|
なぜシカゴか? − エヴァンストンの思い出
ミステリーを読む楽しみのひとつは、舞台となっている街に旅行した気分になれることだ。一度でも訪れたことがある街であれば思い出に浸れるし、訪れたことがなければ一度行ってみたくなる。
もちろん、架空の都市が舞台となっているミステリーもある。たとえば、
エラリー・クィーンが『災厄の町』で創造したライツヴィル、
エド・マクベインの<87分署シリーズ>に登場するアイソラ、
ジェイムズ・クラムリーの<私立探偵ミロ・シリーズ>のメリウェザー
はいずれも架空の都市だが、そこに息づく人々が丹念に描かれているので、あたかも実在する都市であるかのような錯覚に陥る。
この場合にはモデル探しが楽しみとなる。
アイソラのモデルはニューヨークだというのが定説だが、ライツヴィルやメリウェザーについては争いがある。
クィーンの作品の中では、ライツヴィルが属するライト郡がニューイングランドのどこかの州にあることが言及されているだけである。そこで、マニアは独自の推論でヴァ−モント州説やニューハンプシャー州説を唱えて楽しんでいる。ちなみに、ミステリー作家の山口雅也氏はニューハンプシャー州説をとっておられる。興味のある方は、同氏の『ミステリー倶楽部へ行こう』(国書刊行会)p162を読んでみて下さい。
メリウェザーは西部の小さな街だが、人口あたりの酒場の数が全米で一番という設定になっている。モデルがあるのだろうか。それとも、作者クラムリーの理想とする街なのだろうか。
前置きが長くなった。今回は、都市シリーズ第一弾として、<シカゴ>を採り上げる。なぜシカゴかというと、ぼくが生活したことのある唯一の海外の都市で、多少は自信をもって紹介できると思ったからだ。
ただし、住んでいたのはずいぶん昔、1983年8月から85年6月までの1年10ケ月弱だし、正確に言えば、住んでいたのはシカゴというより<エヴァンストン>というシカゴ郊外だったので、あまり頼りにはならないかもしれないが……
シカゴ(Chicago)は、5大湖のひとつであるミシガン湖の南西に位置する。北緯41度50分、西経87度37分。北緯41度50分というと、日本では函館あたり、ヨーロッパではローマあたりの緯度だ。

この地図はMapBlastから無断借用。ゴメンナサイ。とても便利なサイトですから、一度アクセスしてみて下さい。
『地球の歩き方』風にシカゴを紹介しておくと、成田からは直行便で約11時間、離発着数世界一と言われるオヘア(O'Hare)国際空港に到着する。ニューヨークからは飛行機で約2時間半、西海岸からは約4時間の距離だ。
シカゴの人口は約270万人。シカゴはイリノイ州(Illinois)のクック郡(Cook County)に属しており、ちなみに、イリノイ州の人口は約1,200万人、クック郡は約500万人。シカゴ周辺を入れたGreater Chicagoのことを単にシカゴと呼ぶ場合もあり、この場合は人口約850万人である。
ところで、イリノイ州の州都はどこか知っていますか?
