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イニシャル・アピアランス initial appearance
被疑者をchargeするとなったら、裁判所へ被疑者の身柄を移すことになる。ここでいう裁判官の面前への身柄の引致を、わが国の勾留質問のための引致と同じと考えてはいけない。勾留質問は前述したように、検察官の請求に応じて勾留するかどうかを判断するためで、勾留が認められると引き続き警察官や検察官の下で取調べが行われる。アメリカのこの手続は、これで捜査段階(investigatory stage)は終り、司法判断段階(adjudicatory stage)が開始したと考えるべきなのだ。わが国にはない制度でわかりにくい。逮捕された被疑者が、最初に裁判所に出頭する手続であるこのイニシャル・アピアランス(initial appearance)は「冒頭手続」あるいは「初回出頭」などと訳されている。このインシャル・アピアランスを境に被疑者(the suspect)は被告人(the accused)と呼ばれるようになる。
5日後、メアリ・キャレリは法廷にいた。
テリとパジェットはその隣りに立って、地域裁判所判事キャロライン・マスターズと向き合った。テリが公費弁護人事務所に勤めていたときの上司だ。この罪状認否手続は、刑事裁判の全行程の中で最も退屈なプロセスと言ってよかった。パジェットがメアリの無罪を申し立て、マスターズ判事がもうひとつの無意味な日時を取り決める。すなわち、地域裁判所で行われる予備審問の日取りだ。そこでは、マーニー・シャープはただ、メアリ・キャレリが犯罪を犯したと信ずるに足る”妥当な根拠”を示すだけでよく、これもまた、フットボールの試合前に国歌を斉唱するのに似た儀礼的なイベントに過ぎなかった。
(『罪の段階』(上)p408)
メアリが始めて出廷したこの場面がまさしくイニシャル・アピアランスだ。罪状認否手続とあるが、起訴後に行われるarraignmentとは異なる。インシャル・アピアランスでは、下級判事(magistrate)のもとで審理が行われ、被告人に対する容疑事実が告げられ、憲法的な諸権利も説明され、さらに無令状逮捕で裁判所の事前チェックを受けていない場合には、相当の嫌疑(probable cause)があったかどうかが事後的にチェックされる。相当の嫌疑ありと判断された場合には、予備審問(preliminary hearing)の期日が定められる。
イニシャル・アピアランスの段階で、早くも保釈(bail)が認められる。保釈が認められなかった場合には、拘置所へ収監される。ここでもわかるように保釈か拘置所への収監しかないので、警察の留置所で延々と取調べが続くということは制度的にありえないのである。アメリカでは被告人の85%が保釈されているという。
ふたりは、涼しく、薄暗く、モダンな<マーサのレストラン>の優雅な静けさのなかに座っていた。逮捕された翌日の夜のことだ。パジェットはその前の晩、独房の簡易寝台で、周囲の暗い檻から漏れてくるささやきや、不満と狂気が放つ異様な叫びや、廊下を行ったり来たりする看守たちの足音を聞きながら過ごした。キャロラインとマッキンリー・ブルックスのあいだで、火花を散らす論議が闘わされた末に、両者は保釈金の額で合意に達した。しかし、50万ドルを手配するのに、午後遅くまでかかった。
(『子供の眼』p281)
保釈に際しては、被告人は一定の保釈金を裁判所に納める。たいていの被告人は資力がないので、民間の保証業者(bonding agents)に一定の手数料を支払い、被告人に代って保釈金を納めてもらう。
アメリカの警察の留置所の掲示板には、この保証業者の名刺がたくさん貼り付けられている。被告人はそれを見て適当な業者に保釈金の納付を依頼する。万一、被告人が逃走して保釈金が没収されると、保証業者は没収された保釈金を被告人から取りたてることになる。そのために逃走した被告人(これをbail jumperという)を追跡して捕まえることを専門とする業者もいる。この追跡業者は、bounty hunterと呼ばれ、成功報酬で業者から雇われるが、全米に5,000以上存在するといわれる。
ジャネット・イヴァノヴィッチの<ステファニー・プラム・シリーズ>のステファニーがまさにbounty hunter(賞金稼ぎ、西部劇時代ゆかりの呼び名)である。わが国にはない珍しい職業だ。
失業したステファニーがいとこのヴィニーが経営する<ヴィンセント・プラム保釈保証会社>に仕事を見つけに行く場面。
「あたしに必要なのはお金だけよ」あたしはコニーに言った。「ヴィニーが書類整理係を探してるって聞いたもので」
「その職はさっきふさがったところよ。ここだけの話だけど、残念に思うことはないわ。ほんとにひどい仕事よ。雀の涙ほどのお給料なのに、1日中膝をついてアルファベットの歌を歌ってすごさなきゃならないのよ。…… ねえ、もし本当に仕事がほしいんなら、ヴィニーに逃亡者捜しをさせてって頼んだら?そっちならかなりのお金になるわよ」
「いくらぐらい?」
「保釈金の10パーセントよ」コニーはいちばん上のひきだしからファイルをひとつ取りだした。
「昨日はいったのがあるわ。保釈金は10万ドルだったんだけど、この男は法廷に出頭しなかったの。彼を見つけて連れてこられたら、1万ドルが手に入るわよ」
あたしはデスクに片手をついて身体を支えた。「男を1人見つけるだけで1万ドル?話がうますぎるんじゃない?」
「向こうが見つけられたくなくて、あなたを撃つことだってあるのよ。でもまあ、そんなことはめったにないけど」コニーはファイルをぱらぱらめくった。
