ユダヤ人について - その5

ユダヤ人の祝祭日


ユダヤ人の共同生活に節目を与えるのは祝祭日である。ユダヤ人社会では、日常生活はわれわれと同じ西暦で行われるが、宗教的な祝祭日はユダヤ教独自のユダヤ暦によって行われる。
ユダヤ暦は西暦の9月から10月にあたる月を新年とし、天地創造の年を第一年(創造紀元 CECommon Era)とする12か月(1か月は新月から次の新月までの29日か30日)の太陰暦で、西暦と比べると、1年につき10〜11日短くなる。そのために、3年毎に閏月を設け調整する。
ユダヤ暦の年は、西暦に3760年を足した年に等しい。
例えば今年、AD1998年=CE5758年となる。

主な祝祭日を次の表に示した(全部は網羅していません)。

ユダヤ暦西暦月祝祭日
ニサン3〜4ペサハ(15〜21日)→過越し祭
イヤール4〜5ラグ・バオメル(18日)
シバン5〜6シャブオット(6日)→7週の祭り
タムーズ6〜7
アヴ7〜8ティシャ・ベアヴ(9日)→神殿崩壊日
エルール8〜9
ティシュレー9〜10ローシュ・ハシャナ(1〜2日)→新年
ヨム・キプール(10日)→贖罪日
スコット(15〜21)→仮庵の祭り
シムハット・トーラー(22日)→律法の祝典
マルヘシュバン10〜11
キスレブ11〜12ハヌカ(25日)→光の祭り
10テベット12〜1
11シュバット1〜2トゥ・ビ・シュバット(15日)→樹木の新年
12アダル2〜3プリム(14日)→エステル記の祭り

『贖いの日』はデッカーとリナのハネムーン旅行先ボロー・パークで始まる。ボロー・パークはニューヨークはブルックリンの南西部にある地域で、住民の90パーセントが正統派ユダヤ教徒の街だ。

    よりにもよってボロー・パークでハネムーンを過ごすなんてどうかしている。
    (『贖いの日』p16)

これがデッカーの偽らざる気持ち。1年間、猛烈に働いて、ようやく2週間の休暇をためた挙げ句が、想像していたのとは大違いのハネムーン。しかも、新年祭ローシュ・ハシャナ)が始まる前にブルックリンに到着しなければならず、自分の家族とゆっくりする暇もなかった。
ボロー・パークをハネムーン先に選んだのはもちろんリナである。ボロー・パークには彼女の義理の家族が住んでいるのだ。リナの亡夫の実家にいると落着かないデッカーは一人でボロー・パークを歩いてみる。

    アヴェニュー沿いは商業地区らしく、痛んだアスファルトの細い通りをみおろすように店舗が軒を連ねている。このコミュニティで特に需要の多い品物を扱っている店が多い。
    <イジーの帽子店 帽子の型の取り直しは祭日特別価格>。黒い帽子の棚が一列あるだけの店だった。
    <ロヘルのかつら店>。棚にはかつらがぎっしり並んでいる。まるでどこかの頭皮剥ぎが金脈を掘りあてでもしたみたいに。
    <缶詰横丁>。カシェルの乾物と缶詰の専門店。製品はすべて正統派ラビ連合会に公認されている。そこは二階建てのビルで、上階を使っているのは代書人のメンデルだ。
    二階の窓にかけられた看板にはそう書かれている。<代書人メンデル 結婚契約書及び離縁状>メンデルの仕事にシーズンというものはない。
    ………
    ユダヤ人たちの公共の建物の扉には貼り紙がしてあった。ヘブライ語で書かれている。《シャナ・トゥヴァ・ティカテヴ》――《新年おめでとうございます。生命の書(天国に入るべき日との名を記したもの)にあなたの名前が記されますように
    商店の合間にあるのはシュティーベル――こじんまりした簡素なシナゴーグで、説教をするラビもいないところが多い。どこもみんな《新年おめでとう》の貼り紙がしてあった。
    不意にこの祭日の警告が脳裏をよぎった。“恐ろしい判決が下されるのを防いでくれるのは3つの行為だけ”。新年祭から贖罪日までの10日間――ユダヤの暦のなかでもっとも神聖な日。精神的、肉体的な過ちを悔い改めるための10日間。この間に一心に祈り、心から悔い改め、慈善を施せば、罪は帳消しにされる。要するに、自己省察の期間として与えられた10日間だ。
    通りの先にあるのは<グルック書店 宗教関連の書物と論文>。鉄の門の間から窓のなかをのぞくと、店内は埃まみれだった。
    ………
    <ギテルのパン屋――ユダヤ風ハルヴァあり>。
    <エルサレム・グラット・カシェル精肉店――カッパロート用の鶏肉あり>。
    カッパロートの儀式――鶏を人間の身代わりにして、いわば罪を肩代わりさせるのである。男性には雄鶏、女性には雌鶏が使われる。鶏は空中で3回まわされ、決まり文句が唱えられたのち、屠られて、慈善行為として貧者に施される。鶏の代わりに硬貨が用いられる場合もある。
    (『贖いの日』p33)

