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逮捕 arrest
逮捕(arrest)とは、犯罪を犯したことを理由に、人を拘禁状態におくことである。
人を拘禁状態におくわけだから、濫用は人権の侵害につながる。わが国では、現行犯による逮捕、令状による逮捕という区別がよくなされる。ニュースなどでも、「容疑者が、現行犯で逮捕された」と表現される場合が多い。日本国憲法33条は「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない」と令状主義の例外として現行犯逮捕を認めている。
英和辞典には"flagrante delicto"というラテン語に「現行犯」という訳語が当てられているし、"the suspect was arrested red-handed"のように使われる"red-handed"には「犯罪の現場で/現行犯の」という訳語が当てられている。しかし、アメリカのテレビやニュースでは現行「犯」という言葉は使われない。なぜなら「現行犯」という表現を用いると、容疑者を有罪と決め付けることになり、「無罪推定の原則」に反するからである。
アメリカの刑事手続の講義では、令状逮捕(arrest with wararant)と無令状逮捕(arrest without warrant)という区別で議論されるのが一般的である。
玄関のドアが破られていた。アルコーブにモンクとリンチが立ち、家宅捜索のときの若い警官といっしょに待っている。
「総勢3名か?」パジェットがそう言うと、若い警官がベルトから手錠をはずした。
モンクが片手を上げて、警官を制する。パジェットに向けられたまなざしは、揺るぎなく、悲壮でさえあった。
「あなたは大陪審から起訴されました」型どおりに、いかめしい口調で言う。「リカード・エイリアス殺害の容疑で、逮捕状が出ています」
被疑者の権利が読み上げられた。
(『子供の眼』p270)
これが、令状逮捕だ。
ではどういう場合に無令状逮捕が認められるのか。適正手続の観念の強いアメリカをいうイメージからは意外だが、無令状逮捕が認められる要件はアメリカの方が日本より緩やかである。
すなわち、無令状逮捕の要件は、@逮捕しようとする警察官が、犯罪が行われたこと、及びその被疑者がその犯罪を犯した者であることについての相当な理由(probable cause)を証明できること、A軽罪の場合は、警察官の面前で犯罪が犯されること(これをin-presence-requirementという)である。軽罪(misdemeanor)というのは重罪(felony)より軽い刑が定められた犯罪で、重罪とは死刑または無期、または1年を超える刑期が定められている犯罪のことをいう。
これを日本の場合と比較すると、軽罪の場合には日本の現行犯逮捕と同じ取扱いと考えてよいが、重罪に限っていうと、日本の現行犯よりも広い範囲で無令状逮捕が許されていることになる。殺人や強盗事件では、相当な理由(probable cause)があれば、事件後1週間経っていても無令状で逮捕できるのだ。実務的にも、アメリカでは事前に裁判官が許可した逮捕令状(warrant)で逮捕するケースは稀で、かなりの割合で無令状による非現行犯逮捕がなされているという。人権先進国のアメリカで、無令状逮捕などないと思われる方も多いかもしれないが、相当な理由(probable cause)があれば、法律上許されるのである。
刑事コロンボを思い出してほしい。"You are under arrest!" 令状を示さないで逮捕するケースが大半だ。これはドラマだからではない。コロンボが相当な嫌疑(probable cause)を立証できる証拠をつかんでいるから大丈夫なのだ。
悪名高いロス市警かつロイド・ホプシンズのことだから、ちょっとやりすぎではあるが、無令状逮捕のこんな場面も出てくる。これは作り話だろうか、それともよく行われていることなのだろうか。
