< 11. テレホンショッピング×「結局、何が『売り』なのかわかんねーよ」 >
| 人類が宇宙にその生活環境を移し出して既に半世紀が経とうとしていた。 別に地球が住みにくくなった訳ではない。ただ、宇宙という限りない可能性にかけてみようと思った末の結果である。 かつて、欧州の人々が新大陸を目指したように、新天地を求める冒険者となったのだ。 宇宙に作られた小さな工場のような町が、大きな都市になり、都市と都市をつなぐ道路が出来、あっというまに月と火星、その間にある小惑星などに住み着き始めた。 宇宙での人類は奇妙なほど急速に発展し続け、その暮らしは希望に満ちていた。 日々目まぐるしく発達する技術は、子供たちの遊びにも変化を及ぼした。最近流行となったのはポットと呼ばれる球形の小型宇宙船で、宇宙空間を飛び回る娯楽である。 ポットは大体が二人乗りが基本だ。 その隣に乗せるのは、絶対に信頼を置ける人間に限られる。 パートナーとのトラブルで宇宙空間で放り出される可能性があるからだ。 事実、一ヶ月前、パートナーを置き去りにするという事故があり、ポットレース火星決定戦が中止になったという。 他にも、二人で乗るという特性のためか、カップルがポットで遠出したまま行方不明になるケースが後を絶たない。 非常灯がようやく点いているだけの暗いケージの中、ルクスはペンライトを手にポットの整備を手伝っていた。 「ルクス、ここを照らしてくれ」 「ここ?」 「手元が暗くって全然見えなくて……と、わかった。ここだ。レンチ取って」 「ん」 ルクスは手元広げてある工具の中から一番小さなレンチをポットの下から伸びる手に渡した。手はそれを持ったまま、またポットの中に入っていった。 「照らそうか?」 そう聞くと、くぐもった声がポットの下から聞こえてきた。 「いい」 断られて仕方なくルクスは壁に丸くある窓に目をやった。 広がるのは、何もない、空気すらない漆黒の空間。 それなのに、どうしてこの暗闇は穏やかな気持ちにさせるのだろう。 「後どれくらいかかりそう?」 ルクスの問いに、ポットの下からまた声がした。 「どうもこうも……」 いてぇ、と、小さな悲鳴が上がった。きっと機械のどこかにひっかけたのだろうと、ルクスは頭を抱えた。これでよく宇宙船の整備士を名乗れたものだ。呆れたついでにルクスは盛大に愚痴をこぼしだした。 「ポットをテレフォンショッピングなんていいかげんなもので買うからいけないんだ。大体あの番組、お姉ちゃんもおっさんもギャラリーもやらせじゃないか」 下に潜り込んでいる彼はかちゃかちゃという音を立てている。手を休めるつもりはないらしい。 「おまけ付け放題だし。結局、何が『売り』なのかわかんない。てか、なんで今時テレフォンなんだよ。持ってる人の方が少ないじゃないか」 電話というものが全くないという訳ではない。根強い顧客がいることで通信会社もサービスを打ち切れないでいるらしいのだ。声だけの通信など遺物で、今は声色で相手の感情を察知できる機能が備わったものが主流なのだ。 「あ〜あ、3DFOM欲しいなぁ。この前ネットで見たやつ、すっごかったんだよな。通信機能は充実してるし、3Dゲームもすっごくグラフィック綺麗だったし、あれって、ポット搭載可能だって。ポットでシューティングゲームができるらしいよ。色もさあ、こう、ヒーローカラーっての? いいよなぁ。レトロっぽくって」 寂し紛れにルクスが一人で話していても、彼は反応しない。それでもルクスはしゃべり続けるしかなかった。他にすることがないのだ。 「大体ライトが船で遠出しようなんて言うから……」 ルクスはため息をついた。数時間前、彼に誘われて宇宙のど真ん中、丁度月と火星の中間あたりにある小惑星を目指して航行を始めた。しかし…… 「三週間前に事故った船がそのまんまあるなんてぜぇったい思わないよ。なにやってんだろう。環境事業所も警察も。訴えてやる!」 実は二人が乗る船は、ルクスの父親から無断拝借したものである。 それなのに事故った船、いわゆる宇宙のゴミに盛大にぶつかってしまい、こちらもあっというまにスクラップ。よく重力装置が生きているものだと、感心するほどの壊れっぷりだ。 ポットの下からは、金属が擦りあう音以外は何も聞こえない。彼は完全に無視を決め込んでいるらしい。 「空気、後二時間だよ?」 それには、彼も答えた。 「もうちょっと……」 うぬぬぅと、力を入れている声を共に、彼は小さく 「できた」 と、言って出てきた。 