<休日>

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 この屋敷の中に入ってくる光はない。それどころかこの部屋の空気はまるで真冬の夜のよう。暖炉の赤い火に黒光りする調度品を眺めながら、揺り椅子に腰を下ろしてうっとりと目を閉じる。
 初めて屋敷に入ったのは、十三の時だった。幼なじみのトニーとお化け屋敷を探険しに来て、地下室で眠る彼を見つけた。トニーは恐ろしくて逃げちゃったんだけど。
 彼はとても綺麗だった。彼を見たとたん甘い痺れに体ごととろけそうだった。

 彼が目覚めてから若い女の子が行方不明になることが度々あった。その話を彼にすると、困ったように笑う。「ごめんね。ジョゼ」って。
 どうして謝るのかわからないけど、その話をすると哀しそうだから、もう話さないようにした。
 彼は名前も教えてくれない。どうしてここにいたのかも。
 それでも好き。
 私は会った瞬間の痺れが抜けず、休日の度に会いに来るのだ。

「ジョゼ」
 優しく低い声に耳を傾けていると、彼の細く白い指が私の唇をノックした。その甘さに痺れながら口元を少し開ける。と、何かが口の中に入ってきた。彼が指でそっと押し込んだそれをそっと歯で潰すと、強烈な酸っぱさと花の香りが口の中に広がった。顔をしかめると、彼はとても楽しそうに笑った。
「ローズヒップ。薔薇の実だよ。この実は美貌を司るそうだ」
「美貌……綺麗になるってこと?」
「そうだよ。ジョゼ」
 そう微笑む彼は、儚げで消えてしまいそうで。瞳と髪の黒さは月のない夜のように切ない。
「そんなの無理よ。だって綺麗な女の子はそばかすがないものだわ」
 このそばかすはずっと消えないって言われた。意地悪な子が言ったのだから気にしちゃいけないと思うけど、もし消えなかったらと思うと哀しい。
「きっとこの実がそばかすも消してくれるよ」
 優しい彼。綺麗な彼。でも、日差しの元に出ることはない。私はそっと立ち上がり、カーテンの隙間から外を見た。さんさんと降り注いでいた真夏の日は翳り、柔らかな午後の日差しが放置された花壇を照らしていた。
「もうお帰り」
 そっと肩を抱かれた甘さにうっとりと目を閉じた。気持ちがいい。このまま肩からとろけてなくなってしまえばいいのに。そうしたら切ない別れもなくなる。
 でも、帰らなかったら彼のことが人に知れてしまう。でも、それでも今日は帰りたくない。この矛盾した気持ちに心は押しつぶされ、一粒の涙を落とす。
 彼は私の髪を撫でてながら頬を伝う涙を唇で取り去るとぎゅっと抱きしめてくれた。
 私はその胸に顔を埋め、耳を当てる。……心臓の音がとくんとくんと脈打っている。
「帰りたくない」
 そう呟くと、
「二度と家には帰れなくなるよ」
 と、彼は儚げに笑った。
「もう十六よ。自分のことは自分で決めるわ」
 すると彼は私を再び抱きしめ、
「困った娘だ」
 と、切ない顔をした。
 そのすぐ後、首筋に突き刺さる彼の牙を感じ、その甘美な痛みに気を失った。


「君は十分魅力的で、綺麗だよ。ジョゼ」
 彼は私を心配そうに見下ろしていた。気を失ってどれくらい経ったのだろう。
「殺さなかったの?」
 私の声に、彼は儚げに微笑んだ。
「君と一緒にいるだけで僕は嬉しい。でもずっと一緒にいるとさっきみたいに欲しくなるから」
「なら、あげる。みんなあげるから! だから……」
 すると彼は私を抱き起こすと、そっと抱きしめて、震える声で言った。
「君だけは、僕を目覚めさせてくれた君だけは、殺したくない」

 自分の首筋に指を這わせる。あるはずの傷跡がなくて、私は泣いた。そして、彼の手によって殺されただろう女の子達が羨ましく、妬ましく思った。

「またおいで。休日に。待っている」
「うん……」

 そして、私は一人で帰る。 
殺されなかった絶望と甘美な約束を胸に、空一杯の夕焼けを呪いながら。

          おしまい





3SSのNo,12
お題「ローズヒップ」「休日」「日差し」
しばり「主人公が女性で」

で、書かせて頂きました





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