ユダヤ人とは何か
デッカーの眼がホランダーをにらみつけ、またモニターにもどった。 「かもしれないけど、マージはそんなことは言ってなかった」 「きっとユダヤ人だぜ。顔でわかる。それにカッツェンバックなんて名前からしても」 「ドイツ人かもしれないだろ?司法長官もそうだ」 「あの人もユダヤ人に見えるけどな、ピート」 「外見だけじゃ判断できない」デッカーはぴしゃりと言い返した。 「落ち着けよ。別におまえの可愛い彼女の悪口を言ってるわけじゃない」 デッカーはいらだちがつのるのを覚えた。 …… 「認めろよ、デック。ユダヤ人ってのは、やっぱりユダヤ人らしく見えるもんだ」 「リナがユダヤ人に見えるか」 「髪が黒い」 「でも鼻はボタンより小さい」 「ああ。おまえの鼻のほうがユダヤ人らしい。それでも、彼女がユダヤ人でおまえはちがうってことははっきりわかる」 「上等じゃないか、マイク、いつから人類学者になった」 (『水の戒律』p331)
デッカーと同僚のホランダーが、同じく女性刑事マージからの連絡を車のなかで待っているときの会話。マージは必死でレイプ事件の容疑者マッコーを尾行しているところ。噂のカッツェンバック氏はマージの新しい彼氏だ。 ユダヤ人=鉤鼻というイメージがかなり流布している。ユダヤ人というのは、ホランダーが言うように外見上の特徴を有しているのだろうか?別の言い方をすればユダヤ「人種」というものがあるのだろうか?
世界大百科事典によれば、
ユダヤ人という人種はない。ユダヤ人の祖先がパレスチナで国をつくり栄えた後、その子孫は世界中に離散した。その子孫は時を経るうちに混血を重ね、あるいは改宗者を加え、土地の気候風土の影響を受けてきた。 ユダヤ人らしい容貌があるというのも俗説だ。ユダヤ人は鼻が大きい、鉤鼻というのは全くの偏見で、ナチの反ユダヤ宣伝を鵜呑みにしたものにすぎない。
ニュー・サイエンスの『ホロン革命』で有名なアーサー・ケストラーはユダヤ人であるが、彼は1976年に『ユダヤ人とは誰か』(三交社:原題はThe Thirteenth Tribe、直訳すれば第十三支族)というセンセーショナルな本を書いている。ユダヤ人といえば旧約聖書のアブラハム、イサク、ヤコブの子孫であるというのが通説だが、ケストラーはその通説に真っ向から立ち向かい、現代のユダヤ人の90%を占めるアシュケナージ(後述)は、もとをたどれば中央アジアにいたカザール人が集団改宗したもので、アブラハムたちとはまったく関係がないとしたのだ。
1883年に、エルネスト・ルナンがこの疑問に対する部分的な答えを出しているように思われる。「彼はユダヤ人タイプなのではない。彼はユダヤ人のタイプの中の1つのタイプなのだ」。つまり「一目見て」判別されうるユダヤ人というのは、ユダヤ人の中でもある特殊なタイプのユダヤ人だということである。1400万人のユダヤ人のうち、ほんの一部分だけがその特殊なタイプに属している。またそのタイプに分類されると思われる人が皆、必ずしもユダヤ人というわけでもない。この特殊なタイプの顔の特徴の一つが、ユダヤ鼻、かぎ鼻、わし鼻などと色々な呼び方をされている「鼻」であろう。 しかしフィッシュバーグの調査によると、なんとニューヨーク市の2836人のユダヤ人のうち、たった14パーセント(つまり7人に1人)だけが「かぎ鼻」だったというのである。なお、57パーセントはまっ直ぐな鼻、20パーセントはしし鼻、6.5パーセントは「平たくって幅広の鼻」だったそうである。 別の人類学者達の調査でも、ポーランドとウクライナでのユダヤ鼻に関して似たような結果が出ている。さらに、純血種のベドウィンなど真のセム族にはこの型の鼻はまったく見当たらないという。