日本の都道府県庁の所在地を言えない人は少ないが、アメリカ人でも各州の州都を正確に言える人はあまりいないのではないか。カリフォルニア州のサクラメント、マサチューセッツ州のボストン、ジョージア州のアトランタなどは馴染みがあるが、フロリダ州のタラハッシー、ルイジアナのバトン・ルージュなんか、すぐには出てこない。
ロバート・キャンベル(Robert Campbell)の『ごみ溜めの犬』(二見文庫)は、ミステリーとしても当然おもしろいのだが、シカゴを舞台にアメリカのいわゆる<マシーン政治>の実態をよく表現しており、政治学の教科書で抽象的にしか理解できなかった概念に具体性を与えてくれる興味深い本である。主人公ジミー・フラナリーの職業は、シカゴ市下水道部のメーター検針係だが、むしろ民主党シカゴ27区の班長としてマシーン政治の一翼を担い、地区住民の面倒を見ることに生きがいを感じている。堕胎診療所爆破事件で地区に住む老婆と若い娼婦が犠牲になったために、ジミーは真相解明に乗り出すが、いろいろな方面から圧力がかかる。
「僕(ジミー)」は、民主党地区委員長レイ・カリガンに呼ばれる。
「聞きたいだろう」彼のほうが言う。「党がきみに昇進のチャンスを与えるという単純な事実に行き着くんだよ。次の選挙で、きみの地区から州議会に立候補してもらいたい」にんまりとして言葉を切り、僕が足もとにひれ伏すのを待つ。
政治を志す者にはありがたい話のように見える。しかし、シカゴの政治の仕組みはそうではないらしい。次のような説明が続く。
州議会議員の座は、いや、合衆国下院議員の座でさえそうだが、市会議員になるための足掛かりにすぎないのだ。それはまた、やっかい者を州都スプリングフィールドに押し込める体のいい隔離策でもある。誰かが僕を手切れ金付きで島流しにしたがっているらしい。いつか僕が戻ってこようとしたときには、シカゴの扉は固く閉ざされていることだろう。
(『ごみ溜めの犬』p219)
イリノイ州の州都スプリングフィールド(Springfield)は、エイブラハム・リンカーンの生誕の地として知られている。イリノイ州の車のナンバープレートにはLand of Lincolnの標語が書かれているくらいだ。
もうひとつ、スプリングフィールド。ジョイ・フィールディング(Joy Fielding)の『秘密なら、言わないで』(ハヤカワ文庫)に、主人公のジェシカ・コスター(クック・カウンティの女検察官)と彼女が惹かれる謎の(インテリの?)靴セールスマン アダム・ストーンの次のような会話が出てくる。
「あなたの話を聞かせて。シカゴ出身?」
「スプリングフィールド」
「スプリングフィールドには行ったことがないわ」
「きれいなところだよ」
「どうして、町を出たの?」
「そろそろ、気分を変えようってことかな」彼は肩をすくめた。「きみは?シカゴ生れのシカゴ育ち?」
彼女はうなずいた。
「どこかへ行ってみたいと思うことはない?」
「ええ、地つきの人間なんでしょうね」
「ロー・スクールもここ?」
「ノースウェスタンよ」
(『秘密なら、言わないで』p210)
さて、ぼくが住んでいたエヴァンストン(Evanston)がどの辺にあったのか、どんなところだったのかを簡単に説明しておこう。
エヴァンストンは、シカゴのすぐ北隣、シカゴ・ダウンタウンから13マイルほど離れたところに位置する町である。
車の場合は、ダウンタウンからレイク・ショア・ドライヴ(Lake Shore Dr.)を終点まで北上し、あとはひたすらミシガン湖沿いにシェリダン・ロード(Sheridan Road)を北に向かって走れば約30分の距離だ。
シェリダン・ロードは、エヴァンストンからウィルメット、ウィネトゥカ、グレンコーと小さな宝石のような美しい町々を通り抜け、やがてウィスコンシン州との州境を越えて、ミルウォーキーに入り、そこで終る。
左の地図は、Evanston Convention & Visitors Bureau作成の"Imagine Evanston"から借用。
このサイトでエヴァンストンのことは大体分かる。
Evanston Public Library作成の"The Evanston Community"と併せて一度覗いてみてほしい。
