アイルランド人について − その1

ひねくれ者のレプラホーンめ


第一回目は、ミステリーに現れた<アイルランド人>、すなわち<アイリッシュ>について

まずは、ドン・ウインズロウの『ストリート・キッズ』(創元推理文庫)から、

    グレアムは得意げに笑っていた。ひねくれ者のレプリコーンめと、ニールは思った。小柄で丸顔のアイルランド産中年男。薄くなりかけた髪、ビー玉みたいなブルーの目、そして歴史に類を見ないほどの腹黒い笑み…。
    (『ストリート・キッズ』p14)

ドン・ウインズロウの処女作『ストリート・キッズ』は、原題が"A Cool Breeze On The Under Ground"。邦題の方がきまっている。元ストリート・キッズの探偵ニール・ケアリーが、行方不明になった上院議員の娘アリーを連れ戻すという話。とてもさわやかな青春物語でもある。

ジョー・グレアムは「朋友会」の雇われ探偵。この文章からわかるように、グレアムはアイリッシュである。「朋友会」というのは、ロードアイランド州プロヴィデンスにある古い銀行の頭取イーサン・キタリッジが資金を出している秘密の探偵組織である。古くからの顧客のトラブル等を秘密裏に解決するための組織なのだが、ニューイングランドあたりには、いかにもありそうでおもしろい。プロヴィデンスについてはこんな記述もある。

    プロヴィデンスは、道行く男たちがみんな帽子をかぶっているような街だ。根っこはまだ、古きよき40年代に張り付いている。物事にきちんとふたがされ、日本軍、ドイツ軍、ヤンキースに対して、順序はときに入れ替わるが、義憤のやじが飛んだ時代……。帽子は社会の正員であることの象徴であり、公共の秩序への、アイルランド人政治家やシチリア人ギャングやフランス人聖職者たちによって運営される一都市への、恭順のしるしでもある。
    (『ストリート・キッズ』p39)

ニューヨーク アッパー・ウェストサイド生まれのニールは、11歳のとき、グレアムの財布を盗んだことがきっかけで、グレアムに探偵としての特訓を受けることになる。グレアムは、『オリバー・ツイスト』のフェイギンみたいな役回りだ。ただし、盗みは教えない。今では、グレアムはニールの「父親」がわり。朋友会からの奨学金でニールは高等教育を受け、コロンビア大学の大学院で英文学を専攻している。

「ひねくれ者のレプリコーンめ」の「レプリコーン(Leprechaun)」はアイルランドに棲む妖精(fairy)の一種だ。「レプラホーン(Leprachaun)」といわれることも多い。
アイルランドといえば妖精、妖精といえばアイルランドといえるくらい、アイルランドと妖精は切っても切れない関係にある。
何といっても、アイルランドのナショナル・シンボルは、植物のシャムロック(Shamrock)、楽器の竪琴(Spellelagh)、妖精のバンシー(Banshee)レプラホーン(Leprachaun)となっている。国を象徴的に語るもの4つのうち2つが妖精であるということはアイルランドならではのことだ。

妖精は単なる空疎な想像上の生き物ではない。過去から長い時間をかけて人間が培ってきた文化や風習等が深く関係している。妖精については、井村君江の著作に詳しい。手軽に手に入るものに、『妖精学入門』(講談社新書)、『ケルト妖精学』(講談社学術文庫)がある。

『妖精学入門』によれば、「レプラホーンは、老人姿のけちんぼ片方靴屋。月夜の原で踊った妖精のすり減った片方の靴を直す。地下に金貨の壷を隠し持ち、捕らえて在処を白状させれば金持ちになるといわれる。百姓の息子のトムがレプラホーンを捕らえ、宝の隠し場所を教わり、野菊の茎に赤い靴下止めを目印にした後、シャベルを手に戻ったが、野原一面は靴下止めだらけだった。人間を騙す才覚もある。いたずらを考えるときは赤い三角帽子の先を軸に、逆立ちしてクルクル回る」。

また、『ケルト妖精学』によれば、「レプラホーンは"Leithbhrogan"(レイ・ブローガン)、すなわち片足靴から来ており、踊り好きの妖精たちが月夜の草原で踊り減らした靴の片方だけを直す小人の靴屋で、垣根の元に片手に靴、片手に金槌を持って座っている姿を見かけるという。7つずつ2列に並んだボタン付きの緑の上衣に、赤野三角帽子をかぶった老人姿のけちん坊妖精で、もし掴まえて、地下に隠している金貨の入った壷(99個)の在かを言わせることが出来れば、大金持ちになれると人々に信じられているが、目ばたきするあいだにすばやく姿を消してしまうので、掴まえるのが難しいと信じられている」。

レプラホーンは、いずれにしてもアイルランドでは、富と財産をもたらす福の神か大黒さまのような存在らしく、よく妖精全体を代表させる呼び名としても使われている。さまざまな大きさの人形が売られており、日本の大黒さまのお守りのようになって小さい携帯用の人形も店頭に並んでおり、車のフロントにも下がっているらしい。

