アメリカの刑事司法制度について − その3

捜査 investigation


事件(case)が起きたことがわかると捜査機関(警察官)は捜査(investigation)活動を始める。

    リカード・エイリアスが死体で発見されてから4日目の夜、殺人課の警視がふたり、自宅へ尋ねてきたことに、クリストファ・バジェットは驚かなかった。おなじみのやり口だ。前触れもなく現れ、携えてきたテープレコーダーで、パジェットの発言をすべて録音する。そのこと自体は、気に病むほどのことではない。自殺事件と見られる死亡事件についての、正当な警察業務の一環だ。しかし、警視のひとりはチャールズ・モンクだった。偶然でない公算は大きい。モンクはキャレリ裁判を忘れていないだろうし、あのときはこちらが質問する役回りだった。
    (『子供の眼』p151)

捜査の目的は、その事件が犯罪かどうか、犯罪としたら犯人は誰なのかを調べることだ。その作業には2つの段階がある。まず、犯罪が起きたことを示す証拠と、犯人が誰なのかを示す証拠を集めることである。そして、集めた証拠を来るべく公判のために確保しておくことである。せっかく犯人を特定し逮捕しても、証拠が失われていたのでは裁判で有罪にすることはできない。
尚、英語で証拠を示すevidenceは実物証拠(real evidence)のように有形物を指す場合と、証言証拠(testimonial evidence)のように証拠調べの結果得られた情報ないしは証拠資料の双方の意味で使われる。

具体的な捜査活動には、犯罪現場(the scene of the crime)の状況を確認する実況検分、指紋、血痕、犯人の遺留物などを採取する鑑識、犯行現場や不審人物の目撃者などをみつける聞き込み、目撃者や被害者からの事情聴取、それに基づく供述書の作成、被疑者の自宅などから強制的に証拠物を集める家宅捜索差し押さえなどがある。

    ロイドは頭を振り、若い刑事を黙らせた。「ちがうな。あの金てこの跡はまだ新しい。もし強盗と殺人がいっしょにおこなわれたとすれば、木の端は湿気であれほどささくれだっていないはずだ。あの女はすくなくとも死後2日たっている。だから、強盗に入った男が、死体を見つけて警察に通報してきたって線が濃厚だ。ところであっちの椅子の上に女のハンドバッグがある。ちゃんとした身分証明書もだ。血をインクがわりにした部分的な指紋のついたペイパーバック1冊も向こうにある。それを鑑識にわたして、どんなことでもいいからなにかわかったら俺の自宅に電話をくれるよう伝えてくれ。きみには家宅捜査をやってもらいたい。それが終わったら、ここを封鎖しろ−−記者連中もテレビ局のばかどもも入れるな。わかったか?」
    ランドキストはうなずいた。
    「よし。それじゃ検死官鑑識に電話しろ。指紋採取班を呼んで、てっぺんから底まで指紋を採ってもらうんだ。法廷で使える完璧な証拠がほしい。検死官には、検死報告を俺の自宅まで電話で知らせてほしいと伝えてくれ。ハリウッド署の指揮官は誰だ?」
    (『血まみれの月』p149)

血まみれの月』(Blood on The Moon)は、『ホプキンスの夜』(Because The Night)『自殺の丘』(Suicide Hill)と続く、ジェイムズ・エルロイ(James Ellroy)の<刑事ロイド・ホプキンズ・シリーズ>の第1作である(いずれも扶桑社ミステリー)。
ロイドは、ロス市警(LAPD)の強盗殺人課に勤務。40歳、身長2メートルの「天才」部長刑事。警察官に多いアイリッシュだが、カトリックではなく、アイリッシュ・プロテスタントというアメリカ社会では少数エスニックの出だ。23歳のとき(1965年)、ロスのワッツ暴動の鎮圧に駆り出され、炎と煙が渦巻く街なかで同僚のベラー軍曹を軍用の45口径オートマチックで撃ち殺したという過去を持つ。これはれっきとした殺人で、以来この自分の罪深さにさいなまれる。ボクはエルロイの猟奇的な味付けがあまり好きでないが、キャラクターづくりがうまく、代表的な警察小説の1つではある。

    ロイドはキーをひねり、アクセル・ペダルを踏み込んでトマホーク通りへ出た。「もう一度すべての報告書を読み直してから、ヴァン・ナイズ署のブローリーに宛てておれの考えをまとめて書く。それから昔の友だちを訪ねる。彼は上位裁判所の判事で、もうかなりの年だがこちこちの右派だ。捜査令状を発行することに無上の喜びを感じている。おれは毎年クリスマスにスコッチのつけ届けをしてるから、おれが頼んだどんな令状にもサインしてくれるよ。カルデロンの48時間が時間切れになるまえに12ゲージのショットガンをもってやつのオフィスに乗り込み、あらゆる書類を押収してやるつもりさ。気に入ったか?」
    カペックの顔面が青ざめた。声は震えていた。「まったく恐れ入ったよ」
    (『自殺の丘』p225)

ロイドにかかれば、令状をとるのも朝飯前だ。

    モンクがスイッチを押す。催眠術でもかけられたように、気がつくと、4人全員が回るテープにじっと見入っていた。やがて、モンクが機械に向かってしゃべり始めた。
    「これは、リカード・ポール・エイリアスの死亡に関する初回取調べです」一語ずつ押し出すように、几帳面な声で言う。「10月27日、午後7時35分。担当は、チャールズ・モンク警視。同行者、デニス・リンチ警視。参考人、テリーザ・ペラルタ。場所はクリストファー・パジェット宅。パジェット氏も同席」表情のない顔をパジェットに向けて、「ペラルタさんの代理人を務めるおつもりですか?」
    駆引きだということはわかっていた。感情を抑えた声で答える。「いいえ。ペラルタさんといっしょにいたところへ、たまたまあなたがたが現れただけです。ご指摘のとおり、ここはわたしの家ですから」
    モンクがこちらを見つめ、それからパジェットなどいないかのように、テリのほうを向いた。被疑者の権利は、読み上げられなかった。テリは拘留されたわけではなく、聴取する側も尋ねたいことを自由に尋ねていいということだ。
    (『子供の眼』p152)

これは、警察によるテリの事情聴取だ。リカード・エイリアスの「死亡」に関する取調べで、テリはこの段階では被疑者として扱われているわけではない。だから、被疑者の権利も読み上げられていない。「(3)ミランダの告知」で引用しているモンク警視によるメアリの取調べは「殺人」事件の被疑者としての取調べであり、被疑者の権利が読み上げられている。同じ警視による「取調べ」だが意味が違うので注意してほしい。

(当初作成日:3/25/2001

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