<08. 4WD×「ガツガツってあの感触が、たまんないんだよな」>
| <空の道> あれは十年前の夏……。 小学校の創立百周年記念イベントでタイムカプセルとやらを埋めた。十年後、大人になったみんなでそれを掘り返そう、というやつだった。 一週間前からの宿題だった『十年後の自分へ』という作文の他に、一つ何か好きなものを中に入れてもよいとのことだった。 みんな式典が始まるからって校庭に出て行った。二人しかいなくなった教室で、オレはそこそと手紙を書いていた。 「ねえ、みてみてこれ」 舌っ足らずな声で淳也が差し出したのは、ガチャポンで出た珍しいので、どんなに頼んでもくれなかったヤツだ。 「これ入れようと思うんだ」 「そっか」 だったらオレにくれればいいのにと思いつつ書き終わった手紙を丁寧に畳んだ。 「ゆうちゃんはそれだけ?」 興味津々で手元を覗く淳也の視線を避けながら、母さんにもらった無地の封筒に入れた。 「うん。いこ」 式典は普通だった。校長先生の話に来賓の偉いおじさんの話、そして担任の笹本先生のタイムカプセルの説明が続いた。 タイムカプセルって言うくらいだから、銀色で卵型しているのかと思ったら、違っていたんだ。先生はオレ達が書いた作文を小さなポリバケツの中に入れていたのだ。 「先生、タイムカプセルって、バケツなの?」 って、マコトがぶぅたれて水色のでかいポリバケツを指さした。 「それで未来に行くの?」 「バケツが未来に行く訳ないだろ、ばかマコト」 オレがからかうと、マコトはさらにむくれた。先生はそんなオレ達を見ながら、 「そうだよ。この中に思い出の品を入れて十年埋めておくだ。ちゃんとフタするから泥だらけになるなんてことはないよ」 と、笑った。するとマコトは口を尖らせて真っ赤な顔で怒った。 「そ、そんなことくらい、わかってたもん!」 そしてみんながバケツの中に入れた。おもちゃもあったし、石っころなんてのもあった。ろくでもないがらくたの中に、そっとあの手紙を中に入れたんだ。 そして、十年が経ち……。オレは山に囲まれた辺鄙な村が嫌で、偏差値ギリギリだったが意地で都会の大学に入った。入ってからは忘れていたさ。田舎の事なんて。オレの居場所をやっと見つけたと思った。 そんな大学二年目の春。母さんが転送してくれた「創立百十周年式典のお知らせ」の葉書を見た瞬間、懐かしさよりも恥ずかしさがこみ上げてきた。思い出したのだ。あの時入れた恥ずかしい手紙を! 自分がいなければだれか他の人が読むかも知れない。そう思っただけで寒気がした。なんとかみんなが見る前にそれを回収しなくてはならない。少しでも早く戻って先に掘り返すかそれとも……。 「やっぱ、四駆じゃないとなぁ」 舗装されていない石だらけの山道をぼやきながらハンドル操作する。こういう道なら絶対4WDだ。ギアチェンの、ガツガツってあの感触が、たまらないんだよな。でも、今乗っているのは前輪駆動のミニバン。オレの車はちょっと前にした事故で入院中だ。 がたがたと全身を揺られながらとにかく急ごうとアクセルをふかす。そのとたん横に座る淳也が全身を強張らせて軽く悲鳴を上げた。淳也も今回の式典に出るために帰省するというから、一緒に乗せてきてやったんだ。 「勇介、そんなに急ぐなよ。それに、ホントにこの道でいいのか?」 少し迷っているが、そろそろ他の道に出る、はず! 「多分」 「たぶん!? ひでえなぁ。だったら電車で帰ればよかった」 ぼやく淳也の声にオレもいらだつ。 「すぐに出るって」 と、唐突に道が開けた。県道と合流する。 「やった!」 強張っていた淳也の顔がほころぶ。山を右手に見ながら、左手の深い渓谷に淳也は懐かしそうに目を細めた。 「ああ、ほっとした」 「な、出ただろ?」 淳也のほっとした顔を横目でにやける。さて、もう少しだ。と、アクセルをふかす。 と、目の前を何か白いものが通った。 うわ! 動物? それとも子ども!? 咄嗟に急ブレーキを踏み、ハンドルを切る。 こすれる嫌な音がして、尻が横滑りすると同時に、淳也が悲鳴を上げる。 このままでは!! 次の瞬間、鈍い音と鋭い衝撃に吹っ飛ばされそうになる。