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シカゴ案内(1) − マローンの独白
まず、クレイグ・ライスの<マローン&ジャスタス夫妻シリーズ>第7作『素晴らしき犯罪』から、ちょっと長い引用を。ニューヨークでタクシーに乗っているマローンの独白。
マローンはまた座席に沈みこみ、窓の外を眺めた。今眺める5番街も夜明け前に眺めたときとちっとも、変わらなかった。公立図書館の前を通り過ぎた。うーん、彼の好みから言えば、シカゴ美術協会の建物のほうがずっといい。エンパイア・ステート・ビルを見た印象は寒々としたものだった。シカゴのリグレイ・ビルとくらべものにならない。とくに、リグレイ・ビルが80歳の人の誕生祝いのケーキみたいに全階の灯をともした夜を知ってるかっていうんだ。
「これが世界一高いビルでさあ」運転手が教えてくれた。
「ここから見るとちっとも高くない」マローンは冷ややかに言った。「古い2階建てのいんちきビルみたいだ」まあ、よろしい、エンパイア・ステート・ビルはたしかに高いよ。だからどうだってんだ?ニューヨークの建築家がどの階でやめればいいかわからなかっただけじゃないか。この言葉が気にってマローンはそれを口のなかで繰り返し、葉巻の灰を窓から吹きとばした。
マディスン・スクェアはどこにでもある薄汚れて混雑した小さな街公園にすぎなかった。それだけじゃない、1平方フィートあたりに屯する浮浪者の数だってシカゴのバグハウス・スクェアのほうがずっと多い、賭けてもいいとマローンは思った。
彼はフラティロン・ビルを冷ややかに眺めた。たしかにどっしりしているように見えたが、モナドノック・ブロックほどではないし、それに外壁をずいぶん掃除してないようだ。特筆すべきはただその変わった形態だけだが、それも決してプラスとは言えない。むしろ、ニューヨークの街並みの美観のなさの1つの反映となっている。そして、たとえそうだとしても、シカゴには高さにくらべて面積が狭いといういう点では世界一の建物があったのではなかったか?
タクシーはブロードウェイに入り、ユニオン・スクェアを過ぎて14丁目を横切った。運転手が市庁舎を指差した。シカゴ市庁舎ほど大きくないことをマローンは見定めた。……
ウォール街にもサブトレジャリイ・ビルにも“モーガンの家”にもさしたる感銘は受けなかった。通りは狭苦しい。まったくのところ、ニューヨークの繁華街はたいそうだらしなく、下手糞に、素人っぽく作られた街だった。だが、シカゴのループは――。ボウリング・グリーンまで歩いて引き返してきたが、それでも感心しなかった。マローンが踏んでいるのは歴史的に意義のある土なのだった。そうかい、そうかい、シカゴにだって歴史はあるぞ。そりゃニューヨークほど古くはないかもしれないが、量の点ではずっと多い。ここの人間はディアボーン神父の故事を、ヘイマーケットの暴動を、エイブラハム・リンカーンを、イロクォイ族の狼火を、“世紀の大博覧会”を、アル・カポネを知らないのか?
