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予備審問 preliminary hearing
重罪の場合、ニンシャル・アピアランス後、だいたい2週間以内に予備審問(プレリミナリー・ヒアリング)が開かれる(軽罪の場合には要求されないことがしばしばある)。実は、この2週間の間に、かなりの割合の事件が、不起訴(起訴の取下)処分や軽罪事件への変更により終結される。これも司法取引の一種である。残りの事件のみが予備審問の手続に入っていくが、この手続はイニシャル・アピアランス同様、下級判事(magistrate)のもとで審理される。この予備審問においては、被告人が本件犯行を行ったと信じるに足りる相当な理由(probable cause)が存在するかどうか、つまり被告人に対して公判(trial)に付するだけの証拠があるかどうかが判断される。
相当な理由(probable cause)とは、理性のある人をしてある事実が存在すると信じさせるに足るような事情や情報をいう。大陪審(後述)が正式起訴をする場合の要件でもある。
ジャクソンは憮然とした顔をしていた。無理もない。けさ7時半、タウル判事は検察側および被告側の申し立てを検討するため、双方を法廷に呼んだ。キャロラインはカールトン・グレーの手を借りて、この裁判のために弁護士資格をカリフォルニア州からこの州へ移していた。ありがたいことにタウル判事はキャロラインのニューハンプシャーへの帰還を歓迎してくれ、続いて、予審を進めるにあたっての原則を述べた。本法廷の目的は、第一級謀殺容疑で被疑者を公判に付するだけの"相当な理由"を検察側が有しているか否かを審査することのみにある。検察側は、警官に他の証人から得た知識を証言させという形で、伝聞証拠を提出することができる。しかし、キャロラインの異議を受けて、タウルは、主任捜査官の証言だけでは"相当な理由"を示すことはできないと裁定を下した。検察側はキャロラインが召喚した検察側証人のうち4人、すなわち、ブレットを逮捕した警官、主任捜査官、検屍官、そしてミーガン・レースを出廷させなければならない、と。
ジャクソンは激しく抗議した。それでは、ニューハンプシャーの州法で認められていない証拠開示が行われることになる、と。しかし、タウルは一歩も引かなかった。本法廷の目的は開示ではなく、"相当な理由"の認定であり、検察側の"相当な理由"が、ミーガン・レースに対する信頼、および素人の証人から得られる伝聞証拠では判明しない高度に専門的な医学的証拠――写真もこれに含まれる――に依存している以上、これはやむを得ない措置である、と。
(『最後の審判』p320)
ただし、予備審問は、起訴、特に正式起訴(indictment)が先になされた場合には、ほとんどの法域で省略される。
『評決のとき』のバラード判事に至っては、予備審問に何らの意義も認めていない。
「さて、みなさん」バラードが声をはりあげた。「これはたんなる予備審問であって、公判ではありません。予備審問とは、犯罪がおかされたという充分な証拠があるかどうかを判定し、これら被告人たちを大陪審に引き渡すかどうかを決定するためのものであります。希望するならば、被告人たちはこの予備審問を欠席してもかまいません」
ティンデイルが立ち上がった。「けっこうです、裁判長閣下。被告側は、このまま審問をすすめることを希望します」
「わかりました。いまわたしの手もとには、この両被告人を12歳以下の女性の強姦、誘拐および加重暴行容疑で告発するという、ウォールズ保安官の宣誓供述書の写しがあります。ミスター・チャイルダーズ、検察側は最初の証人を喚問してください」
「検察側証人として、オジー・ウォールズ保安官を喚問します」
(『評決のとき』(上)p83)
バラード判事も言っているように、被告人はこの予備審問の手続を放棄することもできるのだ。
あらゆる事件を大陪審へと引きわたすバラードにとっては予備審問は形式的なものにすぎない。事件の性質や事実、証拠など、あらゆることの委細かまわず、すべての被告人を大陪審へと引きわたすのだ。かりに証拠不充分であるにしろ、被告人を釈放するのは大陪審の責任であって、自分ではないというわけだった。大陪審とちがって、バラードは再選される必要があるからだ。犯罪者を放免すると有権者の気分を害する。フォード郡の大半の弁護士はバラードの予備審問を欠席していた。ジェイクはちがった。彼はこうした審問会を、検察側の立証方法をてっとりばやく見るための最上の道だと考えていた。
