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アメリカのエスニック料理(3)… 東欧料理
「東欧料理」としたが、特に厳密に使っているわけではない。東欧の料理でミステリーによく出てくるのはポーランド料理だ。この他に、ウクライナ料理やハンガリー料理などをまとめて、「東欧料理」ということにする。
埋葬のあと、ボビー・マロリーが警部補の礼装で人垣を分けながらわたしのほうにやってきた。わたしはミートボールとピロシキの午後をすごすために、ブーム・ブームのおばのヘレン――いや、サラだったかもしれない――の家に向かうところだった。
(『レイクサイド・ストーリー』p16)
ヴォイチェクの血筋には自殺者なんぞ一人もいないってのに。ところが、ウォーショースキーの一族ときたら……ユダヤ人だねえ。わたしゃ(ヴォイチェクばあさま)、マリーに何度も何度も注意してやったんだ。
わたし(ヴィク)は彼女の指を腕からひきはがした。煙と、騒音と、すっぱいキャベツの臭いがわたしの脳に充満していた。わたしは頭を低くして彼女の目をのぞきこみ、無作法な言葉を投げつけようとしたが、思いとどまった。スモッグのなかを、赤ん坊につまづきながら苦労して進み、ソーセージとザウアークラウトでいっぱいの隅のテーブルにたむろしている男たちを見つけた。彼らの脳が胃袋と同じようにつまっていれば、彼らにだってアメリカを救うことができるだろうに。
(『レイクサイド・ストーリー』p20)
サラ・パレツキーの<V.I.ウォーショースキー・シリーズ>第2作目の『レイクサイド・ストーリー』は、ヴィクが親戚のなかで一番好きだったいとこのブーム・ブーム・ウォーショースキーの突然の死から始まる。ブーム・ブームは怪我で3年前に引退するまで、シカゴのプロホッケーチーム<ブラック・ホークス>の超人気選手だった。引退後、彼は<ユードラ穀物会社>に腰を落ち着けたが、埠頭近くに死体が浮いているのが見つかったのだ。
ヴィクの父方ウォーショースキー家は、名前からも想像できるようにポーランド人。ヴィクとブーム・ブームは父親同士が兄弟である。ブーム・ブームの母マリー(ヴィクの義理のおばさんに当たる)は、ヴォイチェク家で同じくポーランド人。ヴィクの父親は無神論者だったが、ヴォイチェク家は敬虔なカトリック教徒で、「ぞっとするぐらいの子沢山」である。マリーも12人回目の出産で命を落とした。
引用は、大掛りなポーランド式葬儀を終えたあと、ブーム・ブームのおばヘレンの自宅に親戚一同が会しているところ。親戚一同といっても、子沢山のヴォイチェク家が中心で、ウォーショースキー家はもはやヴィクだけになってしまった。
さて、ポーランド料理である。ポーランド料理については、岡山大学田口助教授のホームページ「ポーランド情報館」の中のポーランド料理詳細目次に詳しいので是非参考にして下さい。日本語のレシピがあり貴重です。
最初の引用文にピロシキとあるが、ポーランドではビローギ(Pierogi)という。これは一言でいえばポーランド餃子。おやつ感覚で食べることができる。小麦粉でつくった皮で具をくるんで、焼いたり茹でたりしたもので、具には、マッシュポテトや挽肉などが使われる。次に説明するザウアークラウトが入ったものもある。
同じく、おやつ感覚で食べるものにナレスニキ(Nalesniki)がある。これはクレープのような料理だ。アメリカではブリンツ(Blintz)と言われることが多い。
しかし、代表的なポーランド料理といえば、2番目の引用文にあるソーセージとザウアークラウトだろう。
