団塊の世代の部屋(3

 

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 1999101日金曜日  第56話  前例主義

 9月も何とか出張以外のときは、更新できました。10月もどこまで出来るか頑張ってみようと思っています。ところが昨日東京出張で早速最初から更新できないところでした。短いのを一つ。
  2三日前の新聞に面白い記事がありました。
 ホテルのロビーで読んだのでどこの新聞だったか忘れましたが、確か、予算に関したことでした。以前も触れた日本の通信インフラの件です。ようやく日本もアメリカ等のインターネットインフラと比べて遅れているので追いつく為の予算がついたということですが、それについての面白い発言です。
 というのは、日本人は皆、他所より遅れているというと安心して嬉しそうに予算を通すが、世界のどこもやったことが無い、新しいことには予算をつけない。日本にも、予算があれば世界を先導できるだろう世界に先駆けた新しい優れた研究もあるがそういうものには予算を付けないのだそうである。そして世界で認められていて、日本が遅れていると認められたものには嬉嬉として予算をつけるということです。

 相変らず情けない話ですね。いわゆる前例主義ですかね?今は、まだ、こうやって外国の前例もとりいれるようになっていますが、外圧が無いころは、それも無理だったのでしょうね。兎に角、独創的なこと認めないのは、日本のお家芸のようです。
 沢山の研究や発明などがつぶされてきたのでしょうね。あの有名なドクター中松さんなんかも日本ではどうしても胡散臭そうな評価しかされていないような感じです。

やっぱり何とかならないのか日本ですね。

1999102日土曜日  57  リストラ

 いつも思っていたことで、先日も少し第40話で触れたましたが、いかに他社との競争に勝つかは、どれだけ競合他社よりコストダウンが図れているかである。
 談合による価格操作にはないはずである。談合による価格操作はその商品自体の市場性を殺いでしまうと思うのである。しいては会社自体の存在意義を無くするはずである。
 ある日、気がついたら、自社の商品の価値がなくなり、市場自体がなくなって、会社が倒産していたなんて事が起きるかもしれない。
 それではどうやって、競合相手以上のコストダウンを計れば良いのであろうか?普通にやっていれば、規模の大きい方が有利なはずである。それでは、規模の大きなところにどうやって対抗していくか?同じ事をやっていては勝てるはずは無い。
 

 そんな疑問に答えるような説が、日刊工業新聞1999(平成11年)9月29日水曜日 中小企業経営 経営士の提言 新しい人事組織制度のあり方 捨てる部分をいかにつくるか に、取り上げられていました。

 ……略  
  中堅・中小企業のように、経営資源が希少なところほど、会社の特徴に強化・集中する必要がある。重要でない部分は外注化するなどの方策も検討すべきである。…以下略
 (日本経営士会・廣岡 久生、03.3239.0691)

 これは今までのモヤモヤを吹き飛ばしてくれる説である。どうしても今までのリストラは、被害者意識になってしまうが、こう説明されると、なるほどリストラも必要と納得できるものがある。単なる人員整理のリストラは従業員を疑心暗鬼に落とし入れるだけである。
 だからこそ、このような「
会社の特徴に強化・集中する」リストラが必要になるのである。こうした前向きのリストラならば社員も喜んで受け入れることが出来るはずである。リストラにより会社の競争力を増し、その利益を社員に還元する。確かに一番厳しい方法かもしれないが、一番挑戦しがいのあるリストラである。

2000412日水曜日修正

1999105日火曜日  第58話  人事

 管理職とは何でしょう。日本に多い、上からの指示、通達をそのまま下へ、伝えるだけが職務ではないはずである。上からの指示をそのまま下へ流すだけなら、掲示板か、今の時代なら電子メールで十分である。
 間に、なまじ人間が入るより却って変な間違いが無いだけマシかもしれない。それなら、出来るだけ中間管理職を減らして、トップから下までの階層を少なくした方が、コストも削減できるというものである。小さな会社ならそれで十分ではないでしょうか。
 しかしながら、本来の管理職とはそんなものではないはずである。会社の方針、上からの指示、通達を自分で解釈し、どうすればそれを自分の部下に実行させることが出来るかを考え、指示したり、部下の意見を逆に上にどう伝えるかを考え実行する。
 そこには、伝達管だけの機能で済ませることの出来ない、大事な職務があるはずである。ところが、そんな大事な職務を務めるのに、所詮、一人の人間が管理できる人数には限度があるからである。せいぜい10人も管理できれば上々ではないでしょうか。
 それ故に、従業員が増えてくれば、管理職を重ねた組織と言うものが必要になってくるのである。その組織を生かすも殺すも、管理職次第ということになるはずである。伝達だけの管理職はいらないということである。

 そんな管理職の大事さを、昨日の第57話「経営士の提言 新しい人事組織制度のあり方」と相通じるものが「団塊サラリーマンの生き方江坂 彰講談社文庫が触れている。1999926日日曜日の第52話でも取り上げた「かならず上から腐敗する日本の組織」の続きでもある、会社VS.サラリーマン より 日本企業の最後の難関は人事革命だ、の中にあった。

 ……略

   自らの知恵・感性・創造力で勝負する管理職(士官・将校・将官)クラスがしっかりしていれば、会社は伸びる。……以下略

 やはり、殺す人事でなく生かす人事ということだ。一人一人の良い面を伸ばしていくことこそ人材を生かすということである。そしてここで述べられている「自らの知恵・感性・創造力で勝負する管理職」こそ本当に必要な人材であるが、そんな管理職がいる会社なんて日本の国にいくつあるのだろう。
 管理職を真剣に選び且つ教育することが企業が伸びて行く為には必要である。どれだけ力を注いでもやり過ぎということは無いだろう。ここがしっかりしていればトップは少々抜けていても良いくらいである。それが少ないから、トップのリーダーシップが求められているのかもしれない。
 ましてや、部下を恐怖政治でをいじめ、自分達は何の仕事もせずに会社を食い物にしている管理職の多い会社に発展があるはずがない。
 そういう会社に限って信賞必罰がなく情実人事が横行しているのである。

