鈴木秀人 メディア抜粋 
          
〜2003    

          
〜2004・その1

          
〜2004・その2

          
〜2005    
  

鈴木秀人 これまでの軌跡

■ サッカーとの出会い
河輪小学校2年生の時。
1歳年上の兄について学校の少年団(浜松市・河輪サッカー少年団)へ練習に行き、そのまま入団。
■ 浜松FC
小学校5・6年の時に、市の選抜チーム(浜松FC)に選ばれる。
足は速かったけど背は小さく、レギュラーにはなれなかった・・・とか。ポジションはFW。
■ 子供の頃の思い出
Q:どんな子供でしたか?
A:普通の子供でしたね。頭がよくって、スポーツ万能な(笑)。実際は、サッカーばっかりやっている子供でした。授業が終わっても家に帰らずに学校でサッカーの練習をしていましたね。
Q:一番好きだった遊びは?
A:カンけりかな。あと、おにごっことかもよくやっていましたね。それから近所の川で魚をとったり、ザリガニをとったりして遊んでいましたね。
Q:勉強は?
A:宿題はやっていた、というかやらされていましたけど、自分から勉強はほとんどしませんでしたね。塾もいかなかったし、そろばんはやってましたねどね。あと、勉強じゃあないけど、空手をほんの少しだけ習いました。でも、冬寒くって、すぐにやめちゃいました。
Q:小学校時代の思い出は?
A:毎日友達とサッカーやってたから、サッカー以外の思い出がないんですよ。サッカーの思い出ですか?そうですね、「昔はよく点を取っていたなぁ」という感じです(笑)。センターフォワードだったんですよ。6年のときに、浜松市が主催する学校別の大会があって、その決勝で僕が点を入れて優勝したのが、一番嬉しかった思い出ですね。
*当時の担任の先生…『鈴木君は、おとなしい印象の優しい男の子でした。でも、サッカーとなると変身する。熱くなって、闘争心ムキ出しでしたね。審判によくくってかかってました』
■ 東陽中学校
ポジションをMFに転向。
自由な校風と修学旅行に惹かれ(?)、卒業後は就職するつもりで浜松商業高校へと進学。
■ 浜松商業高校
3年生の時の高校選手権・静岡県2次予選(勝てば最終予選進出相手は静岡市立高校)にボランチで出場し、結果は0−1で破れしかも(本人は覚えてないらしいが)決定的なシュートを外したらしい。
これが学生時代で一番印象に残っている試合だとか。
名門・清水商業高校に破れた事をきっかけに、卒業後もサッカーを続けたいと希望する←負けず嫌い。
■ YAMAHAテスト生
最初は3日間の予定・・・が、もっと見たいという監督の言葉によりそのまま残留。DFにコンバート。
この年の12月に正式契約を結ぶ。
■ トップ初参加
意気込んで練習に参加したものの、ミニゲームには参加させてもらえず悔しい思いをする。
目標は『プロ3年目にJの試合でスタメン入りする事』。達成しなければやめる覚悟も。
■ サテライト
20勝6敗でサテライトリーグ優勝。監督は鈴木政一氏。
<コメント>
自分では結構納得のいった年でしたね。プレーもよくなってきたと思うし、トップの練習にも参加させてもらいましたし。プレーとしてはもっとオーバーラップで攻撃参加したかったけど、ほとんどリベロだったから最後でボールを止める所を見て欲しかったですね。目標はもちろんトップですけど、それにはもちろん体を作って確実なプレーを出していかないと。判断のスピードや間違った判断を試合中にしちゃう事が多いんで徹底していきたいですね。
■ ベンチ入り
95年4月5日対横浜マリノス戦にて初のベンチ入り 結果1−2で敗れる。
その後も続けてサブメンバー入りするようになる

<コメント>
トップとサテでは遠征の時の飯が違いますね。トップはバイキングで、すごくおいしい。ベンチで試合を見ていると、オフト監督が今のはこうすべきだったって細かく解説してくれるから勉強になる。自分のポジションの相手を意識して見るようにもなりました。こいつなら止められるって思う事もありますよ。
■ 注目選手Q&Aに登場
Q:サテライトのゲームでは、ポジションはリベロですか?
A:相手のフォーメーションによって変わるんですけど、ツートップならリベロ。ワントップかスリートップならサイドバックですね。
Q:リベロとサイドバック、どちらが好きですか?
