団塊の世代の部屋
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1999年8月8日日曜日 第10話 逆命利君 |
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経営者や管理職に対して意見を言う社員は少ない。何故かというと、そうした人達が聞く耳を持たないからである。何か提案したり、意見を言っても、さも聞いているような顔をしている人もいるが、殆ど聞いてないのが現実ではないだろうか。中には、顔色を変えて怒り出す者までいる。 そんな企業と一線を画する会社が有る。私の好きな「評論家」佐高 信さんの本から一部引用させていただく。これまた好きな城山三郎さんとの対話形式になっている。 講談社文庫 逃げない経営者たち 日本のエクセレントリーダー30人佐高 信 1994年2月15日第一冊発行より 亡くなった鈴木朗夫さんは若い時から、ずけずけ直言していた。そういう人を伊藤さんは常務にまで引き上げている。
別にその人が偉いとかどうとかでなく、たまたま、そういう役割になった以上その立場で最上の成果を上げる為に何をすべきかを考えるべきである。地位を利用して威張ったり、恐怖政治をして下の者を従わせるなんてのはもってのほかである。そんな会社が発展するわけが無い。 この中でエピソードとして登場する、私も敬愛する、恐らく日本の経営者の中でも最も尊敬されている一人であるあの本田宗一郎さんでも聞く耳を持っていたという話があったのだが、それ以上であるとは思えない我々はそれ以上に聞く耳を持たなくてはならないと思うがどうだろう。 上記の本の中にもこ出てくる(ここでは、はぶいている)が、佐高さんの『逆命利君』と城山さんの『粗にして野だが卑ではない』は、私が本当に感動した本である。いつか触れてみたい。 2000 年4月2日日曜日修正 |
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1999 年8月12日木曜日 第11話 勲章 |
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気になったので、本箱を探してみるとすすぐに「城山三郎著『粗にして野だが卑ではない』 石田禮助の生涯 文芸文春 」が見つかったので読み返してみる。最初に読んだときの感動がよみがえる。序章を紹介しよう。 …略 …略 普通、これだけの地位になった人は、勲章を欲しがる。又、回りもそう思っているし、貰っても誰も文句は言わないだろう。世の中には、欲しくて欲しくて、会社ぐるみでプロジエクトを組ませる経営者までいるらしいのにこの清々しさはどうでしょう。 この後、各章で石田のエピソードを中心に語られている。兎に角素晴らしい人である。 ところが総裁就任の挨拶にはじめて国会へ出た石田は、背をまっすぐ伸ばし、代議士たちを見下すようにして、 何とも、すごいですね、政治家というだけで、「先生、先生」と卑屈になる人が殆どである日本で、これだけのことをそれも国会で言えるのは、なんの私心もなく、自分の生き方に自身があるからだろう。今の日本にこれだけの気概を持った人が、政官財の中にどれだけいることでしょう。こういう人が一人でも多く日本の指導者の中に出てくることを望みます。 2000 年4月2日日曜日修正 |
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1999 年8月13日金曜日 第12話 不沈艦センス |
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私も、商売の関係で JR(旧国鉄)との仕事をしたことがありますが、個人々は、良い方がが多くお世話になりました。しかしながら、組織としてみると、まだまだ、親方日の丸気分が抜けてないと感じられました。確かに、お客さんの命を預かっているのですから、それだけの安全を計る必要はありますが、それ以外でもそれ程コストを掛けなくてもいいのではと思うこともありました。あくまでも、前例主義が前提としてあると思いました。新しい考えは、そう簡単には受け入れられないでしょう。「やる気のある社員は大変だろうなぁ」と感じたのは確かです。 取引も、OB会社を主体にしているのも他の官公庁と同じであると感じました。 そんな雰囲気は旧国鉄ではもっともっと強烈だったと思います。そんな雰囲気は石田禮助の言葉からも見て取れる。合理的な人だけに、その問題意識は強かったはずである。 「うしろには日の丸の旗で、いかなる場合においてもブレークダウンしないという確信が国鉄人にはある。