全米の若者を熱狂させたジョン・ヒューズ監督のハイスクール・グラフィティ『ブレックファスト・クラブ(The Breakfast Club)』(85年米国映画)は、土曜日に休日登校を命じられた5人の高校生が境遇を語り合ううちに相互理解と友情を築き上げるというストーリーの映画だが、この中で、アッパー・ミドルクラスが住むシカゴの典型的郊外都市としてエヴァンストンは描かれている。
実際その通りで、古き良きアメリカの町並みが続く場所である。
<クーパー・シリーズ>で有名なサム・リーヴズ(Sam Reaves)は、シリーズ第一作『長く冷たい秋』(ハヤカワ文庫)の訳者あとがきによれば、エヴァンストンに住んでいるらしい。彼の作品からちょっと引用しよう。
以来、なんの希望ももてないままヴィヴィアンを追いかけて、ますますみじめな気持ちに陥っていった。だがありがたいことに、ときどき思い出したように彼女と言葉を交わすだけの関係はつづいていた。ヴィヴィアンは経済学の教授の娘で、イリノイ州エヴァンストン育ちだった。そのシカゴの郊外は、クーパーにとって永久に神聖なものとなった。彼女は英文学専攻の4年生で、フォークナーに心酔していた。クーパーは彼女と話したいがためだけに、苦労して『響と怒り』を1週間で読み上げた。
(『長く冷たい秋』p38)
主人公クーパー・マクリーシュはタクシー・ドライヴァーだ。クーパーは学生時代にヴィヴィアンに恋をする。ヴィヴィアンが生まれたのがエヴァンストンという設定になっている。ヴィヴィアンの父親は、特に明示されてはいないが、おそらくノースウェスタン大学(Northwestern University)の教授ということだろう。
エヴァンストンの名前は、1850年に設立されたノースウエスタン大学の創設者の一人ジョン・エヴァンス(John Evans)に由来する。
ヴァリアントを見つけて、北へ向かった。湖に沿ってシェリダン・ロードをあがり、エヴァンストン通りに入る。……
チャールズ・ホーストマンは、著名な教授として、またさまざまな教科書の著者として、さらには抜け目ない投資家としてずいぶん稼いだようで、エヴァンストンのフォレスト・アヴェニューに飾り気のない3階建のヴィクトリア朝ふう邸宅を建てていた。
(『長く冷たい秋』p300)
エヴァンストンにはグリーンウッド・ストリート(Greenwood St)を中心にヴィクトリア調、クイーン・アン調、プレーリー・スタイルなど変化に富んだ様式の家が並んでいる。グリーンウッド・ストリートとフォレスト・アヴェニューの角には、有名なチャールズ・ゲイツ・ダウズ邸(Charles Gates Dawes House)がある。1926年にノーベル平和賞を受賞し、第30代大統領カルヴァン・クーリッジの副大統領を務めたダウズ氏の家であるが、3階建て、部屋数28のヴィクトリア調様式の大邸宅である。現在はまるごとノースウェスタン大学に寄贈されており、エヴァンストン歴史教会も兼ねている。作者はこれをヴィヴィアンの父親の家のモデルとしているのではないか。
『秘密なら、言わないで』の主人公ジェシカ・コスター(通称ジェス)の姉夫婦もエヴァンストンに住んでいる。姉夫婦に晩餐に招かれたが、不器用な性格が災いし義兄バリーと喧嘩してしまい、赤いマスタングでダウンタウンの自宅に戻る前に、エヴァンストンの町を意味もなく走りまわっている様子が描かれている。
角を曲がるとまたシェリダン・ロードに出た。いっぽうに立派な邸宅が並び、もういっぽうにはミシガン湖が広がっている。もう何時間、エヴァンストンの町の暗い通りを走りまわっているのだろうか。
(『秘密なら、言わないで』p85)