A:やっぱり攻撃参加できるからサイドバックかな。リベロは一番後ろで、しっかり守る役割だから。入団前は中盤とかフォワードをやっていたので、攻撃が好きなんです(笑)。スピードに乗ったサイド突破が自分の特徴だと思ってますし。
Q:ということは、かなり足は速いのですか?
A:素走りだとそうでもないです。でもボールを追いかけて走ると結構、相手のディフェンダー抜いたりしちゃって「オレ、速いな」って感じです(笑)。
Q:トップチームでのスタメンにかける意気込みは?
A:今年22歳になるんですけど、22歳でサテライトじゃダメだと自分では思っていますから、今年に賭けています。トップチームでの練習はレベルも高いし、周りのいいところを吸収して自分を伸ばしていきたいです。
Q:浜松出身ということで、サポーターの期待も大きいようですね?
A:知らない人に「早く試合に出ろよ」と声をかけられることも。期待に応えられるように頑張りますので、応援よろしくお願いします。
■ 初スタメン
95年6月24日対ベルマーレ平塚戦にて念願のスタメン出場。結果は4(隊長×2トト×2)−1で快勝。
周りからの評価は『堅実なマンマークで敵のキーマンを封じた
』と高いが、本人はやられたという思いの方が強かったらしい。
新年に立てた目標は『最低3試合はトップの試合に出る事』だったが、その後確実にレギュラーの座を掴む。
■ GOOD GAME Q&Aに登場
Q:鈴木選手がグッドゲームに選んだベルマーレ戦は、初スタメンを果たしたゲームでしたね。
A:今季、トップチームでの出場を目標にしていたのですが、こんなに早く出れるとは、思っていませんでした。
Q:前半は野口をストッパーとして止めましたね。
A:サテライトでたまにストッパーをやっていて、かなり色々な選手を押さえられたので、自信はありました。でも実際にやってみたら違うなと。体の使い方、走り込むタイミング、トラップの正確さ。やはりトップは違いますね。
Q:後半はアウミールにつきましたね。
A:服部さんがケガで退場したので、左サイドに入ってアウミールにつきました。もともと自分は右サイドバックを得意としているので、左に行くなんてびっくりしました(笑)。左はサテライトで2回やっていますが、自分では最悪のデキだったと思っていたので。
Q:開幕前の目標がトップでスタメンでデビュー。それを果たして、次の目標は?
A:やはりレギュラーになることです。ケガからみんなが戻ってきても、ゲームに出ていられるようになることです。
Q:そのためには、何が必要でしょうか?
A:やはり細かいミスをなくしたいです。それからフィード(パス)の正確性を高めること。自信も出てきたので、このチャンスをものにしたいですね。サイドバックで出た時には、どんどん攻撃参加をするので、応援をよろしくお願いします。
■ 五輪代表候補
7月中旬、テレビのニュースを見た母親からの電話により知らされる。
(実はある事すら知らなかったという)代表合宿初参加。
■ アジア最終予選
『試合に出て有名になってやろうかなって思ってました。』(←W杯予選の時の隊長の事もあって)
*予選リーグ 
対イラク1−1 対オマーン4−1(欠場) 対UAE1−0(欠場) Aグループを1位で通過
*準決勝
対サウジアラビア2−1
長く長く感じた残り15分。ホイッスルが鳴った瞬間は、ハットの大泣きに思わず貰い泣きしたとか。
*決勝
対韓国1−2 敗れたものの、アトランタへの切符を手に入れる。
予選リーグで足を打撲し次の2戦のメンバーから外された時、不安定な精神をコントロールできた事でメンタル面での大きな収穫を得る。
<余談>
サウジアラビア戦の後、両親と名波選手に報告の電話を入れる。
『名波さんが「TVで見て感動したよ」って言ってくれました』←可愛い。
■ MOM
96年4月17日から始まった「いわしんMOM」の表彰。記念すべき第1回の受賞者。
■ J初ゴール
96年4月27日の日本平。後半29分。
■ アトランタ五輪
対ブラジル1−0 『できるなら、ベベットとやりたい』・・・念願叶い前日にマークの指示を受ける。
