A
社についてこの会社について言いたいことなどを書いていきます。
ホームへ 登場人物 下へ|
2000 年1月30日日曜日 第1話 |
|
あれは、瀬戸大橋での何回目かのお盆の繁忙期が終わって、やっと落ち着いた日のことであった。 K村事業部長からTELがかかり、本社からT中人事部長が来るので合ってくれとの事であった。 「転勤ですか?」いやな予感がして思わず聞いていた。 それまで一言も転勤の話などしなかったのにいきなり人事部長を呼ぶとは、K事業部長のやりそうな陰険な方法である。そのやり方に逆らう私を他所へやりたくてたまらなかったのだろう。何しろ、営業会議に私たち所長を参加させなくしたその理由が「所長がいると営業マンをかばうからだ」なんて事を言う人である。営業マンを恐怖政治でおさえつけようとするのである。そのやり方にことごとく逆らう私が邪魔でしかたなかったのだろう。 そして人事部長にあって大阪への転勤を打診された。一緒に呼ばれたDを所長にするためにも断れない。私が断るとDの昇進はなくなる。こうして私の大阪への転勤が決まった。 それがこの会社(これからはA社とします)がどこかおかしいと思うようになった大阪への転勤の幕開けであった。 アレから私の単身赴任が始まったのです。すでに八年目。 なぜ突然こんなことを書き出したかと言うと、この2月1日付けで私の尊敬する直属の上司である Y田部長(社内的には、既に肩書きは取られている。これは私も同じ)が後定年まで一年残して地元(岐阜)に異動になることになったからである。病院プロジェクトの部長になって7年くらいプロジェクトの中でも常にトップの成績を上げてきた人に対するこれがこの会社の仕打ちである。 会社に嫌われたわがままな私を認めてくれ、拾ってくれ何かとかばってくれたY田部長がいなくなると、私への風当たりが強くなることが目に見えています。 多分もうそんなにこの会社に、長く居られないだろうと思いますが、会社の都合だけで辞めるのも癪なので、私のこの会社に対する思いを残しておこうと思ったものです。 余り気持ちの良い部屋にはならないかもしれませんがお付き合いお願いします。 尚、当分は裏で書いていきたいと思いますが、これが表に出た時は、多分、私はこの会社には居ないでしょう。。 |
|
2000 年1月31日月曜日 第2話 |
|
余りにも書くことが多くて、何から書き出したらいいか悩みます。取り敢えず、今の状況を書いてみましょう。 A社は、今社員2000名弱の自動販売機オペレーターです。全国に100ヶ所弱の営業拠点を持っています。こう言うと業界の人にはすぐわかると思いますが敢えて名前は挙げずにおきます。 今の、体制になったのは、丁度2年前の社内クーデターとも言える出来事からです。A社は、今の会長(当時社長)が創業者であり、息子三人が常務、会長の奥さんも取締役という典型的な同族会社です。2年前に次男と三男が母親と組んで、兄(今の社長)を専務に棚上げし、次男が実質の実権を持つことになったのです。 この時、今までの体制を見なおすという大義名分のもと組織の変更を行いました。それまでの事業部制を廃止し、全国の営業所をほぼ半分にして、事業部長は本社に集め、営業所長は半分になりました。その時の人事も何の根拠もないものでしたが、一年間はそれで様子をみて、改めて人事の見直しをするという方針のようでした。この時点で、従来の管理職は実質肩書きはなくなり2年間の猶予で給料もそれに見合ったものとするということでした。 それから一年、1998年末突然長男である専務が取締役会で実権を取り戻したのです。 社長が会長に、専務が社長にそして次男、三男とその母親は無任所に棚上げされたのです。社員は良い面の皮です。家族の喧嘩に唖然とするばかりです。人事の見直しは実質見送りとなり、それから一年たったのです。それまでに何度か小さな体制変更はありましたが、社長より年上はほとんど役職からはずされて行く流れは変わりませんでした。50の拠点はもう少し大きくくくられ支店制度が一部といりれられました。その人事は私の目から見れば、本当にデタラメでした。人事を壟断している人事部長や一部の社長側近の好き嫌い人事そのものです。 1999年10月にまた異動がありました。この時点で私の属する営業本部の組織変更があり、プロジェクトの統廃合がなされ、プロジェクトの数が、大幅に減らされました。この時私の属する病院プロジェクトも学校プロジェクトと統合され、学校プロジェクトのW辺部長が上になったのです。 これ自体私には納得がいきませんでした。前にも言いましたが、この数年の実績は病院プロジェクトのほうがズット上だったからです。それで終わるかと思っていたら、年末に又、人事異動がありW辺部長が定年になり再雇用となったのですが部長は若いT田になりました。またしてもY田部長はそのままです。 そして、年が明け2000年になり1月今回の異動が内示されたのです。Y田部長は定年に一年残して地元へ転勤となったのです。 非常に解りにくいと思いますが、これがここ二年間の大きな動きです。これだけでもとんでもない会社というのがよく解ると思いますが、中身はもっとひどいものです。徐々に書いていきたいと思いますが、最初にも言ったようにどこから書いてよいやら本当に悩みます。 |
|
2000 年2月3日木曜日 第3話 |
|