新年のことをヘブライ語でローシュ・ハシャナ(Rosh Hashanah )と言う。"head of the year"あるいは"first of the year" という意味だ。
ローシュ・ハシャナという言葉は、聖書には出てこない。聖書には「第七の月の一日は安息の日として守り、角笛を吹き鳴らして記念し、聖なる集会の日としなさい」(レビ記23―24)とあり、この第7の月1日が、ローシュ・ハシャナとして祝われる。角笛、すなわちショファール(shofar)は通常雄羊の角で作られる。ショファールは古代ユダヤ人にも使われていた古い楽器で、もともと新月の到来を告げるのに吹き鳴らされた。新月の到来を告げるときは短い音だったが、ティシュレーの月の新月はローシュ・ハシャナの始まりを示すので長い音が鳴らされた。

    ……末息子のヨナタン――保守派のラビ――は、医者を呼ぼうと言い出した。父親は、きょうは祭日(ヨム・トヴ)だから、医者が必要なら自分がドクター・マリンコフの家まで呼びにいく、戒律を破るよりはそのほうがいいと言った。ヨナタンが、そんなことはばかげている、戒律を守るより命を救うのが先決であり、父さんにできないのなら自分が電話で救急車を呼ぶ、と言い返した。
    (『贖いの日』p67)

ローシュ・ハシャナの日に、フリーダ・レヴァイン(デッカーの実の母親)が倒れた。夫は正統派ユダヤ教徒だから祝祭日の戒律を守るべきだと言い、保守派の息子は戒律を破っても人の命を助けることが先決だと主張している場面である。ここで言う戒律とは<祝祭日の仕事の禁止>のことだ。
次の引用も同じ。

    ブライナが戸口に向かったので、エズラは引き止めた。まだ、祭日(ヨム・トヴ)は終っていない。こんなつまらないことのために、お金に触れて戒律を破らせるわけにはいかない。
    (『贖いの日』p181)

祝祭日には仕事が禁じられている。安息日に仕事が禁じられるのと同じだ。ただし、料理や火を使うことは安息日には禁じられているが祝祭日はそこまで厳格ではない。祝祭日が安息日と重なった場合は、安息日の律法が優先するので料理などもできない。

    サミーがおごそかな口調で、砂糖の代わりに蜂蜜を紅茶にいれてはどうかと勧めた。蜂蜜のほうが身体にいいし、なんといっても、きょうは新年祭なのだからと。蜂蜜は祭日の伝統的な食べ物で、幸福な新年の象徴でもある。
    (『贖いの日』p56)

新年祭には蜂蜜が使われる。蜂蜜が「新年が甘い1年でありますように」との気持ちを象徴しているからだ。有名なのは蜂蜜に浸したリンゴやパンを食べる習慣で、蜂蜜に浸したリンゴはとてもおいしいそうです。

レビ記23−27には「第七の月の十日は贖罪日である」とあり、ローシュ・ハシャナから10日目に贖罪日ヨム・キプール Yom Kippur )が来る。聖書には、1日と10日を特に結びつけてはいないが、ユダヤ教では暦の上で、この10日間を特別な日々と見なして、一体に考えている。そして、「畏れの日々ヤミーム・ノライーム Yamim Noraim)」などと呼んでいる。

    <エルサレム・グラット・カシェル精肉店――カッパロート用の鶏肉あり>。
    カッパロートの儀式――鶏を人間の身代わりにして、いわば罪を肩代わりさせるのである。男性には雄鶏、女性には雌鶏が使われる。鶏は空中で3回まわされ、決まり文句が唱えられたのち、屠られて、慈善行為として貧者に施される。鶏の代わりに硬貨が用いられる場合もある。
    (『贖いの日』p33)

一度引用済だが、カパロット(kapparot)は、正統派ユダヤ教徒の間では、今なお「畏れの日々」に行われる慣習だ。カパロットというのは贖いという意味。神殿時代には、ヨム・キプールには、雄山羊がイスラエルの民の罪を負って荒野の奥に追いやられると言う儀式があった(「スケープ・ゴート」の語源)。神殿崩壊後は、山羊の代わりに罪を鶏に負わせて、頭の上で3回振り回して祈りを唱え、その後その鶏を屠って肉を貧しい人に与えた。引用文にもあるように、硬貨をハンカチに包んで3回振り回す儀式もある。そのお金は、慈善の献金に渡される。改革派や保守派のユダヤ教徒はこのような儀式は行わない。

