< 01. マーブルチョコレート×「人工着色料って、怖くない?」>
人工で作られたものっていうのは、その一部だというのに地球を壊していく。 病んでいく地球のなかで、当たり前のように私たちも病んでいく。 環境破壊という言葉を知ったのは小学生の頃。 石油にまみれる海鳥。 体の中にため込んだビニールで窒息するくじら。 珊瑚礁は白くなり、温暖化が進み海面が上昇する。 教材のビデオを見ながら、私の心は堅く冷たくなっていった。 小さい頃に誤って手を離して飛ばした風船。 遠くに飛んでいってほしいと、ワクワクした気持ちで見送った。 それがイルカの口に入り ……命を止めた。 あたしはちっちゃいころから美しい自然が好きで、動物が大好きだった。 その大好きな自然を苦しめるものは「人間」だ。 ビデオの画像が語っていた。 自然が美しく平和であるためには、「人間」など、不要なのだ。 ……その「人間」の範疇に自分がいる。 大学の食堂であたしたちは、つかの間のデートを楽しんでいた。 だって、あたしの学校は女子校だからこっちに来るしかないんだもん。陽介、最近忙しくて講義の合間でしか会ってくれないし! 「アメ? 見たことないのだな」 「おいしいよ。ちゃんとみかん果汁つかってるんだよ。みかんと言ってもただのみかんじゃないの。デコポンって言うね…」 半ば呆れたような顔で陽介が笑った。 「ふ〜ん、そういうのにハマってんだ。新しい発見」 ……発見ですか? なんの? 「ハマってるとかじゃないくてさぁ……。ちゃんと作られた物を食べることって大事なんだよ?」 このキャンディ、着色料、香料、保存料無添加。あたしの商品を選ぶときの基準がそうなの。 最近のお菓子っていろんな物が入ってるから嫌なんだよね。絶対箱の裏は読むことにしてるの。何が入ってるかわかんないようなの、口にしたくないし。 ……陽介は絶対見ないタイプね。 って、何にやにやして、手、伸ばしてるのよ! 「なによ?」 「一つ頂戴」 「もう、すぐたかる……」 差し出す手に一つキャンディをのせてあげると、フィルムを開けてその口にぽん、と入れた。ひとなめふたなめして、陽介は眉をひそめた。 「……イマイチ」 「は? うそぉ。美味しいよ、絶対」 そう愚痴っていると、彼がかばんのなかをごそごそっと漁りだした。 「もらってばっかりじゃ悪いから……これ、食べる?」 それで出してきたのが……マーブルチョコレート!? これって、着色料バリバリで香料も乳化剤も入ってる。 大体青い色の食べ物なんて自然界にはないでしょ!? 一つ一つにキャラクターがプリントしてあって……絶対体に悪いって……、思わないのかな? 「……人工着色料って、怖くない?」 「日本のお菓子はまだいいほうだと思うけど? アメリカとかってすごいんだぞ。青色やピンク色のケーキとか平気であるから」 陽介がにひっと笑った。うう、そんなの一生口にしたくない! 「いいもん。一生アメリカなんて行かないから。てのか、行きたくないわよ、そんなの食べるくらいなら」 そうよ、絶対嫌だ。 と、思ってたら、陽介の顔が曇った。 「そう言う閉鎖的な考え方ってどうかと思うけどね」 不機嫌そうな陽介にあたしはかちんと来た。 閉鎖的な考え方? どこが!? 「着色料とか保存料とか香料とか! そういう物を食べてると体に悪いんだよ!?」 「着色料とか香料とか、保存料ってのがなかったらお菓子は子どもの手に届かないんだぞ? それに、そういうの使ってない菓子って売れない」 「だから? だから使っていいって事!?」 「……お前にだって子どもの頃があっただろ?」 そう言って陽介は私の手の中にざらざらとマーブルチョコレートを出した。 一つ一つが綺麗な色でコーティングされているマーブルチョコレート。 あたしだって、好きだったんだよ? でも、あたしがこれを食べることで、地球は……。 手の中でゆっくりとコーティングの色が手にとろけていく。 赤。 青。 黄色……。 それが、涙でにじんでいって、マーブル模様になっていく。 「泣くなよ。そんなに嫌だったか?」 陽介がそう言ってあたしの手の中のチョコを一つつまむと自分の口に放り込んだ。 あたしね、怖いんだよ。 自分が存在しているだけで、地球が壊れていくってのが。 口に出すのも怖くて怖くて……。 胸の奥からこみ上げてくるものが、のどを熱くして顔に到達する。あたしは顔が熱くなるのを感じながらけっして泣くものかと、堪えた。 だって、泣いたって……なにも解決しないじゃない。 「……ごめん。無理言って……悪かったよ」 陽介が慌ててあたしの手からマーブルチョコレートを取り去った。その後には着色料の色だけが残った。毒のような、赤色、青色……。 「体に悪いって言うけどさ、別に悪くないと思うけど? この着色料だって、自然由来だよ? ちょっと食べただけでぽっくり逝くようなモンじゃないって。そりゃ、着色料をバケツいっぱい飲んだりしたらわかんないけど……」 陽介なりの考え方なんだろうけど、そうじゃないの。あたしが考えているのは。 「……なんか、こわいのよ」 知らないうちにあたしはそんなことを口にしていた。 「着色料って、生きていくためには必要ない物じゃない。それなのに便利だからって使っていい物なの? 体に悪くても使わなくちゃイケナイの? それを食べなくちゃイケナイの?」 「……はあ?」 陽介がぽかんとした顔しても、もう、止まらない。 