ふいに右手にノースウェスタン大学のキャンパスが現れた。宇宙に向けられた巨大な望遠鏡を備えた天文台を過ぎ、学生会館を過ぎ、劇場と雨に濡れそぼったテニスコートを通り過ぎた。さらにライトハウス・ビーチを通り過ぎ、具合の悪いワイパーごしに目をこらしてむかし船乗りたちに危険を教えた灯台を眺め、それから左折してセントラル・ストリートに入り、数ブロック走ってリッジ・ロードに出ると、急坂をゆっくりとのぼって、バリーが郊外への犯罪流入口だと非難するエルの駅前を通り、病院を過ぎ、市営ゴルフ場を過ぎ、シカゴ川にかかる橋を渡って、ノースウェスタン大学のフットボール・チームがよそのチームを迎えては負け続けているダイク・スタジアムを過ぎ、カスタード・ラスト・スタンドという名のコーシャーのホットドッグ・スタンドの前を通り過ぎて、エヴァンストン劇場に達した。全部で1マイル足らずの距離だった。
(『秘密なら、言わないで』p89)
これを読んだとき、とても感激したことを覚えている。エヴァンストンに住んでいた頃がはっきり思い出され、なつかしかった。
ミシガン湖とシェリダン・ロードに囲まれるように南北に広がっているのがノースウエスタン大学のキャンパスだ。南北の長さは1マイルにもなり、学内には160近くの建物が建ち並ぶ。
キャンパスを北に進むと、ディアボーン天文台(Dearborn Observatory)がある。ノリス・ユニバーシティ・センター(Norris University Center)と呼ばれる学生会館の中には、生協や食堂が入っている。
昔から、ミシガン湖の船乗りたちは深い霧や嵐に悩まされてきた。灯台 グロス・ポイント・ライトハウス(Grosse Point Lighthouse)は1935年には役目を終え、現在は使用されていない。
シカゴ市交通局(CTA:Chicago Transit Authority)が管理運営している高架鉄道と地下鉄の鉄道をラピッド・トランジット(Rapid Transit)というが、一般的には"L"(エル)という愛称で呼ばれている。"L"は"Elavated Train"(高架鉄道)を略したもので、今は地下鉄でも昔は地上を走っていたため、こう呼ばれているわけだ。ジェスが通り過ぎた「エルの駅」は、7本あるエルの路線のひとつエヴァンストン線急行(Evanston Express)のセントラル駅のことである。隣のリンデン駅が始点でダウンタウンのループを一周して戻って来るようになっている。
「病院」は歴史のあるエヴァンストン病院(Evanston Hospital)。
「市営ゴルフ場」はPeter N. Jans Community Golf Course。回りが道路と民家で囲まれているようなところで、短く狭く、日本の基準からするとひどいコースだった。でも、自宅から10分もかからない場所にあり何回かプレーした。何よりも安かった。よく覚えていないが、5ドルくらいだったはずだ。
ノースウェスタン大学のフットボール・チームであるワイルド・キャッツ(Wild Cats)のホーム・スタジアムがダイク・スタジアム(Dyche Stadium)だ。引用文にある通り、名前に似合わず毎年最下位争いを演じている。しかし、49年にはローズ・ボール(The Rose Ball)にも優勝したことがあり、最近では95年には地区優勝(The Big Ten)をしたそうだ。
ホットドッグ・スタンドの名前は、カスタードではなく、マスタード・ラスト・スタンド(Mustard's Last Stand)だったはず。作者の間違い?それとも訳者の間違い?原典を読んでいないので何とも言えません。「コーシャー」(Kosher)というのは、ユダヤ教の用語。覚えていますか?
エヴァンストン劇場(Loews Cineplex Evanston)で、ジェスは『ヘル ハウンズ』という映画を見て、さらに落ち込み、セントラル・ストリートからシェラトン・ロード、そしてレイク・ショア・ドライヴに出て、ダウンタウンに戻る。
非常に細かい描写で、なつかしいの一言。時間のある方は、前述したImagine EvanstonのLandmark Mapを参照してほしい。今まで出てきた場所はだいたい位置が確認できます。
ついでに思い出をひとつ。ぼくが住んでいた当時、セントラル駅のそばに名前は忘れたが、小さな保育園があった。2歳になった息子がいたので、思い切ってそこに入れた。息子が最初に覚えてきた英語が、"One more juice please."と"Don't touch. It's mine."だった。厳しいかな、生存競争!