ヨム・キプールは、10日間の悔い改めの期間の最後を締めくくる、ユダヤ人にとって最も聖なる日だ。正確に言えば、聖書では、最も聖なる日は安息日となっているので、二番目に重要な日である。ヨム・キプール違反は民からの追放だが、安息日違反は死罪だ。
ヨム・キプールには、常日頃シナゴーグには行ったことのない人も、仕事を休んでシナゴーグにお祈りに行く。ヨム・キプールには断食をするが、これは聖書の「第七の月の十日には聖なる集会を開く。あなたたちは苦行をし、いかなる仕事もしてはならない。」(民数記29−7)の「苦行」が断食を意味していると解されているからである。飲食を断つほか、入浴やセックスも控える。

    「だってあの人ガーテルをつけているのよ」
    「ガーテルって?」
    「黒い帯よ、ハシディーム派が身体の清浄な部分と不浄な部分を区別するためにつけるもの。贖罪日にいつもコル・ニドレイを先唱するような人なのよ、こんな偽善、信じられる?」
    (『豊饒の地(上)』p157)

リナがハシディーム派(超正統派)ユダヤ教徒である義理の兄にセクハラをされショックを受けたときのことをデッカーに話している場面である。
ヨム・キプールが始まる日没の前から、シナゴーグではコル・ニドレイ(Kol nidre)と呼ばれる祈りが荘重に唱えられる。コル・ニドレイとは「すべての誓い」という意味で、ヨム・キプールの代名詞にもなっている。神に今までの果たさなかった誓いを許してもらい、誓いの束縛から開放してもらうための祈りだ。
こんな大事なコル・ニドレイの先唱をするような人がセクハラをするなんて偽善だというわけだ。
続きがまたおかしい。

    「ピーター、あの人、マッサージ・パーラーに通ってるの」
    「どうしてわかる」
    「領収証をわたしのところにまわして、経費で落とせというのよ」
    デッカーは大笑いした。
    「笑い事じゃないわ」
    「悪かった。でも、そこまで厚かましいのはユダヤ人ぐらいだろうな」
    「そんなのは反ユダヤ主義の人が言うことだわ!」リナは憤慨した。「あなたどっちの味方なの?」
    「異教徒でそこまで厚かましいやつはいない」
    (『豊饒の地(上)』p158)

残念ながら、スコット、シムハット・トーラー、ハヌカ等については適当な引用箇所がない。簡単に説明だけしよう。

ヨム・キプールに続いて、その5日後、仮庵の祭りスコット Sukkot)がやってくる。ちょうど秋の収穫の季節に当たるので、春の過越し祭ペサハ、七週の祭り(シャブオット)と並んで農業祭の一面がある。スコットは7日間続き、最初の2日間は働くことを禁じられている。
レビ記23−40に「初日には立派な木の実、なつめやしの葉、茂った木の枝、川柳の枝を取って来て、あなたたちの神、主の御前に7日の間、喜びを祝う。」この記述に従い、庭に仮の庵スカー sukkah 、複数形がスコット)を建て、エトログ(etrogイスラエル固有のレモンに似た柑橘類の一種)、ルラブ(lulavなつめやしの葉)、ハダサ(hadasミルトスの花)、アラボット(arava柳)が飾られ、人々はそのなかで祈り、楽しく食事をしながら、40年間の荒野の放浪を忍ぶのだ。4種類の植物の中で一番重要なのはエトログと言われている。エトログは古代から親しまれたユダヤ教のシンボルとして、イスラエルでは、シナゴーグや貨幣、記念碑、墓石等に刻まれている。

スコットの9日目には、神から授けられた律法を1年がかりで読み終えた喜びの祭りが行われる。これが律法祭シムハット・トーラー Simkhat Torah)である。人々は律法の巻物を抱き、シナゴーグの周辺を練り歩く。また、ユダヤ教徒はこの日を起点として、1年をかけて聖書を読んでいくことになる。