これを称して、不沈艦センスだ、と、わたしは監査委員長時代によくいったんです。…・・そういう不沈艦センスを一掃しないといかん」 ただし。「パンのために働くのはよせ。理想の光をかかげてやれ」と、国鉄職員にうったえている、とも。 (赤、太字は私マァいいか小父さん) これも良い言葉ですね。しかしながら、かなり難しい。上に立つ者に腹が座っている必要がある。自分の保身の為にそこまで任せることの出来ない管理職のなんと多いことか。それが組織の元気を削ぎ沈滞させるもとである。力の無い者に限って、部下に仕事を任せることが出来ないのである。それどころか、部下の仕事に嫉妬する者も少なくない。 もう一つ組織に関する良い話を。 風通しをよくするという意味では、冒頭に述べたように、石田は監査委員長当時から、ノン・キャリア組の抜擢を進言、硬直した人事にメスを入れている。 今まさに、警察等で吹き出ている問題をすでに指摘していたのである。それだけでなく、実際にそれを実施していることがすごい。 こんなトップがいれは、誰だって喜んで仕事をすると思いませんか。全くこの人はすごい。 2000 年4月2日日曜日修正 |
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1999 年8月14日土曜日 第13話 陳情 |
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今の経営者に、自分の信念に従って行動できる人がどれだけいるだろうか。責任は部下に、手柄は自分にの人が、競争相手を蹴落としてきているような風潮の今の時代にそんな人は殆どいないような気がする。 それと正反対の人であった石田禮助さんの抜粋。これは、生半可な話ではない。命を掛けて日本の為に立ちあがっているのである。 だが、石田のストレートな発言はついに禍を招く。 あの時代にこんなことをした人なのだ。戦後になって、自分を正当化する人は沢山いたが、済んでしまえば何でも言えるのである。実際に体を張って、これだけの事をした人は、殆どいないはずである。それこそ歴史に取り上げられても良いくらいである。 2000 年4月2日日曜日修正 |
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1999 年8月15日日曜日 第14話 無給 |
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現在の日本のエリート達に考えてもらうためにも、もう一つおまけに石田禮助のすごさを見てください。今の日本の管理階級でこれだけのことが出来る人が何人いるだろうか? 卑でない部分その一 石田総裁は、次に月給返上で話題になった。 何度も天下りを繰り返し、その都度多額の退職金を受け取る人達はこういうひとをみてどう思うのだろうか。きっと何にも感じないんだろうなァ。 …中略 卑でない部分その三 一部の管理職が、平日、業者の接待ゴルフに出かけていたことが暴露された。 ここまで徹底しているとは。何処かの警察の公安委員とか言う人はどう思うんでしょうね。年に数回の会議に出るだけで、二千万円以上の報酬を貰って少ないくらいだと言ってる人がいましたが恥ずかしいと感じる心は無いのでしょうね。何度も天下りしてそのたびに退職金を取って当たり前だと思ってる官僚達。国民の税金を補填してもらって知らん顔しているどかの銀行の頭取達。 どうして今の日本にこんな人がいないのだろう。いや、多分いるのだろうが時代にはじき出されているのに違いない。結局は日本人自体の責任であるのだ。こんな厳しい人についていける人がいないのかもしれない。本当に、国民が求めるならそう言う人は出てくるはずである。さしずめ、中坊さんとか…。 2000 年4月2日日曜日修正 |
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1999 年8月16日月曜日 第15話 直言 |
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とうとう講談社文庫 佐高 信著 「逆命利君」を探し出してしまった。今日読み返してみた。やはりすごかった。どう表現したらいいだろう。兎に角、日本のサラリーマンでは考えられない人である。 …略 伊藤の言うイエス・マンが「君を病ましむる」へつらいの徒、つまり「諛者」だが、そうではない「逆命利君」を文字通り実践したのが故鈴木朗夫だった。この部下の直言を、伊藤はまた、ガッチリと受けとめたのである。……以下略 このまえがきだけで殆どすべてが現されている。これだけでも現在の、というか日本の風潮に対する、痛烈な提言だと思う。石田といい、鈴木といい、(それを受け入れた伊藤もだが)すごい人が日本人にもいたのである。この二人に共通しているのは、自分の信念というものを強烈にもっており、その信念に沿って行動していることだろう。 2000 年4月3日月曜日修正 |
