国ないしはイスラム世界からの到来のものを、漠然と「トルコ」の名をつけてよぶならわしになっていた。たとえば当時、トウモロコシはトルコ・コーン(Turkish corn)、カボチャはトルコ・キュウリ(Turkish cucumber)、クロウメモドキの実はトルコ・ベリー(Turkish berry)、シナ大黄はトルコ・バーブ(Turkish barb)などとよばれていた。ペルシア由来の青緑色の宝石をトルコ石とようぶのも同様である。そして、このほろほろ鳥も別名をトルコ鶏(turkey-cock)とされていた。
スペイン人たちが新大陸からもちかえった七面鳥が、ほろほろ鳥に似ていたこと、そして異国からの到来ということで、この新しく見る鳥をトルコ鶏(turkey-cock)と呼んで混同してしまった。英語の文献上の初見は1555年である。
その後、アメリカ鳥(七面鳥)とアフリカ鶏(ほいろほろ鳥)が別物であることがわかってからも、使い慣れた名を捨て切れず、さらに短縮して、さらに短縮してターキー(turkey)としてしまった。」(『食の文化誌』(p70)
ターキー・サンドが人気があるといっても、ボクなんか、なんとなくカスカス、パサパサで味わいに乏しい感じがする。これは感謝祭のメイン料理であるロースト・ターキーにしても同じことだ。ボクも初めてアメリカに行った年、最初の2週間ほどホーム・ステイでお世話になったスミスさんに、感謝祭の日に招待された。遠くに離れて住んでいる息子さんたちも帰ってきて、一緒にロースト・ターキーを食べた。リンゴ、サツマイモ、ジャガイモ、タマネギなどを炒めたものをターキーの腹に詰めてオーブンで焼き上げたものだ。切り分けた肉にクランベリー・ソースをつけて食べる。パサパサしているし、詰め物もソースも甘かった。一口食べて二度と食べたくはないなと思った。アメリカ人は、味以上のものをターキーに感じるのだろう。それにしても、ターキーの消費量は年々増えているらしい。
次は、ミートボール・サンドウィッチだ。「サブマリン」・サンドウィッチは前に説明したホーギーのようなものだ。
今日はロン・カプルマンが出してくれたブルーベリー・マフィン以外、ろくにものを食べていない。ユーイング・アヴェニューの角まで行くと、一軒のバーにサブマリン・サンドウィッチとイタリアン・ビーフの看板が出ていたので、ミートボール・サブマリンと生ビールを頼んだ。ビールはあまり飲まないが、この界隈にはダイエット・ソーダよりビールのほうがふさわしい気がしたのだ。
(『ダウンタウン・シスター』p209)
ツナ・サンドウィッチについては説明は要らないだろう。
学生食堂はすでに混みかけていた。1人は一隅に小さなテーブルを見つけて腰をおろした。ストライカーは2人とも同じツナ・サンドイッチを選んできたことに気づいて満足した。
「ここのはじつによくできてるね?卵、玉ねぎ――何もかも」
彼が学生食堂の文句なしに美味しいツナ・サンドに勢い込んでかぶりつくのをケイトは用心深く眺めた。
(『モンキー・パズル』p208)
次はチーズ・サンドウィッチだ。これはちょっと奥が深い。
わたしたちはチェスタトン・ホテルの地下にある〈ドートマンダー・レストラン〉にすわっていた。わたしは壁面をおおったワイン棚からポムロールのハーフ・ボトルを選び、サンドウィッチ――ホテル自家製のライ・ブレッドの薄切りにエメンタール・チーズをのせたもの――をつまみながら、それを飲んでいた。
(『レイクサイド・ストーリー』p40)
〈ドートマンダー・レストラン〉はヴィクと友人の女医ロティ・ハーシェルがよく行くレストラン。作者サラ・パレツキーによれば、モデルとなったレストランがシカゴにあるらしい。
エメンタール・チーズ(Emmenthal)は代表的な硬質系のスイス・チーズだ。エメンタールには丸い穴、気孔があるが、あればよいというものではなく、さくらんぼうからクルミの大きさまでがよいとされる。チーズの最終の、最も重要な工程は熟成で、エメンタールはグリュイエールなどと同じく、プロピオンという細菌で熟成する。
「エメンタール・チーズはフランス製はEmmentalと綴る。スイス製のもののみ-thalである。スイスのドイツ語圏ベルン州のエメ川(Emme)が流れる盆地一帯がエメンタール地方とよばれ、ここが原産地である。むかしは山の牧場の小屋で作られたチーズも、いまや近代工場で大量に生産されている。筆者は、車できままに何回もエメ川盆地を走ったことがあるが、初夏の緑と草花の美しさは、まさにスイスの景観であった。」(『食の文化誌』p48)
ちょっとより道してチーズの種類について触れておこう。チーズは大きくナチュラルチーズとプロセスチーズに分けられる。ナチュラルチーズは菌や酵素が生きているため、長く置いておくと味が変わってしまう。そこで長期間の保存がきくようにとプロセスチーズが発明されたわけだ。すなわち、一種または数種のナチュラルチーズを砕き、加熱して殺菌した後再び固めたものがプロセスチーズだ。
ナチュラルチーズは熟成のさせ方によってさらに7種類に分類される。熟成しないフレッシュチーズ、チーズの女王カマンベールに代表される白かび、ロックフォールでお馴染みの青かび、塩水や酒で洗いながら熟成するウォッシュ、山羊乳を原料としたシェーブル、半硬質のセミハード、硬質のハードである。主なチーズの種類を表にした。
| 名称 | タイプ | 熟成方法 | 硬さ |
| カッテージ | フレッシュ | 非熟成 | 軟質 |
| クリーム |
| モッツアレラ |
| カマンベール | 白かび | かび熟成 |
| ブリー |
| ゴルゴンゾラ | 青かび | かび熟成 | 半硬質 |
| スティルトン |
| ロックフォール |
| ポンレヴェック | ウォッシュ | 表面洗浄 細菌熟成 |
| マンステール |
| リヴァロ |
| サントモール | シェーヴル | かび熟成 細菌熟成 |
| セルシュル |
| ピラミッド |
| ゴーダ | セミハード | 細菌熟成 |
| マリボー |
| エダム | ハード | 硬質 |
| エメンタール |
| グリュイエール |
| チェダー |
| パルメザン |
アメリカでもっとも生産量の多いのはプロセスチーズで、全生産量の3分の1強を占めている。チーズ・サンドウィッチとしてよく使われるアメリカンチーズはこのプロセスチーズに属し、チェダーチーズ、カテッジチーズ、コルビーチーズなどを組み合わせて作られる。単にチーズ・サンドウィッチとある場合は、アメリカンチーズ・サンドウィッチのことと考えてよいだろう。
次は、ホットドッグだ。
(当初作成日:3/19/2000)
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