1日、2日とY田部長が大阪へ出張で来られてました。異動が発表される前に決めていたのですが、これが一緒にする最後の仕事かも知れません。 やはりご本人も今回の異動は急に言われたそうです。本当におかしいです。 社長の取り巻きが自分達の気に入らない者を排除していっているようです。社長も最近はおかしいです、あんな人じゃなかったですが、取り巻きに悪いのを集めすぎてます。S野部長とかT中取締役とか(元人事部長)会社を食い物にしている奴ばかりです。社長も目覚めて欲しいが、あのクーデターの一年が性格まで変えてしまったのでしょうか?残念です。 |
|
2000 年2月4日金曜日 第4話 |
|
昨日今日と、松山、宇和島へ出張してきました。昔の同僚(8歳年下)との同行でしたが、今は、向こうの方が地位も資格も上です。向こうの方がかえって気を使って気の毒です。ここにも人事の歪みが現われています。尤もそう思っているのは私の僻みと言われればしょうがないかもしれませんが、仕事の面で、彼にそれだけの遅れを取っているとは思いませんが…。 今回の人事で、ここ松山へも元部長のK井氏(私より1歳上)が異動になりました。やはり出身地へ返すということで本社からの異動です。元の部下の下で営業職ということです。一体そこになんの根拠があるのか知りませんが、使う方も使われる方もやりにくい事でしょう。およそ人を活かすということから考えると全く逆の効果しかないでしょう。 偶然、帰宅後元の同僚からTELがありました。一時は私の部下でもあり最後は徳島の所長をしていたE藤氏からでした。彼も、営業時代には、私を飛ばした K村事業部長にさんざんいじめられたものです。その後徳島の所長になったのですが、またまた、今度私の上司になったT田(当時営業課長)にいじめられA社を辞め今はA社の元同僚何人かと共に事業をやっています。彼はA社で一番営業活性化というシステムを実践していた者でした。これはA社の優れたシステムなのですが全国のどこでも定着せず、四国だけが定着させていたものです。四国の営業成績が何年も全国でトップである理由はこの活性化というシステムのお陰だったのですが、何故四国の営業成績が良いのかわからず、その功績者を、その良さも、やり方も知らないK村やT田は彼を辞めさせてしまったのです。そして営業成績が良いのは自分たちの力だと思い部下の手柄を取ってしまうそんな奴らがどんどん出世していくこの会社はやはり根本的に狂ってます。 仕事もせずに部下をいじめて、自分の言うことを聞く人間だけを周りに集めるS野派ばかりがはびこって益々会社を食い物にしているのが何故わからないのですか? 社長!目を覚ましてください。従業員のためにも!! |
|
2000 年2月8日火曜日 第5話 |
|
今日、又、東京出張です。毎月個別会議といってY本本部長(某NISSAN出身)とS野統括部長と各プロジクトとの報告かいのようなのがあるのですが、全く中身のない顔見世及び彼らの仕事してますよというパフォーマンス(多分社長に対して)だけの会議です。そのために無駄な旅費を使ってわざわざ出張です。このために2日間が無駄になります。 いつまでこんな無駄な会議を続けるつもりでしょう。昨年からは余りにアホらしいので、殆ど出席していませんでしたが、今年は、先月、年はじめと新任部長との新年会をやるということで渋々出席しました。もう当分いくことはないだろうと思ってましたが、今回の異動で送別会をやるとのことで、またまた無駄な出張になります。 Y田部長の送別会は大阪で先日やりましたので本当は行く気なかったのですが、何かと風当たりがありますのでいちおう。出ることにしました。もったいない話です。 どうしてこれほど無駄な経費を使うのか解りません。そのくせ、経費節減のためという今回のような単身赴任をなくするという大義名分による異動をしたりするのです。本当の経費節減ではなく、それに便乗した単なる好き嫌い人事でしかないことは明らかです。経費の節減なら他に幾らでもやることはあります。個別会議なんてのはその最たるものです。 こんな無駄な会議のために旅費を使って何人もの人間が移動するのです。電子メールを使えばどれだけ節約になるでしょう。以前表で触れたことがありますが、このA社の本社ほどコピーを使ってる会社は近隣にないそうです。本社の各部署が好き勝手に営業所に対して報告を求めるコピーを回すのです。営業所はその報告書類に追われているそうです。実にありそうな話ですが、確認したわけではありません。 面白いのは、この会社は売上等は、すべて自社専用LAN(ISDN)で繋がれているのです。その上メールソフトもこっそり導入されているのですが、使おうとしないのです。一部の知っている人間だけが、こっそりと使っているのです。全く変な会社です。これを使うだけで無駄なコピーや旅費がどれだけ節約できるでしょう。多分、我社の人間には使いこなせないからとかいう理由をつけるのでしょう。 これで思い出すのが、以前私が、パワーポイントで作った企画書を提案制度に提出したときのことです。不採用になったのですが、そのときの理由がすごかったです。「我社の営業には使いこなせません」でした。全く笑うしかなかったです。そのときも各営業所にあるPCにはすべてパワーポイントが導入されていたのでカラープリンターさえ導入すればすぐにできたのです。 何を書いても腹立つことばかり!!今日はこの辺で…。 |
|
2000 年2月9日水曜日 第6話 |
|