2000412日水曜日修正

1999107日木曜日  第59話  NTT

 ここ3、4日はPCの部屋で書いたように、ビデオボードで苦戦してまして、こちらに書く気力がありませんでした。
 週刊東洋経済の「
経済人の言葉ウオッチ石井信平映像&出版プロデュサー」が今度も面白いことを書いている。この石井さんと言う人も結構きついことを書いているけど、風当たりはないのだろうか?(人の心配してる場合か!!)。インターネットをしている人は皆思っていることだと思うが、SONYの出井社長も経済界で始めて公の場で批判した。「日本の国はNTTにつぶされる」と言ったのは私だが、同じことを言っていると思いますので又。全部とりあげさせてもらいます。

宮津純一郎NTT社長の「未成熟」な発言 1999.10.2

 こんな経営者の、こんな発言が、景気の足を引っ張っているのだ。NTT宮津純一郎社長は、定額制導入で常時接続一万円は高すぎないか、という批判にこう答えた(日経、9月4日朝刊)。
 「インターネットと市場は、まだ未成熟で変化が激しい。利用者の動向がつかめれば、それに合った料金を出していく」
 この短いコメントに重大な問題が二つある。第一は「動向をつかめていない」情けなさである。第二はインターネット市場は「未成熟」という認識だ。もしそうなら、成熟を阻んでいるものは何か、思い至らないのだろうか?それはまず、
NTTによるアクセス料金が高すぎるからである。
 ロスに留学していた甥が帰国した。聞けば、月八ドルを地元電話会社に払えば、インターネットとローカル電話は使い放題だったという。
 
NTTは巨大だが、図体の割りに資産効率が低すぎて、1.40%。ちなみに全米地域電話会社平均8.04%、AT&T6.76%(『日経ビジネス』6月27日号)。その効率の悪さ、つまり経営のダメさを利用者が補填してNTTを支えている。
 日本のインターネット動向もつかめぬモタモタぶりは、この会社の国際戦略への取り組みの後れになり、多国籍企業へのグローバル・サービスの構築など遠い夢だ。いずれ
NTTは、下請けまたはローカル・キャリアになって国際競争に取り残されるだろう。その危機感は宮津氏の発言にはない。
 「利用者の動向」という言い方も、まるで公務員。この人はインターネットを自分で使ったことがないな。そして、コミュニケーションという自分の仕事を本当に愛しているのかな?そんないらぬことまで考えてしまった。
 すべて「需要見合い」でしか物事を考えられない宮津氏を私は「経営者」とは呼ばない。ただの「未成熟」な人だ。

 SONYの出井社長とこの違いは何だろう。やはり、民間それも戦後のベンチャー代表と言われる会社と元公社の育ちの差だろうか?社長一人が悪いとは言わないが、やはりT0Pの考えには逆らわない日本の社会の弊害がここにも現れているのだろう。NTTの経営陣は自分達の都合だけで後世の日本衰退をもたらしたことをどう考えるのだろうか。尤も、その頃には自分達だけ良い思いをした後皆さんお亡くなりになっているか。そこには、自分達が日本の未来を握っていると言う自覚は無い様である。今大問題になっている原子力もそんな無責任な会社の体質がもたらしたものである。やはりこの国は長くないかもしれない、そんな気がしませんか。

19991010日日曜日  第60話  信賞必罰

 仲間内の傷のナメあいばかりでけじめがない。それが特に上に行くほどひどくなり責任だけは下におしつける。そんな会社が生き残れるわけは無い。日本の中ではごまかせても、世界で取り残されるだろう。日本全体に無責任が蔓延しているように思う。
 当たり前のことを当たり前にして行く、そこに好き嫌いが入ることが、物事をゆがめて行くのだろう。人間である限り仕方の無いことであるかもしれないが、どれだけそれを排除して公平な目で判断していくかが必要でなことである。それが出来ない限りこの国はよくならないと思う。

 野球の世界での信賞必罰に関する面白い記事がありました。日本経済新聞 1999年(平成11年)108日(金曜日)チェンジアップ 豊田泰光信賞必罰は当たり前より

 
 屈指の三塁ベースコーチといわれた伊原・守備走塁コーチが解任されるなど、まさかの内容。球団社長らも減棒処分となった。三年間に二度のリーグ優勝を果たしているチームだ。オーナーへの顔向け的な意味合いもあろうが、これほど厳しい責任追及の例を私はしらない。 …以下略(野球評論家)

 あれだけ実力の世界と言われるプロ野球の世界でも日本の国は甘えの構造から抜け出せないようである。あのプロ野球選手の中でも異端児的な考えと行動の落合博光(私はその考えに共感しているが)さんがテレビで「実力の世界であるプロ野球もやっぱり、好き嫌い人事がある」と言っていたが、そういう体質が信勝必罰の無い「なぁなぁ」をはびこらすことになっている。あのプロの世界でさえそうなのであるから、一般の企業のように実力の測りにくい世界では尚更であろう。
 