対ナイジェリア戦0−2 PKに関して・・・『倒されて自然にボールを抱えてしまいました』
対ハンガリー戦3−2 『相手のマークに必死で余裕がなかった』
■ A代表
97年のキリンカップメンバーとして初めての招集。
<コメント>
驚きました。この間までサテのキャプテンだったのに。うまく行きすぎです。スピードをアピールして、試合に出てW杯に行きたい。
*6月28日W杯アジア1次予選対オマーン戦にてA代表デビュー。結果1−1
■ ボランチ
97年2ndステージ途中よりボランチへとコンバートされる。
初の代表招集の後センターバックに限界を感じ始めていた為、新しいボランチというポジションに魅力を感じる。『色んなポジションを経験する事でプレーの幅も広がるし、自分の武器も増える』
*97年を振り返って、今年上達したと思う部分は…『ボランチができるようになったことですね。新しい世界が開けたかなあと…。やる前は不安でしたけどね。最初の試合は、まぁまぁ無難にできたんですけど、その次で初めてドゥンガとのコンビになって…(ハット:「ビビってたよなぁ(笑)」)怒られたらどうしようかと思ってたけど、それをなんとか乗り越えられたら、徐々に「オレはもうボランチかなぁ〜」って(笑)』
■ 初優勝
97年10月1日(水)ジュビロ5ー0ジェフ(市原臨海競技場)
<コメント>
(優勝の実感は)めちゃめちゃありますよ。本当にうれしいですよ。長丁場の戦いで優勝できて最高ですよ。レッズ戦、ガンバ戦あたりからいけるんじゃないかと思いました。(涙は)ないです。チャンピオンシップに勝ってからですね。
*ホーム最終戦で、左足首をひねって松葉杖状態に。『チェアマン杯をかかげられなかったのは残念』←かかげるには松葉杖をはなさなければならないし、杯はけっこう重くて片足ではひっくり返るかもしれないし、それはすごく格好悪いし、と思い悩んだ結果あきらめた、との事。
■ フランスW杯
*日本!W杯出場決定の瞬間、そのとき私は…
『フクと僕と知り合いの家で見ました。勝った瞬間はみんなで抱き合いましたよ。やったーって。名波さんから電話があったんですけど、それが夜中で。3時半くらい。祝勝会があって電話がかけられなかったんだって言ってましたけど、眠かった。』(名波談「電話してたら寝てた。クールな声で「おめでとうございます。見てました」って言われた」)
■ 98年
1stステージ優勝・ヤマザキナビスコ杯優勝
<1stステージ優勝コメント>
うれしいです。でも、正直言って悔しい部分もあります(ケガで終盤5試合を欠場)。ピッチに立っていたかったです。もし、MVPを挙げるとしたら、やっぱり中山さんですよね。セカンドステージは、絶対頑張ります。
個人としてはリーグ戦34試合中21試合出場。怪我に泣く。
ボランチではなくセンターバックとしての出場機会が増える。
『ボランチをやってる時に、感じたマコの良さをセンターバックをやると生かせるようになった』
■ J通算100試合出場
99年3月27日 対ベルマーレ平塚戦 結果1−2で敗れる。
■ コパ・アメリカ
前日にいきなり招集がかかる・・・が、3戦とも出番は無し。
■ オールスター
99年7月31日、監督推薦として初出場。3−2でJ-WESTの勝利。
<コメント>
普段やらないDFラインの選手とやったり、ジュビロと違うやり方でやったり楽しかったです。3バックも久しぶりでしたしね。まずまずアピールできたと思います。一度出てみたかったので嬉しかったです。
■ Jリーグ通算6000ゴール
99年11月7日 対サンフレッチェ広島戦にて。
連敗の続く状況にあって『このままじゃ、家に帰れない』と本人談。このゴールを期に5−2と逆転。
■ 結婚
99年11月22日に入籍。00年1月12日にハワイの教会にて挙式。
コメント>
食生活などきちんとやってくれるし、規則正しくなりました。男の子ができたら野球をやらせたい。
■ 99年
1stステージ優勝・アジアクラブ選手権優勝・アジアスーパー杯優勝・サントリーチャンピオンシップ優勝
