<『ゆめとくん』>
| とあるおもちゃ会社の研究所。受付でその場所を聞けば、地下にあるという。エレベーターで地下3階まで降下、右手に折れ突き当たりの、これまたクラッシックな手動のドアの前に立つ。 「で、でぇっきましたああ!!」 「出来たか。あとは試すだけだな」 「こんなにもリアルなロボットはそうそうないと思いますよ!」 「そうだな。山川研究員」 「所長!!」 なんて声が中から聞こえる。こんなところに入っていくのはいやだと思いつつ、そっとドアを開けると案の定、むさ苦しい男達が、がし! と抱き合っているのが目に入った。 仕事だ。と、自ら言い聞かせ、満面の笑みでいつもの台詞。 「こんにちは。夢のお菓子をお届けするフォーチュンサービスのテラーです。ご注文のケーキをお持ちしました」 すると抱き合っている男達はこちらを見て、いぶかしげにこちらを睨んだ。 「あ? そんなものを頼んだ覚えは……」 するとひょろひょろの男が、うれしそうに言った。 「所長! 私が頼みました! だって今日は記念すべき日じゃないですか!」 「そうだな。そうだとも!! 山川研究員!」 またもや、ぐわっしと熱い抱擁を交わすふたりに、半ばあきれつつ届け物をそばの机の上に置く。 「要冷蔵ですので、お早めに召しあがってください。もしも保存される場合は冷蔵庫に入れてください」 営業文句を口にしていると、すぐそばのベッドで、子どもが横たわっているのに気が付いた。でも、よく見れば肌の質感が若干違うような……。 「……これまさかロボットですか?」 そう言ってみると、山川研究員さんが見開いた目をきらきらとさせた。 「かわいいでしょう!」 「あ、ええ……まあ」 たしかにかわいい顔をしているが、こんなにリアルなロボットを見るのは初めてだ。 「子どもの仕草や声をリアルに再現したんですよ。普段はお手伝いロボットですが、夜になると……」 ふふふと所長が笑う。まさかと思うが。 「夜になると、あんどんの油でもなめるんですか?」 言ってみたら思い切り顔をしかめられてしまった。 「いったいどの時代の人間だね、君は」 「これは失礼。昨日日本の古典映画を見ていたものですから……」 照れ隠しに頭を掻く。 「夜になると眠り、次の日夢の内容を語って聞かせてくれるのだ」 「夢を? ロボットが夢を見るんですか!?」 「そうだ。昼間に見聞きしたことや、飛んでいる電波などを捕らえてランダムに組み立て、ストーリー仕立てにして語ってくれる。夢というものは、日常生活でものすごく重要だという位置づけだ。夢見が悪いと一日嫌な気分になるが、反対によい夢だと気分もよいだろう?」 そこで合点がいった。 「昨今の夢グッズブームにあやかろうってことですね」 「察しがいいな、君」 所長はうれしそうに微笑んだ。 「昼間は家政婦ロボットとして留守番から食事の用意まで何でもこなす。このリアルさだ。子どもがない夫婦や、孫がほしいおじいちゃんおばあちゃん、さらに独り暮らしのサポートにも最適と考えている。そこでだ、君。この試作機のテストに一役買ってくれまいか。我々作り手は愛着があるから、冷静に判断しかねる。第三者的視点がほしいのだ!」 熱烈に語る所長の横で、山川研究員がほろりと涙を流した。 「一人娘を……嫁に出すような気分です。所長」 「そうだな。……『ゆめとくん』は男の子だがね」 しみじみと、まさに結婚前夜の夫婦のように浸っているふたりを眺め、どういうことかと考えていた俺のシナプスはようやく繋がった。 「え!? 嫁って!?」 ロボットとはいえこんなリアルな男の子連れて帰れと言われても抵抗がある。なんとかして断ろうと思ってとりあえず失礼なことを言ってみた。 