<12.  シルバーアクセサリー×「チープだよな。でもたまにはいいんじゃない?」>

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 石のビーズを通して冷たいピンをペンチで曲げて、くるっと丸くする。またビーズを通して、ピンを曲げてつなげる。これを延々と繰り返す。
 最近やりだしたビーズ細工もかなり上達したと思う。デザインがいい、って来てくれる人にも好評で嬉しい。
 ペルーあたりでできた羊毛の膝掛けは温かく、独特の手触り。暖房器具は石油ストーブしかないから、当たっている背中は温かいけど、机の下は結構冷える。膝掛けがないと作業にならない。
 冷め切ったチャイを一口、一筋の冷たさが体の中を流れていく。
 暗い店内は、アジアのあちこちから店長が集めてきたものでいっぱい。
 あっちの壁に掛けてある来年のカレンダーは、インドネシアのもの。こっちの壁に掛かっている民族服の数々。あの白いストールは、ネパール。あれは私の一目惚れだった。
 今焚いているお香も……。


 一本向こう側の大通りは、ハデハデなクリスマスの飾り付けになっていて、にぎやかなクリスマスソングと相まって人達を浮き足立たせる。
 そういえば、さっき遊びに来た子もストラップに小さな雪だるまをつけていたっけ。可愛い赤い帽子と手袋付き。みんなクリスマスを楽しんでいるのね。

 さて、あと半分。
 くる、と、ピンを曲げる。

 そうだ、あとでクリスマスリースでも作ろうかしら?
 思い切りかわいらしく、柊と金のモールで。
 きっと、前を通る人も目を惹く。

 店長は今、どのあたりだろう。
 石の買い付けに行ったまま、もう二ヶ月音沙汰がない。
「あとは任せた」
 とだけ言って飛び出していくからタチが悪いわ。
 世界中のいいものを仕入れてここで売っている店長は、いつも楽しそうで、高校生だった私の話も親身になって聞いてくれた。お節介なお兄さんって感じ。で、気が付いたら私はここでアルバイトをしていた。
 それがもう六年。
 仕事も近所づきあいも家賃の支払いもなにもかも放っておいて行っちゃうんだから。
 たしかにいいお給料をくれるんだけど、でもねぇ……。

 その時、手元からぷつっ、と、トルコ石のビーズが飛んだ。
「あ」
 しまった。今の石いい色していたのに。
 所狭しと広げられているビーズの財布や麻のバックを掻き分ける。一つ一つに思い出がある品々。買われていったもの達は、幸せにしてるかなぁ……なんて思いながら、う〜ん、どこに行っただろう。
 しゃがみ込んで、商品が乗った木の台の下も見てみる。思った通り、暗くて全然見えない。……と、その時、後ろから光が差した。
「あった!」
 台の下、手の届くところにそれはちょこんとあって、綺麗な水色を光らせていた。それにしても、今の光は……。
 お尻を向けている入り口の方を見ると、顔を真っ赤にした男の子が立っていた。
「……あ、あはは、いらっしゃい」
「あ、はは、ども」
 市内の高校の制服。なんでわかるかって? だって、そこの卒業生だもの。
 って、しまった! スカートまくれてた。やだ、見られた? でも、見ても中にズボンはいていたから……。
 明後日の方向を見てくれていた男の子の後ろを通り、自分の作業机に戻ると、男の子が恥ずかしそうに話しかけてきた。恥ずかしい……よね。男の子ってこういうお店入るのだけでも恥ずかしいんだって、この前来たカップルの片割れが言ってた。
「ゆ、指輪……見せてくれますか?」
「ああ、はいはい。自分の?」
「!! いえ、ち、がいます」
 どもるところが可愛いわ。さては、彼女にプレゼントだな。
「じゃあ、ね、このあたりでどう?」
 出してきた黒いケースにはシルバーの指輪がサイズ順に並んでいる。男の子は眺めながら額にしわを寄せて考え始めた。
 悩め、青少年。その気持ち、彼女には絶対伝わるから。
 そう思いながら私は作業机に戻った。