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1999 年8月17日火曜日 第16話 遅参届 |
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鈴木のエピソードはチョットすごすぎて想像もつかないと思います。その一つに毎日遅刻をしてくると言うのがあります。そして必ず遅参届を書くのだそうである。その文面が毎日違う。『 「昨夜、当社の将来を考えたら眠れなくなった」といった大上段の理由から、「今朝は、靴の紐がよくむすべなかった」といった思わず吹き出しそうな理由まで』あったそうである。何とも、開いた口が塞がりませんね。それを通すのですから、余程仕事に自信があったのでしょう。確かに、毎日遅くまで仕事をしていたようです。だから自分でフレックスタイムにしたのである。幾ら仕事をしたからといって、こういう態度に出れる人は日本中探してもいないでしょう。私もやりたいが、これは幾らなんでも出来ません。脱帽します。 やはり問題になって、人事担当役員が鈴木を呼んで釈明を求めた。 どうですこれ、最高ですね。さすがの私もこれはようやりません。ちょっと常識では考えられない発想です。それを実行して尚且つ通してしまうすごさ。笑うしかないですね。それだけの自信と仕事の裏付けがなければたんなる馬鹿でしょう。「本当に素晴らしい」と思う私は、やはり今の社会では受け入れられないのでしょう。 2000 年4月3日月曜日修正 |
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1999 年8月18日水曜日 第17話 人間らしい生活 |
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昨日の続き。伊藤と鈴木の出会いは伊藤が鋼材貿易課長のとき。 ・・・中略 やはり、最初は、伊藤さんといえども鈴木にはびっくりしたようである。これが普通の上司だったらここで鈴木さんは死んでしまったかもしれない。そこが二人のすごさだろう。 昨日も触れましたが、これは本当にどこの会社でもあるのではないだろうか。上の目を気にして、用も無いのにさも仕事をしているかのように振舞い、何時までも帰らない、いや、帰れない。人間そんなに長く仕事が出来るのには限度があるので、その分どこかで手抜きをする。それでも遅くまでいることだけで仕事熱心と考える上司の何と多いことか。「お先に」と帰ろうものなら、「あいつは、強調性がない」とか、「仕事熱心じゃない」とか、本当の仕事の評価をすることの出来ない上の者の覚えが悪くなる。仕事は就業時間中に能率よくすませるのが一番いいはずである。確かに、若い、体力、気力のある時、短期間ならそういうことも出来るときはあるが、本当に一生懸命仕事をするというのはそんなに長続きするはずが無い。どこかで体を壊すのが関の山である。だらだらやるから長くやれるのじゃないだろうか。 |
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1999 年8月19日木曜日 第18話 三つの義務 |
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前回の話とも少し関連するエピソードがある。ちょっと長いが面白いので書いてみる。 当時、個人的に親しくしていた欧州共同体の役員に招かれて夕食を共にした時のことである。 一つは、職業人としての義務であり、それぞれの職業において契約上の責任を果たすことである。二つは家庭人としての義務であり、職業人としての義務を遂行したあとは家庭に帰って妻子と共に円満にして心豊かな家庭生活を営み、子女を訓育すること。三つには、それぞれの個人として地域社会(コミュニティ)と国家に奉仕する義務である。 これらの三つの義務をバランス良く果たさないと、われわれは゛市民"としての資格を失う。……中略 ヨーロッパにも、市民としての義務を一部免除された人たちがいる。軍人と警察官と囚人である。しかし、あの人たちは、囚人ではあり得ない。警察官でもない筈だ。とすれば最も近いのは軍人であり、彼らが属する組織は軍隊に似たものであるに相違ない。……以下略 どうです、あれから十年以上経った今でも、いや!いま今だからこそ本当に身にしみる言葉じゃないですか。