(『素晴らしき犯罪』p281)
ジェイクとヘレンに無理矢理ニューヨークに連れてこられたマローンは、早くシカゴに帰りたくてしかたがない。シカゴが大好きなのだ。初めてのニューヨークだが、何を見ても素直な気持ちになれない。シカゴの名所の方がずっと素晴らしい。歴史だって負けないんだ。
このマローンの思いからシカゴ案内を始めよう。ただし、マローンが見ているニューヨーク、そして比較しているシカゴは<1943年>頃、すなわち50年以上前であることに注意。
まずは、ニューヨークの公立図書館と比較された<シカゴ美術協会>から。<シカゴ美術協会>The Art Institute of Chicagoは、通常<シカゴ美術館>と訳されている。メトロポリタン美術館、ボストン美術館と並ぶアメリカ3大美術館のひとつがシカゴ美術館である。ループの東側、グラント公園内にあり、ミシガン通りとモンロー通り、ジャクソン・ブルーヴァードに囲まれた一画に位置している。2頭のライオン像に守られた正面入り口はミシガン通りとアダムスの交差点でミシガン通りに面している。
サラ・パレツキーの<ヴィク・シリーズ>第1作『サマータイム・ブルース』にも出てくる。
エイジャックスのガラスと鋼鉄製の高層ビルは、ミシガン・アヴェニューとアダムスの交差点にそびえている。ループでは、ミシガンが一番東の通りである。通りを隔ててシカゴ美術館があり、数々の噴水や花壇を配したグラント公園が湖まで広がっている。
(『サマータイム・ブルース』p221)
シカゴ美術館は、印象派と20世紀アメリカ美術のコレクションでとくに有名だが、30万点に及ぶコレクションは非常に質が高い。そのコレクションは個人からの寄贈によるところが大きい。特に有名なのが、ポッター・パーマー夫人、マーティン・ライヤソン、アニー・コバーン夫人そしてフレドリック・バートレットの4人である。
その中でもバートレット・コレクションは有名で、代表作品はスーラ(Georges Seurat )の『グランドジャット島の日曜日の午後』(A Sunday on La Grande Jatte−1884)。寄贈者の遺言により門外不出で、ここシカゴ美術館でしか見ることができない。こんなに大きな絵だったのかとびっくりする。
その他にも誰もが教科書で目にする作品が多い。Copyrightの問題があるのでここで直接画像表示できないが、一度シカゴ美術館のホームページにアクセスして覗いてほしい。
次は、エンパイア・ステート・ビルよりずっと素晴らしいとマローンが言うシカゴのリグレイ・ビル。
『秘密なら、言わないで』にビジュアルでわかりやすい表現が出てくるので引用する。自信喪失に陥った主人公ジェスが行き先のあてもなくミシガン通りを北に歩いていく場面だ。
シカゴ川を渡り、広い通りの片側にそびえるリグリー・ビルの前を過ぎ、反対側のトリビューン・タワーも過ぎた。シカゴの中心街はみごとな建築物の宝庫で、ミース・ヴァン・デル・ローエ、ヘルムート・ヤーン、ブルース・グレアムといった建築家がつくった摩天楼が並んでいる。ジェスはミシガン湖とシカゴ川沿いのガイド付きツアーに参加してみようかとときどき考える。一度も実行したことはないが。
(『秘密なら、言わないで』p59)
リグレイ・ビル(Wrigley Building)は、チューイング・ガムで有名なリグレイ(Wm.Wrigley Jr. Company)本社ビルのことである。ミシガン通りをはさんでトリビューン・タワー(Tribune Tower)の斜め前、シカゴ川に面してミシガン・アヴェニュー橋(Michigan Avenue Bridge )のたもとに立っている。ついでに、<マローン・ジャスタス夫妻シリーズ>第1作『時計は3時に止まる』からの引用。
「ええ、そうです。3時になるまでそこらへんを流して、それからミシガン・アヴェニュー橋の北西側のたもとで降ろしてくれと。そこであっしはミシガン通りをリンカーン・パークまで行き、ステート通りを下ってシラー通りへ、シラー通りを越えてレイク・ショア通りへ、それをオーク通りまで走って東に曲がり、それから……」
「シカゴ案内は結構だ」ジェイクがあわてて口をはさんだ。「で、最終的にはどこへ行ったんだ?」
「橋ですよ、言われたとおり。着いたのはきっかり3時。長いことこの仕事をやってると、どれぐらいの時間で目的地へ行けるか、ちゃんと見当がつくんでさあ。あの人は橋のたもとの、リグレイ・ビルディングのすぐそばで降りて、チップを50セントくれました。…」