 しばらくして神妙な顔をした男の子が声をかけてきた。
「あの、これと、これ。どっちがいいと思いますか?」
 凄く真剣な目つき。そんなにその子のことが好きなのね。いいわねぇ。
 立ち上がって商品が並べてある台越しに手元を覗くと、ははぁん、そうか、かわいらしいものとシンプルなもので悩んでるのね。石はローズクォーツと、ペリドット。両方とも泡色で可愛いんだけど……。
「ちょっとまって」
 そういえば、奥にまだあったはず。これと似たようなデザインで石がもっと綺麗なヤツが。
 店の奥にあるロッカーを漁ると、ああ、あった。小さなビニールに入れられた指輪達の中から丁重にその子を見つけると、それを持って彼の所に行った。
「これ、どうかな? ローズクォーツが丁寧にカットされているし、シルバーの質も申し分ないし、脇に付いた花のデザインがいいのよ」
 男の子は私と指輪を見比べて、頷いた。
「OKです」
「サイズは、十一号でいいの?」
「た、たぶん」
「じゃあ、包むわね。箱は……いる? 別に三百円かかっちゃうけど」
「おねがいします」
 小さく縮こまってしまった彼に笑いかける。
 ケースに指輪を収めて手早く箱に入れ、くるくるとインドあたりの新聞でくるむ。麻のリボンで結んで、出来上がり。
「これでいいかな?」
 一瞬、ん? って顔をして男の子は頷いた。そうかぁ、クリスマスだもん。もっと派手な包装紙がいいよね。でも、店長の意向でこんなかんじにしか仕上げられないの。
「ああ、そうだ」
 さっきの落ちたビーズ。よく見たら穴が塞がっていて使えないから、これと……虎目とムーンストーン、ローズクォーツ……。ビーズのいらないヤツをいくつか、ボンドでリボンの中央に花形にくっつけてみた。
 落ちるかな? でもさっきよりは可愛くなったわね。
 男の子も心なしか顔がほころんでいる。
「はい。じゃあこれ。指輪が四千七百円だったから、箱代込みでちょうど五千円ね」
 商品を渡して、お金をちょうど貰う。男の子はありがとう、と、小さく言うと、出て行った。その隙に入ってきた風が凄く冷たい。
「ありがとうございました!」
 閉じていく扉の向こうにそういうと、私は作業に戻った。

 かち、かち、と、ボンボン時計が時を刻む。


 陽が陰る。
 もう、一日経っちゃったか。
 閉店まで後三時間。
 明日はクリスマス・イブなんだけど、予定なんか全くないし!
 しょうがない。お店が終わったら、一人で飲みに行くか。


 出来上がったブレスレッドを早速ディスプレーに並べて、さて、次は何を作ろうか、と、思っていた時、乱暴に扉が開いて店長が入ってきた。彼は扉を素早く閉じて愛用のデカイ鞄を床に卸すと、そのまま私の後ろにあるストーブに駆け寄った。
「ああ〜、さぶさぶ」
 両手をこすりながら首をすくめる。二ヶ月ぶりなのに、挨拶一つ無し。
「なんでエアコン入れないのぉ?」
 甘えるような声に、むっとする。
「電気代が払えないといけないからです」
 残り少ない経費用口座の残高に怯えて派手にエアコン使えないんですってば。
「そっかぁ……ごめんな」
 無精髭の顔でこちらをのぞき込む。まるで森のクマさんのよう。
「いいものが手に入ったからどうしてもって言われて」
「だったら、すぐ帰ってきてくださいよ。もう、年末年始どうするのかわからないし、経費は底をつくし、それに大体、二ヶ月も音沙汰がないなんて!!」
「ちゃんと手紙は書いただろ?」
「まだ帰れないって葉書一枚だけじゃないですか!」
 ったく、この男は何を考えているやら……。
 ネパールの夕焼けを見たいかと言われたから、好奇心で「見にいきたい」って行ったらそのまんま連れて行かれたのよ? すっごく苦労したわよ山の上だったから。……ま、綺麗だったけど。
 そのほかにも、ツバメの巣が取れるとか言う断崖絶壁とか、スリランカのいろんな宝石が取れる鉱脈とかへんなところばっかり。買い付けも兼ねてだから、仕事半分だけどね。