司馬遼太郎の『愛蘭土紀行』(朝日文芸文庫)は、ボクのアイルランドに関する興味を深めてくれた本だが、その中に、司馬氏がアイルランド南西部のケンメア近くのレイディス・ヴュー峠を通ったときに、“LEPRECHAUN CROSSING”(レプラコーンが横断する)という道路標識を見たという話が出てくる。アイルランド人のユーモア感覚か。

インターネットでレプラホーンの画像を探してみたが、かわいいものが見つからなかった。グレアムもこんな感じなのだろうか。

      Leprachaun

グレアムは「小柄で丸顔」で「ビー玉みたいなブルーの目、そして歴史に類を見ないほどの腹黒い笑み…」となっているが、これはグレアム固有の風貌なのか、アイリッシュの一般的な風貌なのだろうか。ボクが知っているアイルランド人は大柄な人が多いので、おそらく、グレアム固有の風貌だろうが、ちょっと調べてみよう。

アイルランド人はゲルマン系でもラテン系でもない。ケルト人(Celt)である。
ケルト人は、古代、ヨーロッパの中部や西部に住んでいた先住民族で、鉄器時代には参加したものの、広域国家を形成せず、家族あるいは部族単位で散居していたため外敵に弱く、また歴史に強力な足跡を残すに至らなかった。現在、ケルト人の地と言われるのは、フランスのブルターニュ半島、ブリテン島のスコットランドウェールズおよびアイルランドである。

ギリシアの歴史家ディオドロス曰く「彼らを見ると、恐怖に駆られた。…背が高く、白い皮膚の下に筋肉が盛り上がっている。毛髪はブロンドだが、それは生まれつきばかりではない。彼らは人工的に脱色までするのだ。」
ギリシア・ローマの古典は、長身、金髪、青色(アイリッシュ・ブルー)の目という北方人種的特色を記しているが、現在ブルターニュやスコットランド、アイルランドにいるケルト人は、中背で浅黒い皮膚をもっている。この食い違いは広い地域に住むケルト人が色々な人種と混血したことからおこったもので、人種的な統一的特徴はないとみてよい。

    <メグの店>もまた、あまり特徴のない酒場だった。ビールやウィスキー、ときにはジン・トニックを、アイルランド系住民の残党に飲ませる、ありふれたバーのひとつ。バーテンのマッキーガンは、メグと結婚したとき、ぬるま湯にどっぷりつかった気がしたという。「酒場付きのアイルランド女と結婚するってなあ、ほんと、極楽だね」その午後、グレアムにそう漏らしていた。
    (『ストリート・キッズ』p16)

<メグの店>はグレアムの行き付けの飲み屋だ。
おそらく、ビールはギネスを、ウィスキーはアイリッシュ・ウィスキーを飲ませるのだろう。

ウィスキーの起源についてはアイルランドかスコットランドかと諸説あるが、平凡社の世界大百科事典は、「ウィスキーは12世紀のころアイルランドでつくられたもので、その名はケルト語のuisge-beathaウシュクボー(aqua vitae<命の水>にもとづく)からきている。スコットランドでは17世紀すなわち連合王国の成立まではウィスキーの製造はしていなかった。スコッチ・ウィスキーScotch whiskyが初めてイングランドに輸入されたのは1776年で、最初は直接飲用されず、薬品や香料を加えてイングリッシュ・ジンまたはフレンチ・ブランデーの名前で販売された。」とアイルランド起源説をとっている。いずれにしてもケルト人の発明品には違いない。

スコッチ・ウィスキーは、麦芽だけを使うが、それを乾燥させるとき泥炭とコークスの混合物を燃焼させて薫臭をつけるから煙くさい。アイリッシュ・ウィスキーは、麦芽は25〜50%しか使わず、余りはライムギ、コムギ、オオムギ、オートムギ等の併用で、泥炭の薫焼は行わないから煙くさくない。

『愛蘭土紀行』には、スコッチ・ウィスキーの場合はWhiskyと綴るが、アイリッシュ・ウィスキーの場合はWhiskeyと‘’が入るという話が出てくる。ただし、アメリカでは、輸入物にはWhisky、国産物にはWhiskeyの語を使っているようである。

バーテンの「マッキーガン」は明らかにアイルランド人の姓。スペルはわからないが、いずれにしても最初は“Mac”か“Mc”で始まっているだろう。
『愛蘭土紀行』を参考に、アイルランド人の姓の話をしよう。

アイルランド人というよりケルト人の姓に多いのが、“Mac”か“Mc”で始まる姓である。“Mac”は、息子または子孫を意味するケルト語だ。
たとえば、占領下日本の連合軍総司令官だったダグラス・マッカーサー(MacArther)は、アーサー王の子孫の子孫という意味になる。映画俳優のスティーブ・マックイーン(McQueen)は、女王の子孫ということか。どこの街角でもみかけるマクドナルド(MacDonald)はドナルドさんの息子?
忘れていた。年間70本の本塁打世界記録を樹立したマグワイアは、Mark McGwireだ。彼は、おそらくスコットランド人かアイルランド人ではないか。

