偽りの天国

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「なあ、大丈夫なのか?」
 そう言われてあたしは儚く微笑んだ。もたれていたところが湿気っていて服も湿っぽくなっちゃったけど、それ以外はなんともないみたい。
「うん」
 彼はあたしの横でとっても心配そうな顔をした。
「肝試しなんてやめておけばよかった、お前すっごく怖がってたのに。俺……目を剥いて気絶する人間初めて見た」
 そう言われてあたしは慌てた。
「や、やだなぁ。ちょっと恐かっただけよぉ。もう大丈夫だって」
 あたしは後ろにある家、だったものを見た。苔むしたレンガ造りの家。天井が抜けて蔦どころか雑草もすごくて、廃墟もいいところ。ここは結構有名らしくて沢山のカップルが肝試しに来るみたい。だけど……もうここにいたくない。
「ねえ、もう行こう」
「あ、ああ」
 どこかヘンな顔をして彼はあたしの手を取ると、白い車に乗せて走り出した。


 夕闇が迫る山の中、彼の車で走る。途中貸し別荘が建ち並ぶ一角で、子供達が縁側ですいかを食べて、花火をしていた。どこからか風鈴が鳴る音もする。このあたりは避暑地で、夏になると都会の人達が遊びに来る。あの子達もきっとそう。
「別荘地ってのは本当に無防備だよな。丸見えだ」
 なんて笑う彼にあたしは不思議に思った。
「でも別荘ってそういうのを味わいに来るところなんだよ」
 前の男がそんなことを言ってたからそう言ってみると、彼は笑いながら、
「そうかもなぁ。縁側ですいかなんて街中じゃ考えられない」
 って言った。
 車は別荘群を走り抜けしばらく走ると脇道に逸れ、ひとつの別荘にたどり着いた。ぎぃっという音がして、サイドブレーキが引かれる。
 しばらくの沈黙の後、真剣な顔をして彼が言った。
「本当にいいのか?」
 ……何を今更。
「いいもなにも、ここからは帰れないって」
 外は真っ暗。駅までは10キロくらいあるだろう山の中。木々の間から木漏れ日ならぬ木漏れ月がちらちらとしている。
「……そうだな」
 彼は照れくさそうに笑うと車から降り、トランクを開けて大きなスーパーの袋を二つ取り出した。今日の食材が入っているんだ。そして大きな鞄が二つ。
「手伝ってくれる?」
「うん」
 あたしもそっと降りて荷物を運ぶのを手伝う。彼が鍵を開け中に入って電気を付けると、森の闇が少しだけ薄くなった。

 別荘の中はなにもかもキレイに掃除されていた。きっと別荘を管理している人が掃除をしたのね。荷物を片づけると、晩ご飯の準備をすることになった。といっても並べるだけのオードブルに簡単なサラダ、それにステーキ肉を焼いて、パンを温めて並べると、それなりに豪華な食卓となった。
 盛りつけていると、手際の良さをほめられた。
「こういうことをしない人だと思っていた」
 なんて言うから、
「けっこうやるのよ、これでも」
 って、笑い返す。普段そんな風なのかな?

 食事が一通り済んでデザートを食べて、お皿を洗って片づけると、彼が入れてくれたお風呂に入って、彼が出て来るのと同時に私もお風呂に。
 出て来ると、彼がグラスにカシスとソーダ水を注いで、カシスソーダを作ってくれた。
「ありがとう」
 って、貰って一口。うん。鼻に抜けるカシスの香りが風呂上がりの体に心地いい。すうっと通っていく冷たい液体はやがて熱を帯び、ちょっとだけ頬が上気する。ああ、気持ちがいい。
 彼が私の腰に手を回し、抱き寄せると口づける。それが段々深くなる。
「本当に、いいの?」
 って、何度も聞かないでよ。
「もちろん」
 いいに決まってるじゃない。そのために来たのだから。


 その時、
「こんばんは。どなたかいらっしゃいませんか」
 って聞き慣れた声が玄関から響いてきた。彼はビックリしてあたしの上から降りると、バスローブを羽織って、
「誰だろう、こんな夜更けに。……家を間違えたのかな?」
 って言ってベッドルームを出て行った。暫くすると扉の方から、
「あんた誰だ!」
 って、脅すような彼の声。
「すみません。夜分遅くに」
 申し訳なさそうにぼそぼそと喋る声。
 間違いない!! 
 あたしは慌てて服を着ると、窓の外を見た。
 案の定、あんちくしょうの車が無造作に止まっている。
 うわああん。もうおしまい!? まだ天国へ連れていってもらってないのにぃ!