ザウアークラウトはSauerkrautのドイツ語読みで、英語読みはサワークラウト。ポーランド語ではKapusta Kieszona。ポーランドの冬は厳しく長いので生野菜はほとんど採れず、塩漬けにした保存野菜が作られる。その中でも有名なのが塩漬け発酵キャベツ、すなわちザウアークワウトだ。上で紹介したホームページに作り方が出ている。ポーランド特有の食べ物ではなく、ドイツ人も食べることは原語からもわかるし、ユダヤ料理にもよく出てくる。しかし、ポーランド人はよく食べるのだ。
そのまま食べてもよいし、ソーセージの付け合わせにはぴったりだ。また、スープに入れることもある。
ただし、発酵しているので当然ながら独特のにおいがする。ボクの子供たちはにおいがだめで食べられない。
プレサー一家の問題にかかわりあって、その結果、保険金がプレサー夫人に支払われるようなことになったら、娘のジャスミンや婿のカルヴィンといっしょに、礼にこられるかもしれない。そんなことをされたら、おれは死んでしまう。塩づけキャベツのにおいの嗅ぎすぎで。
(『二日酔いのバラード』p89)
おれ(主人公トレース)が仕事でプレサー家を訪れたとき、部屋中に塩づけキャベツ(ザウアークラウト)のにおいが漂っていたことを思い出しているところ。プレサー家がポーランド系アメリカ人かどうかはわからない。
午後の時間はどんどんすぎていった。一日中ろくな食事をしていない。ミスタ・コントレーラスのまずいコーヒーを飲むついでに、トーストをすこしかじった程度だ。空腹のときは考えごとをするのがむずかしい。胃袋の要求が最優先となるからだ。通りに面したポーランド料理のレストランを見つけた。こってりしたキャベツスープと自家製のライブレッドを食べさせてくれる店だった。とてもおいしかったので、ラズベリー・ケーキと深炒りのコーヒーまで注文して、それからミスタ・セグリマンを探しにさらに北に向かった。
(『バーニング・シーズン』p204)
ベルトと踏台をシェヴィのトランクに突っ込んで、夕食をとりに4ブロック先の〈ベルモント・ダイナー〉まで車で走った。栄養満点のキャベツスープと、ローストチキンのマッシュポテト添えをたいらげると、満腹で動けなくなった。
(『バーニング・シーズン』p353)
キャベツスープなるものが何か正確にはわからない。ポーランド料理のスープでホワイトボルシチというザウアークラウトのように酸味の利いたスープがあるが、実際にキャベツが入っているわけではない。ビゴスと呼ばれるザウアークラウトやソーセージを入れた煮込みもある。単にキャベツスープとあるので、おそらく、ザウアークラウトを入れたスープのことだろう。同じく、キュウリのピクルスでつくるスープもある。
その丘の家から、ふたりは農園を見はるかし、芝地で鳴くコマドリの声に耳をかたむけ、台所から流れてくるにおいはキールバーサとザウワークラウトで……。
(『ケープ・コッド危険水域』p258)
二人の足の間の大きな皿に、フェタ・チーズ、できたてのシリア・パン、カラマタ・オリーヴ、チェリイ・トマト、トウガラシの輪切り、<カールズ・ソーセージ・キッチン>から買ってきた燻製のキルバーサ・ソーセージがのっている。またボージョレを一本あけたところだった。
(『儀式』p212)
次はソーセージだ。ポーランド・ソーセージの味はドイツ・ソーセージの味を上回るといわれる。kielbasaと書くのだが、『ケープ・コッド危険水域』の翻訳者村上博基氏は「キールバーサ」と、ロバート・パーカーのスペンサー・シリーズ『儀式』の翻訳者菊池光氏は「キルバーサ」と訳している。ご丁寧にメールでご教示下さったTakao Takeuchiさんによれば、『ポーランド語で L は 「ウ」に近い発音でして、L に/ を重ねた文字で表現されます。したがって ほぼ「キゥバサ」と発音されます。 この語の場合、母音は「バーサ」と伸ばして発音しません。小さなソーセージは 区別して KIELBASKA キゥバスカ と呼ばれます。』ということらしいです。ありがとうございました。