会社という化け物に飼いならされた日本人の末路がみえるようです。社蓄となって日本を食い物にした人達があのバブルを引き起こしたのではないでしょうか。今からでも遅くない自分をとりもどしましょう・・・・・・。ちょっと言いすぎましたかね? それ以上に、これは経済摩擦に繋がっている。同じ条件で仕事をするのならまだしも、方や家庭も地域との付き合いも捨ててすべての力を会社にそそいでいるのである。そりゃ〜、向こうから見たらルール違反である。それで、勝った勝ったと騒いでいるのでは、余りにも恥ずかしいではないか?確かに、欧米に追いつき追い越せの時代にはある程度仕方なかったのかもしれないが、それにしてもなぜ日本だけがそうでなければならないのか? 一生懸命、命を削って、家族を犠牲にして仕事をして、世界から馬鹿にされてりゃ世話はない。そのくせ、物価は高い、社会資本は充実してない。儲けているのは会社ばかり。日本の労働者の立つ瀬はどこにあるんだ。 日本人よもっと利口になろう!! 2000 年4月3日月曜日修正 |
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1999 年8月20日金曜日 第19話 海外赴任 |
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石田禮助と鈴木朗夫のふたりに共通する事に、海外での生活がある。よく言われることで、「日本人どうしが群あって、現地にとけこまない」というのがある。殆どの日本人がそうであるらしい。はなはだしいのは外交官であってもそうらしい。ところがこの二人は、全然違う。その辺を見てみよう。 石田の場合。 大正五年。数え三十一歳でシアトルの支店長。 日曜ごとに、つゆ (※注、奥さん)とともに教会に通い、アメリカ人、それも上流社会の連中と堂々とつきあって、位負けするところがなかった。住むのも、クィーン・アン・ヒル。…中略 「石田さんは会社の格だけでなく、日本人の格を上げた。アメリカ人に尊敬され、日本人というものを理解させた」・・・・以下略 ニューヨーク支店長へ ・・・・・・中略 石田が赴任して三年後、物産ニューヨーク支店は数多いアメリカの会社を抜き、大西洋海底電線の最大の利用者となった。 ・・・・中略 |
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昭和十一年、本社常務として帰国するその石田をよろこばせたのが、帰途シアトルでの一週間の滞在であった。 実はニューヨークへの赴任の際も、石田はシアトル経由、同市で一週間を送っている。 かって不況の底のシアトルに大きな商売をもたらした石田に感謝したいと、市の有力者たちに招かれたからである。 …中略 それと同じことが、アメリカを去るときにも催され、一週間にわたって歓待された。 それは、石田の生涯の思い出のひとつとなった。 どうですかこの現地との徹底した付き合い、それが又大きな仕事の成果をもたらす。日本人は海外へ行くと、日本人だけでかたまり現地の人に溶け込まないとよく言われる。外交官であってそうらしい。それが又、日本人をの評判を悪くしているらしい。それと全く反対が石田さんである。それもシアトルではまだ31歳である。その歳で 運転手つきのキャデラックで、ダウンタウンの中心にある真新しいビルの十階全部を占めるオフィスへ通った。というのだから恐れ入ります。戦前はといえども、というか戦前でそんな事をしていたとは全く考えられません。戦前は、そんなに若くして支店長なんてのは当たり前だったのでしょうか?勉強不足で、良くわかりませんが、今の時代の人でも生半可では出来ないでしょう。その若さで国際派であったということでしょう。とてもじゃないが考えられないですね。スケールが余りにも違いすぎます。 今現在、これだけの人が海外派遣の経営陣の中でもどれだけいるでしょうか?殆どいないのではないでしょうか。 45歳でニューヨーク支店長。そこでも、実績を上げ、現地の指導層とも付き合っている。そして圧巻は、あのマスターズで有名なオーガスタのメンバーになっているのである。確か地元の有名人でも殆ど入ることができないはずである。そんな所のメンバーになったということは余程地元での信頼が厚かったということだろう。信じられないことである。 その信頼の厚さの証が、シアトルでの歓迎であろう。1週間にもわたる歓迎とは生半可なことではない。民間外交の極致ではないだろうか。こういう人が、外交官であれば日本の評価も全然違ったものになるでしょう。 本当に、並大抵の人じゃない。最後の歓迎のところなんか、涙が出ますね。こんな仕事をしてみたいもんだ。 