行ってきました東京へ。午後から個別会議。やっぱり下らない中身のない会議じゃなくて報告会。大の男が10なん人集まって、「どうですか?」じゃないだろうにそれもホンの一時間弱を毎月。たかだか設置実績の報告なんか一人で十分。よっぽどカネがあまってるんだろう、いい会社です。そんなカネがあるんだったら、年寄りイジメなんかしなくてもいいだろうに。 会議の後、部内会議といってプロジェクトだけの打ち合わせがありました。お客さんからお「宅の会社は担当者の異動ばかりでどうなってるんだ」という声があるとの報告がありましたが、お客さんもあきれているようですね。 内部で担当換えの話がありましたが、ある人の「又、2ヶ月したら異動があるんでしょう」に大笑い。誰もが真剣に長期の計画なんかする気にもならないという雰囲気です。 社長が聞いたら喜ぶでしょうね「思いどおりに会社が崩壊していっているなぁ」と。Y本本部長やS野の「私たちは一生懸命やったんですけど社員があれではね」と責任転嫁するようすが目に見えるようです。 良かったですね社長!倒産は近いですよ!!。 冗談はこれくらいで、東京から少しでも早く離れたいので最終の新幹線で帰ってきたら、雪で一時間遅れ、大阪も雪が積もっていました。 |
|
2000 年2月10日木曜日 第7話 |
|
何時頃からA社がおかしいと思い出したのかは、最初に述べたように大阪へ転勤になってからであるが、それではどうしてかということにはまだ詳しくは触れていなかったと思います。 簡単に言うと二つの大きな問題があることだと思います。信賞必罰と人事です。およそこのA社ぐらい信賞必罰の出鱈目なところは珍しいのではないかと思います。まず上の者が責任をとったという話は今だかって聞いたことがないといっても言い過ぎではないとおもいます。その代わり全部部下の責任にします。これは見事なぐらい徹底しています。 今までに部長、課長、係長で肩書きを取られた人は数知れずですが、その上司が責任をとったことはありません。いずれ具体的な話に触れることもあると思います。 もう一つの問題の人事ですが、これまた見事に業績には関係ありません。殆どが、好き嫌いだけです。典型的な例が、元人事部長の T中取締役とS野部長の人事の壟断です。T中取締役は元九州の高校の教師だったのですが、その高校の卒業生がA社には沢山就職しています。其の辺の人事におかしなものが見えます。 もう一人のS野部長に至っては、当時専務のK村を会社のカネで篭絡し、それをバックに人事を好き放題にしています。周りに集まっているのは全て彼の人事で昇進したものばかりです。それも同じようなタイプ、つまり上にべったりで、下を虐める、気に入らないものは徹底的に痛めつける人間ばかりです。これで何人の者が辞めて言ったことか、今でも、辞めさせるために営業から業務に回されたベテランが何人もいます。嫌気がさした人はそれで辞めて行きました。生活のために辛抱している人はいまだにルートを回っています。 私に言わせれば、そう言う仕打ちをしたS野(もちろん裏で彼が指図しているはず)の子分達の方がよっぽど仕事はできません。 そんな人間ばかりが責任者になっているのですから、モラルなんて上がるわけはありません。しかし、彼らは出世という意味ではサラリーマンとしては立派なんでしょう。上には媚びへつらい手柄は自分のもの、責任は下に押し付ける。仕事はしない、会社のカネは無駄に使う。大した物です。確かに口は上手いのばかりそろっています。よくもまあ、同じようなのばかりを集めたものだと思います。兎に角この会社は言ったモノ勝ちですので声が大きいものの勝ちです。裏でコツコツやるものは絶対に報われません。そういう人達は虐められて辞めて行ったか、諦めて黙っています。 それが分らない会社は本当にバカですが、どうしょうもないのが現状です。私がよく言うのですが、あのS野一派をまとめて整理したらこのA社は素晴らしい会社になります。尤も私が辞めさされるほうがズット早いでしょうが。 |
|
2000 年2月11日金曜日 第8話 |
|
人事についてですが、近頃、又、変なのが影響力を持ってきています。Y本本部長(某NISSAN出身)と社長室長のA木です。 Y本本部長(もそうですが、特にA木がひどいです。尤もこのA木が社長室長ということ自体が狂ってますが。去年の年末の人事を見れば分かると思いますが、京都の支店長から社長室長になったA木が京都時代の部下を大阪支社の営業課長に抜擢した事に見て取れます。抜擢された本人も考えようによってはいい迷惑と思います。何しろ力がないのですから、何をやれば良いのか分からないのですから。端から見ていても可愛そうです。 しかし、ここまでひどい人事が平気で行われるのですから何をかいわんやです。 確かに、若返りとか実力主義は必要だと思いますし、私も賛成しますが、自ずからそれには人事の公正さが必要です。力のあるものが抜擢される事はモラルの面からも大賛成ですし、ある程度納得される面もあります。そしてやる気のある人間に対してはいい刺激にもなると思います。 ところが、そこに情実人事が入ってくるとそれは全く別物になってしまいます。力のない者が好き嫌いだけで抜擢されれば、誰も、会社を信用しません。そこには疑心暗鬼しか生まれません。心有る者は、本気になって仕事に取り組むことが馬鹿らしくなってしまいます。それは本来の若返りとか実力主義に目指す方向とは正反対の結果しか生まないでしょう。その上に、力なくして抜擢された者も所詮化けの皮がはがれてしまって死んでしまいます。どちらに取ってもいい事はないと思います。 どんな改革をやるにしても、「公平な人事」と「信賞必罰」は基本です。これがない限り、何をやっても社員は白けているだけでしょう。笛吹けど踊らずです。 それの最たるものがいまのA社である。 社長!!何とかしたら! 団塊の部屋にも人事について書いていますので参照してください。 第58話同じく信賞必罰についても参考にしてください。 第60話 |