(『私が愛したリボルバー』p25)
プラム家に帰ったステファニーが家族からどんな仕事についたのか聞かれる場面。
「その仕事にはつかなかったの。別の仕事についたのよ」
「なんの仕事についたんだい?」
あたしはミートローフにケチャップをかけた。ふたつめのため息が出てくるのを抑えることができなかった。「人捜し請負業よ」あたしは言った。「人捜しの仕事についたの」
「人捜し請負業」母さんはくりかえした。「フランク、人捜し請負業ってどういうものか知ってるかい?」
「ああ」父さんは言った。「賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)だよ」
母さんはぱちんと額をたたき、目をぐるりとまわした。「ステファニー、ステファニー、ステファニー、おまえはいったい何を考えているんだい?そんなのは、ちゃんとした家のお嬢さんがつく仕事じゃないよ」
「法にかなったりっぱな仕事よ。警官とか私立探偵とかになるようなものよ」とあたしは言ったが、これまでそのどちらも特にりっぱな仕事だと思ったことはなかった。
(『私が愛したリボルバー』p54)
保釈が認められなかった被告人は拘置所(jailまたは detention center)に収容される。
ライカース島拘置所の狭い面会室のドアを開けたベンは、強烈なたばこの臭いに思わずたじろいだ。つんと鼻をつく煙がそこにとぐろを巻いて居すわっているかのようだった。多くの弁護士や不安におののく未決囚たちが、この部屋で数知れぬたばこを吸いながら、弁護の協議をし、戦術を練ったのだ。ベンはまわりの薄緑色の壁を見た。未決囚たちが社会や刑務所のやり方や世間一般に対する恨みつらみを書き連ねた落書きのあとが、完全に消しきれないで筋になって残っていた。
(『復讐法廷』p43)
拘置所は、警察とは別個の組織、通常はカウンティ(郡)によって運営されている。County JailとかDetention Centerとか呼ばれる。スタッフは警察官ではなくシェリフ(sheriff)などで構成されている。
次に引用する『評決のとき』(A Time To Kill、新潮文庫)はジョン・グリシャム(John Grisham)の処女長編である。グリシャムは『法律事務所』、『ペリカン文書』で一躍有名になり、わが国でもこの処女作は紹介が逆になった。作風も『法律事務所』等とは違いスピード感には欠けるが、自身の弁護士としての経験を活かした予備審問、大陪審、罪状認否手続、陪審員選出、公判審理そして陪審評決というアメリカの刑事司法手続の進行がじっくり書き込まれている。ボクは、ジョン・グリシャムよりもスコット・トゥローやリチャード・ノース・パタースンの方がより文学的で好きだが、これは好みの問題だ。グリシャムがリーガル・サスペンスの第一人者であることは間違いない。
ミシシッピ州フォード郡(架空の地名)クラントン。いまなお人種差別の色濃く残る南部のこの静かな小さな街で、10歳の黒人少女がふたりの白人若者にレイプされるという事件が起こった。ヴェトナム帰還兵でもある被害者の父親は、裁判所の警備のすきをついて、この2人の犯人を射殺する。若いが凄腕の弁護士ジェイク・ブリガンスがその弁護を引き受ける。公判が始まり、黒人と白人の対立が頂点に達する中、陪審の評決を迎える。
オジーは夕食をとらず、拘置所の一角にある自分のオフィスで、ヘイリー家にいる保安官助手のヘイスティングからの報告を待っていた。犯人のこころあたりはついている。ビリー・レイ・コッブ。保安官事務所では、まんざら知られていなくもない顔である。コッブが麻薬を売っていることも知っていた――ただ、これまで現場を押さえられなかっただけのことだ。コッブが残忍きわまる性格だということも知っていた。
連絡係が保安官助手たちに召集命令をかけ、彼らが拘置所に出頭してくると、オジーはビリー・レイ・コッブをつきとめるよう命令を下した。ただし、逮捕してはならない。
(『評決のとき』(上)p25)
オジーはミシシッピ州フォード郡のシェリフ、すなわち郡保安官である。
オジー・ウォールズは、ミシシッピ州でただひとりの黒人保安官だった。過去には数名の黒人保安官がいたが、もっかのところはオジーだけ。彼はその事実に大いなる誇りをいだいていた。フォード郡住民の74パーセントまでが白人であり、ほかの黒人保安官が選ばれたのは黒人の比率がもっと高い地域だったからである。南北戦争後の再統合期以来、白人中心の郡で黒人が保安官に選出された例は、ひとつとしてなかった。
(『評決のとき』(上)p24)
シェリフは、カウンティの選挙によって選任される職で、治安の維持、訴状の送達、陪審員の呼出し、判決の執行などを行う。被告人に対する身柄の管理、裁判所への護送などはすべてシェリフによってなされるので、繰り返しになるが、保釈されても拘置されても、警察官の被告人に対する支配はいっさい及ばない。日本のドラマでは、必ずと言っていいほど、刑事が否認する容疑者を取調室であの手この手を使って自供させ、その自白をもとに有罪に追い込んでいくが、アメリカでは否認する被告人には、検察官が法廷で証拠を突きつけて有罪に追い込むのである。
アメリカのドラマで、刑事が取調室で「もう証拠はあがってんだ。いいかげんに吐いたらどうだ!」などと言う場面は見たことがないはずだ。アメリカのドラマでは、逮捕された被疑者はだいたい保釈になって、弁護士の事務所で来るべき裁判への対応を弁護士と相談する場面となっている。
(当初作成日:3/25/2001)
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