鈴木の場合もそれに劣らずすごい。 昭和四十四年から四十六年にかけては、鈴木がとりわけ愛したスペインとの商談をまとめる。 ・・・・・・中略 その憧れのスペインに鈴木がはじめて足を踏み入れたのは昭和三十六年だった。伊藤と出会った翌年である。 そして、四十四年の春、例によって鈴木がふらりとマドリードに立ち寄った時、その中のひとりが、「助けてくれ」と飛びこんで来た。 事情を聞いてみると、スペインには中小の需要家が散在し、みんなが材料不足に悩んでいるが、鋼材の輸入供給はひとにぎりのユダヤ系外商が牛耳っており、零細需要家の弱みにつけ込んで法外な値段と条件で取引を強要しているという。…中略 そこへ、「住友で何とか助けてくれないか」と言われた鈴木は、一晩、頭をひねる。何とかして゛同胞"の願いに応えることはできないか。 切々たる訴えに応ずる道を求めて知恵を絞り、スペイン側の公正な機関が集中買付けをするのがベストだという結論に達した。 それで早速、以前から顔見知りだったカルロス・ペレス・デブリシオに面会を求める。カルロスは工業省傘下の鉄鋼連盟(UNESID)の総裁だった。 …中略 結局、この商談はうまくまとまり、鈴木は「スペイン業界の救世主」として感謝されることになる。 まるで、出来すぎたドラマのような話である。やはり、現地に深く入りこんでいたからこそ出来たことだろう。表面だけの付き合いをしていたのではこういう展開はありえなかったでしょう。 2000 年4月3日月曜日修正 |
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1999 年8月21日土曜日 第20話 海外生活 |
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今日、たまたま、懇意にしていただいているある医大の教授から留学されたときの話をお聞きする機会にめぐまれた。やはり、日本人は、昼食のとき食堂の一箇所に集まっており、教授にも声をかけてきたそうだ、教授は折角の留学なので、医局の方達と一緒にということで断ったそうだ。パーティなどでも、日本人は片隅に集まっているそうです。住むところも同じ所に固まり、日本人だけの付き合いをする。そのため、現地の人から、変な人達と言う見方をされるそうです。 |
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1999 年8月23日月曜日 第21話 トップの自殺 |
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会社にすべてを捧げ、会社に捨てられ、自殺する。そんなアホな! 何でそんなに会社が大事なのか、会社なんか生きて行くための方便であって、人生のすべてじゃない。日本の社会はよく言われるように、職の流動性がない。一度就職すれば定年まで勤めるのが善しとされる社会である。それが、サラリーマンを卑屈にさせ、上の顔色ばかりをうかがうようにしてしまう。 先日もふれましたが、ここ三、四年ほとんどパソコン以外の本を読んでいません。そこで相変わらずちょっと古い本(1991年10月初版)から面白いものを探し出してきました。 特に今回は上で述べたこととも関係あるが、先日の 第5話で触れた平均寿命にも関することです。現代教養文庫 「日本株式会社」批判 内橋克人/佐高 信 自殺するサラリーマン より中小企業のトップが資金繰りに困ったりして自殺する例は数多くありますが、大企業のトップが自殺する例はほとんどない。…中略 そうなんですね、サラリーマン社長なんて威張ってますが所詮ゴマスリのなれの果て。同期や、部下の足を引っ張ってのし上がってきたものが殆どじゃないでしょうか? 2000 年4月2日日曜日修正 |
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1999 年8月24日火曜日 第22話 トップ好みの人事 |
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昨日も、言いましたが所詮会社なんて、生きて行くための手段であって、人生のすべてを捧げるものじゃないはずです。ところが、どこでどう間違ったのか社長をかばって自殺なんてのまである。秘書が政治家の悪事を被って死ぬのと同じである。何処か変である。 自分のために働きましょう!! そんな証拠があります。昨日の約束です。非常に同感できるところなので引用します。 トップの好みで決まる人事 これが日本の現実でしょう。能力主義といっている所に限って、好き嫌いで人事をやっているのである。要するに、好き嫌いで出世してきたものに、能力を評価するだけの能力があるはずが無いといえば言い過ぎになるかも知れないが、それが今までの日本の企業だったはずである。 良い意味で刺のある、角の丸くない人間でありたい。尤も、ありすぎると言われている私も困り者らしい。 2000 年4月9日日曜日修正 |