(『評決のとき』(上)p86)
「検察側の質問は以上です」
バラードが口をひらいた。「ミスター・ティンデイル、反対尋問をどうぞ」
「いまのところ反対尋問はありません」
いい作戦だ。ジェイクは思った。戦略として、予備審問では被告側は静かにしているのがいちばんいい。ただ耳をすませてメモをとり、法廷速記者たちに証言を記録させ、おとなしくしていることだ。どのみち、大陪審が事件を詳細に調べる。だったら、手間をかける必要はない。それに、被告に証言させる愚をおかすのも禁物だ。被告の証言はなんの役にも立たないばかりか、公判にも祟ってくる。ティンデイルのやり口を熟知しているジェイクは、ふたりの被告が証言しないことを知っていた。
(『評決のとき』(上)p89)
予備審問の被告人側にとっての最大のメリットはこちらの手の内を明かさないで、検察官がつかんでいる証拠の概要をつかむことができる点だ。
被告人側が手の内をさらけ出しても予備審問の段階で検察側と対決する前代未聞の法廷戦術に出たのが『罪の段階』のパジェットである。法廷ミステリーの醍醐味は、陪審員を前に、検察側と弁護側がありとあらゆる手段を使ってゲームを闘う法廷場面だが、予備審問には陪審員の参加はない。一般公開のもとに裁判官、検察官、弁護人、被告および証人がそれぞれ出頭して証拠調が行われるので、むしろ日本の刑事裁判に外形は似ている。陪審員を表に出さないでプロ同士のやりとりを描くことによって暗に陪審制度の問題点やメリットを浮彫りにしていく、パタースンのこころにくいテクニックである。
OJ・シンプソン事件では、犯罪後2週間ほど、法廷で日本の刑事裁判のような審理が行われたが、これが予備審問である。その後、日系のイトー判事のもとで行われたのは、予備審問ではなく、トライアル(裁判)である。
メアリ・キャレリ裁判もOJ・シンプソン裁判さながらである。共通しているのは両者ともに被告人が全国的な有名人であることだ。
「全員起立」判事補の声が響き渡る。「サンフランシスコ市及びサンフランシスコ郡地域裁判所、キャロライン・クラーク・マスターズ判事がこれより審理に入ります」
もともと人目を引く華やかさを備えたキャロライン・マスターズだが、世界じゅうのマスコミが詰めかけた法廷をぐるっと見渡すその姿には、女王のような威厳すら感じられた。ここに入れなかった記者たちも、隣の部屋で有線テレビにかじりついており、法廷の両隅にある2台のテレビカメラが予審の模様を全国に中継することになっている。司法ビルの入口では、女性運動グループの連合体が、プラカードや垂れ幕を掲げて、法の正義でメアリ・キャレリを救えと訴えていた。
(『罪の段階』(下)p6)
『罪の段階』が、予備審問という本来地味な手続を舞台にしながら、これだけおもしろい法廷ミステリーになっているのは、陪審員のかわりに、マスコミを前にしたゲームに作り上げているからだ。
判事席から、キャロライン・マスターズが双方を見た。そのしかつめらしい顔つきの裏に、好奇心と期待感がのぞいているようだった。
「シャープ検事、パジェト弁護人、この法廷における基本原則を述べますので、聞き逃さないように。
第一に、テレビジョンの介在は、公共への責任であって、娯楽提供の機会ではありません。本法廷の“司会役”は、ただひとりです。その指示に従ってください」
間を置いて、さらに歯切れのいい、凛とした声で続ける。「第二に、証拠の取扱をめぐって論議が生じた場合、すなわち、特定の証人を喚問することが妥当であるかどうか、特定の証拠を公開の場に提出すべきかどうかなどについて、双方の意見が分かれた場合、判事室における非公開の話し合いによって裁定を下すものとします。この話し合いの記録は、各参与者へ先入見を与えることを回避するため、結審時まで開示いたしません。事前の許可なくこの非公開の議事内容に言及するような行為が見られた場合、その行為者は、本法廷によりカリフォルニア州法曹協会の懲罰委員会へ告発されます」