(『時計は3時に止まる』p188)
リグレイ・ビルの完成は1921年。1920年にミシガン・アヴェニュー橋が完成するまでは、シカゴ川の北側はパイン通りと呼ばれており、高いオフィスビルはほとんどなかった。トリビューン・タワーが完成するのはその4年後である。デザインはグラハム(Graham)、アンダーソン(Anderson)、プロブスト(Probst)、ホワイト(White)の4人による。

中央の時計塔はスペインのセビリアにあるヒラルダの塔(Seville Cathedral's Giralda Tower )をまねたと言われているが、白いテラコッタの外壁で覆われたその典雅なデザインはフランスのルネサンス調をアメリカナイズしたものである。夜になると対岸からライトアップされる。
ミシガン・アヴェニュー橋の北側、マグニフィセント・マイル(魅惑の1マイル)の入口に立つゴシック調の建物トリビューン・タワーは、シカゴ最大、アメリカでも有数の新聞シカゴ・トリビューン紙の本社ビルだ。
このデザインは公募によって決められたらしい。300名近い建築家が参加した国際コンペの優勝者はフットとハウエル。賞金をもらい、3年後の1925年に完成させた。
外壁をよく見ると、ピラミッド、万里の長城、パルテノン神殿他世界中の有名な建造物の破片(当時の社長が海外出張中に集めたコレクションだと言われている)が埋め込まれている。
タクシーの運転手がエンパイア・ステート・ビル(Empire State Building)のことを「これが世界一高いビルでさあ」と説明している。
思い出してほしい。『素晴らしき犯罪』は1943年の作品だ。確かに当時は、1931年に完成した380mのエンパイア・ステート・ビルが世界一高かった。1933年に公開された特撮映画の古典的名作『キング・コング』の中で、キング・コングは愛するアンを連れてこのエンパイア・ステート・ビルに登り、世界的に有名になったのだ。
ジェシカ・ラングのデビュー作でもある1976年公開の『キング・コング』は、43年ぶりにオリジナル・ストーリーでリメイクされたものだ。唯一違ったのは、キング・コングが、エンパイア・ステート・ビルではなく、世界貿易センタービル(World Trade Center)に登ったことだ。エンパイア・ステート・ビルは、420mの世界貿易センタービルに抜かれていたのだ。しかし、映画公開当時、世界貿易センタービルも世界一高いビルではなかった。もしも、キング・コングを世界一高いビルに登らせたければ、舞台をシカゴに変えて、シアーズ・タワーに登らせなければならなかった。
シアーズ・タワー(Sears Tower)は、通信販売で有名なシアーズ・ローバック社(Sears Roebuck & Co)の本社ビルで1974年に竣功した。110階建てのビルの高さは443m。1996年にクアラルンプールのペトロナス・ツインタワー(Petronas Towers)(450m)が竣功するまでは、世界一を誇っていた。
『冬の裁き』に、シアーズ・タワーが出てくる。リーバーマンが、甥を射殺した犯人を引取りにシカゴの南西にあるラグレインジ(LaGrange)に向かう場面だ。
冬の悪天候で3州間有料道路の道路状況はよくなかったが、ちょうどラッシュアワーが終ったときに出発したおかげで、リーバーマンはラグレインジに1時間ほどで到着した。ラグレインジには、もう1年以上も行ってない。行く理由がなかったからだ。今回は、古びたポーランド系教会や、シアーズ・タワーの窓からもれる奇妙な光に彩られたダウンタウンや、環状線の南に何マイルも続く工場や、古さと新しさが混在したコミンスキー・パークを通り過ぎても、ほとんど気がつかなかった。
(『冬の裁き』p272)
因みに、アメリカのビルの高さ比べをすると、
| 順位 | ビルの名称 | 所在地 | 高さ |
| @ | シアーズ・タワー | シカゴ | 443m |
| A | 世界貿易センター・ビル | ニューヨーク | 420m |
| B | エンパイア・ステート・ビル | ニューヨーク | 380m |
| C | アモコ・ビル | シカゴ | 346m |
| D | ジョン・ハンコック・センター | シカゴ | 344m |
なんと、5位までにシカゴのビルが3つも入っている!