「お腹空いた。飯行こう」
「え? でもまだ四時だし、それに……」
 店は七時までだ。
「飛行機で何も喰えなかったんだ」
 って、私は連れて行かれるのね……。

 店を閉めて、店長の後ろを付いていく。この店長、食べるものにはうるさくて、いつも高級料亭とかレストランに行くんだけど、時間が時間だから、そういう店は開いていなくて……行き着いた先が、
「うわ、マックですか?」
 意外だ。
 ぶすっとした顔の店長は、
「……チープだよな。でもたまにはいいんじゃない?」
 なんて言いながら入っていく。この人がこう言うところに入るなんて、思いも寄らなかったわ。注文の仕方もわからないらしくて、仕方なく私が二人分を頼んだ。
 てりやきマックのセットとコーヒーを持って席につくと、店長はにこにこしながらオーバーを脱ぎ、そのポケットに手を突っ込んだ。なにか探しているみたい。私もコートを脱いで横の椅子に置いた。座ってコーヒーに手を伸ばそうとしたとき、店長が難しい顔をしながら私に小さな箱を差し出した。
「……これ」
「ああ、新しい商品ですね」
 いい箱だなぁ。象牙よね? 透かし彫りも入っていて……全体に花模様がすてきだ。睡蓮かな? それにしても凄い細工。
「……ちっがぁう!」
 あれ? 違うんだ。
「なんで、そう……鈍いんだ」
「鈍いって何がですか?」
 差し出されるままに受け取ってそれをぱかっと開いてみる。
 そこにあったのは、一際目を惹く血の一滴を思わせる裸石。
 ピジョンブラッド。なんていう深い色だろう。
「うわ、これ。ものすごくいい色じゃないですか。店で扱うには少し高級すぎやしませんか? うちはどちらかというと安めでいいものを、というコンセプトですし……。これ、少なくても原価で三十万以上しますよ? 買う人いませんよ。他にまわしますか?」
 って……店長、なんで手がふるふるしてるんですか?
「……ネパールの時もそうだった」
 はあ? って、何言ってるんですか??
「大体! お前が鈍いから、俺はずっとずっとプロポーズをし続けなくちゃならないんだ」
「ぷろぽぉず?」
 いつ? だれが?? どこで!???
「夕焼け見ながら、ずっと一緒にいようって言ったじゃないか」
 たしかに、言った。覚えてる。
「あれは、一緒に店をもり立てていこうって意味じゃなかったのですか? 買い付けの後でしたし、話の流れからいったらそんな感じでしたけど」
「めちゃくちゃ苦労してあの場所に行って、最高に綺麗なシュチュエーションで言ったのに!? それなのにそれだけだと思っていたのか!? なあ!」
 声を荒げなくても聞こえます。
「完璧にそう思ってました」
 がっくしと店長が肩を落とした。

 ぷろぽぉずされていたなんて、気が付かなかった。
 ホントに、気が付かなかった。

「この石もな、お前がルビー好きだって聞いたから探してたんだ。で、いいものが出たって知らせがあったから行ってみたんだけど、気に入るのが無くて。出て来るまで二ヶ月粘ったんだ」
 わかってない。
 私が不機嫌な原因はルビーが気に入らなかったとかじゃない。ルビーは好きだもの…じゃなくて!
「さようですか」
 半ば呆れがちにため息をつく。そんなことしなくてもよかったのに。一言くれれば。
 あ、その一言がわからなかったのは私か。
「……受け取ってくれるか?」
「ただし! 条件があります」
「な、なんだよ」
 こほん、と、咳払いの真似をして……
「もう一度わかりやすく、言ってください。わからなかったから」
「はあ!? もうわかってるだろ?」
「だから、ちゃんと言って欲しいんです!」
 店長は無精髭の顎をばりばり掻きながら目を泳がせていたが、やがて覚悟を決めたというように真っ直ぐに私を見つめた。
「美晴さん、結婚、してください」
 私は極力普通の笑顔で応えた。
 そうしなければ、めちゃくちゃ不細工に泣きそうだった。

「……はい」

 そういえばあの男の子、無事渡せただろうか、……なんて、頭の隅っこで考えながら、マックで一生に一度の大事なプロポーズとやらをうけた。

 二日後に、
「じゃあ、あとは任せた」
 って、単身旅立っていった時は、早まったと思ったけどね。 
 背中を蹴りたい衝動を抑えながらぴくぴくと引きつる笑顔で送り出すと、私は作業机に向かった。

 ピンを丸めて、次の石を。

 クリスマスは過ぎ、もう少しで新年。
 こんなふうに来年が来て、再来年が来て、次も、またその次の年も来るのだろうか。
 それでもいいか、と、思い始めている自分に、何故か頬が熱くなる。

 と、お客様だ。
 扉が開くと共に、冷たい外気が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
 あの男の子だ。後ろには、茶色のコートを着た女の子。
「こんにちは」
 女の子は私が作ったアクセサリーに目を奪われたみたい。手袋を外して、ブレスレッドを手にとった。その右手の薬指には……あの指輪。

 私が彼女の手元を見ていると、あの男の子は、店長みたいに目を泳がせ、照れくさそうに微笑んだ。



終わり






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素材 Pearl Box