豚肉にガーリックやいろいろなハーブを混ぜたものを腸詰めにして、それをスモークしてあるのだが臭みはない。ジューシーで、マスタードなどは付けなくてもスパイスが利いていてそのままでもおいしい。何でもケチャップをかけるアメリカ人だが、キルバーサはケチャップも不要。
つぎのページの10月16日にはなにも書いてなかった。つぎの日も同じだった。そのつぎは水曜日だった。そこには「レーマン!!! 午後4時ごろ、ディナー。ザウアーブラーテンなど」と書いてあった。
リープホーンは現在までカレンダーをめくった。これまでのところフリードマン-バーナル博士はほかにも2つの約束をすっぽかしていた。来週もう一つすっぽかすことになるだろう。もし帰ってこなければ。
彼はカレンダーを机の上におき、台所にはいっていって、エマがザウアーブラーテンをつくるのが好きだったことを思い出しながら冷蔵庫をあけた。「すっぱすぎるよ」彼は言ったものだ。好きじゃないというよりはましだった。するとエマは「ナヴァホのタコスほどすっぱくないわ。それにコレステロールもすくないのよ」
(『時を盗む者』p41)
ザウアーブラーテン(Sauerbraten)はドイツ料理で、いわばサワー・ロースト・ビーフといったところか。アメリカでは、ショウガないしショウガ・クッキー(gingersnaps)を入れることが多い。
電子レンジが鳴った。ミートローフをとりだして金属の皿に移し、じゃがいもの缶詰を開けて水を切り、皿の縁に並べてガーリックとパプリカをふりかけ、ミートローフの上にベーコンをのせて、熱くなったオーヴンのなかにいれた。ミートローフは表面がかりかりに焦げたのがおいしい。
(『ララバイ・タウン』p69)
ハンガリーでトウガラシはパプリカ(paprika)と呼ばれたが、これは黒コショウをさすハンガリー語からきている。いちばん人気のあったのはほどよい辛みの赤い品種のもので、乾燥してから粉末にした。
次はハンガリーの国民料理グラーシュ(goulash)の紹介。グラーシュはパプリカをふんだんに使った肉シチューである。ただし、残念ながら、次の引用文に出てくるハンガリー人はこだわりをもっているのでグラーシュにはパプリカを使わない。
わたしのほうが折れて、ロージーが勧めるものを注文したので、平穏無事に食事をすることができた。彼女は手強くて恐ろしい存在だった――60代のハンガリー人で、背は低いが上半身はどっしりしていて、料理に関しては客の好みをいっさい無視した。今夜の特別料理は“グラーシュ”で、それはハンガリー風の“ビーフシチュー”らしかった。
……
「ハンガリー語でグラースは牧童、つまり羊飼いという意味なんだよ。この料理は9世紀から伝わっていてね。とってもおいしいんだ。羊飼いはオニオンといっしょに肉を煮るんだ、水はほとんど加えずにね。昔はパプリカがなかったから、あたしも使わない。水分が蒸発したら、肉を日光にあてて乾かし、袋に入れて保存する、そら羊のあれでできた……なんて言ったっけ……」
「睾丸?」
「胃袋」
「前もって消化されているわけね。おいしそうね。それをもらうわ。説明の続きは聞きたくもないわ」
「いいものを選んだね」彼女は満足そうに言った。
ロージーが運んできた料理は何のことはない。叔母が“ガロッシュ”と呼んでいたもので、肉をオニオンと一緒に煮込み、サワー・クリームを加えた一品だった。味は最高で、そのあとの酸味のきいたサラダがまた絶妙のコントラストだった。それにまあまあの味の赤ワインが一杯と、ロールパンとバター、そしてデザートにチーズのトレーが出てきた。これでしめてたったの9ドルでは、とても文句は言えない。だが彼女への完全服従と引き換えだと考えると、9ドルでも高すぎたかもしれない。
(『無実のI』p114)
(当初作成日:3/19/2000)
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