第4位のアモコ・ビル(Amoco Building)は、グラント公園に面して立ち、シカゴの摩天楼の中でもひときわ目立つシンプルなデザインの建物だ。1974年に造られた当時は、スタンダード・オイル・ビル(Standard Oil Building)と呼ばれていた。1982年の作品『サマータイム・ブルース』や1985年の『センチメンタル・シカゴ』では、まだスタンダード・オイル・ビルの名で出てくる。
ナイフグラインダーズ=シア・エッジャーズ=ブレード・シャープナーズ国際労組の本部は、エヴァンストンのすぐ南のシェリダン・ロードに位置している。10階建てのビルは5年前にできたもので、壁面はイタリア産の白大理石でおおわれている。シカゴでこれだけ贅を尽くしたビルというと、あとはスタンダード石油の本社しかない。それはつまり、組合の超過利潤が石油産業と肩を並べている証拠であろうと、わたしは推測した。
(『サマータイム・ブルース』p58)
引用文に示唆されているように、完成当時ビルの外壁は大理石でできていたが、シカゴの厳しい天候の中では大理石は落下しかねないとの懸念から、巨費をかけて花崗岩の外壁に大修復が行われた。したがって、今は白ではなく外壁はグレーである。
アモコ・ビルの正面には、有名なベートイア(H. Bertoia)作<音の出る彫刻>がある。人工池の中に置かれた台座から11本のブロンズの棒が伸びており、風が吹くと不思議な音を奏でる。シカゴにはこのような野外彫刻・彫像が多く、人々の目を楽しませてくれる。ヴィクは、このウィンド・チャイムが好きなようである。
2時というのは車でループに入るには楽な時間である。交通量が少ない。わたしはディアボーンとアダムズの交差点にある連邦ビルに余裕をもって到着し、通りの反対側のセルフ方式の駐車場にオメガを入れて、カルダーがシカゴの連邦ビルのためにデザインした3階までとどくほどの彫刻の、オレンジ色の足の下をくぐった。われわれシカゴの人間は、著名な芸術家の手になる屋外彫刻を誇りにしている。わたしが好きなのはスタンダード石油ビルの正面にあるブロンズのウィンド・チャイムだが、ファースト・ナショナル・バンク正面のシャガールのモザイクもひそかに気に入っている。絵をやっている友人たちはわたしに、あれは陳腐だという。
(『センチメンタル・シカゴ』p64)
ヴィクが連邦政府センター(Federal Center)にやってきたのは、FBI捜査官のハットフィールドに会うためである。連邦政府センターは黒い3つの建物から成り、カルダー(A. Calder)の赤い<フラミンゴ>を囲むように建っている。
シカゴ・ファースト・ナショナル・バンク(First National Bank of Chicago )は、マディソンとディアボーンの角に立つスマートなビルで、高さ260m、60階建てと、世界でもっとものっぽな銀行である。裾野が広がったアルファベットのA字型のビルで、初めて見た時、ボクはどこかで見たことがあるなと思った。そう、新宿の安田火災海上ビルとそっくりなのだ。でも、安田火災海上ビルが1976年に建てられたのに対し、ファースト・ナショナル・バンクの方は1969年完成であるから、安田の方が真似をしたのだろう。
このビルの南側の広場(First National Bank Plaza)には、シャガール(M. Chagall)作のモザイク壁画<四季>がある。高さ4m、長さ23m、幅3mというひじょうに大きな作品である。
他にもある。たとえば、デイリー・シビック・センター(Daley Civic Center)の南側には、高さ15mのピカソ(P. Picasso)の<無題>という彫像がある。ただし、ロバート・キャンベルは『ごみ溜めの犬』の中で、この彫像を皮肉っている。