「………この容疑者に特によく似ている男がいたら、銃をつきつけたうえ、慎重に、連行してください。連行した容疑者は、全員セントラル署の留置場に拘置してください。私は誤認逮捕承諾書を用意して法律顧問とともに、5時からそこにつめています。まったく無関係な人間も連行されることになるでしょうが、それは避け難いことです。警察および民間からの問い合わせはすべて直接私にまわしてください。セントラル署につめているロイド・ホプキンズに。内線519です」
………
生きたまま連行されてきた容疑者は、壁にマジック・ミラーのついた防音の尋問室に連れてこられることになった。そして、ロイドがもしその容疑者を事件と無関係だと断定した場合には、セントラル署の即席”法律顧問”、すなわち法律学校はでたもののカリフォルニア州の司法試験に4度落ちたパトロール警部が、誤認逮捕承諾書にサインをするよう彼らを穏かに説得するという段取りだった。サインした者は、”逮捕現場”まで車で送り返され、そこで釈放されることになっていた。
(『ホプキンズの夜』p164)
もちろん、人権保護の観点から見て、アメリカの制度が遅れているというわけではない。アメリカでは逮捕後24時間以内(州によっては最長72時間以内)に捜査を終了して裁判所に身柄を引き渡さなければならないし、身柄を受け取った裁判所では85%程度が保釈されている。つまり、逮捕は比較的緩やかな基準で許容されるが、わが国のように最長23日間も拘束され警察の取調べを受けることはないのだ。
「その『ここで』というのが、問題なんです。今現在、メアリは身柄を拘束されています。あなたがたは48時間以内に、彼女をなんらかの罪で起訴するか、それとも釈放するか、決めないといけない。再逮捕して起訴することは、いつでもできます。しかし、これから48時間のうちに、起訴に持ち込めるような展開があるとは思えません。それにメアリ・キャレラのような有名人を、まる2日も勾留したのちに釈放したのでは、まずい前例をつくることになるし、政治的にはもっとまずい判断をしたことになる」
(『罪の段階』(上)p98)
メアリの弁護人パジェットが地区検事長にメアリの即時釈放を要求している場面だ。「48時間」というのが何を意味するのか不明(カリフォルニア州では逮捕後捜査終了まで48時間と定めているのだろうか)だが、いずれにしてもわが国のように延々と身柄を拘束されることはないことがわかるだろう。
ちなみに、わが国の制度を見ておこう。わが国では、逮捕されると被疑者は「留置場」に入れられる。俗にいう「ブタ箱」で、警察署の施設である。警察は逮捕から48時間以内に被疑者を送検(検察官への身柄送致)しなければならない。それを受けた検察官は、被疑者の拘束が必要と判断した場合には、被疑者を受け取った時から24時間以内で、かつ最初に被疑者が身体を拘束された時から72時間以内に、裁判官に被疑者の勾留請求をしなければならない。そこで裁判官が被疑者に尋問(勾留質問)を行い、勾留の必要があると認められると勾留状が発行される。被疑者は「拘置所」に勾留される。これは監獄の一種で東京ほか全国に8ケ所ある。しかし、実際には被疑者を拘置所に勾留するケースは少なく、初めから検察官が捜査した事件でない限り、送検後の被疑者勾留もそのまま「ブタ箱」で行われることが多いのだ。勾留は検察官の請求によって行うのだから、勾留中の被疑者の取調べも本来検察官が行うのだろうが、実際は取調べは引き続き警察に任されている。勾留期間は、原則として10日間。延長が認められればさらに10日間の勾留が可能。したがって、わが国の場合、逮捕されると、最長23日間「ブタ箱」で警察の取調べを受けるということになる。逮捕後24時間以内に裁判所に身柄が引き渡されるアメリカとは大きな違いである。
ここで、わが国で使われる「容疑者」、「被疑者」、「被告人」と「犯人」の違いについて整理しておこう。
