シカゴについて - その2

「シカゴには2つの季節しかない」


    5月の第2週に入ったというのに、空気は相変わらず冷たい。シカゴには2つの季節しかないと、父がよくいっていた。冬と8月。今はまだ冬だ。
    (『レイクサイド・ストーリー』p171)

レイクサイド・ストーリー』はサラ・パレツキー(Sara Paretsky)の<V・I・ウォーショースキー・シリーズ>の第2作目の作品だ。シカゴの女私立探偵V・I・ウォーショースキー、通称ヴィクが主人公として活躍するこのシリーズは、『サマータイム・ブルース』から『バースディ・ブルー』までの8作が出版されている。
わが国では、作者・主人公・訳者・読者がともに女性(Female)のミステリーを<4F物>などと呼ぶが、本シリーズは、スー・グラフトン<キンジー・ミルホーン・シリーズ>と並ぶ、<4F物>の代表シリーズである。

シカゴには2つの季節しかない」というヴィクの父親の言葉は名言である。立っているだけで汗がにじんでくる夏と厳しい冬と。その間に挟まれた春と秋は短い。別の言い方をすれば、四季はあるものの、春、夏、秋が短く、冬が長いということだ。
しかも、気温差が激しく、天気は一日のうちで何度も急変することもある。日本のように一日中雨が降り続くことは(自分の記憶に照らしても)ほとんどなく、雨が降ったとしてもいつのまにかやんでいることが多い。そういえば、2年間一度も傘を使ったことがなかった。傘をさしている人もほとんど見かけなかった。湿気が少ないからか、老弱男女、多少雨に濡れようが皆おかまいなしなのだ。アメリカには傘がないのか、umbrellaという単語があるのに、なんて不思議に思ったものだ。

季節感にあふれる<V・I・ウォーショースキー・シリーズ>の概要を紹介しておくと、

第1作目の『サマータイム・ブルース』。

    夜の空気はねっとりと湿っていた。わたしはミシガン湖沿いに南へと車を走らせながら、よどんだ大気のなかにほのかな香水のごとく漂う、腐りかけたエールワイフの臭いを嗅いだ。夜遅いバーベキューの小さな火が、公園のあちこちで輝いていた。湖上では、緑や赤の航海灯が涼を求めて蒸し暑い大気から逃れた人々を示していた。陸の上では車が混み合い、街は休むことなく動きつづけ、呼吸しようとしている。シカゴは今、7月だった。
    (『サマータイム・ブルース』p9)

物語はうだるような夏のある夜、ラ・サール通りにあるシカゴ最大の銀行<フォート・ディアボーン信託銀行>の信託部専務取締役であるジョン・セイヤーと名乗る男がヴィクを訪ねてくるとことから始まる。息子の恋人が行方をくらましたので捜してほしいというのが依頼内容。
しかし、調査を始めたヴィクが発見するのは恋人ではなく、セイヤーの息子ピーターの死体だった。おまけに、依頼人は消えてしまい、銀行専務の写真を手に入れると、全くの別人だった…。調査を続けるヴィクは、大がかりな保険金詐欺の陰謀と暴力の迷宮に入りこんでしまう。また、労働組合と犯罪組織との癒着も描かれる。
パレツキーは、大学卒業後、保険会社で勤務した経験をもち、デビュー作で保険金詐欺を扱ったのは自然の流れだったのだろう。2作目以降は、必ずテーマにした専門分野について教えを受けた人々への謝辞があるが、本書にはない。自分の専門分野ということだろう。

第2作目の『レイクサイド・ストーリー』は、五大湖の海運業界が舞台だ。親戚のなかで一番好きだったいとこのブーム・ブーム・ウォーショースキーの突然の死から物語は始まる。
ブーム・ブームは怪我で3年前に引退するまで、シカゴのプロホッケーチーム<ブラック・ホークス>の超人気選手だった。引退後、彼は<ユードラ穀物会社>に腰を落ち着けたが、埠頭近くに死体が浮いているのが見つかったのだ。

    冷たい4月の風がわたしの髪をなぶり、ウールのスーツを着たわたしを身震いさせた。コートを着てくればよかった。
    (『レイクサイド・ストーリー』p17)

前作と季節はがらりと変わり、冬から春に移り変わる4月。シカゴの4月はまだ寒い。彼の死因に疑問をもつヴィクは、シカゴにとどまらず、五大湖、さらにはカナダのサンダー・ベイなどへ調査の手を広げ、彼が海運業界にからむ汚職事件を告発しようとしていたことを発見する。

    5月の中旬に入ったが、空気はまだかなり冷たい。新たなる氷河時代にむかいつつあるのだろうか。氷河時代をもたらすのは凍える冬ではなくて、雪のとけない寒い夏である。ジャケットのボタンを襟もとまでかけ、車の窓を一番上まで上げて走った。
    (『レイクサイド・ストーリー』p289)

ヴィク・シリーズの特徴は、(第一作目以外は)必ず親戚や友達などの身近な人に何かが起こり、ヴィクが否応なく事件に引きずり込まれるという形をとっていることだ。『レイクサイド・ストーリー』に「彼(ブーム・ブーム)の死によって、わたしは血縁の者すべてを失った。メルローズ・パークに母のおばが一人いることはいる。」(p25)とあるが、この母のおばローザにヴィクが呼び出されるところから第3作『センチメンタル・シカゴ』は始まる。季節は厳寒の1月

    1月の風が足もとに枯れ葉を吹き散らした。今年の冬は雪はまだわずかだが、空気が刺すように冷たい。呼鈴を押したあと、わたしは手のぬくもりを奪われぬよう、ネイヴィ・ブルーのカー・コートのポケットの奥深く両手を突っこんだ。
    (『センチメンタル・シカゴ』p11)

ローザは、長年会計係をつとめている<聖アルベルト修道院>の金庫から5百万ドルの株券が盗まれたことに対し嫌疑を受けているというのだ。ヴィクはブーム・ブームは大好きだったが、このおばローザは若い頃母のガブリエラをいじめ尽くしたことで大嫌いだった。ヴィクはいやいや調査を始める。そこでヴィクが発見するのは宗教団体の経済的不正だった。あらゆる方面から調査の中止をアドバイスされたり脅迫を受けるが、やめろと言われれば徹底的にやりたくなるのがヴィク。