肩にシートベルトが食い込み、どんという音と共に、 「うわああ!」 助手席側が開き、淳也の体が車から躍り出る。あいつ……ベルトしてなかったのか!? 考える間もなく目の前に道路標識の電柱が現れ、ぶち当たった。ものすごい衝撃。ハンドルに頭をぶつけてめちゃくちゃ痛い。口の中が血の臭いで気持ち悪い。首やら肩やらがハンパじゃなく痛い。とにかく体勢を立て直さなくてはこのままじゃ崖から落ちてしまう。なんとかハンドルを握ろうと朦朧としながら腕を思い切り伸ばす。 「勇介ぇ!」 淳也の声が悲痛に木霊する。 やっと指先に触れたと思ったその時、前にがくんと、まるでジェットコースターが急降下する感覚と同時に車体が傾き、 落ち、た。 ふと目を開けると、一面の青空だった。 上も横も下も全てが空。深い青に、一筆で描いた雲がうっすらと目の前を流れていく。掴もうと手を伸ばそうとして、……驚いた。指先が、ない。いや、あることはある。歪んだ空が指の形をしているからそれが辛うじて指だとわかるだけ。 よく見るとまわりも空だけじゃなかった。格子状に沢山の透明な道を、人の形をした透明な歪みが同じ方向を目指して歩いている。小さいのは子供ではないだろうか。ああ、赤ん坊までいる。 これが魂という奴か。ということは、オレはどうやら死んでしまったらしい。 まだやりたいことがあったと、思う。彼女作って遊びに行ったりして。まだ海外も行ったことないんだし! でも、その欲求は薄い。体がなくなったからだろうか。必死になって自分のことを思い出そうとするけど、なんだか意識が薄くなって、とにかく道を歩いて行かなくてはと思う。 心残りがあるとすれば、あの手紙くらいだ。あれだけはなんとかしておきたかったと思う。 「……あの、申し」 ふと、後ろからひーひーと苦しげな息漏れと声。それにしても「申し」などと声をかけられるのは初めてだ。どこの時代劇だろうと思いつつ振り向くと、自分の透けた肩の向こうに、色の付いたものがいた。色というものはこういうものだっただろうかとぼんやり思う。しかしこの白は見覚えがある。 「おまえ……」 あの時目の前に飛びだしてきた白いもの。この形は狸だ。白く輝く毛並みの狸。神々しくすら思える。 「誰だ?」 「私はこのあたりの山の主です」 と、それは言いながら深々と頭を下げた。 「魔のものに追われて道路に飛び出したところ、お前様を巻き込んでしまったようで」 「ああ、あの時の?」 のんきにそんなことを言ってしまった。 「はい。お前様に除けていただいたお陰でこの通りぴんぴんしております。しかし、あの事故でお前様の肢体はバラバラになり、亡くなられてしまいました。本当に申し訳ないことを」 白狸はそう言いながら頭を下げ続けた。普段のオレならめちゃくちゃ怒るところなのに、何故かそんな気持ちになれなかった。事故をしたのはオレだしなぁ……。 でもひょっとしたら、この白狸が神というのなら、オレを生き返らせることも出来るかも知れない。 「申し訳ないと思ってるんだったら、オレを生き返らせてくれ」 少し脅してみたが、白狸は「とんでもない」と両手を振り、 「それは無理でございます。あなたの五体はすでにバラバラです。これで魂を元に戻したとしてもすぐに死んでしまうでしょう。死の苦しみをもう一度味わうだけでございます」 と、首も振って見せた。その真剣さにホントにダメってことだとわかる。とたんオレは全身脱力した。少しでも助かると思った自分が浅はかだった。 「しかし、あなた様を人間の姿に化かして出す事は出来ます」 「化かし……?」 あまりにも狸らしい言葉に、目が点になった。つまりオレは幽霊とかお化けのたぐいになって人の前に姿を現せと? 白狸はそそと脇から一枚の葉を取り出すと、白い牙を見せながらにいと笑った。 「これを頭の上に乗せなされ」 「……これを、か?」 変哲もない普通の葉のように見える。 「頭に乗せればただ一人の人間に見えるようになります」 「はあ?」 「私はあなた様の身代わりとなり、あなた様の気が済むまで黄泉の国に留まりましょう。現世でやり残したことがあるようでしたら、是非」 俺は無言でその葉を受け取った。すると、白狸は一礼して、オレが行くべき道を真っ直ぐ進んでいった。