19991011日月曜日  第61話  フロン

 日曜日の昼前のTVで考えさせられる番組をやっていた。島田伸介が司会をやっているものです。政治経済など割と面白い話題を取り上げているので人気の有る番組です。
 今回はフロンについてのことです。冷蔵庫の冷媒や発砲スチロールなどに使われていて、オゾン層の破壊で問題になったアレです。もう日本人にとっては過去のことのような感じです。その取り組みについて、日本とドイツの違いを見せていましたが、その裏に潜む恐ろしさに考えさせられました。
 ドイツでは法律を作って罰則を決め、国をあげて取り組んでいます。フロンの90%以上の回収を義務付けているそうです。そして近いうちにそれが出来ない企業は存在しなくてもよいと言うほどのきつい罰則を施行するそうです。企業の利益より地球に暮らす物の責任を重視する考えです。国民もその考えを支持しています。だからこそそういう法律もできるのでしょう。冷蔵庫の冷媒もHC(炭化水素)というものに殆ど変わっているそうです。消費者がそれでないと購入しないのです。
 一方日本を見てみるとどうでしょう。日本には使わないようにしようというだけで、法律も罰則もないそうです。ですからコストがかかるということで、見てみぬ振りの野放し状態です。廃車のクーラーのフロンもほんの一部しか回収されていないようです。ましてや冷蔵庫の冷媒は代替フロンといってフロンと変わらない位地球の環境に悪い物(地球温暖化をもたらすものらしい、それは余り消費者には知らされていない)を使って国民を誤魔化しているのだそうです。ドイツで使われているHCを使う技術はあるがコストがかかるので知らん顔しているのである。自分達の儲けの為には皆でほうかむりをするのである。裏では企業から政治家に政治献金という名の裏金が飛び交っているのじゃないでしょうか。だから政治家も官僚も本気になって取り組まない。
 このフロンにしろ、ゴミの回収にしろ今度の原発問題にしろ日本人の「
なぁなぁ」主義の悪いところがどんどん現れてきているような気がする。そしてそれはすべて日本だけの問題では済まない地球規模の問題である。それを日本人の自分だけが良ければの考えでこのまま進んでいくと、世界中からつまはじきにされる時が来るだろう。自分だけ、自社だけ、日本の国だけという小さな考えは許されない時代になっていることを日本人は早く気が付かなければならない。地球の未来の為には少しの不自由は辛抱するという基本的な姿勢が必要だと思う。個人、企業、国が世界という視点で行動をしていかなければならないのではないだろうか。
 何年か後に、「日本人というバカな奴らが自分達のことしか考えずに、地球をこんなにしてしまったんだ」と言われる日がこないように願いたいものである。

19991012日火曜日  第62話  英語

 パソコンを始めインターネットをやりだして誰もが思うように、私も「今からの時代は、パソコンと英語が出来ることが当たり前の時代になるだろうなぁ」とつくづく思わされている。私達の時代でも英語が出来ないことは、人生の選択肢の半分は無いような物だと思うが、これからの人達はそれが出来ないことは我々以上のハンディを負うことになるのじゃないだろうか。それはとりもなおさず日本が抱える問題でもあるはずである。インターネットの世界を見ていると情報の殆どは英語である。もちろん日本語の世界も広いが、それはインターネットの世界のほんの一部でしかない。つまり英語が出来るということは情報の量と速さが全く違うということである。スタートでそれだけの差がつくということである。大変な時代になったものである。ところがそういう風に考えない人達もいるようである。ちょっと驚いた記事が有ったので取り上げてみたい。

財界 1012日号(1999)言ってみたいこと、書いてみたいこと 英語に弱い日本人、このままでいいか(下)経団連参与・前事務総長 21世紀政策研究所特別顧問 三好正也

 英語のディベートで国際的思考方式を学ぼう
    「三好さん、そうした認識でわが国の英語教育を論じてもらっては困ります。英会話とかディベートに関係あるのは、全人口の二%程度にしか過ぎないのです。……中略」

  この後に及んで、教育の世界にこんな意見があることを知って、びっくりしました。余りにも情けないとは思いませんか?確かに読み書きも必要であることは認めますが、それ以上に今の日本に求められているのは世界との意思の疎通ではないでしょうか。昨日も述べたが世界とのズレはこんなところににもあると思われる。教育界がこんな考えではますます日本の孤立は深まっていくだろう。その上、何時も触れている日本の企業の異常な人事が「英語屋さん」というものを作っているのではないか?努力、実力が認められない人材殺しの世界である。こんなところにも日本の「英語に弱い」問題の原因があるとは知りませんでした。そこには男の嫉妬が見えるような気がします。日本人て本当に情けないですね!!。何で人の足を引っ張るのだろう。人の力は素直に評価したいものですね。こんなことを言ってるとやっぱり「おまえは甘い」と言われそうですが、それでもいいです。こんな世界は真っ平だ!!。早く日本独特の「ムラ社会」から脱皮しないと益々世界の嫌われ者になっていくだろう。

2000/4/2修正

19991014日木曜日  第63話  通勤

 東京出張から帰ってきました。日頃から、通勤とか出張に関することで「面白いな」と感じていることがあるのですが、そんなことを考えながら新幹線に乗っていました。
 それは何かと言うと、通勤や出張のときの時間をどう過ごすかと言うことです。大勢は読書に使うというのがあります。毎日通勤の時に読書をするのと居眠りしているのとでは一生の間には大きな差がつくとか、通勤の読書で資格を取ったとかたいていは読書励賛が多いようです。確かにその差は大きいと思います。私もそう思ってました。しかし、最近インターネットをテレホーダイで夜中にやるようになって、電車での移動中は大抵居眠りしています。出張となるとここぞとばかり車中は寝ています。こんな姿を見るとやはり「あの小父さんいい年して居眠りばかりしていて人生に目標はないのかいな」と思われているかもしれません。でも私は、日頃の睡眠不足をとり返せてよかったと思ってます。それで健康が取り戻せれば「
マァいいか」ってとこです。
 又、何かの本で読んだのですが、通勤のときに車窓の景色や人の生活、車内の人の服装や話等を観察することにより流行や社会のニーズなどを感じ取ることが出来、それが商売に非常に役に立つので「読書なんかしている人の気が知れない」というのがあって、ああなるほど、「ものの見方というのは色々あるのだなぁ」と感心させられた物である。また、出張とか旅行の場合、例えばその時の景色は始めてであり、その後一生経験できないかもしれないし、その経験の方が読書居眠りよりズット価値があるかもしれない。
 こう考えてくると自分の考えが唯一であると思いこむ怖さがある。これは特に私に向かって言わなければならない言葉であるというのは良くわかっているつもりであるが、わかっていても感情に走ってしまうのである。許せない物は許せない理性じゃなくて感情である。解っちゃいるけどやめられない…。やっぱり性格変わりそうもありませんのでここの書きこみも当分変わらないと思いますが宜しくおつきあいください。