これはつまり、ローラ・チェイスのテープや、ジェームズ・コルトの名前やスタインハートによるメアリの診療記録や、マーク・ランサムの性的嗜好を裏付ける証人の存在などを、マスターズの裁定を受ける前に口にするなという警告だった。微妙な政治問題に対するプレッシャーに、マスターズまでが神経をとがらせているらしい。
「第三に、非公開の議事の全部もしくは一部を公表する権利については、判事が之を留保します。検察側もしくは弁護側が、自陣の合法的権益を護るという目的を逸脱して、先入見を生じさせるために、これに異議を唱え、あるいは疑問を呈した場合、その行為者は厳罰に処されます。
以上、了解していただけたでしょうか?」
「はい、裁判長」シャープが言った。
パジェットもうなずく。「了解しました、裁判長」
(『罪の段階』(下)p7)
「異議あり!」パジェットは席を立ち、ショックのつぶやきが走る法廷の中央へ進み出た。「いまの質問は、シャープ検事の冒頭陳述に対してわたしが指摘した危険な創作の傾向を引きずるものです。仮定の土台に憶測を積み上げようとする恣意的な弁論であり、誤認と曲解と選択的な証拠の無視とに彩られているがゆえに、質問としての妥当性を欠いています。別の言いかたをするなら、たわ言です」
マスターズの口もとに薄笑いが浮かぶ。「それに、内容が気に入らないということでしょうね。法理論的には、あなたの異議の大部分が妥当です。しかし、この予審においては、陪審を先入見から保護する必要もありませんし、わたしとしても、シェルトン検屍官の答弁を客観的な判断なしに鵜呑みにするつもりはありません」間を置いて、「傾聴する価値ありと認めます」
(『罪の段階』(下)p54)
審理の結果、裁判官によって相当な理由が証明されていないと判断された場合、"Case dismissed!"と宣言して、被告人をその場で釈放する。
一方、審理の結果、相当な理由があると判断されると、被告人は裁判を受けることを義務づけられる。ただし、予備審問自体は終了し、裁判は後日罪状認否手続(アレインメント)(arraignment)を経てから開かれる。その後、検察官は略式起訴状(information)を裁判所に提起する。一種の起訴状である。これによって、裁判に向けての手続が進行することになる。日本の略式手続とはまったく異なる概念なので注意。
尚、一部の州では、予備審問で相当な理由が認められるだけでは、被告人を裁判にかけることはできず、さらに、大陪審(grand jury)に事件を送り、そこで陪審員に相当な理由の有無を判断させ、大陪審によって相当な理由ありと判断された上で、正式起訴(indictment)がなされることを要する。
メアリは、相当な理由の有無の判断に至る前に、政治的な配慮か起訴が取り下げられ、「自由の身」となった。
ブルックスだけが平静を保っている。「従って、われわれは起訴を取り下げ、メアリ・キャレリの放免を本法廷に求めるものであります」
場内がどよめいた。
パジェットは茫然とした。メアリがポカンと口をあけて、パジェットを見る。ひとりキャロライン・マスターズだけは、表情を変えなかった。
小槌を打ち鳴らし、静粛を請う。ブルックスは法壇で静かに待っていた。
「検察側の申し出を認めるしかないでしょう」判事が言う。「実際に何があったにせよ、マーク・ランサムがキャレリさんに肉体的な害を加えたことは明らかだと思われます。それは、妥当な根拠を否定するものではないかもしれません。しかし、被告が謀殺の罪を犯したかどうかを、陪審の評決にゆだねることにはためらいを覚えますし、委ねたとしても、有罪の評決を得るのはむずかしいでしょう。撤回の判断に、敬意を表します」シャープのほうを向いて、「そして、本法廷におけるシャープ検事の仕事ぶりにも」
ブルックスがうなずいた。「ありがとうございます、裁判長」
マスターズがメアイ・キャレリに顔を向ける。数秒間、値踏みするように見たあとで、最終決定を言い渡した。「起訴は撤回されました。キャレリさん、あなたは自由の身です」
(『罪の段階』(下)p444)
(当初作成日:3/25/2001)
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