もうひとつエピソードを。エヴァンストンには、悪名高い(?)禁酒法施行に大きな影響力を与えた国際キリスト禁酒婦人同盟(Woman's Christian Temperance Union)の本部があり、信じられないかもしれないが、ほんの数年前までアルコール類の販売が違法だった。だから、ぼくが住んでいた15年前は、自宅で飲むビールやウィスキーを隣の町まで買いに行かなければならなかった。ビーチなど公共の場での飲酒も違法で、よくバーベキューをやりながら缶ビールを飲み、パトカーが回ってくるたびにあわてて隠したものだった。いわゆる"Dry"の町だったのだ。
エヴァンストンを抜けてシェリダン・ロードをもっと北に行くと、いわゆるノース・ショア(North Shore)と呼ばれる一帯がある。再び、『長く冷たい秋』から引用。
地図を調べてみると、シェリダン・ロードを北に向かって、エヴァンストンを抜け、かねがうなっているような樹木の多い住宅街に入っていけばよかった。そこの閑静な大邸宅は通りからかなりひっこんで建ち、木々の背後に隠れているはずだった。ウィルメットにある給油所に立ち寄り、ギャロウェイの家の場所を訊くと、そのまままっすぐだと言われた。シェリダン・ロードを進んでいくと樹木がますます多くなり、道は峡谷のあいだをまがりくねるようになり、邸宅の私道の無効に湖が一瞥できた。
どこがウィネトゥカでどこがケニルワースでどこがグレンコーなのかわからなかったが、やがて通り沿いに立っている色の薄いレンガの長い塀に出た。まるで現実の街とは思えなかった。高級住宅の展示場みたいに思えた。塀はすくなくとも通りに沿って100ヤードはつづき、やがて不意に門が現れた。その向こうには、大きな木々が見えた。シダ、オーク、トウヒ。そして、遠くに長くて黒い屋根。
(『長く冷たい秋』p327)
ウィルメット(Wilmette)、ウィネトゥカ(Winnetka)、ケニルワース(Kenilworth)、グレンコー(Glencoe)…… シェリダン・ロードの名前はぼくの頭の中ではこのノース・ショアの町々の名前とリンクしている。2年弱のアメリカ生活でいろいろと驚いたことはあったが、ケニルワースやグレンコーの豪邸を見たときほど驚いたことはない。資料に当たってみたわけではないので自信をもっては言えないが、ぼくがエヴァンストンに住んでいたときに聞いたのは、ケニルワースは一人当たりの所得が全米一高い町だということだ。二番がハリウッド・スターが住んでいるカリフォルニアのベル・エアだったと思う。本当かどうか知らないが、さもありなんという雰囲気を漂わせている町であることに間違いはない。たとえば、こんな豪邸が…
敷地はたいへんに広く、樹木がうっそうと繁っていた。夏ならさぞ美しい風景だろう。だがいまは芝生も枯れて茶色に変色し、黒くトゲのある木が灰色の空に向かってそびえている。陰気な感じがした。正門の右手には温室があった。そして、遠くの低木林のなかには低い離れ屋がかたまっていくつか建っている。邸宅は3階建てで、正面から見ると左右に長い建物だった。すくなくとも1ダースの大きな窓が一線にならぶ両側の棟が、正面玄関を中心に左右に大きく広がっている。私道は玄関のステップを迂回するように左側にのびていた。クーパーは道なりに進み、建物のわきに向かったが、道は角をまがって屋根付きのカーポートの下に入った。目のまえに突如湖が開けた。庭園の向こうに、木々のスクリーンを通して、せまいビーチが広がっていた。
(『長く冷たい秋』p330)
『なんで英語やるの』で第5回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した中津燎子さんに『風のシカゴ』(情報センター出版局)という作品がある。副題は「シェリダン・ロード物語」。ぼくが、下手な文章で紹介するより、中津氏の文章を引用させてもらう。
最初のドライブでは、シェリダン・ロードの両側にうっそうと繁る樹木の列に驚愕して、目を真ん丸くして眺めるのみだった。どういうわけか、シェリダン・ロードが通り過ぎていくイリノイ州北のどの町も、人間が昔から樹木の尊厳を完全に認め、大切にいたわり、かしずいているような感じを受ける。樹木は街路樹であろうと、公園または個人邸宅の樹であろうと、変わりなく悠々と大地に立ち、それぞれの個性のままに自由に枝を伸ばし、繁らせていた。樹々が古ければ古いほど威厳はあたりを圧し、人々はその古い樹々の雰囲気を侵さぬように道を広げ、家を建てて、町づくりしてきたように見えた。
