<サギソウ大脱出>
| 鷺山が突然、 「花見しよう! 堤防行こうぜ!」 なんて言い出したのは、春もうららかな日曜の午後だった。ちょうど退屈をしていたからよかったんだけど、いきなり電話口でそれかよ。前置きってものを知らないアホだから仕方がないけど。 近所の堤防には遊歩道があり、その脇に数本の桜が植わっている。ベンチも備わっていてなかなかいいけど、そこはじいちゃんばあちゃんに占拠されているから、裏手にある工場前の桜に陣取るのが俺たちのやり方。 花見といえば酒、と相場は決まっているけど、高校生が屋外で酒かっくらっていたら、おまわりさんに捕まえてくれと言わんばかりなので、お茶会ってことになった。 んだけどさ! 鷺山のヤツ十分すぎても来ない! なにかあったのだろうか、いや、きっとあった。あったから遅れてくるに違いない。 とんでもなくどうでもいいことで! 案の定、それから十分後、鷺山はやってきた。 「遅れてごめんな!」 なんて一応謝っているが、へらへら笑って謝ってるってかんじはない。そういう奴だ。 「二十分の遅刻」 ちくっと言うと、フェンスの段差に腰を下ろしながら、またも笑った。 「けちけち言うなよ。おごってやるから」 「……」 それならいいんだ。タダよりうまいものはない。 「俺、今日誕生日だったろ? だから、駅前の献血ルームで勧誘のお姉ちゃんに捕まっちゃってさ。そのお姉ちゃんがまた美人でうちの卒業生だったんだよ!」 等と言いながら、手に提げていたビニールの袋を掲げた。それには老舗和菓子屋さんのロゴ。あそこの菓子は高いんだよな。 「誕生日。そりゃおめでとさん。で、その卒業生のおねえさんにそそのかされて献血をやったあげくに、菓子を買わされたと」 「そそのかされたなんて人聞きの悪い。そんなんじゃないって。その姉ちゃんの家が和菓子屋さんで、しかも今期間限定でこんなのやってるんだってさ!」 って、取り出したのは…… 「ところてん?」 ひんやりとしている透明なプラスチックの入れ物に入っているのは紛れもなくところてんだ。しかも普通じゃない。 「桜の葉入りのところてんだってよ。いいだろ、桜を見ながらところてん」 「はあ!?」 「さらに、このポイントシールを集めると、500円のお買い物券をGETできるのだ!」 って自慢げに振りかざすカードには、二枚のシールが貼ってあった。 「たまるまで通うつもりか?」 あきれつつ、持ってきた特売88円のポテチを開けて、あいつとの間に広げる。飲み物も55円の特売コーラもどき。 「とりあえず、乾杯かな」 「だねぇ」 で、ぷしゅっと乾杯。 桜の花びらがはらはらと散るところはなかなか風情があっていいと思う。 青い空と白い花びらのコントラストはきれい……だけど! 横でところてんをすするずるるるるるという音には、風情も何もあったものではない! 「おお! けっこううめぇ」 無神経にも満足げな鷺山にむかついた俺は、ちょっといじわるしてやろうと思った。 「そういえば、長良さんは誘わなかったの?」 と、言ったとたん、ぶは!! って、吹いた。きたねぇ! 「な、なにをどうしたって?」 聞いてないフリをするあたりがアヤシイ。 「なにもどうしてもない。で、長良さんは」 この女ったらしは、同級生の長良若葉さんに気があるらしい。長良さんも鷺山が気になるらしい。でもふたりともいじっぱりで、どちらも告白しないという微妙な立ち位置。 「若葉……黄砂と花粉が怖くて出てこれねぇって」 「花粉症なんだ。ってか、やっぱり誘ったんだ!」 いいかげんくっついちゃえばいいのに。と、思っていると、どこからか声がした。振り向くと長良さんが堤防をあがってくるところだった。 「お〜い!! 鷺山ぁ! 黒野君!」 花粉症対策の大きな白いマスクが痛々しい。本当に花粉症だったんだ。