一方、コーカサス系部族や小アジア地方ではこの型の鼻が多く見られる。アルメニア人、オセット人、レスギン人、アジャール人、シリア人などこの地域の人種にとっては、わし鼻が普通である。またヨーロッパでも地中海沿岸の国の人々、例えばギリシア人、イタリア人、フランス人、スペイン人、ポルトガル人などには、東ヨーロッパのユダヤ人よりもわし鼻が多い。また北アメリカのインディアンにも、ユダヤ鼻をしている人がかなり多く見られるのである。 ユダヤ人は「セム族」だと言われ、いかにもセム人種がいたかのように理解されていることがある。しかし、セムというのは、言語学者が、ある特定の言語を指すために作った用語で、人種概念ではない。ちなみにアラブ人もセム族だ。裸になれば、ユダヤ人かアラブ人か区別はつかないと言われる。 日本人とは日本の国籍をもつ人のことで、「日本人とは何か」は議論の余地がない。アメリカ人というのもアメリカの市民権をもった人のことだし、その他の多くの国民もそうだ。ところが、ユダヤ人といわれる人々は現在世界の隅々に住んでおり、1つの国に属しているわけではない。
イスラエルが誕生してからは、ユダヤ人なら誰でもイスラエル国に帰還すれば、その人にはイスラエルの市民権が与えられる。しかし、世界のすべてのユダヤ人がイスラエル国民であるわけではない。アメリカ人のユダヤ人、イギリス国籍をもつユダヤ人等、イスラエル以外に住むユダヤ人はディアスポラ(Diaspora)のユダヤ人と言われる。
では、ユダヤ人とは何か?
もう少しオフィシャルな定義はないものか。 ユダヤ人は単にユダヤ人というだけで迫害され、追放されてきた。古くはバビロニアの捕囚(Babylonian Exile)。ローマ帝国による追放で、ユダヤ人は2000年に及ぶ離散、流浪の歴史を体験し、寄留地でも、イギリス、フランス、イベリア半島などから追放された。しかし、何と言っても、最大の事件は、ナチス・ドイツによるホロコースト(holocaust)だった。このような背景のもと、ユダヤ人に安住の地を保証するのが帰還法である。 法律であるから、帰還法の対象となる「ユダヤ人」の定義が必要である。70年3月の改正帰還法によれば、ユダヤ人とは、「ユダヤ人の母親から生まれた者、あるいは、ユダヤ教に改宗した者」で「他の宗教に帰依していない者」ということになる。
重要なのは、ユダヤ人であることは、その人が何を信じ、何をするかということに関係がないことだ。最も厳格な正統派ユダヤ教を信じ、ユダヤ教の戒律・習慣を守る親から生まれても、その親がユダヤ人でなければ、どんなに緩やかに解しても、その子はユダヤ人ではない。 1962年、ユダヤ人の両親の間に生まれたある修道士が帰還法に基づいてイスラエルの市民権を要求した。しかし、彼は20歳の時にキリスト教に改宗していたので、当局は拒否した。裁判による判決も同じ判断をした。多くのユダヤ人がユダヤ教に忠実であったがために迫害を受けたのに、ご都合主義でユダヤ人づらする姿勢に同情する人は少なかったということである。 「母親から生まれた者」というのは、現実的な認知上の問題から来る。母親から生まれた子は必ずその母親の子であるが、必ずしも父親の子とは限らない。つまり、母親がユダヤ人であれば、ユダヤ人としての出自は確実である。
正規の手続を経て改宗(Conversion)した者もユダヤ人である。いったん改宗すれば、出自によるユダヤ人との区別はない。 それでも、改宗を決意した場合、改宗者(proselyte)は相談に乗ってくれるラビを見つけ、聖書、ユダヤ教の概念、戒律、礼拝法、祝祭日、ライフサイクル、ユダヤ史、ヘブライ語、ホロコースト等について学びかつ実践を始めなければならない。この学習期間は、一般的に少なくとも1年はかかるといわれる。なぜなら、改宗者は1年間のユダヤ教の各祝祭日(日本の祝祭日と違って極めて大きな意義をもつ)を経験しなければならないからである。もちろん、実際の学習期間は人によってまちまちであり、ユダヤ教徒として育てられた人の場合には追加の学習は不要であろうし、人によっては数年かかることもある。