このように第7の月であるティシュレーは祝祭日だらけだ。13日もの祝祭日があり、かつ仕事を禁じられる祝祭日が7日もある。

光りの祭りハヌカ Chanukkah)は、聖書に記された祭りではない。紀元前164年のマカベアの反乱にともなう神殿奪回の際、1日分の油で8日間燃えつづけた燭台の奇跡にちなんで、ハヌキヤ(chanukkiah8枝の燭台)に毎夜ひとつずつ火を灯し、8日間続ける希望と歓喜の祭りである。
ハヌカは12月にあり、ちょうどキリスト教徒のクリスマスと同じ頃に祝われるが、起源はまったく関係がない。ハヌカは、昔は、さほどユダヤ教では関心を呼んでいなかったが、キリスト教の影響を受けてか、子供たちにプレゼントをしたり、楽しい祝い方をするようになってきたため、「ユダヤ人のクリスマス」とも言われている。宗教的な重要性は小さく、働くことも禁じられていない。

春に先駆けてカーニバルのようなプリム(Purim)と呼ばれる祭日がある。ちょっと長いが、プリムの理解には、リナの2人の息子ジェイクとサミーの会話を引用するのが一番だ。

    (デッカーが別れた妻ジャンの祖父の持ち物だったユダヤ教関連の本を皆に見せて)
    「そうそう、これはなんだい。ほら、ここを引くと、隙間からなかの巻物がでてくる。きれいな絵がたくさん描かれていて――」
    「すごいわ、信じられない!」リナがゆっくり巻物を引き出しながら言った。
    エステル記のメギラーだ」サミーが言った。
    「すばらしいわ」リナは畏敬の念に打たれた。「こんなに文字が鮮明だなんて」
    「読める?」デッカーはリナに聞いた。
    「簡単だよ」ジェイクが答えて、1行目をすらすら読み上げた。
    「意味もわかるのかい」
    「わかるよ。アハシュエロスっていう王さまとその王国のことが書かれているんだ」サミーが答えた。「ホド・ヴェアド・クシ?ホドからクシはいまで言うとどこになるんだっけ」
    「インドからエチオピア」リナが答えた。
    「すごいな」デッカーは感心した。
    「子供たちは2ケ国語を話すの。イツハクとはヘブライ語でしか話さなかったから」
    「この巻物はいつ使うんだい」
    「もちろんプリム祭のときだよ」ジェイクが答える。
    「もちろん」デッカーは調子をあわせた。
    「ぼくの大好きなお祭りなんだ。みんなで仮装して、シナゴーグメギラーを朗読したあと、パーティーが開かれるんだよ。男の人たちは酔っぱらって吐いちゃうんだ。めちゃくちゃだけど、すごく楽しいよ。次の日は友だちがくれるクッキーやキャンディーを全部口に詰め込んで顔をふくらませるの」
    「その日は酔っぱらってもいいのかい」
    「酔っぱらわなきゃいけないんだよ」サミーが答えた。
    「酔っぱらわなきゃいけないわけじゃないの」リナが訂正した。「ほろ酔いでいいのよ」
    モルデカイを祝福して、ハマンを――ブーブーブー ――呪うんだけど、どっちがどっちか区別がつかなくなるまで酔っぱらわなきゃいけないんだって。それが正しい酔っぱらい方だよね、ママ」
    「神学院でそんな騒ぎが許されるなんて驚きだな」
    「ほんとにすごいんだよ」サミーは眼を輝かせた。「おとこの人たちは瓶をお手玉にしたり、頭にのせてバランスをとったり――」
    「酔っぱらって?」
    「カラスの破片だらけになっちゃうんだ」ジェイクがくすくす笑いながら説明した。「去年ラビのひとりがハマンの――ブーブーブー ――恰好をしたとき、ぼくたちみんなで腐ったトマトをぶつけたんだ」
    ハマンっていうのは悪人なんだね」
    「そう」サミーが答える。「ハマンヒトラーの祖先のひとりなんだ」
    「本当に?」デッカーはリナに尋ねた。
    「一説によるとね。血のつながりはないにしても、精神的には同胞だわ。みんな、アマレク人よ」
    デッカーの顔が暗くなった。「アマレク人って」
    「もともとはイスラエルがエジプトから解放されたときの一部族の名前よ。去っていくユダヤ人に彼らは悪意を抱き、侮辱したわ。いまはその言葉はユダヤ人撲滅を謀る個人やグループを指すのに使われているの。たとえば、ヤセル・アラファト議長は――呪われたまえ――アマレク人ね」
    (『水の戒律』p294)

会話にも出てきたように、プリムは聖書の『エステル記』に由来する。メギラーは巻物のことであるが、単にメギラーという場合は『エステル記』を指す。
時は紀元前4世紀。エステルはユダヤ人モルデカイの従姉妹。モルデカイは自分の娘としてエステルを育て、やがてエステルはペルシアのアハシュエロス王の王宮に入る。モルデカイとエステルは、大臣ハマンのユダヤ人抹殺計画の陰謀をその知恵と勇気によって打ち砕いたという話。
プリムの名は、ハマンがくじでユダヤ人抹殺の日を決めたが、そのくじプル)に由来する。