19991015日金曜日  第64話  ベラルーシの林檎

 「ベラルーシの林檎」という本を読まれたことありますか。あの有名な女優である岸惠子さんが書いた本である。彼女が本を書いていることも知らなかった私が何故読む気になったかというと、佐高信さんの本で彼女との対談を読んだからである。えー!何で佐高さんが女優なんか(ちょっと失言か?)と対談するんだろう。およそ似つかわしくなさそうである。
 やはりそこには理由があった。どうも彼女が書いた本を佐高さんが認めているようである。「ふーん!機会があったら読んでみるか」そう思っていたので偶然本屋で見つけたときはすぐ買ってしまった。
 彼女は女優として日本で絶頂の時にフランスの監督と結婚してパリに住んだのである。今の時代ならありそうだが戦後そう経ってないときなのでそれだけでも並みの人ではないのかもしれない。そういう背景を持った人の言葉として考えられさせるところがあった。
 湾岸戦争が終わった後に彼女がイスラエルのシャミール首相(と言っても私は知りもしないが)にインタビューしたときのことである。  

 ……略
  「しかし、どこを捜してもこの部屋には入口のドアがない。何処をノックすれば部屋が開くのか分からない。ほとんど分け入ることの不可能な国と感じます。遠いからでしょうか……」
 ……以下略

 ものすごく共感させられた。やはりそう思ってる人はいるんだなぁ。それも湾岸戦争のころである。日本人は何の反省もしていないのだろうか。やってることは相変らず自分だけが良ければである。もう一つ後半に痛烈な言葉があるので引用してみよう。

 ……略
  「国の指導者たちは思いっきり汚いことをして、国民は怒っているんだか、あきらめているんだか暴動さえも起こさない。…中略 」……以下略

 今も、全く同じである。バブルの元凶である銀行に税金をつぎこみ、挙句の果てに預金の利子は限りなくゼロに近い。それでも暴動も起こさず黙ってリストラまでされている。日本人て何でこんなに体制に弱いんだ。
 黙って耐えることが美徳もいいかげんにしないと大変なことになりそうな気がする。ヤッパリ長くないんじゃないかな!!この国。
 「不思議の国の蟻巣」とは良く行ったモノである。岸惠子あなどりがたし。

19991017日日曜日  第65話  暴動

 何時から、日本人は、こんなおかしな人間になってしまったのだろうか?果たして、昔からそうだったのだろうか?
 余り歴史の勉強もしていないので良くは分かりませんが、江戸時代の鎖国政策からというのはどうでしょう。それ以前は日本人も海外へ出て言って、山田長政のような人も出ています。
 300年に渡った鎖国により、世界から取り残され、徳川幕府の組織の中で、相互監視の政策に慣らされ、何をやっても、階級を飛び出ることは出来無いと言う事に、あきらめることを覚えて行ったのではないでしょうか。
 明治維新で一部の人間によって時代は変わったが、長年の習性は、すぐには変わらず、幕府が政府に変わっただけで人は変わらなかったような気がします。
 要するに、自分で考えることより、上から与えられることに慣れてしまって、頼ることの楽を体が覚えてしまっているのかもしれません。確かに、割りきってしまえば、最低限の生活はできるのですから、のんびりとした生活をするには楽かもしれません。何てったって、責任はありませんから。
 そんな性格が、一部の人間による戦争へも疑いも無く突入し、敗戦で、アメリカからもらった民主主義も何の疑いも持たず受け入れてしまったのではないでしょうか?
 与えられた民主主義だから、真剣に守ろうという気も無く、お上任せになってしまっているのでしょう。何たって、難しいことは人任せ。こんな楽なことはありませんものね。
 それの延長が、税金は源泉徴収で人任せ。子育ては、奥さん任せ、責任は学校任せにも通じていると思うのは私だけでしょうか。人間、ヤッパリ、自分で考え行動しないと無責任になってしまうのかもしれませんね。

 そんな日本人に触れたのが、「佐高信の視線 」  著 佐高信  読売新聞で、これが昨日取り上げた岸惠子さんとの対談の本です。この中の 「4章 日本人への視線 どこにある?日本人の根っこ」にあります。
 対談の中にも面白いところが沢山あります。全部書きたいところですが、ちょっと多すぎるので一部にしておきます。

  岸 …略
 私の娘もびっくりしてますよ。「日本の人ってよく『しょうがない』って言うわね。鉄道運賃が四〇%ぐらい上がっても『しょうがない』ですませちゃう。フランスだったら暴動が起きるわ」って。 

 どうです、私もよく「暴動も起こさず」とよく言いますがそれだけ日本人は外国人からみておかしいと見えているのです。自己主張することによって社会や会社から抹殺される怖さに萎縮しているのだろうと思います。長い間の、お上任せの体質が染み込んでいるのでしょう。それが『しょうがない』に表されているような気がします。
 一人一人の日本人そんなに悪いとは思いません。組織に入ったときに周りの監視の目に負けて黙ってしまうのです。この日本の悪習を破っていかないと日本は変わらないでしょう。
 確かに、黙って組織について行けばぬるま湯の中で気楽に過ごせるのでしょう。しかし、やはり自分で考え主張できる人が増えて組織に立ち向かっていかなければならないのではないでしょうか。
 組織が変わり、日本人が変わらないと日本はやっぱり世界の鼻つまみ。 

2000413日木曜日修正

19991018日月曜日  第66話  直言

 第10話第15話第29話第30話第37話等で触れましたが、直言というのは機会あるごとに取り上げられる話ですが、実際にそれをしたという人は殆どいないのが現状ではないでしょうか。ましてや、それを聞き入れたなんてのはまず無いと言っていいくらいかもしれません。
 それほどに、人間にとって耳に痛いことを聞くというのは難しいのでしょう。特に、権力を持った人間にとっては不可能に近いのでしょう。それだからこそ、前記に挙げたような話が珍しいこととして残ることになるのでしょう。
 実は、私もバカなことをやったことがあるのです。社長の長男に、「会社の何が悪いですか?」と聞かれて、一杯言った後で、「結局、あなたの父親が一番悪い」と言ってしまったのです。それから私の昇格は止まったような気がします。バカなことは言うもんじゃありませんね
()マァいいか!クビにならなかっただけ有難い事なのでしょう。