額の汗を二の腕でぬぐっている彼を見て、ルクスは不安なため息をついた。同い年の友人である彼は優秀な整備士だが、これからとばそうとするポットに「新品だから大丈夫だろう」と、全く手をつけていなかったらしい。 どこが優秀なのだろう。 きっと今まで買いかぶっていたのだと思いつつ、ルクスはライトに声をかけた。 「……本当に大丈夫?」 すると、ライトはそのまま球形の横腹に開いた入り口にすっと入っていった。コックピットでの調整をするらしい。ルクスは散らかったままの工具を拾い、うまく調整できるだろうかを案じた。しばらくするとライトが顔を輝かせて戻ってきた。 「すぐ出発できるよ」 「さっきはスイッチが全く入らなかったんだよ?」 痛いところをつかれた、というように、顔をしかめたライトだったが、すぐに真っ黒に汚した右手で、綺麗な金色の髪を自慢げにかき上げた。 「任せろ、俺に不可能という文字はない。ちゃんと直しただろう?」 自信過剰だ、この男は。 ルクスはライトにわからないように小さくため息をついた。しかし、このため息は甘い感嘆も混じっていた。 地球の成層圏の青さを移したルクスの瞳、金星のようなやわかな色の髪、彼の美貌は神がかっているように思えて仕方がない。これほど美しく端正な顔つきの男は、火星にあるコロニーにはいない、いや、全宇宙探したっていないんじゃないかという錯覚に陥る。 それに比べ、ルクスの髪は宇宙空間のような黒髪で、瞳も木星大斑点のような平凡な色だ。柔らかい彼の体とは違い、どちらかというと骨っぽい。 正直、彼は「暇つぶし」に自分を誘ったのだろうが、綺麗な彼から誘いを受けるのは満更でもなかった。 こうも、不運が重なるとは思っていなかったが……。 小さなポットの中には数日暮らせるだけの設備と食料が常備されている。すぐに帰る予定なのに、「汚すと困るぞ」とライトに言われて持ってきた着替えが、まさか役に立つとは思わなかった。 ライトが救難信号を打ったと言っていたから、もうすぐパトロール隊が駆けつけてくれる。それまでの辛抱だ。と、ルクスは自分を勇気づけるように小さく頷いた。 荷物を積み込み終わり、ライトに手を引かれてルクスはぱっくりと開いたポットの横腹から乗り込んだ。 「大丈夫か?」 手を引いてくれるライトの手はとても柔らかくすべすべしていて、女の子のようだった。 「うん、大丈夫」 「そうか」 ライトはそう答えるとすっと手を離し、操縦席に座った。緑色のパネルにあるスイッチをonにすると、コクピットの中はそのままケージの中を移し出した。 「座って。最初、ちょっとがんばってくれ」 ルクスが座ってベルトを締めると、ライトが言った「がんばって」の意味を考えた。 「何をがんばるの?」 ルクスの怪訝な声に、ライトがにっこり笑った。 「こういうこと!」 という声と共に、ぐるん、と、視界が回った。ポット自身を回転させ、脱出を試みるということらしい。通常は固定された体勢からそのまま射出されるはずなのだが、どうやらその装置すら壊れたらしい。 「ええええええ!」 ルクスは悲鳴を上げながら、ぐるぐる回る視界と体を支えるのに必死だ。ハッチをポットからの外部操作で開けた途端、彼らは宇宙空間に放り出された。 ルクスは口を押さえながらくらくらする胃と頭を抱えていた。 しばらくすると、ポットは水平を保ち、重力装置も働くようになっていた。ルクスは足を折り、それを抱えてじっと目を閉じ気持ち悪さに耐えていた。 「大丈夫か?」 ライトは自動操縦に切り替えるとこちらに手を伸ばしてきた。 「ウン……」 そう答えたものの、まだ胃の中で昼食に食べたホットドックがタップダンスを踊っている。 「薬」 そう言われて目を開けると、ライトの手のひらに二粒の錠剤が乗っているのが見えた。 「酔い止め」 細いしなやかな指で、一粒それをつまむと、ルクスの唇にノックした。しかし、薬だと理解しているものの、あまりの気持ち悪さに奥歯をあけられないのだ。口の中にたまった唾でさえ飲み込めないでいた。 「噛め。よくなるから」 ライトは無理矢理ルクスの唇を割り、薬をその中に差し入れた。 噛めと言われてもなかなか難しいのだが、この気持ち悪さとおさらばできるなら、そうするべきだとルクスは思った。思い切り奥歯で噛みしめるとそれを口いっぱいの唾と一緒に飲み込んだ。すると、数秒もしないうちに気持ちがすっと楽になった。 「もう一粒」 そう言われて彼の指先の白い錠剤に向かって、ルクスは頷いた。