どうやらオレの替わりに行ってくれたらしい。そういうことなら心おきなく、心残りを片づけに行こう。 オレは下への階段を見つけるとゆっくり下りていった。しばらくすると地上が見えてきた。あの山と黒い煙を上げる谷、そしてひしゃげた電柱とガードレールが見えた。その横に蹲っているのは多分淳也。オレは急いで階段を下り、アスファルトの上に足を下ろしてみた。しかし足下がふわふわしていておぼつかない。まるで無重力だ。多分自分に重さがないからだろう。 「勇介、勇介……」 淳也は俺の名前を呼びつつ足を引きずり谷底まで歩いていた。 「おい」 声をかけてやったのに、振り向きもしない。 「おい」 二度目。しかし声が届かないらしい。おいおいと泣きながら谷底に向かってオレの名前を呼ぶばかり。死んだ人の名前を呼ぶってのはドラマとかで見たことがあるが、その名がオレのだというのが、なんかむかつく。 そのうち救急車と消防車とパトカーのオンパレードに唖然とした。一体何台来るんだ!? 「ここですか?」 と、淳也に聞いているのはレスキュー隊とかいうヤツらだろう。あいつはこくこくと頷いた。すると、ヤツらは崖の下をのぞき込む。崖の下から黒い煙がもうもうと上って空にのびている。こんなところから落ちたら、助からないだろうな。実際死んだみたいだし。 下に降りていたレスキュー隊の人が、首を横に振りながら言った。 「生存者、なし」 あいつは真っ青な顔をしながら痛そうに右足を庇いつつ歩き、谷底めがけて叫んだ。 「ゆうすけぇえ!!」 運ばれた病院でも淳也は泣くばかりで、親に何を言われても返事もせず、警察に何かを聞かれても話もしない。ものを食べようともしなかった。右腕に捲かれた包帯と三角巾がやけに白くて目に痛い。右足は骨折したとかでギプスがはまっているのも痛々しい。 俺が死んだことで悲しんでくれるのは正直悪い気はしないが、男が声を上げながら泣いている顔は正直飽きた。なにせ一週間ずっとだったから。その間にオレの葬式も終わってしまったらしい。淳也のお袋さんがそんなことを喋りながら泣いていた。オレの母さんも見舞いに来ていたようだったが、具合が悪いからとお袋さんが面会を断っていた。 白狸から貰った葉を天上の蛍光灯に翳してみる。 本当にこんなものが役に立つのだろうか。でも、これ以上泣いている淳也を見続けるのもため息が出るし。半信半疑で頭に乗せてみた。 すると、今まで透き通っていた指に、肩に、足に、色が付いていった。あの時と同じ服装。口の中に溜まったつばをごくりと飲み込む。 奇跡というやつだろう。これが、化けて出ると言うことか。 俺の姿は、 「戻った」 思わず出てしまった俺の呟きに、淳也はぱっと振り返り、……文字通り、凍り付いたように固まった。 そりゃ、死んだ人間が化けて出たんだ。やってる自分だって信じられないんだから、淳也なんてめちゃくちゃ信じられねぇだろう。 やっとのことで口を開いたあいつは、俺の頭の上を指さした。 「……なんで、はっぱ?」 そんな第一声かよ! 「……で、狸にその葉っぱを貰って帰ってきたって?」 一部始終を話した後、淳也は信じられないという顔をしながら興味津々に聞いてきた。 「じゃあ、やっぱ、お前死んでるんだな」 「ま、そういうことらしい」 といっても、まだ自分でも信じられないんだから仕方がないだろう? 確かにぶつかった時は痛かったが、今は痛くない。それに淳也と話も出来るんだから生きている時と何ら替わりがない。 淳也はベッドから起きあがると怖い顔をしてオレの手をつかん……だと思ったのだが、すかっとその手は宙を掻いただけだった。どうやらオレの体は見えるようになっているだけで、実体がないらしい。 「……化けて出たって、か」 淳也の呟きに胸の奥がきしんだような気がした。たしかに化けて出ているのは事実だけどな。お前に言われるとなんかむかつく。 「自覚はある」 その場であぐらをかいて、あいつの顔を睨み付ける。 「思い残したことがあったとか、そんなところか?」 「まあ……な」 いろいろあるけど、今一番心配なのはあの手紙を回収する手だてが無いということだ。