この廃品置き場は、すくなくともピカソがデイリー・センター・プラザのまえにこしらえた代物と同じくらいにはおもしろい。あの鋼鉄の目を持った化け物は、鳥だか、犬だか、シカゴの弁護士だか、さっぱりわからないが……。
(『ごみ溜めの犬』p62)
第5位のジョン・ハンコック・センター(John Hancock Center)に移ろう。
ジョン・ハンコック・センターは、今までふれてきたループ内の建物と異なり、シカゴのショッピング街であるノース・ミシガン通りに建っている。ミシガン・アヴェニュー橋の南側からミシガン通りを見ると、既に説明したように左にリグレイ・ビル、右にトリビューン・タワーがあり、その間にジョン・ハンコック・センターはそびえ立っている。台形状の美しいビルで、X字に組まれた黒い鉄骨と2本の角のようなアンテナが象徴的。高さはシカゴでは3位だが、アンテナまで含めると国際貿易センター・ビルよりも高く、よく目立つ。
わたしはハンコック・ビルにある彼の会社のアパートメントに連絡を入れた。「ロジャー!シカゴでいったい何してるの?」
(『センチメンタル・シカゴ』p46)
ジョン・ハンコック・センターは単なるオフィス・ビルではなく、16階までをショップやオフィス、駐車場、17〜41階までをオフィス専用、42〜92階までをアパート、94階が展望台、95、96階がレストラン、さらにその上をテレビ局などの送信機材室が占める複合ビルになっている。
前作『レイクサイド・ストーリー』でもヴィクが一緒に仕事をしたロジャー・フェラントは、ロンドンの再保険会社スカッパフィールド=プラウダの重役で、シカゴの保険会社エイジャックスの仕事をするために出張してきたのだ。スカッパフィールド=プラウダがジョン・ハンコック・センターのアパートメントを所有しているのだ。因みに、このアパートでヴィクとロジャーはいい関係になります(p54)。
右の画像は、ジョン・ハンコック・センターの94階の展望台から南側の夜景を見たところ。左側はミシガン湖、高いビルが2つ見えるが、左がアモコ・ビルで右がシアーズ・タワーだ。ここから望むシカゴとミシガン湖の景色は絶品で、シアーズ・タワーからの眺めより断然素晴らしい。(画像をクリックするともっと大きな画像を見ることができます)
マローンが、ニューヨークのマディスン・スクェアに浮浪者の人口密度では負けないと言ったバグハウス・スクェア(Bughouse Square)はどんなところなのだろうか。
1842年、開拓者オラスムス ブッシュネルが市に土地を寄贈した。これが、ワシントン・スクェア(Washington Square)で、現存するシカゴ最古の公園である。公園を取り巻く建物はほとんどが、1890年代に建てられたものである。公園の北西側にあるニューベリー・ライブラリー(Newberry Library)は、ヘンリー・コッブが1892年に建てた作品で、140万点の書籍、500万点の書簡、7万5千点の古地図などを有している。この公園が、後に、バグハウス・スクェア(「気狂い広場」くらいの意味か?)として有名になる。つまり、街頭演説家が公開討論会をする場所として有名になった。今でも、当時を偲んで、定期的に公開討論のイベントが開催されている。
マローンが、ニューヨークのフラティロン・ビルと比べたモナドノック・ビル(Monadnock Building)は、シカゴ派の建築を代表する建物だ。
シカゴは1871年火の海に覆われた。2日間燃え続けた炎はほぼ全市を焼き尽くし、1万8千もの建物が焼失した。これが有名な<シカゴの大火>だ。シカゴ再建事業は、ジョン・ウェルボーン・ルート(John Wellborn Root)、ルイス・サリバン(Louis Sullivan)、ウィリアム・ホラバード(William Holbird)など、のちにシカゴ派を代表する多くの有能な建築家をシカゴに引き寄せる結果となった。