鷺山の照れ隠しだと思ってた。 「こっち来て! 変なのみつけたんだよ!!」 怒鳴り声と共に、はくしょいって盛大なくしゃみ。鷺山が、 「変なの? なんだそりゃあ」 って立ち上がると、長良さんの方に食べかけのところてんをもったまま歩いていった。俺も一瞬の嫌な予感をかき消しつつ、手早く片づける。 「おわ! なんだこりゃ」 堤防の遊歩道のはずれにある八重桜の前で、長良さんと鷺山が一生懸命見上げていた。まだつぼみの八重桜がそんなに珍しいのか、と、思って近づいてみると、 「……は?」 見たこともない、いや、見たことはある。八重桜の幹から生えている白い鳥の形をした花……。しかも一本じゃない、かなりの数わさわさ生えている! きっとサギソウの新種だ。売り飛ばしたらどれだけの利益が我が手に!? 「なあこれって、こんな風に咲くんだっけ?」 鷺山が真剣な顔をしてサギソウを見ようと背伸びをする。 「本当のサギソウはちゃんと土から生えるし、咲く季節じゃないと思うんだ。こんなふうに寄生するなんて聞いたことない」 長良さんもそう言いながら首をかしげる。 「そんなのどうでもいいじゃん。持って帰ろうぜ。すっげぇよこれ」 とにかく木に登って……と思って、はたと思い出した。 去年の夏、植物型宇宙人を間違えて持ち帰ってたいへんなことになったんだ。体からマーガレットが生えてくるし、拾った青薔薇宇宙人はしゃべるし。その青薔薇をUFOに返したら、保護してくれたお礼にって、マーガレット型通信機をもらった。それと同時にこの町の植物の三分の一が宇宙人だと知ってかなりショックをうけたっけ……。 まさかと思いながらごくりとつばを飲み込む。 鷺山も同じように神妙な顔をして、 「……宇宙人の可能性大。もしくは通信機」 なんて言いながら、ごそごそとポケットからアボガドの種大のアレを取り出して太ももに当てた。それはするすると鷺山の中に吸収されていき、やがて緑色の芽が出した。それはするすると茎がのび、ぽぽぽんとマーガレットの花が咲いた。 そう、これが植物型通信機。人の体に埋め込むあたり、なにか間違っていると思うが、宇宙人達はこれが『目立たないもの』と信じているのだ。 「いつ見ても不気味だよな」 見事に体中から生えたマーガレットにため息が出る。同じものを持っているけど、出来る限り使いたくないんだけど……。 「黒野君は?」 当然やるよねって長良さんの目。……ちぇっ。 ポケットから種を取り出して腕に埋める。マーガレットが体中から生えてきて、静寂な空間はあっという間にものすごい声に包まれた。 『急げ、船が出るぞ!』 「まだ、先遣隊が戻っていません。第七部隊と第八部隊です!』 『ぬわにぃ!』 無線傍受されてるって、気が付いてないみたいだ。しかし、宇宙人達はどこにいるんだろう。きょろきょろと当たりを見渡してみるが、それらしい姿はない。 「なんか……いつもと違うな」 鷺山も顔をしかめる。いつもよりも声が小さくて聞き取りづらいし、姿もない。こういうとき、彼らはうるさいくらい大音響で騒ぎ立てるのに。 「どこにいるんだろう? お〜い!」 呼びかけてみるとざわっと空気が揺れた。 『ニンゲンだ。マーガレットニンゲンだ』 「変な名前を付けるな! ……で、何を騒いでるんだよ」 鷺山がけんか腰で言うと、空気は更にざわざわと揺れる。 『地球侵略を夢見てこの地にやってきたが、我々には危険が多すぎた』 おいおい、マジかよ。 「地球侵略とは穏やかじゃないね。でも危険が多すぎたってことは、諦めたってこと?」 すると、鼻を拭こうとマスクをはずした長良さんが、盛大なくしゃみをした。 「は、はあああああっくしょおおおおい!!」 すると、彼らの悲鳴が聞こえた。まるで断末魔の叫び。 「大丈夫か? 何が起こった!?」 