こいつに頼むのも嫌だが、とにかくあれだけはみんなの目にさらすことは決して有ってはならないのだ! 「でも、何で俺の所なんだよ。家に行ってやれよ。鈴ちゃん泣いてたぞ」 泣き顔の妹、鈴を思い浮かべてオレはちょっと罪悪感を覚えた。 「お前だって泣いてただろうが」 淳也は横を向いたまま、じっと黙ってしまった。 「明日、退院なんだ」 「うん」 「そしたら一番に行くぞ」 なんて言って部屋を出ようとした。 「どこ、行くんだよ」 「お前の家」 そこには心底行きたくないんだけどな……。 次の日の昼、淳也は退院した。 一度淳也の家に戻り、その後すぐタクシーを呼んでオレの家に行くことになった。お袋さんは大反対したが、淳也が「やっぱ、行かないと」って押し切ったのだ。 タクシーに揺られながらオレは久し振りの故郷というものを見た。田んぼも山もがたがたのあぜ道も、全てがうっとおしく思ってこの村を出たんだけど、帰ってきてみると新鮮でなつかしく思う。 「淳也、怪我はもういいんかぁ?」 って、田んぼの中から声がした。マコトだ。草取りをしているところだろう。タクシーを止めるように淳也が頼むと、すぐに車は止まった。もどかしげに窓を開け、大きく手を振る。 「おう、久し振りやなぁマコト!! なあ! 勇介んとこのおばちゃん、家におるかなぁ!」 遠くでマコトが叫んだ。 「おるよ。さっき寄ってきたでぇ!」 淳也も叫び帰す。 「ありがとう!」 「それよか、延期になっとった式典、明日やって先生が言っとったでぇ!!」 「わかったぁ! そんじゃ明日なぁ!!」 その予定通りと聞いて、オレは慌てた。 あれを親に見られる!? そう思うと背中に寒気が走った。 やがてタクシーはオレの家の前に止まった。淳也は金を払ってゆっくりと車を降り、松葉杖をつきながら玄関まで行った。そして呼び鈴も鳴らさずにがらりと扉を開けた。こういうところが田舎だ。 「おばさん! 淳也やけど!」 「ああ……淳也君。退院したんやね」 奥から割烹着を着た母さんが出てきた。久し振りに見た母さんは目が腫れあがり、顔色も悪かった。 「今度のことは、本当に、なんて言っていいか……悪かったねぇこんな怪我させて」 そう言ってまた泣いた。悪かったと思ってるよ。オレも。 「おばさん、泣かんといて。もう大丈夫やから。あのな、今日勇介を連れてきたんや」 淳也の得意げな顔に、母さんはそれこそ狸に化かされたような顔をした。 「は?」 「勇介、化けて出られるんやろ? 出てこんか」 そう言われてオレは葉っぱを頭の上に乗せた。みるみる自分に色が付いていく。でも、母さんは明後日の方を見て訝しい顔をするばかりだ。見えてないんだ……。 そこでオレはやっとあの白狸が言った「一人しか見えない」という言葉を思い出したのだ。 「淳也君、ありがとね。元気づけようとしてくれてるんやね。そうやね。きっと側にいてるやろうね。勇介」 って、涙を流す母さんを見て、淳也は慌てた。 「どうなってるんだよ!」 オレに向かって怒鳴る淳也に、オレは申し訳なく思った。 「ただ一人にしか見えない言われたの、忘れてた」 淳也は力が抜けたようにその場にへなへなと座りこんだのだった。 母さんの出してくれたお茶を前に、淳也はものすごく恐縮し、オレはオレの写真の前に立っていた。写真は高校の時の詰め襟。白く四角い箱の中にはオレの骨。そのまわりに沢山の花や果物。 「死んじゃったのか。オレ」 まるで他人事だ。死ぬのに痛くも痒くもなかったから余計なのかも知れない。高校の時の屈託のない笑顔。オレこんな顔だったか? 「ありがとう。淳也君。向こうでも勇介と仲良くしてくれて」 しんみりと二人が話しているけど、本当に死んだのか実感がない。 「あ、そうそう。明日行くの? 先生から連絡貰って、行こうと思ってるんだけど」 「はい。行くつもりです」 「勇介も連れて行ってあげなくちゃね」 母さんはそう言ってオレの高校の時の写真を見た。懐かしげに目を細めながら。オレはここにいるのに……。 「そういえば鈴ちゃんは?」 俺の妹、鈴の姿を探して淳也がきょろきょろした。 「部屋にいますよ。外に出たくないって籠もりきりで。……無理もないと思うのですけど。あの子お兄ちゃんっ子だったから……」 それを聞いてオレは二階に上がると鈴の部屋に行った。 