|
ミランダの告知 Miranda warnings
『罪の段階』で、モンク警視がメアリを取調べる場面だが、メアリは「殺人」現場にいたので、被疑者として取り調べられている。
モンクがボタンを押した。テープがゆっくりと回りだす。
「これは、殺人事件の初回取調べです」テープに向かってしゃべるその声は、抑揚がなく、作り物めいていた。「現在、1月13日、午後4時45分。被害者、マーク・ランサム。被訊問者、メアリ・キャレリ。取調べ担当は、チャールズ・モンク警視」
上着の内ポケットから、白い小さな紙片を取り出す。「キャレリさん、われわれには、あなたの権利をあなたにお教えする義務があります。これから、このカードに書かれたあなたの権利を読み上げますから、どうかはっきりした声でご返事ください」
「わかりました」
「あなたには、沈黙を守る権利があります。つまり、わたしの質問に対して、答えなくても構わないということです。わかりますか?」
「はい」
「あなたがお話になった内容は、法廷において、あなたに不利をもたらす証拠になりえます。わかりますか?」
じりじりと回るテープに、メアリは見入った。
「キャレリさん?」
「はい。わかります」
「あなたには、代理人を立てる権利があります。代理人を雇う余裕がない場合には、こちらで手配することもできます。わかりますか?」
「はい。もちろん」
「代理人をお立てになりますか?」
「いいえ」
「わたしの質問に答える用意がありますか?」
「はい」テープから目を上げ、メアリはぐっと背筋を伸ばした。「あの男は、わたしをレイプしようとしたんんです。それをわかってくれる人はいないんですか?」
(『罪の段階』(上)p58)
「捜査」のところで引用したモンク警視のテリに対する取調べと違って、被疑者の権利が読み上げられている。これがミランダ告知と呼ばれるものだ。
本人が自首し、自白している場合でもミランダ告知は必要である。むしろ、自白の場合の方がきちんと手続を踏まないと、後から自白の信憑性が疑われ、証拠として取り上げられないということになりかねない。
ヘンリー・デンカー(Henry Denker)の『復讐法廷』(Outrage、文春文庫)は、娘をレイプされ、惨殺された父親が、白昼堂々、公衆の面前でレイプ犯を射殺し、その足で警察に自首して出ることから始まる。そのレイプ犯は、明らかに娘を殺した男であるにもかかわらず、「違法収集証拠排除法則」から裁判にもかけられず、すんなりと釈放されていたのである。「人を殺してきた。裁判にかけてくれ」と自首した父親は、自ら法廷で何故レイプ犯が処罰されないのか、法と正義はどこへ行ったのかと訴えたかったのである。犯意は明らか、自首も合法的、精神錯乱でもないほとんど弁護不可能な被告を弁護士ベン・ゴードンは救えるのか。
法律にのっとって、正確に、クルーは切り出した。「リオーダンさん、これからあなたの言うことは全部テープにおさめられて、永久に保存されます。テレビ・カメラマンがドアに据えつけてあります。いいですね」
リオーダンは一刻も早く終わらせたいと思っているかのようにうなずいた。
「お名前は」
「デニス・リオーダン」
「住所は」
「クイーンズ区アストリア24丁目1709番地」
「職業は」
「事務員。倉庫会社の、です」
リオーダンの態度があまりに落ち着きはらってたので少し気になって、クルーは心持ち身を乗り出し顔を近づけた。普段より声を落とし、検事というよりは精神科医のような口調で、彼は訊いた。「ところで、黙秘権があることはご存知ですね」
「ええ、だけど、すっかりしゃべりたいんだ」
「話したいかどうかを訊いているんじゃありません。話さなくてもいいということがおわかりいただければ、それでいいのです」
「話さなくてもいいんでしょう、わかりましたよ」
「お話いただく前に、弁護士を呼びますか。弁護士がいなければ、こちらで手配します」
「弁護士はいりませんよ。話したいだけなんだ」
「あなたの自供が不利な材料として使われることもありうるというのはおわかりですね」
「それは望むところだ」
クルーはマーチをちらっと見た。ベテラン刑事にこの不安な気持ちを理解してもらおうとするかのようだった。クルーは今までこんな奇妙な自供に遭遇したことはなかった。
「じゃあもう一度はっきりさせておきます。あなたは弁護士を呼ぶ必要を認めないし、こちらで弁護士を用意して欲しくもない。そして自分から供述することを主張している。これに間違いありませんね」
リオーダンは苛立って、激しくうなずいた。
「どうか口に出して答えて下さい」
「自分の権利は承知している。弁護士に用はない。そして自白することを望んでいるんだ」リオーダンは言った。
「何らの強制もなく、自発的に供述するのですね」クルーは肝心な点をはっきりさせた。どいうのも、あとになって自白の信憑性が疑われ、証拠として取り上げられないということになるくらいなら、初めから自供などないほうが検察側にとってはいいば場合もあるからである。
「これからの供述はまったくの自由意志でします」リオーダンはドアのカメラをのぞきこむようにして言った。
(『復讐法廷』p17)
モンク警視やクルー検事は、きちんと丁寧に権利を読み上げているが、ロイド・ホプキンズになるとこうは行かない。
ロイドは、容疑者に注意を戻した。「リチャード・ダグラス・ウィルスンだな?」
「なんにも答えたくねえ」男は言った。
