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答弁取引 plea bargaining
起訴状(indictment)または略式起訴状( information)が発せられた後、アレインメント(arraignment、罪状認否手続)の手続に入る以前の段階で、通常、被告人側と検察側とで取引(bargain)が行われる。これを答弁取引(plea bargaining)という。いわゆる司法取引のことである。
「おはよう、諸君」ヌースはかん高い声をはりあげた。マイクを近くに引き寄せ、咳ばらいをする。「いつもながら、フォード郡5月の開廷期を迎えられ、本官は喜ばしく思います。………
まもなく大陪審選出にかかります。そのあとで、今週および来週の公判のための陪審員選出にとりかかります。法曹協会のみなさんのお手もとには、訴訟事件一覧表の写しがまわっているでしょうな。いささか数が多いことに、お気づきでしょう。わたしの予定表によれば、今週と来週の2週間は、最低でも毎日2件の公判審理をとりおこなうことになっております。しかしながら本官は、これら公判を予定されている刑事事件の大半が、有罪答弁取引を行うことで終結するものと理解しています。にもかかわらず、われわれがあつかうべき事件の数はあまりにも多く、ここは法曹協会の諸兄の協力を切に願うしだいであります。新大陪審が選出され、正式起訴が開始されたなら、本官はただちに罪状認否手続と初公判の日程を決定するつもりです。さっそく訴訟事件一覧表の朗読を開始しましょう。……」
(『評決のとき』(上)p237)
「……ミシシッピ州民対ウォレン・モーク。武装強盗。公判は本日午後の予定」
バックリーがゆっくりと、決然とした態度で立ち上がり、見物人を意識した重々しい口調で宣言した。「ミシシッピ州検察は、公判準備を整えております」
「被告側も同様です」公選弁護人のティンデイルがいった。
「公判審理に要する時間はどれくらいですか?」判事がたずねた。
「1日半で終結すると思われます」バックリーが答え、ティンデイルがうなずいて同意をしめした。
「けっこうです。それでは午前中のうちに陪審員を選出し、本日午後1時より公判審理を開始しましょう。州民対ウィリアム・ダール。文書偽造罪、訴因6件、公判予定は明日」
「判事閣下」マスグローヴがいった。「その事件は有罪答弁取引がもたれる予定です」
「よろしい。州民対ロジャー・ホーントン。重窃盗罪、訴因2件、公判は明日の予定」
ヌースは、それからも訴訟事件一覧表を読みあげていった。どの事件の場合にも、反応は同一だった。バックリーが立ち上がって、州検察は公判準備をととのえているむねを宣言するか、マスグローヴが静かな声で、有罪答弁取引が合意に達していることを法廷に告げ、被告弁護人が立ち上がってうなずく。
(『評決のとき』(上)p238)
答弁取引は、具体的には、被告人が後のアレインメントで有罪の答弁(plea of guiltyまたはguilty plea)をすることと引き換えに、@重い犯罪を軽い犯罪に変更する、A数件起訴されているケースで、起訴件数を減らす、B求刑の段階でより軽い刑(たとえば保護観察)を求刑する、等の方法で取引が行われる。
「裁判長、被告人自身も出廷しております。われわれは刑事事件86−1246の起訴状を受理しましたので起訴状朗読を省略していただいて結構です。ミスター・サビッチに代りまして、われわれは公訴事実に対する無罪答弁を受けつけていただくよう、お願いいたします」
「公訴に対する無罪答弁」とマンフリー判事がくりかえしながら、法廷記録に書きこむ。保釈金は5万ドル、ただしこれは署名証書のみということで同意がなされる。「公判前の評議についてどちらかの側から要求がありますか?」有罪答弁取引のことだ。この取引は両者にとって時間の節約になるので、通常、自動的に機会を与えられることになっている。
(『推定無罪』(上)p294)
「公判前の評議」や「公判によらない解決」というのは答弁取引の婉曲的表現だ。有罪事件のうち90%以上がこの答弁取引を経ていると言われ、アメリカの司法手続の中核をなしている。アメリカの司法手続の最大の特色といってよく、わが国にはない制度である。
『推定無罪』からの引用。プロであるラスティ・サビッチは自ら答弁取引のことを考える。公務執行妨害罪の有罪答弁取引を検察側と行うべきか。「法律上無実となるかそれとも早く自由になるか」ここに取引が成立する余地がある。
スターンはこの件について冷静で、口の端に葉巻をくわえたまま話した。ほんの一瞬、目が光ったような気がしたのは錯覚だったろうか?彼ほどとらえにくい人間には会ったことがない。だが、この話題を持ち出した理由は何となくわかった。公務執行妨害の有罪答弁取引をしにニコのところへ行くべきか?彼は暗黙のうちにそうたずねているのである。公務執行妨害だけなら、3年以下の刑ですむ。18か月後には仮釈放で出てこられるだろう。息子が成長しないうちにまた会える。5年たてば、おそらく弁護士資格をとりもどすこともできるだろう。