鷺山が隊長らしきものに問いかけると、 『かなりの数吹き飛ばされた!! 畜生、これだからこの星のニンゲンは』 だって?? くしゃみで!? ってことは……。 『第八部隊、帰還致しました! 第七部隊は未だニンゲンの鼻の中であります!』 って……って……!!! 「まさか、お前ら花粉サイズで、長良さんの体の中に入っていたと?」 それを聞いた長良さんは慌ててマスクをして、小動物みたいに目をくるくるさせた。 「入ってって、ま、まだいるの? あたしの中にいるの!?」 「いるようだねぇ、鼻の中に一部隊。災難だな、若葉」 鷺山がよしよしと長良さんの頭を撫でている間に、俺は彼らと連絡を取ろうと試みた。 「あー、あー、いちばん偉い人聞こえる?」 『聞こえてるぞ、マーガレットニンゲン2号』 2号って鷺山の下か、俺は。 「とりあえず、その第七部隊だっけ? 長良さんの鼻から出すから、あんたたちどこかに隠れてよ。また吹き飛ばされたら大変だろ?」 『了解した! 合図したら頼む』 合図を待ちながら、真っ青になっている長良さんを見る。鷺山もどことなく心配そうにしているのがわかるんだけど……。 「大丈夫だって。な。あ、そうだ、これ終わったら和菓子買いに行かないか? 団子とか桜餅とかおごってやるから」 ……なんてて太っ腹な奴。ま、お姉さんとシール目当てなんだろうな。でも長良さんとお菓子を買いに行って美人のおねえさんと鉢合わせしたらどうするんだろうね、この人は。 と、思っていると、隊長さんの合図があった。 「じゃ、長良さん。くしゃみしてみてよ」 「そんなこと言われても、都合よく出るものじゃないし……」 「マスクはずせば一発だ。がんばれ」 にこにこ顔の鷺山の思惑など何も知らない長良さんは、恥ずかしそうにマスクをはずすと、すっと息を吸って……。 「はくしょん!!」 って、控えめにくしゃみをした。それと同時に、小さく響く悲鳴。 「……これでいいの?」 「たぶん」 しばらくして、 『第七部隊、全員無事生還致しました!』 という報告が隊長のところに入った。鼻の中でよかった。これで胃とかだったら出すの大変だっただろうな。 「全員出たみたいだよ。よかったね。長良さん」 「もう、花粉と同じ大きさの宇宙人なんて信じられない!」 長良さんは半分べそをかきながらは、ティッシュで鼻や口元をぬぐってマスクをすると、大きくため息をついた。 「これで全員揃ったの?」 『ああ。危うく全滅するところだった。全部隊、撤退する! 世話になったな、マーガレットニンゲン、1号、2号!』 「だから、その名前なんとかしろおお!」 そう叫ぶ鷺山の目の前を、何かが横切った。鳥のような……白い花。 よく見れば、八重桜から生えていたサギソウが、ひとつひとつ飛んでいくじゃないか。 白い小さな鳥どもは、それはそれはきれいな編隊を組み、一瞬こちらを伺ったように見えたが、白いスジのような残層を残し、青い空の向こうに消えた。 それから三人で花見の仕切り直しをした。 食べかけのポテチとところてんでは寂しいところだったけど、長良さんがお菓子やお茶を差し入れしてくれたから、花見らしい花見となった。 「やっぱり女の子がいると花があるよね」 長良さんが持ってきてくれた熱いお茶に舌鼓を打つ。ああ、こういうのいいなぁ。 「でも鷺山と黒野君の方が、花があると思うよ?」 そう言って長良さんはくすくす笑った。 「だよな!」 自慢げな鷺山に腹が立つが、長良さんの一言で、俺たちは苦笑した。 「こんなに花いっぱいのお花見ってそうそうないよね!」 空に桜。 地に花びら。 そして、俺たちの体には、満開のマーガレットが咲き誇っていた。 おしまい |
| カウンター八万打記念作品。 お題は「黄砂」「誕生」「星」「シール」「八重」「期間限定」 「鳥」「ところてん」「桜」「献血」「卒業」でした。 |