「そうだろうとも。答えなくていい。それじゃ、おまえの権利について話してやる。おまえには黙秘権がある。おまえには、尋問中弁護士を同席させる権利がある。弁護士を雇えないのなら、弁護人をつけてもらえる。なにか言うことはあるか、ウィルスン?」
(『血まみれの月』p111)
逮捕された被疑者に対しては、警察は尋問の前に、ミランダの権利を告知しなければならない。ミランダ対アリゾナ州事件で合衆国最高裁判所が定立した準則により与えられる警告・告知は次の4項目から成る。
@ 黙秘する権利があること
A 供述すれば不利益な証拠となりうること
B 弁護人の立会いを求める権利があること
C 弁護人を依頼する資力がなければ、公費で弁護人を付してもらうことができること
このミランダについては、アメリカでは小学生でも知っていると言われる被疑者の基本的な権利だ。警察小説を読めば必ず出てくるのでミステリー・ファンには馴染みの概念だろう。
適切にミランダ告知が行われないで得られた供述は証拠として認められない。したがって、ミランダ告知が適切になされたかどうか、あるいはミランダ告知は必要だったかが議論の対象となることもある。
次にバリー・リード(Barry Reed)の『起訴』(The Indictment、ハヤカワ文庫)から長文の引用をする。
ポール・ニューマン主演で映画化され大ヒットした『評決』(The Verdict、ハヤカワ文庫)の原作者バリー・リードは、ご存の通り法廷ミステリーの第一人者である。もっとも、リードはもともと医療過誤専門の弁護士で、得意とするのは医療問題を中心とする民事法廷ミステリーである。この『起訴』は、リードがはじめて取り組んだ刑事法廷ミステリーだ。
ボストン郊外で若い女の他殺体が発見された。容疑者は愛人だった苦汚名な外科医クリストファー・ディラード。彼の正式起訴が大陪審で決定すると、公判で無罪になったとしてもその社会的信用は瓦解してしまう。依頼を受けた辣腕弁護士ダン・シェリダンは起訴を回避すべく調査を開始する。
大陪審が招集される直前に、シェリダンはディラードが2人の刑事に行った供述の排除を申し立てた。地方検事補マヤン・ドルテガと判事カッツマンの前で、ミランダ告知について議論を闘わす場面だ。
「状況が異例なのです、判事。ある高名な個人がいまわしい事件と不当に結び付けられています」シェリダンの口調は無表情だった。心はそこになかった。
「わたしはわたしの主張に類似する2つの事例を引用しました」とシェリダンは軌道に戻ろうとしながら続けた。「申し上げるまでもなく、<アリゾナ州対ミランダ>事件において最高裁は、容疑者が黙秘の権利と、弁護士の立ち会いを求める権利を有するとの原則を明確に述べています」
「筋の通った法律ですな」カッツマンは考え深そうな表情になり、眼鏡を掛け直した。「それに異議を持つ者はいないと思います。いかがですか、ミス・ドルテガ?」
「異議ありません、判事。状況証拠だけで人を起訴したのは遠い昔です。しかし、失礼ですが、判事、ミスター・シェリダンは黙秘権、弁護人立ち会い要求権を保証した<ミランダ>事件の基本的原則を見落としています。ちなみにあの事件は5対4の判定でした。にもかかわらず、これは正当にも国法です」彼女はカッツマンの注意をとらえ、シェリダンさえ、彼の舞台を横取りした彼女のさわやかな弁舌に聞き入っていた。カッツマンが徐徐に身体を起こした。
「<ミランダ>では拘留による強制が問題になり、事実あのときは容疑者が逮捕され、警察署へ連行され、自由と、外界との連絡を取る能力を奪われました。ボストン市警察本部は憲法の原則を良心的に護り、窮乏した被告には弁護人の名簿さえ示しています」
「判事」シェリダンは苛立ちをつのらせた。「それは承知しています」彼はドルテガを冷ややかに一瞥した。彼はすべて八百長ではないかと疑っているが、そうだとすると、敵は先行していた。「わたしは自分の主張を行い、判例法を引用し、妨害なくそれを展開させてもらいたいと思います」と彼はぶっきらぼうに言った。「これはわたしの依頼人にとって唯一のチャンスです……。たしかに<ミランダ>事件は逮捕に続く拘留による尋問を問題にしました。しかし<ミランダ>事件が命じるところを澪としてはなりません。それは憲法上の権利の保護における一大躍進でした。憲法修正第14条の正当な法の手続きに関する第1節は弁護人の立ち会いを求める権利を保証し、修正第5条および6条は黙秘の権利と、自己に不利な証言を免責される特権を告知される権利を保証しているのです。それはあらゆる質問が行われるにのに立ち出します。もはや専断と不公平は許されないのです。しかも、ついでながら、<ミランダ>判決が下ったのはやっと1972年、つまりマグナ・カルタの5世紀後です」
マヤン・ドルテガがかすかにほほ笑むのにシェリダンは気づいた。
「<ミランダ>は被疑者に、自分は論争主義(adversary system)に巻き込まれ、尋問を行っている者たちは彼の利益のために行動しているのではないということを十分に気づかせる効果がありました」
「再度お許しをいただけるならば、判事」とドルテガがさえぎった。「ミスター・シェリダンの<ミランダ>解釈はここにはまったく適用できません。<ミランダ>ははっきり、拘留による尋問に言及しており、そこではなはだしく自由が制限されてきました。最高裁判決の721ページにこのことが明瞭に指摘されていることを申し上げておきます」ドルテガはメモを参照する必要がなかった。カッツマンが何か書き留めた。シェリダンはだんだん腹が立ってきた。
