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ある夜、そろそろ寝るかとベッドに入ろうとしていた時、悪魔が目の前に現れた。どうやら俺は退治されそうになった悪魔を助けたらしい。覚えがないんだけど。
「人違いじゃないのか?」
と、聞いたけど、間違いなく俺なのだそうだ。そして悪魔は、
「お礼に一つ願いを叶えてやろう」
と言った。
ぞっとした。牙の向こうに赤い舌が見え隠れしていて、本物だと思うと怖かった。願い事をしても叶えるはずはない。適当な願い事をして退散願おうと思った。
だから、
「世界を緑でいっぱいにしてほしい」
と、願った。ほら、最近地球温暖化とか言うから緑が増えたらいいじゃないか。それにここのところ休日返上で働いているし、独り暮らしでのんびりすることもできないし。木陰で昼寝なんていいだろうなぁ。
すると悪魔は、うう〜んと呻り、「それだけでいいのか?」と、聞いた。
俺は大きく頷いた。
「それでいい」
と。
「叶えよう」
悪魔が大きな鎌を一振りすると、そこから闇が広がり、俺はすとんと眠りに落ちてしまった。
そして、次の日から緑色の生活が始まった。
たしかに世界は緑でいっぱいだった。見るものは全て緑だ。やはり悪魔に願い事などしなければよかった。曲解も甚だしい。
朝起きて、黄緑の天井を見て起きる。苔色の目覚まし時計を止めて、苗色のシャツを着てダークグリーンのズボンをはく。若芽色の食パンを食べ、ライトグリーンのカップに国防色のコーヒーを注ぐ。
明るい緑色のお日様を仰ぎ見ながら深緑の自転車で会社に行き、薄緑の書類にオリーブグリーンの判を押す。
悪魔め!
「今度会ったらただじゃおかない」
と昼休み、馴染みの店で萌葱色の親子丼を掻き込んだ。
そして、三日後。
その日は「みどりの日」なのだとテレビが言った。俺なんて毎日が緑の日だ!
さすがに慣れてきた緑の世界。食欲も減退して少し痩せたのは喜んでいいのかもしれない。
しかし俺が望んだのは、安らげる木陰だったはず。
やはり願い事は具体的に伝えるべきだった。
その時、ふと視界の隅を柔らかなピンク色が横切った。
「え?」
それは窓の外、ピンク色の服を着た女の子。大学生くらいか?
何故だ。何故あの子だけピンク色だとわかるんだ。
しかも肌の色は肌色、髪は黒色!
「うわ……」
思わず声が出た。色ってこんなにも感動するモノだったんだ。
急いで靴を履いて鍵を掛けると、それをポケットに突っ込みながらあの子が歩いていた道へと向かった。たしかこの電柱の角を曲がったと思ったのだが、見失った。くそ! 悔しくて闇雲に追いかけた。相変わらず緑色の町。なのに、あの子には色があった!
そして一時間後、駅前にある浅緑のデパートの中に入っていく彼女を見つけた。
俺はすぐさま彼女に駆け寄ると、その手を掴んだ。色のある手。俺の手もこんな色だったはず。
「あの!」
すると彼女はとても怖がって手を振り払おうと悲鳴をあげられてしまった!
しまった。いきなり知らない男に腕を掴まれたら怖いだろうな。と、思う頃にはビリジアンな警官に捕らえられ、交番に連行されかけていた。
様々な緑色の人垣の中で、彼女一人が天然色。目がどうしても彼女を追ってしまう。
彼女は困った顔で俺と警官に歩み寄り、
「あの、この人、知り合いです。ふざけていただけなんです。ちょっと驚いてしまって声を上げちゃって……」
と、薄桃の唇で言った。
警官はあきれ顔で俺に「本当か」と聞くので大きく頷くと、「まぎらわしいことはやめなさいね」と、無罪放免となった。
警官達が去った後、彼女が、
「ごめんなさい。大きな声を出して。こんなに大事になるなんて思わなくて」
と、言った。
「こっちこそ、いきなりごめん。知り合いに似てたものですから……」
と、適当なことを言うと、彼女は納得したようだ。
「それで、ですか。もしかして、彼女とか?」
なんて笑顔で聞いてくるから、
「ああ、似たようなもので……」
と、誤魔化した。それにしても初対面で失礼なことをしたなぁ。一応名乗っておいた方がいいかと言ってみた。
「俺、島田浩介っていいます。会社員やってます」
すると彼女は、やはり笑いながら、
「私は笹川緑です。緑が丘大学の三年です」
って名前を教えてくれた。
なるほど。悪魔のヤツ。元々“緑”という名前なのだから、あえて緑色にしなかったんだな。しかし久し振りの色。もう少し眺めていたい。
「これからヒマですか? よかったら一緒にお茶でも?」
誘い方がスマートじゃないな。今まで仕事が忙しくて彼女を作るヒマもなかったし……。と、思っていると、彼女が、
「いいですよ。私、ナンパなんて初めて」
と、赤い舌を出した。
それから俺たちは度々会うようになった。
緑は本当に可愛らしくて気遣いが細やかだ。俺は彼女以外のモノが緑色にしか見えないことを話した。彼女は俺のことをよく理解してくれて、「大変だったね」と言ってくれた。
彼女の卒業と同時にプロポーズ、双方の両親親戚等の反対を押し切りそのまま結婚した。白いウエディングドレス姿の緑は本当にキレイだった。
世界一美しい花嫁に俺は天にも昇る気持ちだった。
そして今。
念願だった木陰のあるマイホームをローンで買った。
子供達が「お父さんはやく!」と、玄関の前に引っ張っていく。新築の家の前で記念撮影だ。
ミントグリーンの家をバックに三歳の娘の緑子と五歳の息子の緑郎、その隣に黄色いワンピースの妻、緑が並ぶ。
「は〜い、撮るよ〜」
そう手を挙げて、俺はカメラを構えるとシャッターを押した。
願いは叶った。
世界は緑でいっぱいになった。
俺は、幸せだ。
その間に世界の緑はかなり減少したが……。
おしまい
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