まだ理性の力は失われていないが、この感情的無気力状態は克服できない。わたしの欲しいのはもとどおりの生活。それ以下はいやだ。すべて白紙に戻したい。一生汚名を背負って生きたくない。たとえ微罪でも、有罪答弁取引をやるのは、不必要な切断手術を許すのと同じだ。いや、それより悪い。
取引はしません、とわたしはスターンに言った。
(『推定無罪』(上)p290)
すでに被告人には弁護人がついているので、弁護人が証拠を十分検討したうえで取引を行うことになる。有罪の答弁を行えば煩わしい裁判手続に入らなくてもよいことから、超多忙な弁護人(特に公選弁護人)は被告人に対して、取引に応じて有罪答弁をすることを勧める傾向にある。またこれが答弁取引の問題点でもある。
サンディ・スターンも次に引用するキャロライン・マスターズも安易な取引を勧めない。
地区検事長マッキンリー・ブルックスは、政治的な配慮から、パジェットの弁護人キャロライン・マスターズに答弁取引を持ち掛ける。有罪答弁をすれば、第一級謀殺を第二級謀殺に引き下げようというのだ。
謀殺(murder)とは、予謀(malice aforethought)をもって行われた不法な殺人をいうが、アメリカの多くの州では、謀殺を2つの等級に分け、予謀(premeditation)等がある場合や、放火(arson)、強姦(rape)、不法目的侵入(burglary)、強盗(robbery)等の一定の重罪を犯す過程で行われた故意の殺人を第一級謀殺(first degree murder)としてその他の謀殺(第二級謀殺)よりも重く処罰している。
しかし、キャロラインは受けずに、逆に過失致死罪での取引を持ち掛ける。目の前で自分の運命が取引されている様子を見るパジェット。
6時を過ぎていた。窓の外はすでに暗く、部屋は人口の黄色い明りにぼんやり照らされている。キャロラインとパジェットはブルックスのデスクの向かい側に腰を下ろし、サリナスはブルックスの隣に控えていたが、会話はパジェットなど存在しないかのように進められた。被告の前で話をすることへの嫌悪だけでもなさそうだ。ブルックスとパジェットはかつて、名ばかりとはいえ盟友の関係だったので、この事件を扱うことに何か気まずいものがあるのだろう。「そちらは、どういう考えでいるんです?」キャロラインが尋ねた。
ブルックスが腹の上で両手を組み、上体を後ろに倒す。
「今検討しているのは」慎重な口ぶり。「第二級謀殺への格下げだ」
キャロラインが片方の眉を上げた。「どうやって?リッチーが遺書を書いたあとで、クリスが怒りの発作に襲われ、自殺の手伝いをする気になったとでも?」
自分の運命が取引されているのを聞いているのは、いかにも薄気味悪いものだ。
………
「過失致死というのは、どう?」キャロラインが重みをきかせた声で切り出した。「3年以下の懲役。クリスが受け入れるかどうかわからないけど」
サリナスがキャロラインからブルックスへと視線を移す。検事長から聞かされていない話に、想像をたくましくしているのがわかった。「過失致死罪で取引する用意はない」ブルックスがおもむろに言う。「そんなことをすれば、新聞で袋叩きだろうよ」
(『子供の眼』p315)
『最後の審判』で姪のブレットを弁護するキャロラインは、検事のジャクソンに故殺の有罪答弁取引を打診するが、ジャクソンは第一級謀殺を第二級謀殺にするのが精一杯という。ニューハンプシャーとサンフランシスコとは違うぞ、と。
ちなみに故殺(manslaughter)は、非謀殺ということで、予謀なく行われた不法な殺人(voluntary manslaughter、故意故殺)と非故意殺(involuntary manslaughter)の2つの類型に分けることができる。謀殺(murder)以外の殺人という意味である。
湖のほうを向いたまま、ジャクソンがゆっくりと首を振った。「きみの世界――サンフランシスコ――では、年間200件の殺人というのが現実なのかもしれない。有罪答弁取引をやらなければ、司法制度はパンクしてしまうだろう。だが、ここはニューハンプシャーだ。州規模でも年間の殺人件数は40に満たないし、殺人犯は裁判にかけるべしという圧力が強い」キャロラインの顔をまっすぐに見据える。「きみに対して、駆け引きをするつもりはないよ、キャロライン。われわれの指針でいくと、故殺は問題外だ。まあ、懲役20年以上の第二級謀殺が精いっぱいだな」
キャロラインは一瞬、言葉を失った。「まるで中世の裁判ね。あの子は42歳になるまで出てこられない」
(『最後の審判』p188)
(当初作成日:3/25/2001)
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