|
2000 年2月12日土曜日 第9話 |
|
さて話を大阪転勤の時に戻しましょう。最初に転勤してきたときまず最初に当時の近畿事業部のK村事業部長と転任の挨拶を兼ね話をしました。そのとき、おかしいなとおもったのは、近畿はC社という業界No.1の商売敵が余りに強くて、我が社はどうしようもないというような後ろ向きの話ばかりする事でした。「なんじゃ、このおじさん業績が悪い言い訳ばかりしていて、これで事業部の士気があがるんかいな?」と思ったのが最初でした。 なぜかというと、香川でこの会社に入社して、所長になって七年くらいで、二千万/月の売り上げが八千万にまで成ると言う経験をしていたのでどちらかと言うとC社なんか眼中になかったからです。ところがこちらでは始めから負け犬根性です。確かに四国のC社と近畿のC社は規模も違いC社グループの中でも元気が良かったことはありましたが、それでも歯が立たないと言うのはおかしな話でした。 成るほど、暫らく様子を見ていると、トップがそうですから事業部全体が業績が上がらない理由をC社がいるからと当たり前の様に発言して平然としているのです。おまけに内部は事業部長代理とか、営業所には係長とか二頭政治がまかり通っていました。やたら役職を増やして、トップが二人状態でおまけにその二人が権力争いです。事業部から営業所までがそんな状態ですからモラルなんか上がるはずがない状態でした。 コリャ偉いところへ転勤してきたものだと思いました。全く四国とは会社が違うというのが実感でした。外に対するエネルギーが全く感じられないのです。内部の足の引っ張り合いに明け暮れていると言うのが正直な感想でした。 そこで私も良くないのですが、こんな奴らを相手にできないと、一人わが道を行くことにしたのです。取り敢えず実績さえ上げていれば文句も言われないので、まず実績を上げることに専念する事にしました。長い間の所長職で営業実戦の場から離れていたので、もう一度営業力見なおし、力をつけようと思ったのです。力をつけて、何時、何処へでもいけるようにしておこうと思ったのです。普通は、組織に迎合するか、立て直すかどちらかなのでしょうが、それをしないところが私のサラリーマン失格の所以だと思います。 それからも、内部闘争は続けられ、近畿事業部の中では唯一やる気もあり、営業マンからも慕われて、そして私も尊敬していたK村営業課長が事業部長や代理に足を引っ張られ退職していきました。このときも、いろいろ難癖をつけた挙句、一度はやる気をなくして辞める気になっていたがもう一度やってみようと言う気になっていたK村課長に突然の一営業マンへの降格を言い渡したのです。それでさすがのK村課長も堪忍袋の緒が切れてしまったのです。これもK村課長の人気への嫉妬が発端だと思われます。本当に見ていて腹が立ちましたが、どうしようもありませんでした。益々私が孤立したのは言うまでもありません。 そのうちK村事業部長が私の扱いに困っていたところへY田部長からの申し出(私を見かねての事です)もあり病院プロジェクトを事業部所属のまま手伝う事に成りました。 余談ですがこのK村課長も元は広島だったのですが、あの S野部長が広島の事業部長のときに意見が合わず放り出されて近畿へ来たのです。この人も自分の意見をきちんと言う人だったので煙たかったのでしょう。万事がこの調子です。良い人材はどんどん居なくなっていきます。分かってますか社長!! |
|
2000 年2月13日日曜日 第10話 |
|
病院プロジェクトをやりだしてわかった事は、四国も近畿も同じという事です。それは何かと言うと、まずお客さんのところへ顔を出すという事です。初期の頃は、病院を攻略するのは時間もかかるし、難しいという事で営業所の営業マンも中々一緒にやろうとしませんでした。そこで兎に角一人で歩きました。地下鉄を使って後は歩きです。そうやって歩いていると少しずつ話に乗ってくるお客さんも出てきました。 顔を何度か出していると、香川のお客さんより取りつき易いのじゃないかなと思うようになりました。何故かというと、都会の大きな病院は何処の営業マンも取り組みにくいのか、あまりつついていないのです。そこへ、田舎で鍛えた粘りで訪問すると受け入れてくれるのです。コツが分かれば怖いものなしです。お蔭様で実績が上がるようになると営業マンもこれはいけるのじゃないかと思うようになってきて、一緒に行くものも増えてきて、何時頃からか歩いていく事もなくなりました。営業マンが車で連れていってくれるのです。今は、結構楽をさせてもらっています。それでも当時歩いたお陰で5Kgくらい痩せ、足腰も強くなりました。さすがにこの歳で最近は歩く元気もなくなりましたが。 丁度実績が上がり出した頃、事業部長がかわりました。そうです、あのS野になったのです。もともとそんなに嫌いな方でもなかったのですが、一緒に仕事をしてみると、これはおかしいなと思い始めました。あの私を放り出したK村部長の親分だけあって、恐怖政治をやるのです。自分の意に副わない者を徹底的にいじめるのです。そのくせ自分の子飼いを中国事業部から連れてきて所長にしたりするのです。典型的なのがU田でした。全くS野のコピ―みたいな奴です。 S野事業部長になって辞めていった年配の営業が何人もいます。