サラ・パレツキーの女探偵V.I.ウォーショースキー・シリーズ第2作『レイク・サイド・ストーリー』にもプリムの話が出てきたのでちょっと紹介しておく。(尚、このシリーズの舞台シカゴは、海外でボクが生活をした唯一の場所。今度このシリーズに触れながら、『シカゴについて』をまとめるつもりなので、その時に詳しくに紹介します)

    わたしの両親はいずれも信心深い人間ではなかった。イタリア人だった母にはユダヤ人の血が半分流れ、ポーランド人の父は先祖代々の無神論者の家の出だった。両親はわたしにいかなる信仰も押し付けまいと決めていた。もっとも、プリムの祭りがくると、母はいつも小さな“アマンの耳”を焼いてくれたけれど。
    (『レイク・サイド・ストーリー』p15)
主人公V.I.ウォーショースキーの母親が、プリムの時にいつも焼いてくれた「アマンの耳」とは何のことだろうか。「ハマン(Haman )の耳」といえばわかるだろう。三角形の形のクッキーで、けしの実やプルーンを入れる。一般的には、ハマンタッシェン(hamentaschen )と呼ばれる。ドイツ語でハマンのポケットという意味らしい。

いずれにしても、エステル記はホロコーストを経験したユダヤ人にとっては昔話とは言えないものである。湾岸戦争のとき、イスラエルはイラクからのスカッド・ミサイルに脅かされたが、停戦の日が1992年のプリム祭の日だったことは単なる偶然だろうか。

    「もう2年になりますね」とダニエルはいった。「復活祭が2回」
    過ぎ越しの祭りが2回だよ」ベルナルドは笑いながらいうと、警部を診療所から薄暗い静かな廊下へ案内した。
    (『殺人劇場』p15)

    ラビはかぶっていた特大のキッパーをとると、白い髪をなでつけ、また頭にのせた。
    「それに、当然のことながら、ユダヤ人はエジプトの奴隷になどに決してならなかったでしょう。もしそうなっていたら、いまごろは大変なことになっていました。<過越し祭>がなくなってしまうではありませんか!」
    ラビは自分の冗談に大きく顔をほころばせたあと、真顔にもどった。
    (『聖と俗と』p117)

過越し祭ペサハ Pesach )は、神がエジプトに災いをもたらしたとき、イスラエルの民の家の戸には印がつけられていたことから、災いが「過ぎ越し」てしまったという『出エジプト記』に記載されたエピソードに由来している。ユダヤ暦第1の月ニサンの15日から21日まで1週間続く。
祭りの主宰は一家の主人で、セデル(Seder 順序の意)と呼ばれる儀礼が順序よく進められる。この祭りでは『出エジプト記』を中心に詩編や祝福の文言を、美しい挿し絵とともに加えたハガダー(Haggadah)と呼ばれる書物が出席者によって読まれ、種なしパンマッツァー matzah)、苦菜マロールmaror)といった独特の食材による宴が催される。
「マタイによる福音書」26−17によれば、「除酵祭の第一日に、弟子たちがイエスのところに来て、『どこに、過越しの食事をなさる用意をいたしましょうか』と言った」。イエスとその弟子たちのいわゆる「最後の晩餐」は過越しの食事だったのだ。

最後にユダヤ祝祭日の西暦対応表を掲げておく。

ユダヤ暦年 5759 5760 5761 5762 5763
ローシュ・ハシャナ 9/21/98 9/11/99 9/30/00 9/18/01 9/7/02
ヨム・キプール 9/30/98 9/20/99 10/9/00 9/27/01 9/16/02
スコット 10/5/98 9/25/99 10/14/00 10/2/01 9/21/02
シムハット・トーラー 10/13/98 10/3/99 10/22/00 10/10/01 9/29/02
ハヌカ 12/14/98 12/4/99 12/22/00 12/10/01 11/30/02
トゥ・ビ・シュバット 2/1/99 1/22/00 2/8/01 1/28/02 1/18/03
プリム 3/2/99 3/21/00 3/9/01 2/26/02 3/18/03
ペサハ 4/1/99 4/20/00 4/8/01 3/28/02 4/17/03
ラグ・バオメル 5/4/99 5/23/00 5/11/01 4/30/02 5/20/03
シャブオット 5/21/99 6/9/00 5/28/01 5/17/02 6/6/03
ティシャ・ベアヴ 7/22/99 8/10/00 7/29/01 7/18/02 8/7/03

(当初作成日:12/31/1998

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