学習が終了すると、改宗者は3人のラビで構成されるラビ法廷(Beit Din)で審査を受け、ユダヤ人となることが適切かどうかを判断される。口述試験に合格すると、改宗の儀式が執り行われる。たとえば、改宗者が男性の場合には、割礼が行われる。ただし、既に割礼を行っている場合には、針で身体から一滴の血をとるという象徴的な割礼(ハタファット・ダム・ブリットHatafat DamBrit)が行われる。男性も女性も既に述べたミクヴェに浸かる儀式を行う。さらに、ユダヤ名が与えられ、コミュニティに紹介される。
『水の戒律』に戻ろう。
結婚しないでセックスをしてはいけないと思う。それをしたからといって地獄に落ちるわけじゃないけど、でもしてはいけないの。なぜだかわかる?道徳的云々という問題じゃなく――なかには道徳的にいけない場合もあるけど――要するに、慎みの問題ね。ツニオス――肉体的な慎みはわたしたちにとってとても重要なことなの。そのためにこういう服を着たり、既婚女性は頭に被り物をしたりするのよ。美しさを隠すためじゃなくて――わたちたちだって普通の女性と同じようにお洒落はすきよ――身体というのはとてもプライベートなもので、公衆の面前にさらして鑑賞させるようなものではないと考えているから。こういう考え方は、エゼルが走っていた時代と同じくらい古くさいかもしれない。でも、わたしにとっては意味のあることなの」 デッカーはリナの断固たる口調に驚かされた。 (『水の戒律』p140) 別のところでは、次のような会話がかわされる。
「ええ――あなたが信心深い人なら」 「普通のユダヤ人だったら――シンディみたいに――それでは不十分か」 リナは一瞬ためらってから答えた。 「充分とか不十分とかいう問題じゃないの。あなたのお嬢さんは宗教に関係なくとてもいい子だわ。それは個人の好き嫌いの問題よ。ユダヤ人であっても、あなたの別れた奥さまのご家族のような人たちなら、わたしはむしろユダヤ人でない人とのほうがうまくやっていけるでしょうね。こんな美しい宝物を手放すなんて信じられない。つまり大事なのは、生れあわせよりも、敬虔なユダヤ教徒かどうかということなの」 (『水の戒律』p302)
デッカーの別れた妻、ジャンはユダヤ人である。ジャンはユダヤ教の戒律にまったく従っていないが、その子のシンディは、帰還法の定義によれば、やはりユダヤ人である。そのシンディも非ユダヤ人のアメリカ人と同じ生活をしている。
「父からです」外をむいたまま答えた。「いまの父ではなく、実の父親です」 デッカーは老人の眼を見つめた。 「わたしは養子なんです」 「実のお父上はユダヤ人だったのですね」 「実の母もです。だからわたしもユダヤ人なんです。でも、自分がユダヤ人だとは思っていません。両親の子供だと思っています。育ててくれた両親の。それに、いまはこんな生活をしていますが、もともとバプティスト派の家庭で育ちました。いつかリナに言われましたが、敬虔なユダヤ教徒になるには生まれあわせだけではだめなんです」 「リナがそんなことを?」 「ええ」 「さすがはリナだ。では、あなたの生い立ちを知っているのですね」 「いいえ。話そうと思ったのですが、やっぱりやめにしました。話せばきっと動揺するでしょう。いまはおたがいにやるべきこともあります。リナにはわたしのことで思い悩むより、レイプ犯から身を守ることに専念してほしい。それに、いまさら育ての両親を裏切って、自分が“実の”両親と同じユダヤ人だと宣言することなんてとてもできません。そんなことをしたら、ふたりともどんなに傷つくか」 (『水の戒律』p347) デッカーは、ついにラビのアーロン・シュルマンに、自分が実はユダヤ人であることを告白する。そして、アイデンティティに関する苦悩が始まる。ちなみに、この苦悩は第4作目の『贖いの日』のラストに至って解決する。