そのやり口は、転勤させて、すぐに成績が上がらないと営業会議でつるし上げるわけです。この仕事で転勤してすぐに成績が上がる事はまず無理である事がわかっていてです。それで辞めなければ又、転勤。それでもダメなら今度は業務に異動させる。50過ぎの男を体力の要る仕事に回すわけでです。一番ひどかったのはこういう風にやられた人を所長のU田に辞めさせるように命じていじめさせた時です。万事がこれですから心有る営業マンは白けています。こうやって営業の人数を減らして、営業ノルマを少なくして、成績が上がったと報告するのです。又、それを認める会社も会社ですけどね。こんな事をやっているから、会社自体の伸びは全くありません。私がそんな奴らのいう事を聞くわけがありません。益々、孤立です。 とうとう私に矛先が回ってきました。そうです営業本部への転勤です。病院プロジェクトへの異動です。仕事はほとんど変わりませんが、S野事業部長からはうっとうしいのがいなくなるわけです。社長には使い物にならないとか言っていたようです。その年の前半の近畿の営業実績の半分くらいは私が関与していたにも限らずです。兎に角、実績は何の関係もない会社です。マァいいか、あんな奴らと仕事するより、正式にY田部長と仕事する方がズットましである。ということで、それから今の病院プロジェクトで大阪駐在が続いているのです。 |
|
2000 年2月14日月曜日 第11話 |
|
病院プロジェクトになって中国、四国、九州も担当になり出張も多くなりました。中国地区へ行くようになり、じっと様子を見ていると、どうも広島地区以外に優秀な営業マンが多いのです。何故だろうといろいろ話を聞いていると、分かりました。要するに、S野が中国の事業部長の時、仕事は出来るが骨のあるのは自分の意のままにならないので、周辺へ異動さしていたようです。そして自分の回りは自分の写しのような者ばかりを集めていたのです。典型的なのがK川とかM田。S野のがいなくなった後、この二人が広島を牛耳っており、あの大きな広島の市場で営業マンが一人の状態でした。S野と同じ考え方ですから、営業マンが少ない方がノルマが少ないからです。 こんな状態でもK川は支店長になり、S野はセンター長になるのですからなにをかいわんやです。広島のモラルダウンたるや推してしるべしです。それを認める会社も会社です。もちろん、そこにはS野の意見が入っている事は間違いないところでしょう。 おまけに、去年の異動で、私を飛ばしたK村部長が広島の支店長となりました。広島はどうなるのでしょう。マァいいか、私が広島へ行く事はないでしょうから、どうなっても関係ない。周辺地区で頑張らしてもらいましょう。 |
|
2000 年2月18日金曜日 第12話 |
|
さて、そろそろ、なぜ私がHPを開設する気になったかに付いて述べておきたいと思います。 大抵の思いは団塊の世代の部屋に書いていますが、それはすべてA社への思いが裏にあります。今まで書いてきたように、このA社がどこかおかしいこのままじや、変な方向へ行ってしまう。何とかしたい、しかし、本流から睨まれている私には何もできない。ただでさえ、変人と思われているのにこれ以上何かやっても葬り去られるだけと思っていたときに例の東芝事件を知りました。そうです一消費者が東芝相手にHPで対等に戦ったあの事件です。 これだ、私の心を現せる方法はこれしかない、例え、このA社を辞めることがあっても本当の私の心を残して置けるのはこの方法しかないと思ったのです。 しかし、勤務しながら内部告発のようなことを堂々と書くわけにはいけないので、団塊の部屋に総論として取り上げて行くことにしました。しかし、今まで書いてきたように状況は益々悪くなってきています。そこで、裏にこれを残すことにしました。 あのA社の獅子身中の虫 S野、やT中取締役のことを社長にわかって欲しいのが私の願いです。折角の良い会社が彼等一派によって食い物にされるのが見ていられないのです。今まで、団塊の世代の部屋に書いた中で、特にA社の現状に参考になるところをリンクしておきます。 このほかにも沢山ありますがまずこの辺から。 第26話 東邦生命 第31話 東邦生命 第32話 東邦生命 第23話 単身赴任 第29話 南州遺訓 |
|
2000 年2月20日日曜日 第13話 |
|
団塊の世代の部屋第84話で取り上げた「出世するための20訓」ほど今のA社の現状を現しているモノはない。ここで、もう一度見てみたい。
何度見てもすごいです。ここまで当てはまると怖いですね。A社でちょっと思いつくモノを挙げて見ました。
何か、書いていて空しくなりますのでこの辺で止めときます。 |
|
2000 年2月22日火曜日 第14話 |
|
妙な噂を二つ、聞きました。一つは、 M会長が怒ってるという話。何かというと、最近の人事での年寄りいじめの件です。会長曰く「功労者に対してなんという仕打ちをするんだ!こんなことして良いわけはない」だそうです。必ずしも皆が功労者とは思いませんが、これはその通りじゃないでしょうか。但し、会長の場合は甘すぎるのでこれも公平な人事をやっていたとは言えませんが、まあこの辺は許せる良い部類の噂です。しかし、もう一つは情けないです。それは、最近の人事には人事部が関与してないということです。どういう事かと言うと、要するに、 Y本本部長、S野部長、A木社長室長あたりの人事であって、人事部は関与してなくて、「バカな事を」と笑っているそうです。これが本当なら、いよいよこの会社は末期症状です。これは完全に目くそ鼻くそを笑うの世界ですね。