アメリカの刑事司法制度について − その12

立証 presentation of evidence


検察側の冒頭陳述(opening statement)から正式事実審理が始まる。

    もう一度ゆっくりと法廷を見回してから、ラーナーがヴィクター・サリナスにうなずく。「サリナス検事、どうぞ」その言葉とともに、公判が始まった。
    サリナスが陪審員席にちかづいていき、途中で足を止めて、この瞬間を際立てた。陪審員たちが息を呑む。法廷はしんと静まりかえった。
    「これは、秘密とうぞが幾重にも積み重ねられた事件です」サリナスの冒頭陳述が始まる。「そして何より、傲慢さが引き起こした事件です」
    (『子供の眼』p328)

検察官が正式起訴状を朗読することが多いが、通常、陪審員のほとんどは起訴状の中の多くの言葉を理解できない。たとえば、murder(謀殺)、manslaughter(故殺)、negligent homicide(過失致死)、malice aforethought(予謀)、jurisdiction(管轄)などの法律用語は、公判の最後になってはじめて説明されるのだ。しかし、検察官は起訴されたということを陪審員に印象づけるために朗読する。法律用語の独特の響きが、礼拝の最中にラテン語が使われるのと同じ効果をもたらすというわけだ。
ただし、冒頭陳述の機能について、判事が事前に陪審員に対して説示(instruction)することは一般的である。これを最終弁論後評議前に判事が行う最終説示と区別して冒頭説示ということもある。

    ラレン・リトル裁判長は、冒頭陳述の機能を説明する。冒頭陳述は、証拠に対する予想、予言である。「弁論ではありません」と彼は言う。「証拠からどんな推論が引き出されるかを論じるのではなく、実際にどんな証拠が提出されるからをありのままに述べるだけです」ディレーに対する警告として言っていることは疑いもない。こういう情況事件では、検察側としては、最終的にすべてがどう符号するかを裁判開始時に陪審員たちに見せておく必要があるのだ。
    (『推定無罪』(下)p36)

    「さて、いよいよ正式事実審理が開始されます。まず最初は、検事と弁護人双方による冒頭陳述です。ここでみなさんに注意していただきたいのは、両人の発言はいかなる意味でも証言ではなく、また証拠として採用すべきではないということです。ミスター・バックリー、冒頭陳述をはじめますか?」
    (『評決のとき』(下)p261)

冒頭陳述は、検察側がこれから何を立証しようとしているかについて、陪審員に輪郭(アウトライン)を示すことが目的だ。
「検察側の冒頭陳述は証言ではなくまた証拠でもない」と、判事は必ず説示するが、ある研究によると、大陪審によって起訴されているという事実、検察官が起訴状を読み上げたことにより、4分の1の陪審員は、被告は有罪と決めてかかるようだ。

    賢明な検察官は、ふつう、冒頭陳述で弁護側の証拠に言及する。あらかじめ自分の口からそれを述べておいて、検察側の主張が相手方の最強パンチにも絶え得るものであることをしめし、敵側の証拠の威力を薄めようとするのである。
    (『推定無罪』(下)p37)

検察側は弁護側よりも、微妙でわずかだが、戦術上多々有利な点を有している。陪審員に対して最初に冒頭陳述をすることができる点はそのひとつだ。公判中、検察官は陪審員からわずか数フィートのところにいて、陪審員が互いにかわす会話を耳にすることができるが、被告弁護人のテーブルは10フィートも離れているので聞き取りにくい。陪審員と近距離にあることは、検察官が彼らと親密感を醸成するのに役立っている。下図は、法廷のレイアウトの一例だが、検察側が有利であることは一目瞭然だ。

法廷の一例

検察側の冒頭陳述が終わると、弁護側の冒頭陳述が始まる。

    ニコの陳述が終わるやいなや、スターンが前へ進み出る。裁判長は休憩を提案するが、スターンはおだやかにほほえんで、さしつかえなければいますぐ始める用意ができていると言う。休憩のあいだに、陪審員たちの記憶のなかで、ニコの言葉が重さを増すのを避けたのである。
    彼は法壇の前を何歩か歩いてから、片ひじを壇にかけて立つ。肉づきのいい体にぴたりと合った注文仕立ての茶色のスーツに身を包み、厚みのある顔は重大事を前にした静けさをたたえている。
    「われわれはどう答えればいいのでしょうか」と彼はまず問いを投げかける。「ラスティ・サビッチとわたしは?デラ・ガーディア検事はほかの指紋のことにはふれず、あなたがたにただ2つの指紋のことのみ話しました。これに対してわれわれはどう言えばいいのでしょう?検察側の証拠があなたがたに、欠陥と憶測、ゴシップと残酷な中傷しかしめさなかった場合、われわれは何と言えばいいのか。すぐれた公僕の1人が、情況証拠のみによって裁判にかけられ、しかもその証拠たるや、あなたがたも後刻おわかりになるように、合理的な疑いというあの貴重な基準にいささかも近づいていないのです」
    合理的な疑い」彼は向きを変え、何歩か踏み出して陪審員席に2フィートほど近づく。「検察側は合理的疑いの余地のない有罪を立証しなければなりません」スターンは、陪審員たちがいままで2日間にわたってリトル判事から聞かされてきたことを、すべてフォローする。