事件の犯人ではないかと疑われている人物を指す言葉としてマスコミでよく使われるのは「容疑者」である。昔は呼び捨てにしていたらしいが、疑いはあっても真犯人とは限らないのだから、人権に配慮して、名前の下に「容疑者」をつけて呼んでいる。
しかし、この「容疑者」という言葉は法律用語ではない。刑事訴訟法では、犯罪を犯した疑いをかけられた人物のことを「被疑者」と呼んでいる。マスコミはわかりやすいように「容疑者」という言葉を使っているわけだ。
これに対して「被告人」とは、検察官が起訴した人物のことである。「容疑者」ないし「被疑者」が「被告人」に変るのは、捜査が終り、その事件が法廷に持ち込まれたことを意味する。検察官が「被疑者」を取り調べて「犯人ではない」と判断すれば不起訴となるわけだから、その意味では、「被告人」の方が「被疑者」よりも犯人である疑いが濃いと言えるわけだが、それでも犯人と決まったわけではない。第一審で有罪判決が出ても、控訴や上訴で裁判が続いている限りはまだ「被告人」であって「犯人」ではない。有罪判決が確定してはじめて「犯人」となる。
「被疑者」、「被告人」に相当する英語はおそらく"the suspect"、"the accused"だろう。ただし、"the suspect "は、イニシャル・アピアランス(冒頭手続)を経ると"the accused"と呼ばれるようになる。正式起訴に至る前に変るわけで"the accused"の概念はわが国の「被告人」より広い。「被告人」は"defendant"とも呼ばれる。
逮捕に付随する手続のうちミランダの告知は次頁にゆずり、ここではブッキング手続(booking)、ラインナップ(ine up)、取調べ(interrogation)について説明する。
囲いの向こう側に、サングラスをかけた胸板の厚い保安官助手が待っていた。かんぬきをはずして、パジェットと護送の警官たちを廊下の先へ連れていき、鋼鉄製の扉を抜ける。そこは騒音の坩堝だった。重罪で逮捕されたばかりの底辺層の犯罪者たちが室内にあふれ、なかには、自由の身だった最後のひとときに摂取した麻薬の影響で、高ぶったり沈み込んだりして、わめき声やうめき声をあげている者もいる。その群れを、大勢の保安官助手たちがさばいていた。部屋の奥には、銀行の窓口のように3つに仕切られたカウンターがあり、そこでも何人かの保安官助手が、目の前に立った容疑者を片っ端から登録しようと、周りの喧騒に負けない声を張り上げては、罪状のコード番号をコンピューターの画面に打ち込んでいた。一方の隅に、女装した黒人が両脚を広げて座り、ひとり泣き叫びながら、小便を垂れ流している。
(『子供の眼』p271)
モンクが扉をあけて、近づいてきた。「わたしが付き添う。特急チェックインだ」
またもや、ひと続きの散漫な映像。モンクが人混みを押し分けて登録窓口へ向かう。口ひげを生やしたラテン系の保安官助手が、パジェットをリカード・エイリアス殺害の容疑で登録する。氏名に住所、指紋に写真。便所の臭いのするコンクリートの部屋で、あらためて指紋が採られる。電気椅子のような木の腰掛けで、あらためて顔写真が撮られる。防弾ガラスの窓の向こうに、まだ手続を待っているさっきの同房者たちが見えた。筋骨たくましい黒人の若者が、おまえが特別待遇されたことは忘れないと言わんばかりに、瞬きもせ、怒りのこもった目でにらみ返してくる。
「弁護士と連絡を取りたい」パジェットはモンクに言った。
モンクが肩をすくめる。パジェットはコンクリートの壁にかかった電話機のところへ行って、キャロラインの番号にかけた。
(『子供の眼』p272)
逮捕された被疑者は、まず警察署へ連行されブッキング手続を経る。ブッキング(booking)手続には、住所氏名の確認、写真の撮影、指紋採取、身体検査などが含まれる。この後、被疑者は警察の房(留置所)に収容される。この房は拘置所へ移管するまでの一時的な収容施設である。ブッキング手続が終わると、被疑者を中心とした証拠収集が行われる。
「どこに向かっているんだ?」パジェットは尋ねた。
モンクが足を止める。「ショッピングだ。本日の課題は、自分に似た男を5人調達すること。それだけそろえばの話だが」