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1999 年8月25日水曜日 第23話 単身赴任 |
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ちょっと話しが飛びますが、単身赴任に触れてみたいと思います。私にとっては単身赴任は何の意味もないと思います。もともと、私は、単身赴任どころか、転勤もする気がないので今の会社に入りました。兎に角、職住接近が私の理想とするところです。 そんな私が何で単身赴任なんかやってるんでしょう。早く辞めて田舎へ帰れば良いじゃないかと思われるでしょう。そこが情けないところですね、飛び出して一人でやっていくしか残された道がないのが現状です。 今や団塊の世代は社会の邪魔者です。尤も力のある人は全くそんことはありません。私のような腕も度胸も金も無い人間が一番楽な方法が単身赴任を受け入れることなのです。まったく、涙無くして語れませんね (T_T) 。 話がズレました。単身赴任の原因は、私が上司に嫌われたことが原因です。彼は私と仕事がしたくなくて転勤させただけなのです。あまりに部下をいじめるので私が逆らったことなどが原因みたいです。 その話は、突然来ました。彼は、自分では話し出すことができずに本社の人事部長を通して言ってきました。辞めるか、行くかどちらかでしたが、やはり生活の為もありすぐには辞められなかったのが本当のところです。 マァいいか 、転勤してから考えようと来てから六年が経ったわけです。そんな単身赴任についても、現代教養文庫 「日本株式会社」批判 内橋克人/佐高 信 自殺するサラリーマンが、取り上げています。 遂に来ました単身赴任。日頃、単身赴任についてここまで深く考えてはいませんが、言われてみればその通りですね。実際には、本文の中で「生かすも殺すも人事次第」と言ってますが、真剣に人事をやっていればまだましだと思います。 経営者が末端の人事まですることもないでしょうから、そこには現場の長の考えが入ってきます。この辺が真剣に人事をやっている間は、まだその企業のモラルは保たれるでしょう。ここに好き嫌いが入ってくると悲劇ですね。 そんな会社が発展することはないでしょう。それ程大事な人事をいいかげんにやっている会社のなんと多いことか。大企業であれ、中小企業であれ、経営者が人事を真剣にやらなくなったらその会社は終わりでしょう。 自分に耳障りのいい人間だけを回りに集め出すともうダメですね。また、そういう回りに集まる人間は口が旨い。仕事の成功は自分の手柄。失敗は、部下の責任。それを見破れない経営者。そして滅んでゆく。 歴史上繰り返されてきたことである。どんな大きな帝国であれ滅んで行く道は、似たようなものである。今、日本で銀行が危機的状況になっているが、これなんかも上に立った者達のおごりからきているはずである。沢山の、心ある人達がその影で泣かされてきている。人間なんて本当にあわれですね すみません、ついつい日頃の想いが入り余計なことまで書いてしまいました。まだまだ想いは沢山ありますが心を落ち着けてからにします。 2000 年4月9日日曜日修正 |
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1999 年8月26日木曜日 第24話 単身赴任 |
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単身赴任で感じたこと。 仕事が終わって、帰りにスーパーへ寄って買い物をする。何を食べるか、最初のころは、仕事よりそっちのほうに気がいっていた様な気がします。特に、休みの日なんか、一日中何を食べるかの心配ばかりしていました。これで仕事ができるわけ無いと思いませんか。かなり慣れてきた今でも、まず生活する為の基本的なことは自分でやるしかないのですから、その分仕事への振り分けは、減ります。自分がやってみて思うのですが、女の人って、すごいですね。特に共働きの人。家事をやって、会社で仕事して、子育てまでやってスーパーマン(ウーマン)ですね。ほんと、尊敬します。その点、男は、ダメですね。特に日本の男。子供のときからの教育にもよるのでしょうけれども。今の若い人は大分変わってきているようですけど。しかし、本当は、どちらが良いか分からないんじゃないでしょうか。今の時代、共働きの奥さんをパートで安く使って得した気になっている会社。その亭主はその分仕事の手を抜いているんじゃないですか?尤も、優秀な女性が仕事をして、私みたいなのは専業主夫と言うのも良いかもしれないですね。どちらでも、仕事の好きな方が稼げば良い。 また、話が飛躍してますね。何でこうなるかと言うと、「単身赴任なんて会社が思ってるほど有効じゃないですよ」と言いたいわけです。そうでしょう。家族が一緒に暮らして、子育てして、その為の人生でしょう。 |