 それに関連したことを「財界」10月26日号(1999) 三鬼陽之助の経営評論六〇余年の舞台裏 連載203回に、取り上げています。

 以下は、当時東洋工業現マツダの組合委員長高下達弘氏が、会社首脳部に言いつづけてきた事だそうである。なかなか考えさせられるその中で一つだけ挙げてみる。

3…松田社長よ、常に耳に痛いことを聞く姿勢をとれ。腹が立っても、腹で納める修養を続けられよ。

 この委員長は、社長の松田耕平氏と同年齢である上、社会党系の町会議員の肩書きを持ち、組合運動のベテランであったそうである。
 それでも、これだけの事を堂々と主張し続けたのは大した物である。こういう人がいないのが今の世の中の現実だと思う。今までに、私が主張してきたことを全て表してくれているようである。
 しかし考えてみれば、社長というのも大変な仕事ですね。これだけの事を求められるのですから。従業員とその家族の為にがんばってください。

2000413日木曜日修正

19991019日火曜日  第67話  立花隆

  「立花隆の同時代ノート 講談社」この本をHaruhisaさん(掲示板に時々書きこんでもらってます)から借りて読み出しました。田中角栄を追及した事で有名な事ぐらいしか知りませんでしたが、読んでみると良いこと書いてますね。
 私の好きそうなテーマが目白押しです。おまけに
HP(時期がチョット古いので、今は、余り更新されてないようですが)もあるのでいいネタになりそうです。さっそく、一つ選んでみました。年代は1996年です。古いですが、本質はいっしょだと思います。

 失政のツケを国民に背負わすまやかし予算

  「住専」よりもっと怒るべきものがある

 

 どうです、おとなしい国民を食い物にしている政治家と官僚に対する怒りはやはり必要なんです。今は、この上に銀行、ゼネコンなどのツケまで払わされて暴動をおこすどころか怒りさえ忘れようとしている我々日本人は一体どうしたんだろう。おとなしいにもほどがある。

19991020日水曜日   第68話  官僚

 話はとびますが、司馬遼太郎さんが書いた「このくにのかたち」のタイトルをみるとかなり日本に絶望していたんじゃないかなと思います。人が「このくに」とか「この会社」とか言い出したときは、それに希望が持てなくなった時ではないかと思います。普通は「わがくに」とか「我社」とかいいますね。それを敢えて言わなくなったときその裏には深い絶望があるのではないかと思います。なぜそう思うかというと、あるときから私も我社と言わなくなったからです。そのとき始めて司馬さんもそうじゃないのだろうかと思い出したのです。当ってますかね。

 丁度司馬さんに触れたところが、立花隆さんのHPにありましたからとりあげてみます。司馬遼太郎記念財団が立花隆氏に「第一回司馬遼太郎賞」を授与し、「受賞挨拶」として立花氏が講演したその中からです。

陸軍官僚と大蔵官僚
…略

 あの陸軍参謀はまさに陸軍でいう官僚組織なんです。日本のいまの官僚と同じ原理で育っているんです。同じ原理で選抜され、同じ原理で国民に対してきた。…以下略

  この時からでも、状況は全然良くなってないと思いませんか?いやもっと悪くなっていると言っても良いでしょう。何時も言いますが、あのバブルを起こしたのは銀行、ゼネコンその裏で糸を引いていたのが大蔵官僚というのは誰でもが知っていることでしょう。ところがそれに対する罰はなしです。それどころか泥棒に追い銭で我々の税金を湯水のごとく注いでいるのです。何時になったらこの国はまともになるのでしょうか?

まずダメでしょうね!

 

19991021日木曜日  第69話  日産

 昨日の新聞をみましたか?日産の全面広告です。各紙に全面又は、半面で、NISSANという字の前後に英字をたしてルネッサンスと読ませる広告を出していました。殆どの人が目にしたでしょう。
 宣伝という面から見れば、前日の大リストラの発表で日本中の注目を集めた後のインパクトから見て、大成功と言えるのでしょう。しかし、そのインパクトはプラスにでるのでしょうか?私などは根っからのひねくれ者かもしれませんが、あまり良い印象はもてませんでした。というのも前日の大リストラの発表の後の従業員の気持ちを考えると、余りにもその神経を逆撫でしているのじゃないかと思われるのですが考え過ぎでしょうか?大方の人も、やはり余り良い印象は持たなかったのではないでしょうか?多分会社としては乾坤一擲のつもりでやったのでしょうが、私は逆効果ではないかと思いました。逆に良くやったと言う人もいるでしょうが。
 
21千人のリストラといえば半端な人数ではないです。それだけの人とその家族のこれからの人生を考えると身につまされすぎます。そんな時に、あんな宣伝をするような会社は信用できません。そもそも、今回のリストラもリストラされようとする21千人には殆ど責任は無い筈です。大抵弱い立場の人がリストラされるのです。
 これは、これまでの経営者の無能、無責任がもたらした物です。今までに殆ど何の手も打たず会社をここまでに追い込んでしまったはずです。その会社をダメにした経営者達はすでに十分な地位と収入を得てリタイアしているのです。こんないい加減なことがあって良いはずが無いと思います。日産という会社に将来を託して働いてきた人達の人生を自分達のデタラメな経営で踏みにじるのです。それだけの自覚をもって経営してきたと言えるのでしょうか?どうして罪も無い物がリストラされなければならないのか?まず経営陣から責任をとるべきとおもいますが、どうでしょう…。日本では何時も罪も無い弱い人が犠牲になっているような気がします。