輝かしい成績を残しながらも、2ndステージは12位と低迷。
<コメント>
チームの成績は別として、自分としては今までの中で一番いいシーズンだったと思います。試合にもずっと出場出来たし、自分が納得できるプレーも数多くできた。それを1年間通じてできたという感触があるので充実していましたね。安定して力を発揮できたということが、僕にとっては一番大きな収穫でした。
■ W杯への誓い
2002年には必ずピッチに立っていたいですね。ワールドカップはそう何度も経験できるものじゃないし、自国開催のチャンスに恵まれるのは、ほんの一握りの選手だけですからね。確かに下の年代の選手が急激に成長きているし、ライバルが増えたと思いますけど、自分自身を磨いていけばチャンスはあると思うんです。アトランタでもそうでしたけど、代表のユニフォームを着るというのは、凄い誇りですよ。
■ J通算150試合出場
00年11月11日 対清水エスパルス戦 結果0−1で敗れる。
■ 00年 
システムを3−5−2に変更。
ゼロックススーパーカップで名古屋グランパスをPK戦の末に下す。アジアクラブ選手権準優勝。
■ 01年
1stステージ優勝(秀さんの素晴らしい演出付き(笑))・アジアクラブ選手権準優勝・ナビスコ杯準優勝
■ 02年の目標 
1試合、そして1年を通じて安定した力を出せ、3バックとしてもすごくいい感じで機能できた昨シーズンを土台に、今年はJリーグチャンピオンを目指すのみ。
■ 代表キャンプ
2/25〜27・3/11〜12の日本代表候補キャンプに招集。
<コメント>
与えられたチャンスを生かし、全力で頑張りたいと思います。
■ 代表招集
キリンチャレンジカップ2002で代表メンバー入り。が、2試合とも出場機会は無し。
<コメント>
選出されて大変嬉しいです。試合では全力でプレーできるよう集中したいと思います。
■ 長男誕生 
5月9日午前 大阪市内の病院にて 3070gの男の子。名前は「翔真」くん。
■ 02年1stステージ優勝
今回は、いつもよりもしんどかった。でも、守備は去年とやり方を変えてはいないし、それなりに安定してきたんじゃないかとは思っている。とにかくセットプレーの失点をなくしたい。しぶとさは去年の悔しさがあったから。満足した内容で勝てた試合は少なかったので、セカンドはそれを狙いながらやっていけばもっといい成績が収められると思う。
■ J通算200試合出場
02年10月12日 対ジェフ市原戦 結果1−2で敗れる。イエロー貰う。
試合自体に関しては『審判にメチャクチャにされた試合だった。』
<コメント>
100試合までは意外に早かった。鼻骨を3回骨折したけど、それはDFの勲章。ピンチをピンチに見せないDFになりたい。次の代表入りを目指したい
■ 02年完全制覇
<完全優勝が決まった02年11月23日 対東京ヴェルディ1969戦後のコメント>
サポーターの前で優勝を決められたのは最近なかったのでうれしい。試合が始まる前から多くの人が入っていて、すごい声援をしてくれたので、それが力になった。チャンピオンシップがなくなったということもうれしい。今日は我慢の試合だったので、0で抑えられて良かった。みんなで我慢できて一定の集中力でできたので良かった。(次も最後まで出ればセカンドステージはフルタイム出場になるが)なかなかやれないことなので、次の試合もしっかり出てやり遂げたいと思います。
■ ベストイレブン受賞
■ カップ戦通算50試合出場
03年10月8日 対鹿島アントラーズ戦 結果0−2で敗れる。準決勝敗退決定。
<コメント>
向こうもいいプレスかけてきてたし、後半開始早々の一点目はあの時間帯は集中しなければいけないし、防げる失点だったので、あの辺をやられて向こうも勢いに乗ったし、こっちも焦りだしてバランス悪くなった。向こうが後半開始早々勢い良く前にきて、こっちは大きくクリアしてるんですけど、そのコボレ玉に関しての意識が薄かったし、全部拾われていたのでその辺じゃないですか?