どちらもどちらです。勝手な人事をするほうもそうですが、それを許す人事部も人事部、同じ責任です。どうしようもないとは思ってましたが、ここまでバカばかりそろっているとは、全く、救いようがないですね。 社長も社長です。何時まで、あんな奴らに任せておくつもりなんでしょう。任せるにも限度があります。任せると任せっぱなしとは全く違ったものです。任せるとは、チェックが必要です。常に、違った方向へ進んでいないかチェックして、修正することが必要なはずです。それを何もしないでほったらかしは単なる無責任、職務放棄でしかありません。良く考えて欲しいものです。 社長はそんな人じゃなかったはずですが、あのクーデターの一年間で人が変わってしまったような気がします。確かに、ショックは大きかったでしょうが、皆社長が復帰した時は喜んでいたものです。それがこの体たらくです。だんだん社長から皆の心が離れているのが解らないのでしょうか。 目を覚ましてください!社長!! |
|
2000 年2月23日水曜日 第15話 |
|
今日久し振りで加古川地区に出張してきました。そこで残念な話を聞きました。 第10話で触れたように、S野が近畿の事業部長だったときに営業から業務に異動させられた方が、来月で定年だそうです。この方は、私も一緒に営業させて頂きましたが、コツコツと努力され、お客さんからの信頼もありました。ただ若いもののように派手さはありませんし、上司にベンチャラを言うような人でもありませんでした。 要するに、S野が一番嫌うタイプです。運の悪いことに、そのS野の腰ぎんちゃくのU田が所長になってしまったのです。やり口は、S野とそっくりですので、早速のいじめです。結局営業からおろされ業務になりました。そしてそのまま今度定年を迎えることになったのです。第10話で辞めた人の話をしましたが、同じやり口です。ただこの方は耐えただけです。 こんなことが堂々と行われているのですが、会社は何の手も打ちません。そりゃそうですね、そいうのばかりが出世して中枢を牛耳っているのですから。 この U田について面白い噂があります。噂ですから確認したわけではありませんが…。S野の好き嫌い人事でU田が昇格したとき、事業部のS野の所へ、奥さんを連れてお礼に行ったというのです。この噂を聞いたとき、「ひえ〜!そこまでやるか!!」と呆れるより感心したのを覚えています。その根性たるや大したものです。尤も、私なら、金を積まれても自分の奥さんにそんなことをさせませんが。まぁ!サラリーマンとしてはU田がズット上なんでしょうね。 しかし、噂か本当か知りませんが、U田なら有りそうと思わせる所がすごいですね。尤も、その上司のS野は会長夫人が出張で泊まるホテルに花束(それも会社の経費で)届けていたという噂(あくまでも噂、私は確認をとっといませんが)の持ち主ですから、その部下なら当然かもしれませんね。 この手の話はまだありますが、又、今度…! お楽しみに!! どう思います!社長!! |
|
2000 年2月25日金曜日 第16話 |
|
さてもう一つ面白い噂。これはまだ前の K村事業部長(定年退職)の時代、今のH田経理部長が近畿で業務課長をしていたときのことです。その頃は私もまだ近畿事業部で営業課長代理(代理の好きな会社でした)をやっていた頃です。事務所にいると、件の二人が何やら相談しています。丁度今のM会長(当時社長)が近畿のある営業所を表彰するために来ることになったのです。その準備のための打ち合わせのようでした。その日がたまたま、社長の誕生日であることにH田が気がついたのです。 そこで、二人が相談して社長に誕生日ケーキを贈ろうということになったのです。 「まぁ良くやるわい!!さすがサラリーマンの鏡ですなぁ」と思っていました。その後、聞くでもなく聞いていると何とその費用うを会社の経費で落とす相談をしているじゃないですか。さすがにこれには呆れて物が言えませんでした。 ハッキリと、やったかどうかは確認もしていませんが、すごいでしょう。 会長!自分の金で買ったケーキはさぞ美味しかったでしょうね!! 自分の金で買った花束を喜ぶ 会長婦人とどっちもどっちです。いえね!どっちも噂ですよ、噂。 第32話 東邦生命 |
|
2000 年2月27日日曜日 第17話 |
|
私の怒りが大体分っていただけたでしょうか?組織があるとそこには派閥ができる。これは人間の本性らしいが、派閥がお互いの切磋琢磨になればそれはそれで役に立つが、単なる、利権目的とか排他的になると百害あって一利なしということになってしまう。 どこまで分っているのか、会社は彼らにいい様に利用され放題。この状態が続けばこの会社はもう長くはないだろう。特に、今回の人事をみていると末期症状である。ここまで来たら最後を見届けたいものである。 こう書いてくると私は単なる負け犬の遠吠えといわれてもしょうがないかもしれないが、少なくとも 第26話の東邦生命の佐藤 守さんくらいの気概は持っているつもりである。私の場合は社長が相手でなくS野が相手である違いはあるが、兎に角、彼らがのさばっている間はこの会社はどうにもならないだろう。いい加減に気がついて欲しいものである。ネェ〜社長!! |
|
2000 年3月4日土曜日 第18話 |
|
三月になって、またぞろ妙な噂が密かに飛び回っているようです。何と言っても四月人事が近いですから。どこの会社でも「今度はどうなるかな?」と疑心暗鬼の時期かも。 そうなると再び大きな粛清人事があるかもしれません。恐ろしいことです。尤も、どちらにもうけの悪い私には関係ないですけど。それにしても本当だったら、面白いかも、対岸の火事は大きい程面白いといいますものね。ここまでくればどうなろうと知ったことか! 勝手にしたら!! |