「番犬にはむかないですか?」 「番犬とはなんだ。こどもにそんなことをさせるのか!」 「い、いえ。留守番を頼むのにそれくらいのことはしてくれないのかなぁと」 「もちろん、セキュリティ機能も万全です。オプションで催涙ガスと迎撃ミサイルをおつけすることが出来ますが、いかがいたしますか?」 どこの世界にそんなものをもっている子どもロボットがいるか! 「……結構です」 そうこうしていると、所長が大きなレバーをがちゃんとさげた。 「機動!!」 すると、軽いモーター音を響かせながら、子どもが起きあがった。 「『ゆめとくん』だ」 自慢げに胸を張る所長に、子どもがなめらかな口調で言った。 「おはようございます。所長。こちらの方がテストマスターですか?」 「ああ、そうだとも『ゆめとくん』。君は明日のお昼まで彼と一緒に過ごしたまえ。報奨金はその時に渡す」 くるくると大きな瞳で『ゆめとくん』はそれはかわいらしくにっこり笑った。 「ちょ、ちょっとまて、一緒につれて行くとは言ってないぞ。断じて言ってない」 金はちょっとほしいけど……なんて思っていると『ゆめとくん』はうっすらと涙を浮かべ、悲しそうに俺を見上げた。 「だ、めなんですか?」 うるうると目を潤ませながらおねだりポーズをする『ゆめとくん』に、軽い頭痛を覚えながら天を仰ぎ、観念して答えた。 「……かりました。お預かりします。ただし一日ですよ?」 「感謝する。……それで君。名前は?」 名前すら知らない人間に大切なロボットを託そうとする彼らに、一言言ってやろうと思ったが、いい文句が浮かばず、俺は口をつぐんだ。 仕方なく会社に『ゆめとくん』を連れて帰ることにしたが、この『ゆめとくん』、なかなか使える。宇宙船の発着も彼の制御装置で難なくクリア、いつもならデブリで手間取る会社への道もするすると戻ることが出来た。それだけではない。会社に戻れば戻ったで、『ゆめとくん』のかわいらしさに羨望のまなざしで見る。 「この子がロボットなの?」 「すごいな。普通の男の子にしか見えないじゃないか」 「かわいい!!」 わらわらと寄ってくる配送の人間を蹴散らしていると、『ゆめとくん』は極上の笑みを浮かべて言った。 「こんにちは、みなさん。今日はテラーさんに僕をモニターして頂くため、同行させて頂くことになりました。ご迷惑をおかけすると思いますが、一日よろしくお願いします」 すると、社内から激しい拍手がおこった。 お茶を煎れてもらえば、温度から味までばっちりなものを煎れてくれるし、コピーだ報告書だ、なんて雑務も瞬時にやってしまう優秀なロボット。 「普通の男の子の外見でいったいどれだけ高性能なんだ?!」 質問すると、『ゆめとくん』は笑顔で答えた。 「外見は十歳の子どもをモデルに細部にこだわりリアルを追求して作られましたが、メイン機能は最新お手伝いロボット並みですよ」 「ああ〜ん、私も『ゆめとくん』ほしいなぁ」 女の子達がそう色めきだち、『ゆめとくん』は、はにかんだ笑顔で答えた。 「僕が市販されたら、お願いしますね」 営業もばっちりだ。 ひとしきりの業務を終え、家路につく。『ゆめとくん』が材料を買って作ってくれた、久々の家庭料理に舌鼓を打ちつつ、他愛のない話で夜を過ごす。こういうのも悪くないと思う。 シャワーを浴びて着替えていると、持参のパジャマに着替えた『ゆめとくん』が枕をだっこして寄ってきた。 「……なに?」 「あのぉ……一緒に寝てもらえませんか?」 もじもじとする『ゆめとくん』に、顔をしかめる。 「え? や、だってお前ロボットだろ? 重いだろ? それにシングルベッドにふたりは狭すぎ……」 「体重は重力制御で十代の子どもくらいになってます。