ライトはさっきと同じように薬で唇にノックをすると、ルクスは少しだけ唇を開き、それを受け入れた。二錠目も飲み込むと、さっきまでの気持ち悪さが嘘のように治っていた。 「買っておいてよかった」 おかしそうにくすっと笑うと、ライトは急に真顔になって、ルクスをのぞき込んだ。 「……そのままでもよかったな」 「なにぃ?」 気持ち悪さがなくなればこっちのモンだ、と、言わんばかりにルクスは喧嘩腰に聴いた。そのまま気持ち悪いままでいいなんてひどいことを言うものだ。きっとライトは酔う気持ち悪さを知らないに違いない。と、思って怒りの鉄拳を繰り出そうとしていると、 「おとなしいルクスってかわいいから」 と、彼女にとっては今まで無縁であった、いわゆる爆弾発言をした。しかもすぐ目の前で。 今まで彼女の人生の中でこんなにも色っぽい声で褒められたことがあっただろうか。ルクスは、頭の中でありとあらゆる過去に想いを巡らせ、ぐるぐるとする頭の中で一生懸命考えた。 小学校の時からどちらかというと目立たない存在で、綺麗になっていく女の子を尻目にボーイッシュを突き通し、高校を出る頃には男友達しかいなくなっていた。そんな彼女のことだ。思い当たる節があるわけがない。 ルクスはさっきの乗り物酔いとはまた違う頭のぐるぐる加減が続き、どうにも嫌になっていた。きっとライトはからかっているだけなのだ。どちらかというとモテるタイプのライトにはルクスの劣等感なんてものを理解できないだろう。 「か、からかってるな」 「からかう? なんでお前をからかわなくちゃいけないんだ?」 ライトはしれっとしながら顔を近づけてきた。 「ひょっとして、かわいいって、もっと言って欲しいのか?」 そう言いながら、彼はルクスの肩に手を置いたのだが、即座に払われた。 「……ってか、ぜぇったいそんなこと思っていない!!」 「そんなに力強く否定するな」 「心にもないことを言うからだ」 ぷんぷんと、怒りを振りまくルクスに、ライトは余裕の笑顔を向けた。 「……思ってるよ。女のくせにいつも強がっちゃって、俺のことにらみつけてるし、かと思ったら真っ赤になってつっかかってくるし。おもしろいと思ったこともあるけど……違ってた」 「……は?」 「俺、お前がかわいくてどうしようもないんだ」 にっこり、と、ライトは天使のような微笑みを浮かべた。 「だから、それがからかってるって言うんだ。からかってるって!」 二度目の爆弾にルクスの心臓は悲鳴を上げた。その悲鳴を自ら止めるべく、「からかってる」と連呼してみた。そうすればライトが舌を出しながら「そうだよ」と、言うに違いない。 そう思っていたが彼には否定しない。それどころか彼の瞳は徐々に甘さを増していく。 「お前、このポット買ったの、何故だかわかってんの?」 「ライトの趣味だから」 お決まりといえばお決まりのセリフにライトが吹いた。 「趣味! たしかにそうだよ。こういうのいじくるのめちゃくちゃ好きだよ。でも、もう一つ目的があってさ……」 するりと肩に回された手が、ルクスの短い髪を弄ぶ。くすぐったさとは違うなにか甘い感覚がライトの手の感触から生まれてくるのに戸惑いながら首を竦めた。 「な、なんだよ……」 「お前と、二人っきりになりたかった」 耳元でそう言われて、何故腰のあたりがじわっとくすぐったくなるのか、ルクスは戸惑った。さらにライトはこともあろうかルクスの黒髪に顔を埋めて、左手でルクスの肩を、右手でその髪を弄んでいるのだ。あまりの恥ずかしさに心の中で「ひいぃぃ」と、悲鳴を上げた。決して嫌ではないのだが、あまりの唐突さにパニックを起こしているようだ。頭のどこかで冷静になっている自分がいる。 「かわいい」 恥ずかしがっているルクスの頬を両手で柔らかく挟むようにして、ライトはそのまま口付けた。ついばむような軽いキスが、何度も何度もルクスの唇に、頬に、額に降り注ぐ。それがようやく止むと、ルクスは薄目を開けると、ライトの地球の青が宿る瞳があった。長い睫を宿すまぶたが薄く閉じられるのをぼんやりと見ていると、唇が目蓋に降ってきた。それは下に降りてきてルクスの唇を奪う。さっきと違う長いキス。何故か舌がにゅっと入り込んでくるのに、さらにルクスは戸惑った。恋人同士でもないのに……それに恋人同士ってのはこんなことをしているのかと思うのだが、その思いも、羞恥心ですらその舌に絡め取られていくような気がした。 体が火が点いたように熱い。 