第4作『レディ・ハートブレイク』では、病院の医療ミスにからむ不正事件を扱う。季節は真夏の7月

    暑さと、どこまで行ってもけばけばしい道路が、みんなを沈黙にひきずりこんだ。7月の太陽が、マクドナルド、ヴィデオ・キング、コンピュータランド、アービイズ、バーガー・キング、ケンタッキー・フライドチキン、車の販売代理店、そしてふたたびマクドナルドの上にきらめく。車の流れ、暑さ、同じくりかえしの風景に、わたしの頭はずきずきしだした。
    (『レディ・ハートブレイク』p13)

第5作『ダウンタウン・シスターズ』ではシカゴのサウス・サイドの再開発事業にからむ環境・公害問題をとりあげる。季節は冬の2月。というような感じで、シリーズは進む。

シカゴの季節の話からはずれるが、ここで、ヴィクの魅力を紹介しよう。何はともあれ、この変わった名前から始めなければならない。

    「きみ、いったい何者なんだ」
    「わたしの名前はV・I・ウォーショースキー私立探偵で、今はピーターの死を調査しているところ」彼に名刺を差し出した。
    「きみが? きみが私立探偵なら、こっちがバレリーナでもおかしくない」彼は叫んだ」
    「タイツとチェチュをつけたあなたにお目にかかりたいものね」わたしはそういって、プラスチックのケースに入った私立探偵許可証の複写写真をひっぱり出した。彼はそれをしげしげとながめてから、無言で肩をすくめた。わたしはそれを札入れにもどした。
    (『サマータイム・ブルース』p41)

サラ・パレツキーが『サマータイム・ブルース』で創り出した主人公V・I・ウォーショースキー(V. I. Warshawski)はシカゴの女私立探偵(PI:Private Eye)。本名は、<ヴィクトリア・イフィゲイネア>(Victoria Iphigenia)だが、男性と対等の立場を保つためにファーストネームを隠し、<V・I>と自称する。通称は<ヴィク>(Vic)。ヴィクトリアのヴィクだろうが、男性の名前のヴィクターも連想させ、これまた男か女か分からない。<4F物>のフェミニズムには作者によって強弱が違うが、男からの自立を目指すという点では一致している。その中でもパレツキー、したがってヴィクの男への対抗意識はひときわ強い。だから、名前にも徹底的にこだわる。

ヴィクは、初対面の人間や仕事関係の人間に対しては、<V・I・ウォーショースキー>で通す。これは若い女性の集まりで自己紹介をするはめになった場面。

    わたしに順番がまわってきたので、こういった。「V・I・ウォーショースキーです。みんなからはヴィクって呼ばれてます」
    全員が自己紹介を終えたとき、1人が興味ありげにいった。「あなた、イニシャルで通してるの、それともヴィクが本名?」
    「呼び名よ」わたしはいった。「ふつうはイニシャルを使ってるわ。わたし弁護士、として働きはじめたんだけど、同僚や相手方の男性弁護士っていうのは、わたしのファースト・ネームを知らないときのほうが横柄な態度に出ないものだってことに気づいたの」
    (『サマータイム・ブルース』p267)

だから、事務所の名前も電話帳の名前も<V・I・ウォーショースキー>だ。

    わたしはエレヴェーターのボタンを押した。反応がなかった。もう一度やってみた。やはり反応なし。吹き抜けの階段へ出るための重いドアを押しあけて、のろい足どりで四階まで上がった。吹き抜けはひんやりしていて、わたしはそこで二、三分涼んでから、照明の薄暗い廊下をビルの東側に向かって歩きはじめた。こちらの端はオフィスがいずれもウォバッシュの高架鉄道に面しているために賃貸料が割安になっている。薄暗い照明の下で、ドアの文字が読めた。
    <V.I.ウォーショースキー、私立探偵>
    (『サマータイム・ブルース』p10)

それでも、男性はヴィクが女性であることがわかると差別してしまう。

    共同経営者はいるのかね」彼はしつこかった。
    「いいえ、ミスター・セイヤー」わたしは冷ややかに答えた。「共同経営者はおりません」
    「そうか、こいつは若い女が一人でできる仕事じゃないんだ」
    わたしの右側のこめかみで、血管がどくどくと脈打ちはじめた。「暑いなかで長い一日をすごしたあげく、ここであなたに会うために、こっちは夕食までぬいたんですよ」怒りのために、わたしの声はかすれていた。
    ………
    「きみの正直さを疑っているわけではない」あわてて彼はいった。「いいかね、きみを怒らせるつもりはないんだ。しかしきみは若い女だ、仕事が手に負えなくなるかもしれん」
    わたしは一人前の女性ですわ、ミスター・セイヤー、ですから、自分の身は自分で守れます。それができなければ、こんな職業を選んだりはしません……
    (『サマータイム・ブルース』p15)

<V・I>というは、アメリカ人にも馴染みがないのだ。第1作『サマータイム・ブルース』では何度も<V・I>という名前を話題にした会話が出てくる。

    「よろしくね、ゲイル」わたしは丁寧に答えた。「わたしはV・I・ウォーショースキー」
    ヴィーアイ!」彼女は叫んだ。「なんて珍しい名前かしら。アフリカの名前?」
    「いいえ」わたしは大まじめに答えた。「イタリアよ」
    (『サマータイム・ブルース』p87)

<V・I>の<V>は何だとか、<I>は何だとか…。効果満点である。

    固い握手をかわしてから、わたしは彼に名刺を渡した。
    「で、ご用件はなんでしたかな、ミス――ええと――」彼は恩着せがましく微笑した。
    「ウォーショースキーです。ピーター・セイヤーに会うつもりでした、ミスタ・マスターズ。ところが彼は欠勤とかで、代わりにあなたがお会いくださるというので、彼が私立探偵を雇おうとした理由をお訊きしたいと思いまして」
    「正直な話、お答えできることはありません、ミス――ええと――別の呼び方をしてはいけませんか」彼は名刺を見た。「は何の省略でしょう」
    「わたしのファースト・ネームですわ、ミスタ・マスターズ」
    (『サマータイム・ブルース』p34)