19991022日金曜日  第70話  

 久し振りにお酒をのんでしまった。それも二日連続で。と言っても、たかが焼酎のお湯割二杯程度です。それでも、月に一度飲むかどうかの私にとってはかなりこたえます。アルーコールは、強くないし、欲しいということも無いので寮、自宅ともにアルコール気はいっさいありません。
 酒の席もよっぽど気心の知れた人でないと出ませんので、日本のサラリーマンとしてはかなり不利だと思いますが、
マァいいかで、やってます。それにしても日本人てなんであんなに酒に関して寛容なんでしょうね。酒を飲めなければ人間じゃないように言う人もいますし。いわゆるノミュニケーションがサラリーマンの仕事の一部でありそれが出来ない人は仕事も出来ないような評価をうけるようです。確かに、楽しく酒を飲むことによって意思の疎通を図るという一面はみとめますが、それでなければ仕事が出来ないなんて事はないと思います。酒を飲む暇があったら本の一冊でも読んでいるほうがよっぽど自分の為になると思ってしまいます。飲んだ後の頭痛がそう思わせるのかもしれません。
 こういう考えがどうも酒を飲む人にはかわいくないようですね。やっぱりサラリーマン失格みたいですね。そんな私でも、気心の知れた人(単なる好き嫌いかもしれません)と飲むことは嫌いではありません。この二日間も実は、大阪へ出張されてきている同じプロジェクトの顧問と楽しく飲んだものです。単なるわがままかもしれませんね。それでも同じ飲むなら楽しく飲みたい物です。

 久し振りに酔って、更新ネタがありませんでした。

19991023日土曜日  第71話  ガム

 今日は、いつもと違ったモノをとりあげてみます。

 これ何だか分かりますか?歩道の黒いしみです。
TVや新聞で取り上げられたこともあるのでご存知の方も多いと思います。私も何時も目にしていましたが、TVで見て初めてそれが何であるかわかりました。それまでは、お恥ずかしいですが単なる模様ぐらいにしか思ってなかったと思います。この写真は程度の良い方ですが本当はもっとひどいところが沢山あります。余り気持ち良くないので少ない物を撮っています。
 そうです、チューインガムが捨てられて踏みつけられて黒くなった物です。ちょっと注意して見てください。歩道、それも交差点の信号待ちの所などが一番ひどいと思います。よくもまあここまでひどい物かと思われるでしょう。
 一体誰がこんなことをするのでしょうか?我々は、チューインガムは紙に包んでゴミ箱に捨てるようにしつけられました。あの靴で踏んだときのイヤな経験があれば口から吐き出してそのままなんてことは出来ないと思うのですが、そうじゃない人が沢山いるのだろうと思います。それ程おびただしい量を目にします。
 缶やタバコの吸殻は皆さん気が付きますが、案外このガムは気が付いてないのじゃないでしょうか?いずれにしても、どちらも情けないことには違いないですね。きれいごとを言うのじゃないですが、人間(日本人?)て本当に情けないですね。他人を思いやる心がなくなっている証拠のように思われます。

19991025日月曜日  第72話  日産

 今日も、TVネタです。前に取り上げた島田伸介の番組「サンデープロジェクト」です。今話題の日産のリストラ問題ですが、結構考えさせられました。CEOのゴーン氏のリストラへの取り組みを追ったドキュメントタッチの面白い番組でした。
 ルノーから送り込まれた45歳のゴーン氏。まず日本ではこの歳の人がこんな大変な仕事を任されることは殆どないといって良いと思いますが、彼のリーダーシップは見習うべき物があると思いました。まず、現場を見ること。工場視察では会社が決めた巡回手順を替えて自分の本当に見たい所を積極的に見ようとしていた。そして何処に問題があるかを考える。テストコースで実際に時速200kmで走行してみたり、他社の車にも乗ってみたりして、問題をさがす。そして何をやるべきかを考え、実行する。歴代の経営陣がやらずに先送りしてきたことを実行する。良いこと、やらなければならないことを先送りしない。多分、彼なら日産を再生するのではないだろうか。それだけの迫力を感じさせられた。これまでの付けでリストラされる人は気の毒であるが、生き延びる為には、何時かはやらなければならないことだろう。やらなければ倒産しかないだろう。要するに先延ばししてきたいままでの経営陣の責任である。経営者とはそれだけの責任があるはずである。

 考えさせられたのは、今までの日産の体質である。ここまで内容が悪くなるのを、なぜほっておいたのか?その大きな原因の一つは、現場の声が全く上に伝わらないところにあったようである。現場には優秀なそして真面目な社員が沢山おり、どうすれば会社が良くなるか問題意識を持っていたようである。また下請けからも部品の共通化などの提案も出されていたが、それが上まで伝わることがなかったらしい。現場と本社と人事等も全く相互の関連がなく縦割りで動いていたということである。従業員には「このままでは日産はダメになる」との危機感があった。しかしそれが経営に生かされない。ここに大きな問題があったということである。
 そして評論家いわく、「
日産には経営陣に自動車が好きな人がいなかった」ということだ。トヨタにしろホンダにしろ経営陣が車好きであるそうだ。トヨタでは開発は若い責任者が全権を持ち上からの干渉は無いそうである。一方の日産は車に興味のない経営陣がよってたかってケチをつけていたそうである。そして人事は仕事に関係無く好き嫌いできまっていたそうである。社内営業の上手いものが出世するのである。
 なるほどこの差は大きいだろう。情熱のない所に良い仕事が生まれるわけはない。社内の出世だけが目的の人間ばかりが経営しているのでは良い物が出来るわけがない。そこには、顧客のニーズをつかむ視線は無い。そんなものが顧客に受け入れられるはずも無い。何処の会社も落ちぶれる所は多かれ少なかれ同じような体質を持っているようである。