鈴はベッドの上にうつ伏せになってなにかを呟いていた。 「お兄ちゃん」 って、お前も泣いてるのか。 「泣くとブスになるぞ」 それでも鈴は答えない。いつもなら「お兄ちゃんのバカ!」って言いながらぽかぽか殴ってくるのに。 「ブス」 って、何度言っても答えない。いつまでも無視されているようでむかつく。髪の毛を引っ張ってやろうと手を伸ばしたがさわれない。何ともつまらなくなってオレは下に降りた。淳也が心配そうな顔できょろきょろと何かを探しているようだった。オレを見つけると、 「……ああいた」 って、ほっとした顔をした。 「トイレか?」 「ん、まあな」 と言いつつオレはばつが悪くなった。きっとオレがいなくなったんじゃないかって心配してくれたんだろう。 今、「オレ」を認識してくれるのはこいつだけなのだ。 「行こう」 と、淳也を促すと、淳也も小さく頷いた。そして、部屋に戻ると、明るく、 「おばさん、じゃあ、また明日!」 って、大きな声で言った。 淳也が飯を食っている間、淳也の部屋であの手紙のことを考えていた。うろ覚えの書いた内容を思い出しているうちに恥ずかしくなって頭を抱える。うわぁ、何であんな事書いたんだろう。 「勇介、いる?」 淳也に声を掛けられて、オレは葉っぱを頭に載せた。 「おう」 返事をするとビールとコップを持った淳也が部屋に入ってきた。 「飲むだろ?」 そうして俺の前に二つコップを置いてビールを注ぐ。小さな泡がぷつぷつと上に上がって白い山が出来た。 「……サンキュウ」 オレはその一つに手をつけようとしたが、やはりグラスにはさわれなかった。いつもはこうやってお互いの部屋を行き来して飲んでたのにな……。 「やっぱ無理か」 がっかりしたように淳也に、オレは切り出した。淳也のことだからきっとオレの願いを叶えてくれるはずだ。 「お前さ、明日行くよな?」 「ああ、まあな」 不本意だがこいつにしか頼めないんだ。オレは淳也の前で土下座した。 「オレの手紙、見つけたら即破ってくれ!」 すると淳也は素っ頓狂な声を出した。 「……はあ!?」 「これくらいの、無地の封筒に入ってるから、封筒ごと処分してくれ。頼むよ。後生だから。オレ、ものにはさわれないし、こんな事頼めるのお前だけだし!」 って、後生がなかったな、オレ。 「そういえばお前、タイムカプセルを掘り返すの結構気にしてたよな。学校行事ごときで帰省なんてしないのに……まさか、ラブレターとか? 千倉のこと好きだっただろ、お前」 「違うわ!」 たしかにその頃好きだったかもしれないが、もっと違う恥ずかしいことが書いてあるんだって。 「破らなかったら、祟るからな」 オレはそう言いながら葉っぱを頭の上から下ろした。これで淳也にはオレの姿が見えない。 「……おい勇介!」 淳也はオレのいたあたりを見つめていたが、そのまま何かを考えながらビールを煽った。それからずっと何かを考えているようだったが、やがて右足を引きずりながらベッドに寝ころび、そのまま眠った。 そして、次の朝。 十一時の式典にはオレの遺影を持った母さんも出席していた。それを見て涙ぐむ奴等が何人かいた。松葉杖に包帯だらけの淳也は懐かしい顔ぶれに取り囲まれて「大丈夫か?」とか「大変だったな」とか声を掛けられていた。中には「勇介の車に乗るからや」ってほざく奴もいた。たしかにオレの車に乗らないで電車で帰省すれば、淳也は怪我することもなかったんだから、返す言葉もない。 そして、先生の合図でスコップを持った数人の元男子達が木製の記念碑の下を掘り返す。すると見覚えのある水色のバケツが出てきた。ああ、この中にあれが……。と、思っていると、 「お前の手紙破ったら人でなし呼ばわりだろうなぁ……」 って、淳也が笑った。 それを聞いて、オレはうつむくしかなかった。そこまで考えていなかった。オレは死んだ人で、その手紙は思い出の品なんだ。母さんもきっと読みたいだろうけど、淳也は人でなしと言われるかも知れないけど、これだけは譲れないんだ。恥ずかしくてあれが存在していると思うだけであの世にいけない。 オレは葉っぱを頭に載せて、淳也の側に立った。