ライトの唇が離れると、ルクスは両手を口元に持って行き、覆った。全身が心臓になったようだ。 「ず、るい」 心底ルクスは思った。 何故こんなひどいことをするのか理解に苦しんだ。 一歩出れば死ぬことは間違いない宇宙のまっただ中、この前のポットのパートナーを放り出した事件のようになるのかもしれない。 不本意ではあるが、放り出されて死ぬよりも、抱かれた方がいい。そう思った途端、ルクスの瞳に、涙が溢れ出た。 それを見たライトはひるむことなくそれを唇で舐め取り、 「泣くなよ」 と、少し困った顔をした。 「本当に、嫌なのか?」 ぶんぶんと、勢いよく頭を横に振った。嫌なのかと言われても、本音ではそうではない。ただ、このまま流されてしまうのが悔しいのだ。 「じゃあ……俺のパートナーになれよ」 そう言われてルクスは潤んだ瞳を大きく見開いた。 気まぐれなライトのことだから本気ではないにしても、ポットのパートナーに自分を選んでくれるなんて思っていなかったのだ。もちろん嫌ではない。 信じられない。自分を選ぶなんて。ポットのことなんて全く知らない自分を選ぶなんて酔狂な。 「揺りかごも手に入れたし。あとはパートナーだけなんだ。お前がいいんだけど……。嫌か? 俺じゃ」 揺りかごの意味がわからないが、とにかくライトは自分がパートナーに適任と思っていてくれるらしい。 「嫌……じゃない」 ルクスの言葉にライトの瞳が蒼く揺れた。 「もっと、ちゃんと言って。パートナーになるって」 ライトはその美貌をフルに発揮してルクスを魅了した。蛇ににらまれたカエルのように動けなかったルクスは、観念したように、言った。 「……な、なる」 すると、ライトが満面の笑みを浮かべた。 「じゃ、決まりだ。このまま新婚旅行に行ってもいいな?」 新婚旅行というのは、なんのことだろう?? 「……へ?」 「俺の船、この先にあるんだ」 にこにことしながらライトがルクスの腰に手を回した。 「船って、買ったの? ポットだけじゃなかったの?」 「言っただろう? これは揺りかご。おまえと俺の子供の」 こ!? 「子供〜〜〜!?」 「俺の星じゃ、結婚するときに丸い乗り物がいるんだ。揺りかごって言って、子供が生まれて一年後に銀河系の中心に詣でる習わしがあってさぁ。地球圏でいいものが流行っていて助かった。一から作ろうと思うと大変だから」 ライトは極上の笑みを浮かべ、硬直しているルクスに、甘いキスを落とした。 「来訪者」と呼ばれる種族がいる。 他の銀河からやってきたいわゆる宇宙人である。 宇宙に出るようになった地球人達は、早い段階で彼らと遭遇した。地球人の姿形そのままの彼らは高い科学力を持ち、また、高い軍事力も持っていた。 彼らは宇宙でのノウハウを地球人に教える代わりに、地球人と生活を共にすることを要求してきた。遠い母星に帰るくらいならここで暮らしたいというのだ。とんでもないことだと思った政府高官達だったが、何故か秘密裏にそれは実行されることとなった。幸いにも来訪者達は地球人と見分けが付かないくらい酷似していたし、性格も穏和で、トラブルになることはなかった。 何年か前、どこで嗅ぎつけたか解らないが、昔からあるSF雑誌に「地球人そっくりの宇宙人」という記事をすっぱ抜かれたのだが、人類は誰も信じようとしなかった。そのこともあり、来訪者は恐い話にしか登場しなくなったのだった。 来訪者のことはSF雑誌に載っていたから知っていたが、まさかライトがその来訪者だったとは! しかも、キスまで許してしまったなんて! 新婚旅行なんて絶対に断るべきだ、と、ルクスの脳が命令する。 にもかかわらず、口から出る言葉は、 「わかった」 ……って、何で肯定してるんだよ!! と、ルクスは自分を罵倒した。 もしかして、精神を操るのか? 来訪者は!! と、ライトが髪や背中を優しくゆっくりと撫でながらこう言った。 「大丈夫。ルクスの困ることなんて何もないんだから。ああ、新居は俺の船でいいよね? 新婚旅行は太陽系惑星巡り? それとも……」 前方に、キラキラと光る丸い円盤が見えてきた。 大昔の雑誌にこんな形のUFOがあったと、テレビの特集でやっていた。 そのデザインはないだろう、と、呆れかえって見たそれが、目の前にある。耳元では、ライトの甘い声が、ルクスの思考をさらに混乱させた。 「他の銀河にする?」 次の日のニュースで、ポットに乗ったカップルが行方不明になったと報道されたが、あまりにも多い事例で、地球人達は気にとめることもなかった。 おわり |