|
2000 年3月8日水曜日 第19話 |
|
イヤ〜!本当でした。早くも出ました大型人事。4月1日付けだそうですが、何ともはや恐ろしいことです。返り咲きましたよ、母子。 どうなるんでしょうね、ホンと見ものです。会長、社長が母子に負けたということでしょう。又、社員はどうなることかと様子見です。報復人事もあるでしょう。大変だ〜。良くなりゃいいが!まず無理でしょうね。一旦こじれた家族はそう簡単にはもとにもどれないでしょう。いみじくも今日(7日)あの喧嘩状態だった鳩山兄弟が仲直りしたといってましたが、どうなんでしょうね。血の繋がりもこじれると他人より始末が悪いのかも。 しかしながら、どうせ同族会社で行くなら、形としてはこの方がいいのかもしれません。家族仲良く手を取り合って会社を盛り立てて行ってください。碌でも無い社員が重役でいるよりは諦めがつくだけマシかも。 マァいいか! どうなとしてください!! |
|
2000 年3月12日日曜日 第20話 |
|
管理職さん達は戦々恐々として仕事が手につかないようです。一年前に 長男政権で抜擢された人達は生きた心地もしないのではないでしょうか?特に、A木室長とかS野人事の人達。逆に年末から今年初めに地方に追いやられた人達はどうなるのでしょう。今回の政変で、 副社長、次男、三男が実権を持ったことは事実であり、前回の長男返り咲きの片棒を担いだ、T中、Y本両常務は完全に葬り去られました。これはこれで当然の処置であり、その上、A木室長とS野が中枢からはずされて人事に口出しできなくなることは会社にとっては喜ぶべきことであります。しかしながら折角この四人が力を無くしたのですから、それを生かす為にも人事を見なおすことが大事ですが、それができるかどうかによってってA社のこれからが決まると思います。前回の政変の時には殆ど以前の人事の踏襲だったので白けていましたが、一年経った見直しと言うときに長男の返り咲きが起こり、そのままになってしまいました。それどころか上記の四人に好きなようにやらせた為にもっと酷くなってしまいました。 今度こそチャンスです。人事をきちんとやればまだこの A社は立ち直れます。私が言ってるように上記四人に連なる人、特にS野一派を排除することができれば、見違えるような良い会社になる可能性が出てくると思います。誰がやっても良いですから、是非とも良い会社にして欲しいものです、それだけの可能性のある会社であり業種だと思います。さてどうなるか?期待したいものです!! |
|
2000 年3月18日土曜日 第21話 |
|
嵐の前の静けさで今のところ動きがありません。水面下では、大きな動きがあるのかもしれませんが今のところ静かです。 体制は完全に副社長、次男のようです。S野はすでに新しい政権への接近に向かって動き出しているとの噂です。回りは白けきってその動きを見ているようです。流石はサラリーマンの鏡。その代わり身の早さには感服するばかりです。きっと生き残るでしょう。 S野が生き残って、会社消滅も良いんじゃないでしょうか、所詮M一家の選ぶことですから。つくづく見る目の無い人達ばかりです。ヤッパリ良くなりそうも無いみたい! 会社を何処かへ売ってくれへんかな!会長!! |
|
2000 年3月28火曜日 第22話 |
|
団塊の部屋で、昨日の 第213話で触れたことばについて少し書いてみたいと思います。 堀田力さんの「おごるな上司!」 日本経済新聞社より引用したものです。「よい事を言っているからといって、その人が、そのとおりしているとは限らない。」 なぜこの言葉を取り上げるかと言うと、大阪転勤の後、この言葉を思い知らされたからです。 成る程、「ここまで厚顔無恥でないと出世は出来ないのか!」と呆れるより感心してしまいました。その時、やっとこの会社が何も見ていない事に気が付きました。 これが、私が、「よい事を言っているからといって、その人が、そのとおりしているとは限らない。」という言葉を成る程と思うようになったきっかけです。今頃、何言ってんだと思われる方が多いかもしれませんが、これが本当の所なのです。それと一緒に納得する言葉が、巧言令色少なし仁なのです。 |
|
2000 年4月1日土曜日 第23話 |
|
営業所の長がお客さんを知らないし、知ろうともしない。そんな者が、社内営業だけでどんどん出世して行く。お客さんの心は離れ、売上はどんどん下がる。今までの付けが見事に表れているが、それを誰も気付こうともしない。「どうして売上が上がらないのだろうか」と表面上は言っているが、本当は、そんなことには何の興味も無いのである。ただひたすら上を向いて仕事をしているだけである。こんなことで業績が上がるはずが無い。 いよいよ今日から A社の経営陣が変わる。人事異動もあるだろう。噂も色々飛んでいるようですが、それはいずれ判ることです。長男が辞めるそうです。6日に発表のようです。どうなるんでしょう。 何も知らない新入社員が胸を膨らませ入って来ます。「いい会社に入ったな」と心から思えるような会社になって欲しいとの希望を込めて、土光さんの言葉を取り上げます。 財界 2000 3 /28 私の雑記 帳三鬼陽之助 闘魂の経営者土光敏夫より…幹部は、出来るだけ現場を歩けだ。現場には銀座通りもあれば、裏通りもある。