    (『推定無罪』(下)p39)

弁護側が冒頭陳述しないという戦術をとることもある。

    レスター・クルーが席に戻ったので、クライン判事が型通りに言った。「弁護人どうぞ」 ベンは立ち上がって、ちょっと間をおき、それから、自分の戦略をたとえ不注意からでも相手に暴露したくはなかったので、彼はただ、「裁判長、弁護側は冒頭陳述はしないことにいたします」と言った。
    (『復讐法廷』p121)

冒頭陳述が終わると、検察側と弁護側双方の立証(presentation of evidence)が始まる。まず、検察による証人尋問・証拠品調べと弁護人の反対尋問が行われる。OJ・シンプソン裁判では、のべ92日にわたって、証人58人に対する尋問、証拠品488点の提出があった。速記録は34,500ページにのぼったという。

    この問題が片づいたところで、陪審員たちが入廷し、ニコが検察側の最初の証人の名を告げる。ハロルド・グリア刑事だ。廊下で待っていた彼が入廷し、裁判長の前に立って宣誓する。
    (『推定無罪』(下)p51)

殺人事件では、検察官は死体を発見した証人を尋問(examination)するのが通例である。
ある研究によると、全公判の約4分の3では、検察側証拠は警察官の証言であることが明らかにされている。その割合は犯罪によって異なり、殺人事件では90パーセントの確率で警察官の証言が含まれている。警察官の証言は、陪審員が最終判断する上でかなり重要な要素となっている。

    「殺人課の刑事としての9年間の経験と、現場の状況にもとづいた意見をききたいのですが、そこで何が起こったのか、あなたは発見当時、どう思いました?」
    スターンが陪審の前で最初の異議を申し立てる。
    「裁判長」と厳しい声で、「ただいまの質問は推論を求めるものであります。これは専門家の意見をたずねるものとは考えられません。モルト検察官は証人の想像を聞いているのです」
    ラレンは大きな手で頬を撫で、首を横にふる。「異議を却下します」
    (『推定無罪』(下)p53)

相手方の証人尋問の途中で「異議あり!」と叫ぶ場面は、必ず法廷を舞台とした映画やドラマに出てくる。
20年以上前になるが、大学時代にペリイ・メイスン物を英語で一所懸命読んだことがあった。内容についてはほとんど覚えていないが、、メイスンの"Objection!"(異議あり)と判事の"Overruled"(却下します)あるいは"Sustained"(認めます)だけは記憶に鮮明に残っている。
異議申立てはヤジではない。相手方の尋問が不当・違法であると抗議し判事の裁決を求める法で認められた正当な行為である。異議申立てにはいくつかの決まったパターンがある。
たとえば、

    「解剖してわかったことから、即死だったといえますか」
    異議あり!」ベンは怒鳴った。「証人に誘導尋問をしています」
    「では表現を変えましょう。経験豊かなあなたの見解では、死はいつ起こりましたか」
    (『復讐法廷』p136)

誘導尋問(leading question)とは、証人に尋問者の望む返答を示唆するような質問である。誘導尋問は直接尋問では原則禁止されている(反対尋問では一般的に許されている)。引用文は、検事レスター・クルーが被害者の遺体の司法解剖を行った検屍官アラン・フロストに直接尋問している場面だ。「即死だった」ことを証明したい検事が誘導尋問したわけで、弁護人ベン・ゴードンが即座に異議を申し立てた。検事は確信犯だったのか、判事が裁定を下す前に、すぐに質問を変えている。
英語では、

    "Objection, leading"
    "Sustained"

となる。誘導尋問か次の話題に移るための質問かまぎらわしいこともある。したがって、誘導尋問であるとして異議を申し立てても却下されることもある。
    "Objection, leading"
    "I am trying to go into a new area and it is a transitional question."
    "Objection overruled"