「“強制的影響なしに、自由に、自発的になされた供述は、いうまでもなく証拠として認められる”とブラック判事は726ページに明確に述べておられます」とドルテガは記憶による引用を続けた。「“あらゆる種類の自発的供述はきょうのこの判決によって影響されることはない……。」
シェリダンは立て直しを試みた。ドルテガを横目で一瞥し、数秒待ってから始めた。「<ミランダ>は状況に目を向けたのです、判事。いま問題にしているのが警察署での尋問ではないということは承知しています。わたしは制限という点を取り上げます。わたしが判例として挙げた<国民対アレン>事件にご留意ください。ミランダ告知は逮捕前になされなければならないとニューヨーク裁判所が判決したのです。警察の尋問は新たな基準であることを示し、強制とは犯罪事実が引き出されるさいのあらゆる環境におけるすべての質問であると定義づけました。さて、2人の刑事がドクター・ディラードのオフィスに現れ、身分証明書をちらつかせました。尋問はそれ自体、威嚇のバッジになります。3年後の<ニュージャージー州対トマス>において」――シェリダンは薄暗い証明にふたたび目を細めて、摘要書を読み上げた。「州裁判所は、起訴のために利用する供述を求めて生活保護費調査員が尋問を行うさい、たとえ尋問が生活保護費需給者の自宅で行われても、受給者はミランダ告知を受ける権利があると判決しました。さらに、<マシス対合衆国>においては」――シェリダンの声が力を取り戻した――「ミランダ告知を受けずに国税庁捜査官に対してなされた、自己に不利な証言は、虚偽の税務申告によって起訴されるさいに証拠として認められないとの裁定が下りました。ところで、ミス・ドルテガ」彼は声に辛辣さをこめた。「<ミランダ>事件で名高いブラック判事が今度は法廷の多数意見を代表して、それは単なる行政府の税務捜査にすぎないとの政府の主張をしりぞけたのです。現に、判事、いま国税庁捜査官は捜査対象者に憲法上の権利を告知しています」
カッツマン判事はじっと耳を傾ける様子で、顎を両手で支え、あたかも法を身長に秤に掛けているように、額に皺を寄せていた。シェリダンの言には説得力があった。カッツマンはドルテガを振り返り、彼女の発言を促した。
ドルテガはシェリダンの主張をずたずたにしにかかった。冷静な口調で、彼女は雄弁、整然、説得的だった。「<マシス対合衆国>では、被告はすでに留置所内にいました。のちの<ベックウィズ対合衆国>で同裁判所は、脱税事件を捜査する国税庁捜査官は納税者の自宅での面会にさいしミランダ告知を求められないとしていることにご留意願います。自宅において納税者はいかなる拘束、制限も受けていないのです。合衆国憲法の解釈の問題では、州裁判所、たとえばミスター・シェリダンが引用しておいでのニュージャージー州のそれが、最高裁に従わねばならないことは自明です。ミスター・シェリダンは摘要書で、吸う通の手紙が令状なしにミス・ウィリアムズのアパートで押収され、それはドクター・ディラードの財産であると主張していますが、これは道理を欠きます、判事」
(『起訴』p385)
似たような議論が『秘密なら、言わないで』のジェスの会話にも出てくる。
「そんなわけにはいかないね、ジェス」今後はドンが吐息をついた。「言わせてもらえば、きみは容疑者が弁護士と相談する権利を保証した憲法修正第5条と6条、それに黙秘権を保証した5条に違反している。ぼくには、完全にここにいる権利があるんだ」
ジェスは耳を疑った。「何を主張するつもりなの?あなただって最近の最高裁の判例は知ってるはずよ。ミランダ告知も、弁護士を立ち会わせる権利も、逮捕されてはじめて発生するんだわ。保釈中の犯罪には適用されないわよ」
(『秘密なら、言わないで』p133)
本当にアメリカの上質のミステリーは勉強になりますね。まるで刑事訴訟法の講義を聴いているようなものだ。じっくり読めば、何が論点になっているかわかるので敢えて解説はしないが、若干の用語の補足をしておく。
論争主義という聞きなれない言葉が出てくる。『Basic英米法辞典』によれば、adversary systemは、当事者対抗主義、論争主義、対審構造などと訳され、対立する両当事者がそれぞれ自己に有利な法律上・事実上の主張および証拠を出し合い、これに基づいて中立の第三者が決定するやりかたのことをいう。民事および刑事の訴訟手続の他広く行政訴訟等でも採用される。反対語は、inquisitorial system(糺問主義)。刑事裁判で、何ぴとの訴追も待たずに裁判官の職権により訴訟手続きが開始され、裁判官が職権により犯人と証拠・証人を捜査・糺問・裁判するやり方のことだ。
修正憲法第5条、第6条および第14条第1節に言及されているが、これはよく出てくる重要な条文なので、参考のため英文と訳文をに掲げておく。訳文は『Basic英米法辞典』の編集代表の田中英夫訳である。
AMENDMENTX