■ 天皇杯優勝
04年1月1日 対セレッソ大阪戦 結果1−0
<コメント>
タイトルも欲しいんですけど、ヤンツーさんにタイトルを取らせてあげたいという気持ちの方が強かった。ほんとみんな心の底からヤンツーさんを応援したいというのがあったと思うので。去年1年間の悔しさも晴らしたし、ミスしたのも最後守りきれたというのもでかいと思うし、これを糧に頑張ろうと言う気持ちにもなる。(大久保選手は?)このあいだ2点とって調子よかったんですけど、向こうのやりたいことこっちもわかってたんで、なるべくいい所を消してやるようにしてましたけど。(10人になってからも慌てなかった?)もういっぱいいっぱいの所で、なんとか。
■ 04年の抱負
試合に出続けることはできたけど、失点も少し多かったし、Jのタイトルを逃したので、去年は満足できないシーズンでした。最後の踏ん張りどころや、開始直後の絶対に集中しなければいけないときの守りに課題がありました。ここで守りきれればというところで引き分けに持ち込まれた試合もあった。最終節は、そういうことが多かったシーズンを、ある意味象徴する試合だったように思う。今年は何よりも踏ん張り切る、集中仕切ることを徹底して戦っていきたいと思います。
自分のプレーでは、守備はもちろんだけど攻撃の起点にもっとなれるようにしたい。有効的なつなぎやロングパスで、攻撃面でも効くプレーをすることも今年のテーマです。ジュビロに対して守るだけではなく、がむしゃらに点をとるという敵の意識が強くなったというのも、ここのところ感じていること。それを上回るものを持つことが、これからは勝利の鍵になると思います。
■ ゼロックススーパー杯優勝
04年3月6日 対横浜Fマリノス 結果0−0(PK4−2)
<コメント>
やっぱりあそこに立つというのはうれしい。後ろとか中盤でけっこうボールは回せたけど、効果的なパスが前にあまり入らなかったので攻め手がなかったけど、その中でもトシ君(藤田)の飛び出しとかでチャンスはできていたので、とりあえず後ろは0で抑えようと集中して守っていた。DFラインとボランチの間のスペースや、後ろからの飛び出しについては、うまくケアできたと思う。(1点をリードされて)みんな全然あきらめてなかったし、時間もあったし、焦らず落ち着いてやれば1点取れると思っていたので、いい時間帯に取れたし良かったと思う。(PK戦については)桑さんにだまされました(笑)。初めは蹴らないようなことを言っていたのに。今日はあまりプレッシャーは感じなかったので、入って良かった。(対横浜は)次はすっきり勝ちたい。
■ J通算250試合出場
04年6月19日 対鹿島アントラーズ戦 結果0−1で敗れる。この結果、単独首位の座を横浜に奪われる事に…。
<コメント>
セカンドステージであれだけ悔しい思いをして、また同じような結果になったということは、サッカーどうこうっていうより、人間として、成長してない証拠だと思うんで成長できるように頑張ります。
■ 1693日ぶりのゴール
04年6月26日 対サンフレッチェ広島戦 結果4−2で勝利するものの勝ち点2差で優勝を逃す。
<コメント>
(今シーズン初ゴールは?)4年ぶりぐらいなのでビックリした。あそこがけっこうフリーになるのは試合前からわかっていたし、マコ(田中)の折り返しが本当にいいボールだったので、あとは合わせるだけだった。
■ 05年の抱負
個人的には、最初の方はいいパフォーマンスが出来たと思うんですけどね、夏以降、まぁ少し調子を落としたのかな、という部分があったんで、それはまた来年に向けての勉強になったと思う。
<来季の目標は?>チャンピオン!Jリーグチャンピオン・アジアチャンピオン…ま、個人的にもチャンピオン(笑)。いろんな意味でチャンピオン(爆)。そうういう感じで。ま、いいチャンピオンで。一番試合に出たチャンピオンとか。
■ 天皇杯準優勝
05年1月1日 対東京ヴェルディ1969戦 結果1−2
<コメント>
先制点取られるときつくなるし、1人少ない状況で取られちゃいけないかな。しょうがないですけど。できれば前半1−0とか最初からガンガン逆にこっちが行くぐらいじゃないと、最近ずっと受け身になっていたので、その辺で向こうの若いチームに勢いつけさせちゃう。後半2点目が全てだったと思います。1点だけだったら、ゆっくり落ち着いてやれたんですけど、2−0になっちゃったので。向こうはいい守備してたんですけど、やっぱり取られちゃいけないところで取られるとああいうことになっちゃうので。去年のことは忘れてまたOFF過ごして、新しいシーズンから心機一転今日の悔しさをバネに頑張りたいと思います。
■ 2005年度公認C級コーチ養成講座
05年1月に行われたC級コーチ養成講座に参加。
<コメント>
今回C級ライセンスの合宿に参加して、人に教えるのは非常に難しい。子供でもそうなんですけど相手にこちらが思っている言葉を伝えるのが非常に難しくてなかなか上手くいかない部分もあったんですがいい経験になりました。今後これを生かして良い指導者になれたらと思います。
■ ATOMより
間違いなく日本一のDF。日本代表のユニフォームを着て、W杯のピッチに立つべき人です。
ジュビロで頑張っていればきっと夢は叶う。これからも安定したプレーを、攻撃的な守りを見せてください。