別のところでは、

    はなんの略?」
    「なんだっていいじゃない」わたしは電話を切った。イフィゲネイアの略だ。わたしのイタリア人の母は、ヴィクター・エマニュエル(Victor Emanuel)の熱狂的ファンだった。この情熱とオペラへの愛が、母をしてわたしに気ちがいじみた名前をつけさせる結果となったのだった。
    (『サマータイム・ブルース』p77)

さらに、

    「ちょっと待って」彼はいった。「ファースト・ネームを教えてくれない?誰かさんを“V・I”と呼び続けるなんて、無理な話だ」
    「イギリス人はいつもそうしてるけど」
    (『サマータイム・ブルース』p75)

「イギリス人はいつもそうしてるけど」はなかなかおもしろい。
たしかに、イギリス人でファースト・ネームにイニシャルを2つ並べる人は多い。例えば、本格ミステリー作家に限っても、有名なところで、ミステリ史に残る名作『トレント最後の事件』のE・C・ベントリー(E.C. Bentley)、『フォーチュン氏の事件簿』のH・C・ベイリー(H.C. Bailey)、<ブラウン神父・シリーズ>のG・K・チェスタトン(G.K. Chesterton)、詩人の警官アダム・ダルグリッシュを生み出したP・D・ジェイムズ(P.D. James)、『クマのプーさん』でも知られるA・A・ミルン(A.A. Milne)などがいる。
このなかで、P・D・ジェイムズは女性だ。P・Dと言われただけでは男性か女性かわからない。

名前にこだわるヴィクも、市警のマロリー警部補にだけは彼女をヴィクトリアの愛称<ヴィッキー>(Vicki)で呼ぶことを許している。

    「いらっしゃい、ボビー。なんてすてきな驚きだこと」
    「おはよう、ヴィッキー。ベッドから引きずり出しちまって悪かったな」マロリーは皮肉なユーモアをこめていった。
    「どういたしまして、ボビー――いつだって大歓迎よ」ボビー・マロリーは父が警察で一番親しくしていた友達である。2人ははるか昔の30年代に同じ巡回区域でスタートを切り、ボビーは昇進して警官としての父の人生から離れて行ったが、その後もトニーのことは忘れなかった。感謝祭がくると、わたしはたいてい彼と、暖かな母性愛にあふれた彼の妻アイリーンのところで、ディナーをごちそうになる。彼の6人の子供と4人の孫も一緒だ。
    (『サマータイム・ブルース』p46)

ヴィクの亡父は、ウォーショースキーの名前からわかるようにポーランド人のパトロール警官。母はナチの迫害を逃れてアメリカへやってきたイタリア人だったが、ヴィクが15歳のときになくなった。母には半分ユダヤの血が流れていた。要すれば、ヴィクは移民の子なのだ。

    母はわたしがオペラ歌手になることを望んでいて、根気よく仕込んでくれた。娘が探偵になったことを知ったら、さぞかし嘆くにちがいない。父だってそうだろう。父自身も警官で、アイルランド系社会に生きるポーランド人であった。部長刑事より上に昇進できなかったのは、一部には野心の欠けていたせいもあろうが、祖先の血も原因だったにちがいない。しかし、父はわたしには大きな期待を寄せていた。
    (『サマータイム・ブルース』p24)

    わたしは大戦が勃発する直前に母がイタリアを離れたことを、語って聞かせた。母のそのまた母はユダヤ人で、家族たちはせめて母だけでも迫害の手を逃れるようにと望んだのだった。
    (『サマータイム・ブルース』p117)

    わたしの両親はいずれも信心深い人間ではなかった。イタリア人だった母にはユダヤ人の血が半分流れ、ポーランド人の父は先祖代々の無神論者の家の出だった。両親はわたしにいかなる信仰も押し付けまいと決めていた。もっとも、プリムの祭りがくると、母はいつも小さな“アマンの耳”(けしの実が入った三角形のパン)を焼いてくれたけれど。
    (『レイクサイド・ストーリー』p15)

ヴィクはシカゴ大学のロー・スクールを卒業後、国選弁護士会所属の弁護士として働いていたが、法律家の堕落ぶりに嫌気がさして退職し、私立探偵を開業した。

    「…そのうち、わたしは国選弁護士会で仕事をすることに、幻滅をおぼえるようになったわ。あの組織は腐敗しきっているもの。正義のために弁護するんじゃなくて、考えてるのは法律上の屁理屈をこねまわすことばかり。そんなとこは抜け出そうと思ったけど、それでもまだ、法律技術上の点数稼ぎじゃなくて、自分の正義感に従って仕事をしているという気持ちになれる仕事をしたいと思ってたわ。国選弁護士会をやめて、さてこれからどうしようと迷っていたとき、一人の女の子がわたしを訪ねてきて、盗みの疑いをかけられた兄を助けてほしいって頼んだの…」
    (『サマータイム・ブルース』p236)

ヴィクの専門は企業関係の調査だ。

ヴィクは弁護士時代に同業のディックと結婚したが、彼が女性の自立を認めない男だったため、14ケ月で離婚した。以後は独身。『サマータイム・ブルース』でデビューした当時は32歳だったが、1作平均1歳年をとっている。

    「あら、わたし探偵になって幸福よ、ボビー、主婦をやってたときはみじめなものだったわ」それは真実だった。8年前に短期間だけ経験した結婚生活は、14カ月ののち憎悪に満ちた離婚で幕を閉じた。距離を置いてしか自立した女を崇拝することのできない男が、この世にはいるものだ。
    (『サマータイム・ブルース』p48)