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1999 年8月27日金曜日 第25話 誰の人生 |
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第22話でも言いましたが、会社なんて生きて行くための手段の一つです。生きて行くための方法なんてたくさんあるはずですが、子供の時から企業に都合のいい様に教育されてしまった為に、周りが見えなくなっているのではないでしょうか。 私なんかは、その典型だと思います。何の疑問も持たず、学校へ行って、就職して始めて、なにか違うぞと気がついたのです。 かといって、その社会の仕組みから飛び出すだけの力も度胸も無く、ただ、もっと良い(楽で、給料が良くて、仕事が面白い)会社があるのじゃないかと転々としてだけなのです。日本の国は、力の無い者には、そんなに甘くありません。転職するほど条件は難しくなります。 しかしながら、企業というものは見た目では分からないということは経験しました。大きければ良いものじゃないですが、大きい方が何かと有利な面があるのは確かです。 本当は自分の好きな仕事を出きることが一番幸せなのでしょうが、自分の好きな仕事なんてある人は滅多にいないし、ましてやそんな仕事に就いている人なんて一握りでしょう。 であるならば今就いている仕事を好きになるか?同じであるなら、少しでも条件の良い所へ移った方が良いのは当たり前じゃあないでしょうか? 会社なんか少しでも良い条件を探すところであって、すべてじゃないのです。酷い会社はこちらからおさらばで良いじゃないですか? まして他に生きて行く方法があれば其れで良いのじゃないでしょうか。 何度でも言いますが、会社がすべてじゃないのです。
そんな企業と個人との関係についても現代教養文庫 「日本株式会社」批判 内橋克人/佐高 信 自殺するサラリーマンが取り上げています。抜粋してみました。会社生活は自分の中でワン・オブ・ゼムだということですね。自分の二十四時間の中にはもっともっとたくさんの要素があって、会社はその中の一部にしかすぎない、という…・・。
しかし、この二人の考えは素晴らしいですね。でもこれが日本人に特に経営者層にはなかなか受け入れられないのでしょうね。特に私なんかが主張すると、つまはじきですね。本当は、サラリーマン全部が主張すべきことだとおもうのですが、どうですか? 日本人よ立ち上がれ!なんちゃって。 でも選挙に一番現れているような気がします。本当にサラリーマンのためになる人でなく、いつまでも会社の推薦している人選んだりしている。折角こんなに皆が一生懸命働いているのに会社だけが恩恵を受けているっておかしいと思いませんか? 2000 年4月9日日曜日修正 |
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1999 年8月28日土曜日 第26話 東邦生命 |
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正直言って、私は管理職批判で睨まれている。こちらは、正々堂々と批判しているつもりであるが、負け犬の遠吠えと見られているのは間違いない。しかし何と言われようとも、人間として認めることの出来ない者に従う気持ちは無い。それを態度で現すし、面と向かって言うから尚更向こうは気に障る。何とかして辞めさせたいのが見え見えである。昇格も止まったままである。しかし、へりくだってまで、昇格したいとも思わない。サラリーマンとしては失格であろうが、変える気は無い。 今、雑誌「財界」に非常に興味深い記事がある。いわゆる世襲による企業の崩壊を題材にしたものである。それは一人の OBの告発手記によって書かれている。その中身もそうであるが、私は、その本人の気持ちに共感するものがある。上記でも言ったように、私の場合はオーナーというより管理職の中に同じ怒りを感じる人間がいるからである。このオーナーとその管理職を置き換えると殆ど当てはまるような気がする。それだけにこのOBの立場、気持ちが身につまされるのである。その中から気になるところを書いてみます。 東邦生命のOBが告発手記 「財界」 1999 8/24「東邦生命を破滅に導いた太田新太郎の虚像と実像」 佐藤 守より ……略