(『聖と俗と』p9) 第2作目の『聖と俗と』では、正統派ユダヤ教徒に改宗する決意をしたデッカーが、アーロン・シュルマンに付いて週一回ユダヤ教について学び始める。動機がやや不純なせいか、アイデンティティに対する苦悩は学習すればするほと深まっていく。
デッカーは自分の場合を考えた。別れた妻、母親、実の母親。それは遺伝子のなかに組込まれているのではなかろうか。 リナは続けた。「でも、下の兄は――わたしは末っ子なの――堕落してしまったわ。両親は兄をもてあまして、イスラエルに送ったの。兄はそこでハシディームの影響を受けて、今はサトマル神学院にいる。3人兄妹のなかでいちばん信心深いわ」 「結局は3人兄妹のうちふたりが神学院にいるわけか。なかなか興味深い結果だな」 「下の兄だけがハシードなの。『ザ・チョーズン』や『屋根の上のヴァイオリン弾き』にでてくるようなユダヤ人よ。黒い長い上着を着て、ミンクの帽子をかぶっているような人たち。ここはミツナグディームの神学院だから、ハシディームとは根本的に考え方がちがうの。ラビ・シュルマンをハシードなんて呼んでごらんなさい、きっと鼻から煙をだして怒るから」 (『水の戒律』p176) 世界で13百万人いると言われるユダヤ人のうち、アメリカには約5百万人が住んでいる。ちなみに、イスラエルには5百万人のユダヤ人が住んでおり、残りの3百万人は、ロシア、ヨーロッパ諸国等その他の地域に住んでいる。 アメリカのユダヤ教徒は大きく改革派(Reform)、保守派(Conservative)、正統派(Orthodox)の3つの宗派に別れる。第4の宗派として再建派(Reconstructionist)を含める者もいるが、マイナーであり、アメリカ系ユダヤ人の2%程度だと言われている。
正統派は、ハラハーを守りながらも現代社会にうまく溶け込んでいるモダン正統派や、厳格にハラハーを守り、非ユダヤ人とは隔離されたコミュニティに住み、独特の衣服を着るハシディーム(Chasidim、超正統派とも言われる)などさらにいくつかのグループに分かれる。
ハシディームは、リナの言葉にあるように『ザ・チョーズン』や『屋根の上のヴァイオリン弾き』にでてくるようなユダヤ人だ。ニューヨークのケネディ空港で、黒い長い上着を着て、ミンクの帽子をかぶっている集団に出くわすことがあるが、これがハシディームだ。
(『贖いの日』p37)
いずれにしても、正統派ユダヤ教徒は、神がシナイ山でモーゼに完全な律法(トーラー)を与えたと信じる。すなわち、聖書の最初の5つの書(トーラー)とトーラーの解釈などが口伝で伝えられてきた口伝律法の両方とも正しいと信じている。したがって、トーラーに含まれている613の戒律(ミツヴァ)を遵守する。 改革派は、トーラーが神によって書かれたことを信じない。したがって、改革派は戒律を遵守しないが、ユダヤ教の慣習・文化に現れる価値観や倫理を尊重する。戒律を守らないユダヤ人、形式的なユダヤ教徒、不可知論者のユダヤ人は、改革派が最も解釈の自由度が高いために、多くが改革派と自認している。改革派は男女が平等だとし、女性のラビも認める。アメリカには800の改革派シナゴーグがあり、約2百万人(40%)が属している。