No person shall be held to answer for a capital, or otherwise infamous crime, unless on a presentment or indictment of a Grand Jury, except in cases arising in the land or naval forces, or in the Militia, when in actual service in time of War or public danger; nor shall any person be subject for the same offence to be twice put in jeopardy of life or limb: nor shall be compelled in any criminal case to be a witness against himself, nor be deprived of life, liberty, or property, without due process of law; nor shall private property be taken for public use, without just compensation.
第5修正[大陪審の保障、二重の危険、デュー・プロセスおよび財産権の保障]
何ぴとも、大陪審による告発または正式起訴によるのでなければ、死刑を科しうる罪その他破廉恥罪につき公訴を提起されることはない:ただし、海陸軍または戦時もしくは公共の危険にさいして現に軍務に服している民兵において発生した事件については、この限りではない;何ぴとも、同一の犯罪について重ねて生命または身体の危険にさらされることはない;何ぴとも、刑事事件において自己に不利な証人となることを強制されることはなく、また法の適正な過程によらずに、生命、自由または財産を奪われることはない;何ぴとも、正当な補償なしに、私有財産を公共のために収用されることはない。
AMENDMENT Y
In all criminal prosecutions, the accused shall enjoy the right to a speedy and public trial, by an impartial jury of the State and district wherein the crime shall have been committed, which district shall have been previously ascertained by law, and to be informed of the nature and cause of the accusation; to be confronted with the witnesses against him; to have compulsory process for obtaining witnesses in his favor, and to have the Assistance of Counsel for his defence.
第6修正[陪審審理の保障その他刑事手続上の人権]
すべての刑事上の訴追において、被告人は、犯罪の行われた州および地区――この地区は、予め法律で定められたものでなければならない――の公平な陪審によって行われる・迅速で公開の裁判を受け、かつ事件の性質と原因とについて告知を受ける権利;自己に不利な証人との対質を求める権利;強制的手続により自己に有利な証人を得る権利;ならびに自己の防衛のために弁護人の援助を受ける権利を有する。
AMENDMENT ]W SECTION 1
All persons born or naturalized in the United States, and subject to the jurisdiction thereof, are citizens of the United States and of the State wherein they reside. No State shall make or enforce any law which shall abridge the privileges or immunities of citizens of the United States; nor shall any State deprive any person of life, liberty, or property, without due process of law; nor deny to any person within its jurisdiction the equal protection of the laws.
第14修正 第1節[合衆国の市民権、デュー・プロセス、法の前の平等]
合衆国内で誕生しまたは合衆国に帰化し、合衆国の権限に服する者は、合衆国の市民であり、かつその居住する州の市民である。州は、合衆国の市民の特権または免除を制約する法律を制定または実施してはならない;州は、何ぴとからも、法の適正な過程によらずに、その生命、自由または財産を奪ってはならない;また州は、その権限内にある者から法の平等な保護を奪ってはならない。
(『BASIC英米法辞典』p230)
(当初作成日:3/25/2001)
.gif)
DANchan's Home Page のトップへ戻る
|