    「最初の結婚がこわれた理由は、わたしの自立心が強すぎたせいなの。それから、あなたもこのあいだの夜気がついたと思うけど、わたし、家事はさぼりっぱなしなの。でも、一番の問題はわたしの自立心強烈な縄張り意識とでもいうのかしら。そうねえ――どう説明すればいいかなあ――」わたしは笑顔をつくった。「説明するのは難しいわ」言葉を切り、2、3分のあいだ、わたしの皿に注意を集中した。下唇をかんで、話の続きを始めた。「女友達なら、うんと親しい人が何人かいるわ。だって、彼女たちはわたしの縄張りを荒らそうとしないもの。ところが、男性が相手のときは必ずというか、しばしばというか、自分の立場を守るために戦わなきゃいけないような気にさせられるの」
    (『サマータイム・ブルース』p235)

ディックは、<クロフォード=ミード>という超一流の巨大法律事務所のエリート弁護士だ。いわゆるWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント)だ。移民の子であるヴィクの、アメリカの支配階層であるWASPに対する嫌悪感はいろいろな場面に出てくる。たとえば、

    〈カートウィル〉に入るのは今夜が初めてだ。わたしから見ると、ここはセンスよりも金に恵まれた、陽気で頭がからっぽのノース・サイド族が好んで食事をしたがる、独創性に乏しい店の代表といえそうだった。入口を入って左手にあるバーは薄暗く、アンプで音を大きくしすぎたピアノが、エール大学の卒業生たちをほろりとさせそうな曲を演奏していた。
    (『サマータイム・ブルース』p102)

しかし、そのヴィクもWASPに内心あこがれていたのだ。なぜディックと結婚したのか?移民の劣等感。

    「ディックが相手のときは、さらにひどかったわ。どうしてあんな男と結婚したのか、自分でも不思議なくらい――それは彼が白人のアングロ・サクソン集団を代表していて、わたしも心の片隅でその仲間になることを望んでいたからじゃないかって、ときどき思うこともあるけど。とにかく、わたしのような人間にとって、ディックは最低の夫だったわ…」
    (『サマータイム・ブルース』p235)

    「あなたがどうしてあの男と結婚したのか、わたしは理解に苦しんでいたのよ、ヴイク」 わたしはにやっとした。「移民の劣等感――彼は完璧なワスプなの。でも、なぜフレンドシップがからんでるのかしら」
    (『レディ・ハートブレイク』p257)

次のページで紹介する<マローン&ジャスタス夫妻・シリーズ>の主人公3人ほどではないが、ヴィクも相当の酒好きである。お気に入りは、ジョニー・ウォーカーの<黒ラベル>、いわゆるジョニ黒である。

    ゴールデン・グロー〉はサウス・ループの変わり種である。前世紀に建てられた小さな酒場で、本格的な酒飲み連中のすわる、馬蹄型をしたマホガニーのカウンターが今も残っている。壁ぎわには小さなテーブルとブースが8つか9つぎっしりと並び、店が建ったときに飾られた本物のティファニー・ランプが2個、くつろげる光を放っている。バーテンダーのサルは身の丈6フィートに近い、堂々たる黒人女である。たった一言とひとにらみで乱闘を中止させたところを、わたしは前に見ている――サルに楯突こうとする客は一人もいない。この日の午後、彼女は銀色のパンツスーツを着ていた。目のさめるような装いだ。
    彼女は挨拶がわりににうなずくと、黒ラベルのストレートをブースに運んできた。ラルフはジントニックを注文した。
    (『サマータイム・ブルース』p39)

ゴールデン・グロー〉はヴィクのお気に入りの店。注文するまでもなく、黒ラベルが出てくることになっている。
どれほど黒ラベルが好きか、いとこのブーム・ブームの遺言状のヴィクへの条件が笑える。

    わたしたちは午前中いっぱいかけて、ブーム・ブームの遺言状に目を通した。おばたちからごうごうたる非難の声が上がりそうな書類だった――いとこは財産の大部分を各種慈善団体、およびホッケー選手遺族年金基金に遺贈している。おばたちの名前はどこにもない。わたしには黒ラベルに全額注ぎこんではならないという条件つきである程度の金が遺されていた。
    (『レイクサイド・ストーリー』p27)

自宅の冷蔵庫にもあまりまともな食べ物は入っていないが、黒ラベルだけは欠かさない。ピーナッツ・バターとウィスキーの取り合わせ、いかがですか?

    テリー・クロスのローブをまとい、食料をあさりに台所へ行った。メイドがここしばらく買い物をさぼっていたようで、収穫は乏しかった。ピーナッツ・バターの瓶と黒ラベルのボトルをとりだし、それを持って居間にひきかえした。
    2杯目のウィスキーを飲みながら、スプーン4杯目のピーナッツ・バターをなめていたとき、ドアに遠慮がちなノックの音がした。
    (『ダウンタウン・シスター』p165)

    どうしても一人でいたいといいはって、枯れの色あせた茶色の眼が暗く傷つくのを見ることは、わたしにはできなかった。気の弱い自分を呪いながら、階段をとぼとぼのぼって、自分の部屋まで行った。隣人のきびしい言葉にもかかわらず、黒ラベルのボトルに直行し、パンプスを蹴り捨ててパンティストッキングをおろすあいだにボトルの蓋をはずした。らっぱ飲みした。長々とボトルを傾けると、疲れた肩にぬくもりが広がった。
    (『ダウンタウン・シスター』p218)

ヴィクはハイ・スクール時代バスケットボール・チーム〈レディ・タイガーズ〉の選手で、20年前の当時AAクラスの州大会で優勝したことがある。

    昔は5フィート8インチのわたしがチームで一番ののっぽだった。
    (『ダウンタウン・シスター』p17)

約173センチだから、ずいぶん背が高い。シカゴ大学にもスポーツ奨学金を受けて進んだようで、バスケットの腕前もなかなかのものだったにちがいない。

    わたしはスポーツ奨学金を受けてシカゴ大学に進んだ。シカゴ大学は女もスポーツをすることをよその州が知るずっと前から、そうした奨学金を出していたのだ。
    (『ダウンタウン・シスター』p18)