(『贖いの日』p24) 保守派は正統派と改革派の中間に位置する。保守派は、ハラハーは遵守するが、その教義の解釈は時代とともに変わることを認める。保守派には、ヘブライ語を使うという以外改革派と区別がつかないグループや、シナゴーグで男女が一緒に座ることを認める点以外は正統派と区別がつかないグループまでさまざまなレベルのグループがある。アメリカには800の保守派シナゴーグがあり、1.3百万人(26%)が属している。
イスラエルの事情はアメリカとやや異なる。約5百万人のユダヤ人が住んでいるイスラエルでは、正式に認知されている宗派は正統派だけである。つい最近まで、正統派ユダヤ人のみが宗教協議会のメンバーとなれた。正統派ラビが結婚、改宗、離婚等の個人の地位に関する事項を取り仕切っている。 イスラエルのユダヤ人の半数以上は、世俗派(hiloni)である。15〜20%が超正統派(haredi)か正統派(dati)を自認している。他のユダヤ人は、正統派のように教条的ではないが、戒律を遵守する者(masorti)だ。重要なことは、世俗派にしろ、masortiにしろ、アメリカの改革派や世俗派よりも戒律を遵守するという点だ。たとえば、イスラエルの世俗派は、蝋燭に火をつけて安息日を迎えること、安息日に働かないこと、適性食品規制を守ることなど、限定的ではあるが伝統的な戒律を守っている。一方、アメリカの改革派・世俗派はほとんど守らない。
最後にアシュケナージとスファルディの区別について述べよう。 アシュケナージ(Ashkenazic)とは、フランス、ドイツ、東欧に住んだユダヤ人の子孫のことである。アシュケナージはヘブライ語でドイツを意味する。アシュケナージが歴史に登場するのは、中世以降で、キリスト教の迫害を受け、居住地を東欧、ロシアへと追放されたり各地に移動を余儀なくされたが、キリスト教との間の緊張が、ユダヤ人としての独自性を保つ結果となり、世界のユダヤ人の中でも優れた文化を発展させた。今日のアメリカ系ユダヤ人の大半は1800年代半ばにドイツや東欧から移住したのアシュケナージだし、イスラエル建国につながるシオニズム運動も、アシュケナージが大きく担い発展させた。アシュケナージは、中世ドイツ語とヘブライ語が交じり合ったイーディッシュ語という独特の言語を話した。 一方、スファルディ(Sephardic)とは、スペイン、ポルトガル、北アフリカ及び中東に住んだユダヤ人の子孫のことである。スファルディはスペインを意味するヘブライ語に由来する。スペインにイスラム文化が栄えた時代に、ユダヤ人も豊かな文化や経済の花を咲かせた。やがて、キリスト教にスペインが占領され、1492年、キリスト教への改宗を拒んだユダヤ人は追放された。地中海沿岸に散らされイスラム文化圏の中で一緒に歴史の陰に隠れてしまったのがスファルディである。したがってアラビア、ギリシアの文化・哲学・科学の影響を受けている。イスラム教とユダヤ教の間には、キリスト教とユダヤ教の間のような緊張は生れず、比較的平和共存して暮らしていた。スファルディは、スペイン語とヘブライ語の混成語であるラディーノ語を使っていたが、今はすたれている。
アシュケナージとスファルディのいずれのグループにも入らないユダヤ人もいる。アシュケナージ以外のユダヤ人のことをすべてスファルディと呼ぶこともあるが、厳密にいえば、イエメン系ユダヤ人、エチオピア系ユダヤ人(ファラシャ Falashas)、東洋系ユダヤ人はスファルディとは異なる文化・習慣をもつ。
(『殺人劇場(上)』p207)
(当初作成日:12/31/1998)
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