 と思っていると、ノックの音がして、彼が入ってきた。
「ごめんね。変な人が来ていて」
「恐いから服を着ちゃったわ」
 って戯けるけど顔が引きつる。 
「君に幽霊が憑いているから追い払った方がいいって」
 やっぱり!
「ええ〜? こわあい」
 って、彼に甘えるのと同時にあんちくしょうが入ってきた。
「やはりお前……」
 って険しい顔をしているのは黒い衣の僧侶、清秋さん。数珠を持ってあたしにかまえる。いや〜ん。やっぱり見つかっちゃったあ!
「いやあん、たすけてぇ」
「大丈夫だよ。君、怖がっているからやめてくれ」
 庇ってくれる優しい彼。でも、清秋さんは、
「問答無用!」
 ってぶつぶつと呪文を唱え始め、あたしはしがみつく甲斐もなく無理矢理彼女から引きはがされてしまった。
 その苦痛たるや、本当に死にそう……
 でも、一度死んだ身がもう一度死ぬ訳もなく、

 また廃墟に戻ってきてしまった。



 木漏れ日が眩しく廃墟を輝かせる。風がとっても気持ちがいいなぁ。
 昨日はしくじった。あとちょっとだったのに。

 と、思っていると、清秋さんが花を小脇に抱えてやって来た。
「あら、清秋さん」
 声を掛けると私の方を見ることなく呟いた。
「この馬鹿者が」
 そう言いながら清秋さんは鞄の中から牛乳瓶を出してペットボトルの水を注ぎ、そこに仏花を生けた。これがあたしのためってんだから嫌になる。もっとキレイなのがいいのに。ピンクのバラとか白い百合とか。線香も大嫌い。クサイったらありゃしない。
「どうしてこう、男連れの女ばかりに取り憑くんだ」
 怒りに震える肩に、あたしは手を添える。
「そんなの、天国に連れてってほしいからじゃないの」
 にこにこ。
「初めては清秋さんだったよね」
 かあっと清秋さんの顔が赤くなった。
 そう、あの時は清秋さんの奥様になる人に取り憑いて。あの時はホント、天国まで連れていってくれたよね。
 えっちって気持ちがいいから好き。
 身も心もキラキラになって天国に行けるんだもん。
「本物の天国に行けばいいだろう」
「い、や、よ。一度きりで終わるなんて」
 くすくすと笑って、清秋さんの顎に指を這わせて、その唇に口づける。感覚はないけど。「ねえ、奥様連れてきてよ。もう一回清秋さんとしたいな」
「いい加減昇天しろ」
「そうね。あと一回してくれたら、考えてあげてもいいわ」
 すると清秋さんは心底怒ってお経を唱え始めたから、あたしはその場から消えることにした。

 背中を怒らせながらずんずんと去っていく清秋さんの後ろ姿を見て、あたしはちいさくため息をついた。廃墟に連れ込まれて殺されちゃったあたしを可哀想に思ってくれる優しい人。天国に送ろうと何度も何度も試みてくれるけど、失敗ばかりの無力な人。

 わかってないなぁ。清秋さん。

 あたしは今のままがいいんだよ。
 本物の天国より、偽りの天国の方が。
 それに、他の男に抱かれるたびに、清秋さんはあたしを止めに来るでしょ?

「ま、あと100回は助けに来てくれなくちゃね」
 くすくす笑うと、ワレモコウの花が風に揺れた。

 もうすぐ秋。
 それまでに、あと何組来るかな?


                   おしまい




 。。。清秋さんのため息。。。

 秋風が吹く。
 廃墟からの帰り道、ワレモコウの花が揺れるのをなんとも言えない気持ちで眺めた。


 アレに初めて会ったのは、5年前の秋だった。

 坊主になる修行に行く前に遊んでやる! って女の子をナンパして、このあたりでは有名なデートスポットの廃墟に連れ込んでイイことしようと思った。とろんとした目が綺麗で、そのままホテルに連れ込んでやっちゃってから、女の子に潜む幽霊に気が付いた。

「お前……」
「気持ちよかった〜」
 ぽわんとした笑顔で笑うが、その笑顔は間違いなく取り憑いた幽霊のもの。そいつは彼女の顔で、
「天国ってホントにあるんだね」
 なんて笑いやがった!

「お前、人間じゃないな」
「うん」
「出て行けよ! 彼女から」
「いやあん。だって、気持ちいいんだもん」
「問答無用じゃあ!」
 って、その時は持っていた魔除けのお守りを彼女に持たせてなんとか帰って貰ったのだ……。

 あれから五年も経つのに、アレはまだあそこにいる。
 アレはこの世のものではない。あの世に行くべき存在だ。
 どんなに努力しても払えない己の力不足に腹が立つ。


 秋が過ぎれば、冬が来る。

 真綿のような雪が降る頃、誰も来なくなった廃墟で、アレはまた寂しげな顔で春を待つのだろうか。


 その前に天国に送ってやりたいのだが……。

 ……!!



 ……そっちじゃない。
 本物の天国。


 おしまい




森SNSの「お題バトル番外編」で書きました。
テーマ「夏」
お題「幽霊」「すいか」「ソーダ水」「風鈴」「水」「廃墟」「花」



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素材 NOION