その引き締まった身体を、毎日5マイルのジョギングで維持している。

    ジョン・セイヤーがくれた昨日の500ドルはわたしをかなり元気づけてくれて、わたしはうきうきした気分で、カットオフ・ジーンズとTシャツを身につけた。この金のおかげで、表に出たときも不快な大気を忘れることができた。5マイルを軽く走った――湖に出てベルモント・ハーバーをまわり、ホールステッドの通りに面した広くて安いわたしのアパートメントへもどるコースである。
    (『サマータイム・ブルース』p22)

寒い冬だって、ジョギングは欠かさない。ジョギングをしないのは殴られたり、撃たれたりして怪我をしているときだけだ。

    翌朝、ベルモント・ハーバーまでの往復5マイルを走ったときは、雪が降っていた。氷に閉ざされた水面は静寂そのものであった。防波堤の向こうに見える湖もじっと動かない。穏やかなのではなく、そこに住む神々が冷気の帯にがんじがらめにされて、不機嫌に押し黙っているのだ。
    (『センチメンタル・シカゴ』p71)

短い夏には、ミシガン湖で水泳もする。

    わたしは特別強力な日焼け止めで顔をおおって湖までジョギングし、そこで午後のほとんどをすごした。労働記念日はすぐ目の前、この時期になると決まって大嵐がやってきて湖水を波立たせ、水温を急に下げるので、もう次のシーズンまで泳げなくなる。今のうちにたっぷり泳いでおかなくては。仰向けに水に浮かび、母なる自然の腕にいだかれて、大海のゆりかごでゆらゆら揺られている感覚を楽しんだ。
    (『レディ・ハートブレイク』p356)

本人はあまり口にしないが、美人であることは確かなようだ。

    わたしはジーンズをはき、黄色い木綿のセーターを着て、鏡のなかの姿を点検してから、きびしい目で合格点をつけた。夏はわたしが一番きれいに見える季節である。イタリア人の母からオリーヴ色の肌を受けついだおかげで、日焼けするととてもきれいになる。
    (『サマータイム・ブルース』p23)

    わたしはとっておきの魅力たっぷりの微笑を浮かべた――サム・スペードに汚い仕事を肩代わりさせようとするローレン・バコール
    (『レイクサイド・ストーリー』p280)

    化粧は信号待ちのあいだにすませ、髪は車を降りる前にといておいた。パーティに来てから身だしなみを整えるのは自信のない者だけ、といった偉大なるボー・ブランメルを思い出し、ロビーの壁をおおう床までの鏡で自分の姿を確かめたいとの誘惑を退けた。
    (『センチメンタル・シカゴ』p259)

自信あるんでしょう、きっと。

ヴィクの主義といえば、フェミニズムだ。

    彼女は受話器を置いた。「こういうところの官僚主義ときたら、まったく、頭にきます。わたしがごく一部を受け持つ代わりに、プログラム全体の責任者になれたら……」彼女は唇を結び、みなまでいわず黙り込んだ。わたしたち3人にはわかっていた――彼女が性転換手術を受け、おそらくは肌の色も変えるしか、それを実現する方法はないのだと。
    (『レディ・ハートブレイク』p262)

    9時20分、講堂は3分の2が埋まった。参加者のほとんどが席に着いている。大半が男性であることを、わたしは無意識に見てとった。また、黒人の参加者はローリングズただ1人だった。われわれ60年代の申し子は公の場所に出ると、ついつい考えもせずに人口調査をおこなってしまう
    (『レディ・ハートブレイク』p360)

    「ごめんなさい。子供のいない女はぶどう抜きのウェルチみたいなものだと考える人の前では、ついむきになってしまうの」
    (『サマータイム・ブルース』p234)

ウェルチというのはグレープ・ジュースの商品名だ。

    彼のスーツは高価そうで仕立ても上等だが、全国第八位の銀行よりエドワード・G・ロビンソンの映画から出てきたというほうが似合いだった。しかし、それなら、わたしは探偵らしいといえるだろうか。考えてみれば、女たちが何で生計を立てているかを、その外見から判断しようとする人間はほとんどいない――わたしの職業を聞くと、人はたいてい絶句する
    (『サマータイム・ブルース』p20)

若干長くなるが、ヴィクが自分の昔を回想して、ボビー・マロリーに聞かせる場面を引用する。ヴィクのフェミニズムの原点が語られている。

    「あの時代がどういう雰囲気だったかを、ここで説明するつもりはないわ。わたしたちを夢中にさせた主義主張に、あなたはあまり賛成していないから。わたし、ときどき思うのよ、あんなに――あんなに生き生きできることはもう二度とないだろうって」
    ほろ苦い思い出の波が打ち寄せてきて、わたしは涙をこらえるためにきつく目を閉じた。
    「やがて夢は崩れはじめた。ウォーターゲート麻薬経済不況を体験し、人種差別男女差別はわたしたちの熱意にかかわりなく続いていた。だから、わたしたちはみんな現実と折り合いをつけて、生活費をかせぐことに専念しはじめた。わたしがどう生きてきたかはご存じね。わたしの理想が一番無残に砕かれたんじゃないかしら。移民の子供のたどる道って、だいたいそんなものよ。夢を信じたくてたまらないから、ときには目ざめることもできなくなるの。
    でもね、アグネスのたどった道はすこし違ってたわ。あそこの両親に会ったでしょ。まず、父親は腕のいい心臓外科医で、控えめに見積もっても年収50万ドルはくだらないはず。でも、もっと重要なのは、母親がサヴェージ家の出だってこと。ほら、由緒あるカトリックの富豪よ。高校は名門のコンヴェント・オヴ・セイクリッド・ハート、次は社交界に出るための舞踏会、ほかにもいろいろ。大金持がどんな暮らしをしてるのか詳しく知らないけど、あなたやわたしと違うことだけは確かね。
    それはともかく、アグネスは生れたときからそれに反対してたわ。セイクリッド・ハートの12年のあいだも反抗しつづけ、両親の猛反対を押し切って、シカゴ大に進んだの。学費は借金だったわ。だって、両親が娘をユダヤ人や共産党員の学校にやる金は出せないっていったから。だから、60年代のありとあらゆる主義主張に彼女が熱中したのも、そう意外なことじゃないのよ。そして、わたしたち2人にとっては、女性運動が一番大切だったわ。だって、それが一番身近なことだもの」
    (『センチメンタル・シカゴ』p123)