その他、@事件と関係のない質問をしている場合("Objection, irrelevant")、A主観的な結論を出している場合("Objection, calls for a subjective conclusion")、B答えようのない質問である場合("Objection, not responsive")、C証人が自ら知覚したのではなく他人から聞いた事実を証言する場合、いわゆる伝聞証拠(hearsay evidence)の場合等、異議の申し立てが出される。伝聞証拠は反対尋問ができないわけだから、証拠としての許容性が否定される。
ランダムに引用してみよう。

    「はい、聴問で証言するために出掛けたときです。その殺人犯は…」
    またしてもクルーは立ち上がった。「異議あり。証人は結論を引き出しています
    「認める」クライン判事はこんどもベンを退けた。
    (『復讐法廷』p182)

    レスター・クルーが我慢しきれなくなって怒鳴った。「質問の仕方と内容の関連性と両方の点から異議があります」
    「形式に関しての異議を認める」クライン判事は裁可した。「適切なやり方で論点をはっきりさせるように」
    (『復讐法廷』p130)

    「ウォードさん、あなたの仲のいい親友のクリータス・ジョンソンがアグネス・リオーダンを強姦して首を絞めた話をあなたにしたことがありますか」
    ベンがみなまで言い終わらないうちに、レスター・クルーが立ち上がって叫んでいた。
    異議あり!関連がなく、必要性も認められません
    「弁護人?」クライン判事は、ベンの反論を求めた。
    「裁判長、検察側は冒頭陳述および第一の証人の尋問で、被告人の意思がこの事件の核心だということを明確にしましたので、意思の問題のあらゆる側面を、とくにその萌芽に関して、探ってみたいと思います」とベンは主張した。
    クライン判事は長い時間をかけて考慮し、裁定を下した。「異議を認める」そしてベンに抗議する暇を与えず、クライン判事は付け加えた。「弁護人の抗議は記録にとどめておく」
    (『復讐法廷』p134)

    「おそらく、起きるつもりがなかったのでしょう」キャロラインがこともなげに言う。
    異議あり」サリナスが叫んだ。「推測です
    ……
    シェルトンの唇の端がぴくぴくと震えた。「異議を認めます」ラーナーが言う。「弁護人は、質問のしかたを変えてください」
    (『子供の眼』p347)

    「ミセス・コッブ、息子さんがマリファナ密売容疑で有罪判決をうけたというのはほんとうですか?」
    異議あり!」バックリーがすかさず立ちあがって吠えた。「犠牲者の犯罪歴は、本件証拠としては採用しがたいものであります」
    「異議を認めます」
    (『評決のとき』(下)p273)

    「まるで、人を殺したばかりという感じでしたか?」 「異議あり」キャロラインがすっくと立ち上がった。「今の質問がいやがらせでなかったとしても――実際には、立派ないやがらせですが――、事実に即して答えられる質のものではありません。わかりやすく言い換えるなら、質問の形をとった言いがかりです」 「異議を認めます」テリには、ラーナーの声が頭上の高いところから聞こえた気がした。「先へ進んでください、検事」
    (『子供の眼』p441)

    「陪審員がカール・リーに有罪判決を出せばいいと思いますか?」
    バックリーが間髪を入れずに立ちあがり、大声でわめいた。「異議あり!異議あり!不適当な質問です!」

    (『評決のとき』(下)p305)

戦術的に異議申立てをすることもある。自分の方に不利な証言が進んでいるとき、大声で「異議あり!」と叫んで、証言の腰を折ることも戦術だ。これで尋問者あるいは証人がリズムを崩すと、効果的な戦術だったことになる。

鑑定人・検屍官も検察側の重要な証人である。『子供の眼』の検察側の最初の証人は主任検屍官のエリザベス・シェルトンだ。

    シェルトンを証人台に迎えて、サリナスは自信満々に見えた。法医学と犯罪学の両面にわたるシェルトンの広範な業績を手早く紹介すると、理学的な所見と、実施した検査や処置をかいつまんで説明させた。そのうえで、殺人を立証するための土台作りに取りかかる。「エイリアス氏の死体が発見されたとき、あなたはアパートへ行きましたか?」
    シェルトンがうなづく。「はい、鑑識班といっしょに」
    パジェットの頭に、シェルトンが白い上っ張りを着た数人の男たちとともに、腐敗臭を不防ぐマスクをつけて、リカード・エイリアスの死体を写真に撮っている姿が浮かんだ。
    「死体の状況を説明してもらえますか?」と、サリナスの声。
    「わかりました」シェルトンが陪審のほうを向いて、冷徹な口調で言う。「エイリアス氏は床に横たわっていて、手もとに拳銃がありました。口腔内には、銃弾の射入口が見つかりました。死亡していることは明らかで、かなりの時間が経過しているようでした」
    (『子供の眼』p338)