 ここまで見てくると余りにも共通点が多くて、情けなくなってきた……。イヤイヤ!!何処とは言いませんが。

19991026日火曜日  第73話  次郎長

 昨日、佐高さんの本を久し振りに買った。そろそろネタ切れもあり、何か良い本はないかと捜していたら未だ読んでないと思われる佐高さんのが二冊もあったので即購入。多分読んでないと思いますが、時々同じ本を買ってしまうので自信はありません。同じ本を買った時、何時も思うのは、「一体真面目に読んでいるのだろうか、同じ本を見て、中身を全く覚えていなんて本当に進歩がないなぁ」ということです。
 前置きはこの位にして、実は
「日本に異議あり」講談社文庫の最初に以前書いたことのある清水の次郎長の話がありました。やっぱり佐高さんの本で読んだみたいですね。あの時忘れていた相手が分かりました。勝海舟だそうです。

それとドサクサにまぎれて↑のCEOのゴーン氏は、COO(最高執行責任者)の間違いです。訂正してお詫びします。ほんと!いいかげんで済みません。

 今日は、これで終わり。……ウーン!!早くもネタ切れ。先は長いのに……。

19991027日水曜日  第74話  構造改革

 久し振りに、私の考えをズバリ言い表した記事に出会いました。ちょっと長くなりますが出来るだけ原文を取り上げたいと思います。インタビュー形式です。(宮内さんはオリックスの会長)

財界 11月9日号(1999)構造改革ご意見番2人に直撃

別れ目の日本経済で必要なスタンス
構造改革と景気対策の兼ね合いは?

  

 そうではなく、しっかり構造改革を行って、財政の目処をつける、長期的に目処をつけるということであれば、国として元気がでてくるんです。それが基本的な体質改善ですよ。…以下略

 

  本当に心配ですよ。構造改革はいつになったら走り出すんだろう、財政というのはどこまで悪化していくんだろうかと。……中略

戦争で国を潰した世代と我々は同じ過ちを犯している 

 ― いろんな意味で、日本人は無責任体質になっているのではないですか。

 宮内  

 復興したと思ったら、今度は、潰れたようには見えないけれども、よく見たら大借金だと。ひょっとしたら、爆撃を受けたと同じくらいの被害かもしれないといいますね。……以下略

      (聞き手 本誌主幹・村田 博文)

 よくぞ、これほど私の考えをズバリ現してくれたものです。今まで、私は、世間の人と違っているのだろうか?と思うこともありましたが、ここまで同じ考えの人がいると嬉しくなります。
 私は橋本総理が下ろされるときこれでこの国は終わったな、と思いました。というのはやるべきことを先送ったからです。あのとき「日本人は全員で食べる物を食べなくても辛抱するぐらいの心構えで構造改革に取り組まなければならない」と考えましたが、そんな声は何処からも起こってきませんでした。
 景気回復の声ばかりが高くなって、橋本政権を倒しました。要するに自分さえ良ければの考えしかなかったのです。

 宮内氏が上で言った「そういう意味で、国民の欲するものを全部与えるという政治は、受けはいいかもからないけど、本来の政治は、もっと国に関する基本的なことを中心に据えなきゃいけないわけですよ。」という言葉、これこそがすべてを現していると思います。
 あの時この気持ちを日本人みんなが持って辛抱しなければならなかったのです。国民にそれを納得させるのが政治家の今まで自分達がやってきたことの責任を取る方法だったと思います。
 結局は、 「
全部ツケを後ろのほうに置いていってるんです。けっこう無責任な社会になっていますね。」ということです。だれも自分が責任を取りたくないのです。今からでも遅くはないでしょうが、誰もやろうとはしないでしょう。
 今ほど日本が
本当のリーダーを必要としている時はないのではないでしょうか。まさかあの一番やりそうもない総理大臣がやるはずもなし。さぞ、後世の子孫に怨まれるでしょう。
 だんだん腹が立ってきました……。そんな政治家を選んだのは我々なのです。

やっぱり日本人に明日はない!

19991028日木曜日  第75話  女性

 私が日頃から思っていることに女性の能力がある。これも営業所のころの話ですが、ルートセールスにパートで女性を採用しました。今までは、会社の方針として、今の仕事は男の仕事とであるとして女性は採用してなかったのです。納得できなかった私はまずパートを採用することにきめました。多分全国で始めてだったと思います。
 そして、30代の女性を採用しました。その人は、私の期待以上の働きをしてくれました。愛想の悪い、若い男のルートセールスよりお客さんの評判も良く、受け持ちのルートの売上も良くなりました。その実績を基に正社員にすることを会社に認めてもらいました。
 この人は本当に素晴らしく、若いルートマンにお母さんと慕われ、営業所の雰囲気も良くなりました。そして極めつけは、コンテストで優秀な成績をあげ、社長賞を取ってしまったのです。全国の優秀社員を集めた中で社長から賞金と商品を貰ったのです。
 その後、新卒の女性をルートで採用するようになりましたが、あんなに優秀な人はまだいないようです。
 それは当たり前だと思います。人生経験のある30代の女性と高校卒業したばかりの20前の女性では比べる方が無理だと思います。その当りが、会社の判っていないところではありましたが、私自信は、女性の優秀さを実感できて有難かったと思っています。私が大阪へ転勤した後辞められたの残念ですが。事故で体を壊したのが原因だったようですが、詳しくは聞いていません。会社にとっては損失だと思いますが…。
 もう一度、一緒に仕事をしてみたい人です。

 週刊東洋経済が良い特集をやっていた。全文を載せたいところだが長くなるので、見出しだけ書き出してみる。このあとこれに劣らずひどい例がかかれている。興味ある方は読んでください。