パジェットは驚いて振り向いた。「面通しか?」
モンクがうなずく。「好きに選んでいい。もちろん、本人の承諾が必要だが」
(『子供の眼』p273)
被疑者はラインナップ(line up)という手続に服することがある。日本の「面通し」のようなものである。
エド・マクベインの『警官嫌い』にラインナップに関するおもしろい記述がある
気温の高いこんな日に、てんてこ舞いをするのは楽ではない。
警官にとっても、人間である以上、最初の知らせを聞くのは驚きである。警官だってわれわれ同様汗もかくし、厚いときは働きたくないのだった。なかには、涼しくても働きたがらぬやつもいる。ラインナップに引き出されるのを喜ぶやつは1人もいないし、暑い時はなおさらだ。
スティーヴ・キャレラとハンク・ブッシュは、7月27日木曜日のラインナップに呼び出されていた。
2人がとくにむしゃくしゃしていたのは、ラインナップは月曜から木曜までしかやらないし、今週の木曜日に当たらないですめば、来週まで呼び出されるにすむ。もしかすると、ひょっとするとそのころまでには暑さも薄れるかもしれない。
(『警官嫌い』p162)
舞台の前から後ろの入口まで、折りたたみ椅子が10列ばから並べてあった。ブッショとキャレラが入った時は、その椅子は全市の警察からきた刑事で、ほとんどいっぱいになっていた。窓のブラインドはすでに下ろしてあり、並んだ椅子の背後の一段高くなった演壇のようなところを見ると、市警本部の捜査主任がすでに席についていて、すぐに”いちご祭り”の品評会がはじまるのが分かる。舞台の左手には、つかまってきた重罪犯人が1かたまりになっていた。検挙してきた刑事や警官が何人かで、それをのんびりと監視している。市内で前日につかまった重罪犯人は、みんな今朝この舞台でパレードをやらされるのだった。
ラインナップというと世間では、容疑者を被害者が首実験することだと誤解しているようだが、そんなことは理屈の上では役立ちそうだが実際にはそう役に立つことではないのである。本当のラインナップの目的は、できるだけ多くの刑事に、その市で悪事を働く人間の顔をできるだけ見せておこうということだけである。理想としては各分署の刑事全員を、それぞれのラインナップに立ち会わしたいところだが、ほかにもさしせまった仕事をかかえている身なのでそうもいかない。そこで、毎日各文書から2名を選んで出すということになったわけで、刑事全員が全部の犯罪者の顔を知っていることはできなくても、すくなくともそのうちの何人かが何日分かの犯罪者を知っておけば役に立つという理屈である。
(『警官嫌い』p167)
被疑者に対する取調べ(interrogation)も行われる。警察による被疑者の取調べは逮捕後の24時間(州によっては最長72時間)という短い時間でしかできない。さらに、被疑者にはミランダの権利が保障されているので、被疑者がこの権利を放棄せずに黙秘権を行使したり、弁護人を要求したりすれば、警察官は以後被疑者に対する取調べは事実上いっさいできなくなる。弁護人を要求すればなぜ取調べができないかというと、立ち会った弁護人は例外なく被疑者に黙秘権を行使させるからである。
逮捕後の諸手続が終了すると、当該事件に関して被疑者を裁判所へcharge(告発・起訴)すべきかどうかの決定を行う。警察官が被疑者をchargeするかどうかの決定を行うにあたっては検察官の意見を求めたり、検察官の承認を受けるようになっている州が多い。警察官は被疑者をchargeする場合には、"complaint"(訴追請求状)を裁判所に提出する。これは容疑事実の要旨がかかれた書面である。
これ以降は、裁判所が積極的に関与する手続となり、わが国のように警官や検察官による被疑者取調べがこれから20日間も続くというようなことはない。これはひじょうに大きな違いである。
(当初作成日:3/25/2001)
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