「そういう食べた悪い物は、体の中に残っていて、全部赤ちゃんが引き継ぐんだよ?」 怖い。怖いんだよ。 あたしが食べることで、あたしが生きていくことで、地球が壊れていくの。 「その赤ちゃんを育てるのに、家を建てたりするでしょ? その材木用の木を切るために森が無くなって、電気とかを作るために石油を掘ってそれを燃やすから二酸化炭素が増えて温暖化になっちゃって、……それが原因で沈む島だってあるんだよ? 動物は住み家がなくなってどんどん減っていくし、それから……」 ぼろぼろと涙があふれて止まらない。 泣きじゃくるたびに鼻水も出てきて苦しい。 「車が沢山走るから酸性雨で枯れていく山もあって、そこらに……ゴミ、を捨てまく、るから、山も、う、海も……」 イルカのおなかには……あたしが飛ばした風船が…… 「……ああ〜。そういうこと」 独り合点がいったというように陽介がため息をついた。 「どうしてそこで環境問題になっちゃうのか、よくわかんないんだけど。……あのな? お前一人の地球じゃないの。それはわかる?」 「当たり前じゃない!」 あたしがそんなこと考えるような人に見えたって事? 嘘でしょ!? 陽介は一人冷静に話し始めた。 「今の環境問題って、人が家族を養うために働いた結果なの。このチョコだって、いろんな人が『こうしたほうがいい、ああしたほうが売れる、けど、体に悪いのはなるべく使わないようにしよう』とかって考え尽くした結果なワケ。子供が食べるものなのに体にめちゃ悪いものなんて作るはずないだろ?」 あたしがハンカチを出して涙を拭き取るのを見ていた陽介は、静かに続けた。 「その人達には家族がいて、やっぱり俺たちみたいに生活してる。この着色料を作った会社の人にも家族がいて、同じように生活してる。着色料がなけりゃ、生きていけない人達だ」 ……わかってる。実際に作った人達には罪がない。発明した人が悪いとも思わない。 それにしても、陽介の言う事って、屁理屈だよ。 「どんな物でも、視点を変えれば違って見えると思うんだよね。例えばさ……」 久喜はそう言ってマーブルチョコレートとあたしのアメを並べた。 「な、子どもはどっちを選ぶと思う?」 素直に、子供の頃を覚えて考えてみよう。う〜ん……色気のないアメに比べて、マーブルチョコは魅力的に見える……かも。 「お前が言うように、体にいいのはこっちかもしれない。でも、子どもからしてみたら、きっとチョコの方を選ぶと思うんだよ。これって夢のようなお菓子じゃない? 色も綺麗でさ」 私は素直に頷いた。 「でも、チョコも、このアメも歯にはよくないだろうな。砂糖だし」 意地悪だ、陽介は。今はそんな話をしてない! 「キシリトール入りだと歯にはいい。でも、おなかがゆるくなるって言うだろ? でも、幼稚園で食後に食べさせているところがある。それだけ必要とされている」 必要とされていれば、体に悪いものでも取り入れた方が良いって言うの? そんなの、納得できない。 「こんなの答えになってないかもしれないけど、……絶対良い物なんてないし、絶対に悪い、なんてのもないんだよ」 陽介はそう言って、マーブルチョコレートの筒を手にとってカラカラと振って見せた。 「お前が考えているように環境破壊とかいうヤツが起こってるのは今まで人間が自分たちのいいように自然を顧みずやった結果だ。だから、お前がそこまで悔やむことないじゃん。それとも、お前が全責任負うのか?」 「責任……」 どうやって取るの? 取り方なんて、わかんないよ! 涙をハンドタオルで拭いながら、陽介をにらみ付けた。すると、陽介は肩をすくめて一息置くと、重そうに口を開いた。 「なあ、人間ってさ、自然が壊れていくのを見て、どうするのか、試されてるような気がしない? その上でどんなアクションを見せるのか……。待ってるんだよ。きっと。お前みたいに『着色料や保存料はだめだ〜』って言う人もいれば、『山に木を植えよう』っていう人もいる。そういう人が増えれば、自然が壊れていくのをちょっとでも止められるんじゃないかな? ま、どうにかする前に巨大なしっぺ返しが来たら、潔く人間らしく、責任を取りましょう?」 明るく陽介が笑った。 ……そんな考えもあるんだ。 陽介と付き合うようになってから、驚かされることばっかり。 「……そんときは、一緒だからな。お前と」 小突かれてあたしははっとした。 「え!? あたし?」 「そ」 照れたような、それでいて真剣な陽介そこにいた。 うわ、なに? 今の……。 も、もしかして、ずっと一緒にいようとか……そういうこと?? 「もう一個もらうわ」 そう言ってあたしのアメに手を伸ばして素早くフィルムを剥くと口の中に放り込んだ。 「……やっぱ、イマイチ」 陽介がそう言って不満そうな顔をした。 「体にはこっちのほうが良いと思うよ?」 あたしも一個口の中に放り込む。 体が軽くなっていく。 口の中で溶けていく甘酸っぱいアメと一緒に、もやもやとした不安もとろけて無くなっていくよう。 とっても気持ちいい。 それに、もし、その日が来たとしても、陽介となら、受け入れられると思う。 「ありがと、陽介」 「まだなんかくれるの?」 「もう! そんなこと言ってないでしょ!?」 こうやって、笑い合って、その日を迎えることが、出来ると、思う。 もちろん、その日が来ないように、あたしの出来ることは、やっていかなくちゃ、ね。 おわり |