淳也はオレを見てびっくりしたようだったが、すぐに笑った。 「しかたないなぁ」 って。オレも笑うしかなかった。 「悪いな」 って。 ガムテープやビニールテープで密閉されたそれは、はさみやカッターで封を切られ、蓋を開けられた。中には懐かしいがらくたが入っていて、大人になった子ども達はそれぞれに歓声を上げて中身を取り出した。 「うわあ! 懐かしい」 「これ、僕のだ」 「ああ、誰だよ、牛乳のフタなんて入れた奴!」 にこにこしながら子どもの顔に戻ったみんなを見ていると、淳也はその中に割って入り、がらくたの中から見覚えのある無地の封筒を見つけた。 十年前に入れた、あれだ。 「これで間違いないな?」 って、オレに向かって言った。オレが頷くと、淳也はそれを容赦なくびりびりと破った。 「なにするんだよ、淳也」 マコトがそう言いながら詰め寄った。 「十年前の思い出じゃないのか!?」 「俺のだからなにしたっていいだろ?」 そして、破ったそれをポケットに入れた。 「十点のテストなんだよ。国語の。今頃親に見せらんないだろ?」 って、おどけると、まわりのみんなが爆笑した。先生が、 「だからといって破る奴がいるか!」 って怒ったが、淳也は困ったように笑うだけだった。 淳也の隣に立つ。淳也は怒っているようだった。 「これでよかったんだよな?」 「ああ。サンキューな」 「あの手紙、何が書いてあったんだ?」 「秘密だ」 すると、マコトがこっちに寄ってきた。 「平気か?」 って、淳也に聞くと、淳也は笑顔で答えた。 「ああ、大丈夫だ」 すると、マコトは顔をしかめながら、 「ここに勇介がいたらな……」 とぽつっと呟いた。淳也は笑顔を崩さなかった。 「いるよ」 そして、オレの方を見た。 「そこで見ているんだ。ずっと」 驚いたようにマコトはオレを見た。 「そっか?」 って泣きながら笑った。 「会いたかったのにな」 って。 オレはこの村からようやく脱出できて、昔の友達なんか忘れてしまいたかった。一緒の大学に通う淳也でさえも疎ましく思っていたところもあったというのに、マコトはオレに会いたいと思ってくれていた。 ここにいるのに、見えるのが淳也だけだということが、すごく悔しい。 「おい、マコト。オレここにいるぞ」 声を掛けたが、それは届かなかったようだ。淳也が指した方向をじっと見つめている。やっぱり、オレはもうここにいちゃいけない。 マコトは「椅子持ってくるわ」って、行ってしまった。その背中を見ながら、淳也が大きく息をついた。 「もうちょっとこっちにいられるんだろ?」 って。 そう言われて、オレは苦笑した。声も出ないしものに触れることも出来ない。まわりの人に認識もされない。そんなオレが「存在している」のはおかしいじゃないか。 「てか、いろよ。もっとこっちに。大学せっかく入ったんだから、大学卒業するまでとか」 「馬鹿言うんじゃねぇよ。それに約束があるんだ。白狸なんて待ちくたびれて、今頃閻魔様と囲碁差してるかもしれないし」 「そんなこと言うなよ。せっかくまた、会えたのに」 淳也がそう言ってくれるのはうれしいけど、それは無理だ。幽霊になってお前に付いていろってのもごめんだしな。淳也の顔がどんどん暗くなっていく。でもさ、お前と一緒にいるのも楽しいけど……オレやっぱり、死んでるんだよ。 「いろいろ悪かったな。でもって……ありがとうな」 すっごく照れくさかったけどそう言って、オレは頭の葉っぱを取り、空への階段を上り始めた。 「って、おい、勇介! 勇介えぇぇ!」 校庭に木霊する淳也の声にみんながびびっているのを見下ろしながら。 空に上がる。沢山の透明な魂が歩いていく。 一つの高みへと昇るために。 破り捨てられた手紙は、今淳也のポケットの中で、誰にも見られることなく捨てられるに違いない。 万が一組み立てでもしたら、きっとまた泣くんだろうな、淳也は。 「ま、それもいいか」 鼻歌を歌いながら、道を歩く。 『みんなへ! 生まれ変わっても、友達でいような!』 あの手紙の言葉を胸に、透明な空の道を……。 end |
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