何かといえば男への対抗意識が出てしまうのがヴィクである。

    わたしは彼の娘で、父のようなお人好しではない。イタリア人の母の激しさを受け継ぎ、戦いは最後まで続けるものだという彼女の主義に負けまいと努めているのだ。
    (『サマータイム・ブルース』p56)

国際労組の委員長アンドリュー・マグローは、かつてヴィクの父親トニーに助けられたことがあった。職業別電話帳でヴィクのことをトニーの<息子>だと思い込んで訪ねてきたのだろう。残念ながら予想ははずれた。ヴィクは男ではなかった。そしてトニーのようなお人好しではなかった。

    怒りがわたしの声帯をひきつらせていた。「守ってもらわなくて結構よ、ロジャー。わたし、そういう世界には住んでいないの。あなたの世界に危険な無法者が大勢いるとしても、わたしがそれだけの理由で、あなたのやってる仕事に干渉することはあり得ないわ。あなたがご自分の仕事の話をしようというのなら、わたしは耳を傾けるし、意見を求められれば答えもするわ。でもあなたを守ろうとは思わない」わたしは浴槽を出た。「だからわたしにも同じ敬意を払ってちょうだい。わたしの敵となった人間がお金の代わりに火をおもちゃにしてるからって、わたしが保護を必要としている、あるいは求めてるってことにはならないのよ。もしそうなら、この何年ものあいだどうやって生き延びてこれたと思うの?」
    (『センチメンタル・シカゴ』p244)

そして喧嘩好きでもある。

    「子供のときほどじゃないわ。わたしね、サウス・サイドで育ったの。90番通りとコマーシャル通りが交差するあたり、ご存じかしら――製鋼所で働くボーランド人の工員が大勢住んでて、肌の色や生れた国の違う人間が越してくるといい顔しなかったわ。そうなると相手だって同じ感情を持つものよ。わたしが通った高校はジャングルの掟に支配されてたわ――強力な蹴りやパンチが使えないなら、黙って引っ込むべし
    (『サマータイム・ブルース』p120)

生まれ育った環境と母親のガブリエルの影響か。ガブリエルは暴力を憎んだが、負けん気は強かった。 ヴィクの負けん気の強さは、相手が暗黒街のボスであっても揺らがない。

    アールはにたにた笑った。「おれはまだ一度も、殺しの罪をかぶったことはないんでね、ウォーチョースキー、知ってんだろ」
    「ウォーショースキーよ、脳たりんのドイツ人さん。ポーランドの笑い話がどうしてあんなに短いかご存じ?」わたしはマスターズに訊いた。「ドイツ人にも覚えられるようにって配慮よ」
    (『サマータイム・ブルース』p337)

季節の話に戻る。そう、シカゴの冬がいかに寒いか。

    1月にシカゴに出張だなんて、ロンドンの人たち、きっとあなたを嫌ってるんだわ。2月いっぱいこちらにいなきゃならないとしたら、それこそ、あなたが社の暗殺リストにのってる証拠よ」 彼はしかめっつらになった。「以前、冬にこちらへきたことがあるんだ。きみたちアメリカの女の子が驚くほどタフな理由は、きっとこれだね。南部のほうも、ここと同じくハードボイルド?」 「もっと悪いわ」わたしは断言した。「もっとタフなくせに、上品な物腰という見せかけの下にそれを隠しているの。だからあなたは意識を取り戻すまで撃たれたことにも気づかないわよ」
    (『センチメンタル・シカゴ』p49)

『レイクサイド・ストーリー』でもヴィクが一緒に仕事をしたロジャー・フェラントは、ロンドンの再保険会社スカッパフィールド=プラウダの若手重役。シカゴの保険会社エイジャックスの仕事をするために冬のシカゴに出張してきているのだ。このヴィクとロジャーの会話は、スカッパフィールド=プラウダが所有しているジョン・ハンコック・センターのアパートメントの中で行われている。シカゴの寒さを2回体験したボクは、ヴィクのこのせりふを読んで大笑いしてしまった。ヴィク特有の言い回しだが、本当にシカゴの冬は寒いのだ。

    寒い
    指先も凍るような冷たい風が吹き荒れ、うなりをあげ、中身のはみだした緑色のゴミ容器のふたに吹きつけて、ガン、ガガンと金属どうしをぶつかりあわせている。
    ふたつの高層ビルの狭いすきまを通って、岸辺の凍りかけたミシガン湖が、砂で汚れたこまかい氷の粒を狭いビーチに投げつけ、ごぉーという音とともにまた風が退いていく。
    (『冬の裁き』p9)

これは、『冬の裁き』の冒頭。『冬の裁き』は、スチュアート・カミンスキー<エイブ・リーバーマン・シリーズ>第3作である。<エイブ・リーバーマン・シリーズ>はユダヤ系アメリカ人の初老刑事リーバーマンとアイルランド系の相棒ハンラハンが活躍する警察小説だ。奇抜なトリックや派手なアクションはないが、とても渋く雰囲気のある小説だ。シカゴで毎日起きているようなありきたりの事件を淡々と解決していきながら人生の喜びや悲しみをにじませている。
『冬の裁き』は、真冬のシカゴ、リーバーマンの甥夫婦が2人組の強盗に襲われ、甥が射殺されるところから始まる
トリニダードからやってきた2人の男、レイモンド・カルーとジョージ・デュプリーが、ビルから出てくるリーバーマンの甥デイヴィッドとその妻キャロルを襲うべく、シェリダン・ロードの近くで待ち伏せしている場面だ。トリニダード人は、こんな寒さを経験するためにシカゴにやってきたわけはない。金を稼ぐためにやってきたのだ。