「マンハッタンの摩天楼」などと言われるが、そもそもスカイスクレイパー(skyscraper摩天楼)という言葉はシカゴの建築に対して使われたのが最初である。ラサールとアダムスの交差点の北東側に建っていた(1931年に壊された)ホーム・インシュランス・ビル(Home Insurance Building)は、ウィリアム・ジェニーの設計で1885年に造られ、摩天楼第一号と呼ばれている。これはレンガなどを積み重ねていく組積構法によっている。組積構法は、建物を高くすればするほど、耐力が要求され、壁の厚さを増さねばならなかった。いきおい窓は縮小され採光が十分ではなくなる傾向にあった。つまり、高さを求めれば採光が難しくなるという致命的な限界があったのだ。
バーナムとルートの設計によって1891年に完成したモナドノック・ビルは、組積構法による摩天楼としては最高の高さを誇り、またレンガ造りの摩天楼としては最後のものである。
組積構法の限界を克服するために、ジェニーやホラバートが研究を重ね、スケルトン(骨組)構法を発明開発した。スケルトンとは、鉄骨が組まれ、それがビルの骨の部分となり、そのあとに肉付けされていくもので、現在もほとんどのビルがこの構法をとっている。
バーナムとルートの設計で1886年に完成したルッカリー・ビル(Rookery Building)は、スケルトン構法による世界で最も古い摩天楼建築として有名である。一見スケルトン構法であることがわかりにくく、組積構法のような重厚ささえたたえているが、スケルトン構法と組積構法をうまく組み合わせて採光上の問題を解決している。
マローンが言っている「シカゴには高さにくらべて面積が狭いといういう点では世界一の建物」がどの建物を意味するのかわからないが、マローンに限らずシカゴっ子(Chicagoan)は「世界一」が大好きである。例えば、世界一高い複合ビル=ジョン・ハンコック・センター、世界一高いアパート=レイク・ポイント・タワー、世界一高い銀行=ファースト・ナショナル銀行、世界一古い鉄骨高層ビル=ルッカリー、世界一大きい郵便局=シカゴ中央郵便局、世界一広いコンベンション会場=マコーミック・プレイス、世界一大きい先物取引市場=シカゴ先物取引所、世界一忙しい空港=オヘア国際空港……
たまたまインターネットで調べているときに見つけたのだが、1997年7月10日付けのシカゴ・サンタイムズ紙に報道されたおもしろい話がある。
同紙によれば、1997年7月10日、the Council on Tall Buildings and Urban Habitat (公的機関?)が、シカゴで会合を開き、ビルの高さの測定方法に関する新しい基準を4つのカテゴリーと一緒に発表した。
4つのカテゴリーとは、
@ビルの構造上/建築学上の頂点までの高さ
A使用されている最上階までの高さ
B屋根の頂点までの高さ
Cアンテナの頂点までの高さ
同紙曰く、長い間世界一高いビルの栄誉を得ていたシアーズ・タワーは1996年にマレーシアのペトロナス・ツイアンタワーに世界一の座を明け渡したが、すぐに挽回することができた。つまり、シアーズ・タワーはカテゴリーAとBで世界一。ペトロナス・ツインタワーは、カテゴリー@で世界一、そして国際貿易センター・ビルはカテゴリーCで世界一。4つのカテゴリーのうち2つを制覇したシアーズ・タワーがやはり世界一高いビルだと。世界一がお好きなシカゴアンの面目躍如といったところか。
マローンがニューヨーク市庁舎より大きいと見定めたシカゴ市庁舎(Chicago City Hall)は、1911年の2月に竣工した。ホラバードとローエの設計によるもので、ランドルフ、ラサール、ワシントン、クラークに囲まれた1ブロックを占め、西側の半分が市庁舎、東側の半分は、クック郡のビルとして使われている。
(当初作成日:9/25/1999)
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