町とはいうものの、一軒一軒が公園のような庭を持つ邸宅の集まりで、塀の代わりに深い林や谷川が取り囲んでいた。とくにウィルメットから北は、庭とは言いにくい原始のままの森や原野が湖岸まで広がっており、シェリダン・ロードもくねくねと曲がったり、小高い丘に登ったり、谷あいに降りたりして進む。
樹木は丈高く伸びてトンネルのように両側からかぶさり、その木立のはるか無効に車庫のドアらしいものが光っていたりするが、ほとんど人の姿はない。
(『風のシカゴ』p191)
こんな記述もある。
グレンコに入って、シェリダン・ロードを左に折れてずっと内陸部に進んだところに、エドの友人のアーサーが住んでいる。アーサーもスクールにときどき顔を見せるが、作曲の勉強をしているらしい。彼の住居は車庫の2階で、500坪程度の同じ敷地の林の中に両親と妹が住む、ごく普通の家があった。高校の教師をしているという両親も普通の人々だった。
「俺たちはレイクサイド(湖畔)族じゃないもんね。うちの祖父母なんか、もうすこし奥地で農場をやっていたんだ」
アーサーによると、ミシガン湖畔、つまりシェリダン・ロードの両側一帯の区域に住む住民は、その出身、血統、財力基盤、教育から職業に至るまで、まったく並と違うのだそうだ。生まれながらに通う学校も選ぶ仕事も決まっている、という話に、私は「バッカみたい」と笑った。2人はニコニコしている。
しかし、その2人だって私から見ると、同じ白人でもポールたちとは違う。ヒルピリー族でもない。もちろん、シカゴやアメリカ南部に住む黒人たちとも違う。私が見た普通のアメリカの若者たちとも違い、優雅で洗練されている。
(『風のシカゴ』p204)
もっとも、中津氏の場合は、ぼくのように単純に豪邸が建ち並んでいるから感動しているわけではない。こういう原始のままのような樹木の群れを見ると、子供の頃に過ごしたウラジオストックの町の街路樹を思い出すため、特別な思い出に浸っているのだ。
日本から友達がエヴァンストンに遊びに来たとき、どこかおもしろいところに案内してくれと言われると、ぼくはシカゴ・ダウンタウンの摩天楼ではなく、いつもシェリダン・ロードをドライヴし、「樹木は丈高く伸びてトンネルのように両側からかぶさ」っているノース・ショアの家並みを案内したものだ。驚かない人はいなかった。
シカゴは、アル・カポネ以来長い間、暴力の街として知られてきた。<シカゴ>というと必ずギャングや殺人事件が話題になる。ボクがシカゴに住むことになったと言ったときも、皆治安のことを心配してくれた。それほど、アル・カポネのイメージは強くシカゴを支配している。したがって、シカゴが多くのミステリー小説の舞台として使われてきたことは驚くべきことではない。その結果、良質のシリーズものミステリーが生み出されている。
しかし、残念ながら、翻訳されているシリーズものは必ずしも多くはない。
すべての作品が翻訳されているのは、古くはクレイグ・ライスの<マローン&ジャスタス夫妻・シリーズ>、最近ではサラ・パレツキーの<V・I・ウォーショースキー・シリーズ>とサム・リーヴズの<クーパー・マクリーシュ・シリーズ>くらいか。
ジル・チャーチルのドメスティック・ミステリー<ジェーン・ジェフリー・シリーズ>も半分以上が翻訳されているが、これはシカゴというよりシカゴ郊外を舞台とする<家庭ミステリー>だ。
個人的には、ユダヤ系ベテラン刑事エイブ・リーバーマンと相棒のアイルランド系刑事ビル・ハンラハンが活躍するスチュアート・カミンスキーのハードボイルド<エイブ・リーバーマン・シリーズ>や、市下水道メーター検針係で同時に民主党シカゴ27区の班長である素人探偵ジミー・フラナリーが活躍するロバート・キャンベルの<ジミー・フラナリー・シリーズ>が大好きで、もっともっと翻訳してほしいものである。
こちらにシリーズ・リストを掲げた。翻訳のあるものはゴチック体で表示し、翻訳の多いシリーズから順に掲げたが、基本的に順不同である。アメリカでは膨大なミステリーが出版されており、漏れているシリーズもあると思うのでご教示願いたい。
(当初作成日:9/25/1999)
.gif)
DANchan's Home Page のトップへ戻る
|