    寒いよ、おい。あんたはどうか知らんが、おれは寒くてたまらないよ」
    ジョージ・デュプリーは大きな体をがたがたふるわせ、てかてか光る黒い顔を緊張でゆがめながら、ブーツをはいた足で足踏みをして寒さに耐えていた。
    (『冬の裁き』p9)

レイモンドの方は、エディ・バウアーのダウン・ジャケットを着ているが、痩せているためやはり寒いようだ。

    身につけているエディ・バウアーのジャケットの下に、寒さを防ぐ死亡は1オンスもついていないくらい、レイモンドはやせていた。だからレイモンドも寒かった。
    (『冬の裁き』p10)

エディ・バウアーのダウン・ジャケットは、ぼくも愛用していた。エディ・バウアーを着込むと中はTシャツで済ますことができる。逆に厚着をすると、建物の中に入ったときに暑くて耐えられないのだ。
しかし、顔だけはカバーすることができない。そこで、一度毛糸でできた覆面を試してみたことがある。頭からかぶる覆面で、目と鼻と口の部分が開いている。暖かいことは暖かいのだけど、口を鼻で息をしなければならないので、どうしても息に含まれている水分が覆面の穴の回りに付着する。そしてこれがほとんど瞬時に凍り付いていくため、多少は慣れるものの、決して気持ちのよいものではない。また、どう見ても「銀行強盗」としか見えないので2、3回かぶってやめた。

冬になると火事が多発する。スラムっぽいところで、寒さをしのぐために部屋の中で色んなものを燃やし、それが火事につながり一家が焼死したという話。車が動かなくなって凍死するという話は恒例のニュース。 しかし、ウィスコンシン州から来た連中は、シカゴっ子に、「われわれのところの方がもっともっと寒い」と自慢するのである。

すでに紹介したサム・リーヴズの『長く冷たい秋』から。

    長く冷たい秋が、ようやく12月の底冷えのする寒さになりかわろうとしていた。冬の最初の降雪で地面にはまだすこし雪がのこっていた。湖から吹きつける風は身を切るように冷たかった。クーパーが立っているところからは、3マイルほど先のファーウェル埠頭の端についている明りが見えた。
    (『長く冷たい秋』p490)

シカゴは別名"Windy City"とも呼ばれるくらい風の強い街である。とにかくミシガン湖から冷たい風が吹いてくる。ぼくなんか、どうして防風林という発想が出てこないのか不思議に思ったくらいだ。この風のおかげで身体が感じる寒さ、すなわち体感温度は実際の気温より相当低くなる。

1983年のクリスマス・イブのことだ。単身でエヴァンストンにいたぼくは、クリスマス・イブに日本からやってきた妻と1歳9ケ月になった息子をオヘア空港に迎えた。
妻がぼくの顔を見るなり、「(日本へ)帰りたい」と言った。
飛行機からタラップを降りて外を数十メートル歩かねばならなかったらしい。イヤリングが急速に冷え、刺されるように痛く死ぬかと思ったといいうのだ。
車の中でラジオが、華氏マイナス4度、体感温度は華氏マイナス40度と言っていたのを覚えている。ご存じのように、華氏(F:Fahrenheit)と摂氏(C:Centigrade)の関係は、C=(F−32)*5/9である。従って、華氏マイナス4度は摂氏マイナス20度。体感温度の華氏マイナス40度は、たまたま摂氏マイナス40度となる。確かに寒かった。

長く冷たい秋』は、サム・リーヴズ(Sam Reaves)のハード・ボイルド<クーパー・マクリーシュ・シリーズ>第1作である。

大学で歴史を専攻したのに、いろいろな職を経て、タクシー・ドライヴァーとなった独身の主人公、クーパー・マクリーシュは、ふと目にした新聞記事に愕然とした。大学時代に思いを寄せた女性ヴィヴィアンが、ビルから飛び降りて死んだのだ。殺人に違いないという息子ドミニクの訴えにもかかわらず、警察は自殺と断定した。クーパーはドミニクと真相を探りはじめるが、クーパーとドミニクの間の意外な真実が明るみになる。

クーパーはインディアナ州の小さな町で、プロテスタントのプレズビテリアン派牧師の息子として育った。ベトナム戦争に駆り出され、そして戻ってきて大学に入り直したのだ。クーパーが青春時代を過ごしたのは1970年代。ベトナム戦争がアメリカをズタズタにした時代である。そういう時代に会った女性がエヴァンストンに住むヴィヴィアンだったのだ。

ベトナム帰りのタクシー・ドライヴァーという設定は新鮮である。

ヴィヴィアンの葬儀に顔を出した後、ヴィヴィアンの友人エレンがクーパーの職業を尋ねる。

    「なのにいままでずっとタクシーを運転していたの?」
    「いや、いままでにあらゆることをやったよ。しばらくトラックを転がしていたこともある。守衛をやったり、フライを揚げるコックにもなったし、給油所の従業員もやったし、モーテルで働いたこともある。ハリウッドのプロデューサーのおかかえ運転手をやっていたこともあるし、行儀のよくない客をバーからたたき出す仕事をしていたこともあるし、レストランのマネージャーをしていたこともある。保険の外交員をひと月したこともあるよ。きみから見るといいかげんな生き方だろうな。でもおれは人からあれこれ指図されるのが好きじゃないから、結局タクシーの運転手に落ち着いた。歴史と関係のあることは一度もやったことがない。歴史の本をもっと読む以外には」
    (『長く冷たい秋』p69)

アメリカ人のタクシー・ドライヴァーは珍しいのである。

    「タクシーを転がしてるよ」
    「ほう、そうかい。わしもしばらくやったことがある。これも昔の話だがな。外国人の連中がタクシー業界になだれ込んでくるまえの話さ。あんたはアメリカ人最後の運転手かもしれんよ」
    「かもしれない」クーパーは答えた。
    (『雨のやまない夜』p19)