それにマスターが横にいてくださらないと夢トレース機能がうまく作動しなくて……。お願いします」 うるうると目を潤ませて枕に口元を埋めてかわいくおねだり……。そういえばこいつ、夢を見て明日の朝聞かせてくれるんだった。と、今更思い出した。俺はベッドに先に横になり、 「……じゃあ、こっち来いよ」 『ゆめとくん』は、ほっとしたように笑って、もぞもぞとベッドにもぐりこみ、顔をぴょこんと出してにっこり笑った。 「おやすみ」 電気を切ると、 「おやすみなさい」 ゆめとくんの声がすぐそこでしたが、すぐに眠ってしまったらしい。寝息が聞こえた。じっとしていると布団が暖まっているのに気が付いた……ってか、湯たんぽ機能? そのぬくみにほっとしつつ、やがて俺も眠りに入った。 が、真夜中、腹の上に重みを感じて目を覚ました。目の前に『ゆめとくん』のさらさらの髪、腹の上にはその足がのっかっていた。 「どんな寝相してるんだ」 ぶちぶち言いながらその足をどけてみる。すると今度は口の中でぎりぎりと歯ぎしりをはじめ、挙げ句の果てには、 「かつどんうまい〜」 と寝言を言う始末。俺は眠りを妨害されて、腹が立っていた。 「おい、起きろ!」 乱暴に揺り動かしてみれば、顔面に裏拳を食らい、鼻血が。うわ、ちょっと待てとティッシュを探していると、『ゆめとくん』はベッドの上を眠ったまま縦横無尽に移動し始めた。 恐い……。目を開けたままだぞ? どうなってるんだ? スイッチはあるのか!? しかし少し探ってみたが止める手段はなく、仕方なく俺は狭いソファに移動し、バスタオルを腹に掛けて就寝した。その間も『ゆめとくん』の寝言と歯ぎしりは、止むことはなかった。 次の朝、上機嫌に目覚めた『ゆめとくん』は、昨夜見た夢を聞かせた。どうやら『ゆめとくん』は刑事物の夢を見ていたらしい。無実の罪で牢屋に入れられ、取り調べの際食べさせられたカツ丼のうまさに感動したのだと無邪気に話した。 「あ〜そ〜ですか〜。でもあの歯ぎしりとか寝相とか、なんとかならんのか」 「リアルを追求した結果です。我慢してください」 ……絶対こんなもの、売れるか! 大体、ロボットが人間に我慢とか言うな! 身支度ももどかしく『ゆめとくん』を車に押し込み、そのまま研究所へ返却に行った。 一年後。 発売された『ゆめとくん』は、俺の予想に反して、売れに売れまくった。夢トレース機能に寝相占いも追加されたことで、若い女性に人気だとか。中にはトレース機能で寝ている間の行動を観察し、健康管理に役立てる人もいるようだ。 でも今売れている人形には表情がなく、動きも妙になめらかで、リアルではない。 やはりリアルすぎる『ゆめとくん』はコストがかかりすぎで、廉価版を出すことにしたそうだ。発売のお祝いケーキを届けに行くと、所長と研究員は涙ながらに語ってくれた。 「やはりリアルがいいのじゃ〜〜!!」 なんていいながら。 そして、リアル『ゆめとくん』は、未だに俺の家にいる。 頑固親父よろしく 「嫁に出したのだ。出戻りゆるさん!」 等と言ってがんとして受け取ってもらえず、また『ゆめとくん』の 「だめですか?」 ってうるうる瞳にほだされてひきとることになってしまった。 いきなり「十歳の子ども」の親になった俺は、隠し子の疑いをかけられ、女を家に連れ込むことも出来なくなったが、不満はない。毎日のうまい飯に家の中も始終ぴかぴか。こんなできた嫁をもらうというのも昨今では難しいんじゃないかと思う。 そして……、 「マスター、いってらっしゃいませ」 「……行ってきます」 今日も『ゆめとくん』の寝相パンチで腫れた顔で、出勤するのだった。 |