検察官の直接尋問(direct examination)が終わると、検察側証人に対して被告弁護人が反対尋問(cross examination)を行う。いわゆる交互尋問制だ。反対尋問の範囲は、原則として、直接尋問に現れた事項に限られるが、直接尋問に現れなかった事項に対する反対尋問、あるいは直接尋問が行われなかった場合の反対尋問も、例外的には認められる。 次の引用は、検事サリナスが直接尋問した証人シェルトンに対するキャロライン・マスターズの反対尋問である。

    シェルトンが、控えめな好奇のまなざしで迎えた。「エイリアス氏の目覚し時計は、セットされていましたか?」だしぬけに、キャロラインが質問する。
    シェルトンは虚を突かれたようだった。「いいえ、されていなかったと思います」
    「おそらく、起きるつもりがなかったのでしょう」キャロラインがこともなげに言う。
    「異議あり」サリナスが叫んだ。「推測です」
    「そのとおりです」シェルトンに目を据えたまま、キャロラインが強く言い切る。「そして、少なくとも、コーヒーメーカーについてのあなたの質問と同じ程度には、筋が通っています」
    シェルトンの唇の端がぴくぴくと震えた。「異議を認めます」ラーナーが言う。「弁護人は、質問のしかたを変えてください」
    (『子供の眼』p347)

検査側の申請した証人の尋問・証拠調べが終わると、被告弁護人の申請した証人の尋問・証拠調べが行われる。
被告弁護人にとって最も困難かつ最も重要な決定は、依頼者(被告人)を証言台に立たせるかどうかである。陪審員は被告人が自分はやっていないと誓うのを聞かないと、しばしば「やはり有罪なんだ」と受け止める。これが全事件の80パーセント以上の被告人が証言する理由だ。特に、犯罪歴のある依頼者を証言台に立たせることは、弁護人にとって、得るものよりも失うものの方が多い。陪審員が、被告人が以前犯罪に関わったということを聞いて、犯罪の常習と推測してしまいがちなことは否定しがたい。

    最後のひと言を解読しようとするかのように、キャロラインが長いことじっと見つめ、今まで控えていた質問をした。「証人台に立つことも考えてみた?」
    話題が替ったようでいて、少しも替っていない。パジェットは、同僚と法律論議を交わすときの、平静な声を保つように努めた。「立たないほうが賢明だろうな。証言することで、陪審にきらわれる可能性があるし、サリナスにやり込められる危険もある」
    キャロラインが両手を組んで、その上に顎を載せ、鋭いまなざしを向ける。「そういう恐れは、常にあるわ。だけど、あなたは魅力的な男性だし、りっぱな経歴も持っている。何より大切なのは、よい父親であること。自分の行為でカーロを窮地に立たせたりはしないでしょう?おまけに、あなたは弁護側ただひとりの証人になるかもしれない」もっと言うべきかどうか、考え込むように目をすぼめたあと、抑えた声で、「陪審員は、自分が好感を盛った人物が警察にうそをついても、許してくれるものよ、クリス。たいていの人は、心の奥底で、自分がチャールズ・モンクにうそをついている場面を想像することができる。陪審員が許さないのは、自分たちに対するうそなの」
    (『子供の眼』p284)

    しかし、それほど思慮の働く人間なら、みずから証人台に立って、活路を開こうとするのではないだろうか。法で禁じられているのでサリナスに指摘される恐れはないが、常識的に、証言を拒否するのは有罪を認めるのに等しいふるまいだと見なされる。有罪の人間でさえ、無実に見られたければ、進んで証言しようとするものだ。クリストファ・パジェットがそれを知らないはずがない。

    (『子供の眼』p431)

これで事実審理は終了だ。
これまでに法廷に提出され、論議された証言や証拠を踏まえ、相手の主張を論駁し、陪審員に自分たちの主張の正当性を訴える最後のチャンスが最終弁論(closing argument / closing statement)である。

    サリナスが最終弁論のために立ち上がったとき、テリとカーロはそろって法廷にいた。
    テリの発案だった。昨夜、電話をかけてきたのだ。パジェットはアンナ・ペレスの話をして、それでも自分は証言しないつもりだと告げた。反論はなかった。何日も前から、テリは質問することをやめていた。しばし沈黙のあと、テリは、陪審団が評決をまとめるため別室へ退く前に、誰よりもパジェットを愛する人間がいることを彼らに思い出してもらうべきだと言った。
    (『子供の眼』p514)

(当初作成日:3/25/2001

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