それらが社長に対する直言でなかったことをもって゛遠吠え"といわれるならば、その批判は甘受しなければならない。……以下略 この佐藤さんの気持ちは痛いほどわかるつもりである。私の、会社での立場もこの佐藤さんと殆ど同じではないだろうかと思っている。 TOPのこれも情けないが、下のものにとっては、上司にこうした人がいるのも辛い。管理職にそんな権限を持たせて気がつかないTOPも自分がやっているのと同じである。管理職があたかもオーナーであるかのように権限を振り回し、人事を壟断し、会社を食い物にしているのに誰も止めない。面と向かって逆らう人間は上のOBと同じ目にあう。 もちろんそれを許すTOPの責任は大きいが、こういう人間は上をたぶらかすのがまた旨い。そしてまたその周りにおなじようなのが集まって同じように人事を壟断している。下で真面目に働いているものは良い面の皮である。何でこんなことがTOPには分からないのか、やっぱり「同じ穴の狢」か、マァいいか自分の会社だ自分でつぶせ。 それにしても上記の佐藤さんくやしかっただろうなぁ。どこの会社にもこうした人は沢山いるのだろう。そして辛抱できずに辞めていった人もいるはずだ。わが社でもいじめられて辞めていった人を沢山見てきただけに身につまされる。世の中間違っている。それでも上の者の勝ち。 「いつか見てろ!」と思ってはいるけれど!! 2000 年4月9日日曜日修正 |
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1999 年8月29日日曜日 第27話 冠婚葬祭 |
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冠婚葬祭が本業になってしまっている国会議員。結婚式や、葬式に国会議員の電報は当たり前、本人が参列すれば格が上がる。その為には、お金を払ってまできてもらうこともあるという。 27日に選挙にちょっとふれたら、読売新聞朝刊にたまたま丁度ピッタリの記事が、「今日のノート」 1999年(平成11年)8月27日金曜日にありました。 しかもこれは平均額で最高は何と二千万円というから、議員と秘書は主に儀式の盛り上げや名義貸しといった、およそ本来の政治とは無関係の所に精力を注いでいることになる。……以下略 梶原 誠一 何時も思いますが、日本の政治の貧困はここに現れていると思います。確かに碌な政治家はいないようですが、彼等を、そうさせているのは、我々選挙民にも在ると思います。自分達の得に成る事ばかりを求める事が、彼等に本当の政治をさせる事を邪魔しているのです。 日本人よみんなで滅びれば怖くない! 2000 年4月9日日曜日修正 |
| 1999年8月31日火曜日 第28話 HP |
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8月も最後になりました。 HPを開設して8月は初めての一ヵ月丸々でしたが、なるべく毎日更新してみようと思い書いてきましたが、正直きついですね。それでも、中でも触れたように、久しぶりに本を読むきっかけができて良かったと思ってます。又、自分の読書の傾向も見えて我ながら苦笑せざるを得ないところもあって面白かったです。「良い歳して何を青臭いこと言ってるんだ」とお思いでしょうが、この性格はこの歳まできたらもう直らないと思いますし、直す気もありません。元々、やってから考えようと始めたHPですが、それだけに中身も乏しく、情けなくて、付き合ってくださった皆さんにお礼を言いたいと思います。出来れば「ゆっくりとでも続けて行けたらなぁ」と考えていますのでこれからもよろしくお願いします。 「ここが悪い」とか「こんなこと取り上げたらどうか」とか、何でもご意見があれば言ってください。続けていく参考にさせていただきたいと思います。 一ヵ月の感想として、中身じゃないですけど、ワードを使って文章を書く経験を始めてしましたが、ワープロって皆さんが良く言っているように結構バカなところがありますね。こちらの技量も悪いのですが、変換でちょっと油断すると、とんでもない字になっている事が良くありました。後で慌てて直したり、 HPにUPした後で気がついてもう一度UPし直したり色々経験させてもらいました。これからも誤字脱字が沢山あると思いますので又、やってるなと大目に見てやってください。気がつけば直すようにはしていますが、全部は無理だと思います。その辺は、マァいいかでやろうとおもっています。 |