 特集 働く女性と出産・育児 週刊東洋経済 1999.10.23 会社は育児をわかろうとしない

 雇用機会均等法に育児休暇。制度こそ立派になったが、出産・育児を理由にした「肩たたき」は後を絶たない。夫もた頼りにならない。孤立無援のワーキングマザーが漂流する。

  要するに出産や育児の女性を体よく辞めさせるのである。その他、保育園の不足問題などが取り上げられている。本当に情けない。何で日本はこうなるのか?いまや大学進学率を取っても、成績を取っても女性のほうが男より上の時代である。ところが学校を卒業して、就職すると、ここに挙げられたような前近代的な社会に放り出されるのである。折角の優秀な人材が女性というだけで大きな不利を背負わされる。その為にあたら優秀な人材が出産で退職することになる。そして、子育てが終わって仕事をしょうとすると、パートとして安く使う。企業は自分達に都合の良いこのシステムを改良しようとはせず、甘い汁をすっているのである。こんな人を馬鹿にしている仕組みを何時までも放って置くつもりなのか。

 女性を使いこなせない会社はこれからは絶対に発展できないと思います。。
 先日触れた佐高信さんの
「日本に異議あり」講談社文庫にこれに関連する興味深いものがあるのであげてみる。

 『SHOPPING FOR A BETTER WORLD』で 1,000社近い企業を社会的貢献度でランキングし、ランクの低い企業には抗議の手紙を出したり、製品をボイッコットしたりする。……中略
 その本が基準としいる11項目の中に女性に関することが二つあった。

 2、女性を管理職に採用しているかの昇進度

11、育児休暇など社員への貢献度 

91・1・19号

 10年も前からこれだけのことをやっているアメリカとの差はどうしようもない。今、日本は少子化で今後の経済の基本がくずれようとしている。それでも、企業は女性を使いこなさずに、こんなことをやっているのである。昨日の宮内社長さんじゃないが、やるべき事をすべて先送りしているのである。目先の利益ばかりを見ているから、こういった将来に対する手が打てないのである。

何とかならないのか日本

19991030日土曜日  第76話  女性

 この頃よく思うのだが、今の日本では、特に総理大臣とか経営者は、女性のほうがいいのではないだろうか?
 戦前にしろ、戦後にしろここまで国を悪くしたのは皆男である。どうやってもだめなら一度女性にまかしてみたらどうだろう。サッチャーさんだって日本の歴代の総理大臣が束になってもかなわなかったじゃないですか。
 歴史からいったって、日本の歴史の最初の王は卑弥呼である。原点に戻ってみてもいいんじゃないだろうか。
 中国でも、則天武后という歴代ただ一人の女帝がいて、そのときの治世が一番平和であったという。まあ、問題も色々あったらしいが、それは男だってそうである。
 基本的には女性の方が母性を持っており、優しいのは間違い無いのですから。その上、本質的に戦いは好まないし、賄賂のようなものも毛嫌いするらしい。
 第一、男は、皆母親から生まれ、母親には弱いのだから。
 家庭だって、奥さんが強い方が上手く収まるのは周知の事なんですから。

やってみる価値はあるとおもいますがね……。

 そんな女性の代表が「日本に異議あり」 講談社文庫に解説を書いています。それが又、良いんです。

 解説 「かえるところなし」落合恵子

 ……ほかのすべてのタブー以上に、女に禁じられているのは、怒りだった。
  出る杭は打たれ……昨今では、出過ぎた杭はうたれないという説もあるが、安全地帯に身をおいての「出過ぎごっこ」は、媚のバリエーションでしかない……中略
  しかし、ここに、怒りを表明することに躊躇わず、「異議あり!」の声をあげ続ける人がいる。本書の著者である。……以下略

 ここにも佐高信のフアンがいた。私よりズット以前から、そして、熱心な信奉者である。特に、この「怒りを青っぽいもの、未成熟なもの、和とやらの危険な破壊物として、まっとうに向かい合おうとしないこの社会において、また、怒りを切り捨てつつ、同時に等級付けをするこの社会において、こんなにも怒りを大事にしている人がいる……」くだりは、素晴らしい。私の気持ちをズバリ代弁してくれている。どうも佐高信の理解者には女性が多いみたいである。岸恵子もそうであった。
 今の日本には本当の怒りを表せるのは女性のほうが上なのかもしれない。常に怒りを表している男の私なんかは、常に会社の中の変わり者であるから。

2000413日木曜日修正

19991031日日曜日  第77話  先送り

 日本の閉塞感はどこからくるのでしょうか?それは、誰も責任を取ろうとしない所にあると思います。
 政治家しかり、官僚しかり、経営者しかり、日本を背負って立つべき人達が誰一人責任を取ろうとしないのですから、物事は何も解決しません。
 何が怖いのでしょう?現在の地位を失うのが怖い。収入が無くなるのが怖い。人から避難されるのが怖い。何とも情けない限りです。
 国の為、国民の為、会社の為、例え、どんな反対があろうとも、これしかないという道を突き進むという気概がなぜないのでしょう。失うものが多すぎて出来ないのでしょう。
 そんな人達をリーダーに持ってしまったことが、日本の国の悲劇です。尤も、国民のレベル以上のリーダーを望む方が間違っているのかもしれません。
 一億総無責任の国よどこへ行くですね!

 そんな怒りを現した投書チョット前の記事ですが 、読者の広場1999.10.16・週刊東洋経済 先送り経営との早期決別を 山本文雄 米国在住・会社役員・四八歳 にありました。 …略

 政官までもがさわらぬ神にたたりなしとの対応を続ければ、日本経済の先行きは余りにも暗い。全てにおいて先送り経営との決別が必要であろう。 

 同じ考えの人がいるのは心強いですね。少しづつでもこう言う意見が出てくるという事は、その裏にはかなりの同意見の人がいるということではないでしょうか?
 所謂、サイレントマジョリティが立ちあがって、声を大に叫ぶことが必要でしよう。
 そして、これが、国民のコンセンサスになる日が来れば良いのですが、そして、皆が、改善のための苦しみを受け入れる覚悟が出来れば、それにふさわしいリーダーが表れてくると思います。そうなれば、日本は立ち直れるでしょう。
 そうでなく、相変らず他人任せのままでは何も変わらないでしょう。

 「今こそ立ちあがるときです!なんちゃって!!でも、まず無理でしょう。」なんて言ってる場合じゃないんですけどねぇ〜!

2000413日木曜日修正

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