アイルランドには、“”がつく姓も多い。フランスでのド、スペインでのドン、ドイツでのフォン、オランダでのファンと同じく、旧貴族かかつて領地を持っていた名家を表すらしい。
たとえば、「アイルランドの解放者」として今も尊敬を集めているダニエル・オコンネル(O'Connel)。司馬氏が挙げている姓は他に、ユージン・オニール(O'Neill)、フラナリー・オコーナー(O'Connor)、ジョージア・オキーフ(O'Keeffe)、マーガレット・オブライエン(O'Brien)、モーリン・オハラ(O'Hara)。

アイルランドに多い名前は、なんと言ってもジョン(John)だ。ボクが知っているジョンに聞いたところ、彼の生まれた村の男の名前はほとんどジョンだったらしい。有名なところでは、ジョン・フォード、ジョン・ウェイン、ジョン・F・ケネディ、皆アイリッシュだ。

    …26丁目の、2番街と3番街にはさまれたブロックにあるアパートだ。…グレアムがこのアパートに引っ越してきたのは、10年前。アイルランド人街で暮らしたかったからなのだが、マンハッタンを北に追いやられていたアイルランド人が、やがてごっそりクィーンズに移住してしまうことまでは読めなかった。クィーンズのアイルランド系住民たちは、土曜日の夜にだけこの界隈へもどってきて、地元の酒場に腰を据え、イギリス人をぶち殺せという内容の歌に耳を傾ける。そして、ときおり、その血なまぐさい音楽会を、涙ながらの「ダニーボーイ」の合唱で中断させるのだ。
    (『ストリート・キッズ』p152)

「イギリス人をぶち殺せ」の意味を理解するためには、いかにイギリス人がアイルランド人を痛めつけてきたかという長い歴史を知らなければならない。

ボクにも苦い思い出がある。ロンドンに行ったときの話。アイルランド人の運転手にロンドン市内を案内してもらい、ビッグ・ベンで有名な英国議会のそばを通ったときのことだ。リチャード1世の騎馬像の左手にクロムウェルの銅像があった。ボクは何気なく、中学校か高校で習ったピューリタン革命を思い出し「これがあの有名なクロムウェルですか」と言ってしまった。これが、運転手の気にさわったらしい。

アイルランド人は今もクロムウェルを許さない。アイルランド人にとってクロムウェルは悪魔以上の存在だ。
1949年夏、英国王チャールズ一世の首を斧で落としたあと、クロムウェルは共和軍2万を率いてアイルランドに押しわたり、かれらがカトリックという理由だけで大虐殺を行った。かれらから農地を奪いとって英国プロテスタントに分配し、アイルランドの奴隷化が決定的になった。
かれらは英国系地主から借りた土地の3分の2に小麦をうえて、収穫のすべてを地主にとりあげられてしまう。のこりの3分の1に、かれらの主食であるジャガイモ(irish potato)を植えた。

ルネ・フレシェの『アイルランド』(文庫クセジュ)はアイルランドの歴史を知るには、極めて簡潔で手軽な本だ。引用すると、「クロムウェルは到着してひと月も経たずにドロエダを占領し、…司祭や平信者のカトリック市民ともども総計3500人ほど虐殺した。彼は当時こう記している。「私はこれが、多くの無辜の血で自分たちの手を染めてきたあの野蛮人に対する、神の正当な裁きであると確信している」。クロムウェルはさらにウェクスフォードも同じような目に合わせ、カトリック聖職者に戦争責任を負わせる声明を発表した。その中で彼は言っている。「私はいかなる人間の良心にも介入するつもりはない。だがミサを執り行う自由については、イングランド議会の権力が及ぶところではそれは与えられることはないと言っておく必要がある」。クロムウェルは娘婿のアイアトンにこの国の再征服の仕上げを託し、1650年イギリスに帰国した。クロムウェルの名は、アイルランドの虐殺者・迫害者として民衆の記憶と詩人の哀歌のなかに残った。」

アイルランドの西側は過酷な自然だが、この過酷さを表現するのにもクロムウェルのエピソードが使われる。高橋哲雄著『アイルランド歴史紀行』によれば、クロムウェルの軍隊が殺戮と略奪を重ね、西端のクレア県まできたとき、さしもの彼らもぼやいた。「人を吊るす木もなく、人の首を突っ込む水もなく、人を埋める土もない」。

「イギリス人をぶち殺せ」という歌を、「ダニー・ボーイ」で中断させ、故郷を思う。よくわかる。ダニー・ボーイの歌詞とメロディーはこちら

(当初作成日:9/30/1998

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