クーパーはタフであるだけでなくインテリでもある。愛読書は哲学者のカール・ポパー。自分で本も書こうとしている。

    しおりをはさんで、カール・ポッパーの『開かれた社会とその敵』を机の上においた。コーヒーを飲みほし、アメリカのヴェトナム介入についてだけ書いていいのか、それともたとえば開かれた社会と敵のように、もっと大きなテーマで書くべきかきめなければならないと思った。じつはもっと大きなテーマに最近は惹かれていて、おかげで間口が広がり、もしかしたら永久に本を完成することはできないかもしれなかった。だが、考えてみればポッパーが、そしておそらくほかの人たちが大きなテーマについてはすでに書いているだろう。自分が書くよりもずっとうまく。それに、やりかけたことを最後までやり通せば、いつかは自分の生き方にも説明がつき、東南アジアでの熾烈で、破壊的で、究極的に不毛だった戦争ゲームに1965年から1972年まで第二陣の兵士として付き合った悪夢からも解放されるのではないか。
    (『長く冷たい秋』p238)

<クーパー・シリーズ>がハードボイルドであるゆえんは、次の引用文によく表れているクーパーの「主義」だ。

    「あなた、ほんとは楽しんでるんじゃないの?追いかけっこや危機一髪の脱出みたいなことを」
    「撃たれるのは楽しくないがね」彼はぶっきらぼうに言った。
    「ときどきそう思うのよ。あぶない目に遭うとあなたの目は明るくなるし、足取りまで軽くなるから。タクシーのなかであなたを殺そうとした男がいたときもね。あなたは震えていたけど、あの夜はほんとに生き生きしてたわ」
    「ああ。そこが肝心なところだ。生きてたからこそできることさ
    「あなたは……なんて言ったかしら、戦闘中毒者みたい」
    「よせよ、くだらない。どこの雑誌でそんな言葉を仕入れたんだ?」
    (『長く冷たい秋』p246)

    「いいか、人はだれでも人生でちょっとは贅沢をしたいと思う。おれの場合は、何年もまえに自分に許した贅沢がふたつある。ひとつ、自分で着たいと思ったとき以外はスーツを着ないっていう贅沢。そんなものを着たいと思うことはまずないがね。おれにとってはネクタイもおんなじだ。そしてふたつ目の贅沢は、もうだれからもあれこれ言われたくないっていうことだ。もう2度とな。だれからもだ。もしかしたら、これを押し通すには多少のかねを犠牲にしなきゃならないだろうが、贅沢っていうものはもともとかねのかかるもんだ。わかったかい?」
    (『春までの深い闇』p156)

    おれはある種の正義を見たいんだ。法的な正義なのか、詩的な正義なのか、荒っぽい正義なのか、おれにもよくわからない。動物みたいに振る舞う人間がちゃんとその報いを受ければ、おれはそれでいい。でも、最近じゃちっとも正義が果たされないじゃないか。それを社会文化のせいにしたりしている。犯罪がおこなわれたのに、それを犯した人間を責めるのではなくて、いろんなもののせいにしている。だから、なにかにかかわって、正義のように見えるなにかにすこしでも近づけるのなら、おれはその事態を受け入れる
    (『過ぎゆく夏の別れ』p371)

また、横道にそれてしまった。
<クーパー・シリーズ>からもうすこし季節に関連した引用してみよう。まずは、やはり冬だ。冷たい風も体を清めてくれるようで気持ちよいこともある。

    厳寒のなかを冷たい北風に向かって身を乗り出すようにして、シェリダン・ロードをとぼとぼと歩いた。プラット・ブルヴァードとの交差点に出て東にまがり、公園のほうへ向かうと、目のまえに水平線が開けた。空は澄んでいて、湖畔に積もってかたまった雪は冬の太陽の下で一点の穢れもないように輝いていた。クーパーは桟橋の端まで歩き、湖に体をさらして立った。体に合わないジャケットのなかで肩をすくめたが、カナダからなにものにも妨げられずに湖を吹き抜けてくる風が、体を清めてくれるようで気持ちよかった。彼はその風に背を向け、南のスカイラインを見やった。
    (『春までの深い闇』p69)

    湖の岸近くには漂流物のような氷が張っていた。だが、その向こうには、暗くてなめらかな水がこれ以上ないほど青い空の下に広がっていた。風は冷たかったけれども弱く、なにかをさぐるように発作的に岸辺に吹き付けては凪いだ。クーパーとダイアナは、砂と雪混じりの風をついてちょっと苦労しながらとぼとぼ歩いていた。南に向かって歩きながら、氷に跳ね返るクールな冬の太陽の光に、ふたりとも目を細めた。
    (『春までの深い闇』p11)

プエルト・リコの血の入ったダイアナはクーパーの恋人だ(第4作『過ぎゆく夏の別れ』で2人は結婚する)。鳶色のやわらかくカーヴした髪が、片目の端からすこしそばかすのあるほおとあごのまわりにエレガントにかかっている。目はラテン系のダークだ。

    のこりのひとつの壁はガラスで、そのすぐ向こうには湖の上空にあるシカゴの冬の空という気象学上の大作が鑑賞できた。
    (『春までの深い闇』p361)

「気象学上の大作」とはしゃれた言い方だ。


次は、夜の11時になっても気温がまだ31度もある夏だ。

    100万ドルのキャッシュは自分のものだとショーン・マクティーグがさとった夜は、11時になっても気温がまだ31度あった。街の人口の半数は湖に出ていて、メキシコ人の家族はみんな芝生の上にかたまり、あまり騒ぎもせずに凪いだ暗い湖面をぼんやり見つめ、そよ風が吹いてくるのを待っていた。……
    「この街の夏はシャワー室のなかで暮らしているような感じだな」古びたダスターのボンネットの上にすわっているローランドが、湖畔から遠くの神々しいほどのループの明りに目をやりながら、言った。「ぜったい冷たくならないし、かわきもしない」
    (『過ぎゆく夏の別れ』p7)

最後にクーパーのかっこいい台詞。これぞハードボイルド。

    たしかにシカゴは寒い(cold)ところだ。でも、冷たい(cold)ところじゃない」クーパーは言った。
    (『長く冷たい秋』p492)

(当初作成日:9/25/1999

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