幹部は出来るだけ裏通りをあるくべきだ。成績の悪い現場、難題を抱えている現場など目を輝かせて見よ。幹部は、もうひとつ部下に近づき、そして声をかける。…略 …幹部は偉い人ではなく、つらい人だと知れ。…以下略 これほど、今のA社の経営者や幹部の現状とかけ離れていることは無いと思います。特に「 出来るだけ現場を歩けだ」の言葉を噛み締めて欲しい。ここまで A社が悪くなったのは、まさにこの「現場を歩け」ができていなかったことにある。経営者は言うまでも無く、現場の長に至るまでが現場を歩かなかったことが今の現状である。社内営業だけにうつつをぬかし、現場には一切目を向けなかった。人事はまさに、社内営業によって決まり、仕事の実績はまったく関係無い。心ある者や、若い現場の一線の社員は白けきっている。お客さんや、業界が何といっているかわかっているのだろうか?今、お客さんの中で、サービスにたいする評判の悪いNo.1はA社であるとの評価が定着していると言っても過言ではないだろう。業界はA社をなめきって、競合相手では一番取り組みやすいと思っている。このままでは、今の日本と同じで、衰退して行くだけであろう。 折角、経営陣も変わるのであるから、何とかこの機会に今までのこの現状に気がついて改革してもらいたい。その希望を込めてこの土光さんの言葉を贈ります。 幹部は偉い人ではなく、つらい人だと知れ |
|
2000 年4月6日木曜日 第24話 |
|
大きな動きがありました。何と、 長男が辞めることになったようです。詳細は、未だ分かりませんが分かり次第報告します。長男も、前回のクーデターまでは社員の人気もあったのですが、おと年の返り咲き以後のスタッフが悪過ぎました。T中、Y本、S野、A木室長。特に、去年の暮れからの人事を壟断したY本、S野、A木室長の為に、社員の心が長男から離れてしまったのです。 何故、あんな奴らに任せてしまったのでしょう。そんな人ではなかったのですが、クーデターで人が変わってしまったようです。確かにあのショックは大きかったのでしょう。チョット気の毒ですね。 あの4人は、一緒についていってあげるのでしょうか?そんな奴らなら未だ見直してやりますが、まずそれはなさそうです。S野、などは既に動きを始めてるそうです。流石です。 今月中旬に、この辞職に伴って、組織の変更があるようです。どうなるか、面白いですね。楽しみです。特に、S野、の動きに注目して行きたいと思います。 取り敢えず報告まで! ところで4月1日から、突然タイムレコーダが廃止になりました。私は、以前から言っている様に賛成ですが、今回の会社の目的はなんでしょう?何の予告も無くでしたので「なんだろう?」です。 マァいいか! |
|
2000 年5月17日水曜日 第25話 |
|
一月以上も更新していなかったのですね。5月15日頃に上の方の人事のうわさが飛んでいたので様子を見ていたのですが、6月に延びたとの噂です。 面白い話もないので、恥をさらしますが、今日は昇給の報告でもしましょうか。 昇給に関する面白い話があります。私にとっても、会社にとっても恥じなので書くのはやめようかと思っていたのですがそれも卑怯なので書くことにしました。 それは、3月の中旬すぎだったと思います。直属の上司である T田部長からTELがありました。T田 「来週の日曜日に昇格試験があるので受けにきてください・・・・。」 私 「いまさら昇格なんていりません・・・・。行きませんよ!」 T田 「そんなこと言わずに・・・。取り敢えず、通達を送りますので見てください」 私 「わかりました」 取り敢えずこれ以上言ってもしょうがないのでそう答えました。 ここからが面白いのです。翌週の試験の前になっても通達どころか TELひとつありません。こりゃ、こっちの言ったことが通って、通達も送らなかったのだろうと思っていました。 その後の情報では、日曜日に何人かの昇格試験が実施されたそうです。 そんなことがあって、4月の昇格発表がありました。しかしながら、私の部署はそんな通達も来ません。なんたって窓際ですから(笑)。 ところが、おめでとうといってくる人があって、聞いてみると昇格しているそうです。それから何日かして通達も見ました。成る程、本当にあがっていました。 給料も5,000円ほど昇給していました。管理職手当てとの差し引きで5,000円のダウンでした。全くふざけています。 どうです、すごい会社でしょう。昇格を断る方も断る方ですが、何の音沙汰もなく昇格させている会社も出鱈目だとおもいませんか? 想像を絶する会社です。 丁度、この T田部長からTELがあった日から試験の間の一週間の間に例の政変が起こったのです。ですから、この前の人事で私だけ地元へ帰さなかったり、今回の昇格人事はすべてS野が絡んでいると思います。それだけに、今度の人事でS野の待遇がどうなるかで私の扱いも違ってくるはずとおもって期待していたのですが延期になってしまったのは残念です。 |
|
2000 年6月8日木曜日 第26話 |
|
6月1日付けの人事がありました。 次男が常務取締役業務本部長三男が常務取締役管理本部長。その下に営業部門担当と開発部門担当の執行役員とか言うのが出来ました。なんだかバカらしいので余り書く気にもなりません。取り敢えず今までの登場人物の異動だけ書いておきます 一度死んでいた元専務の N島相談役が返り咲いて、営業部門担当の執行役員になりました。 T中、Y本、が取締役をはずされ、理事になりましたが、Y本が、辞めました。T中は飼い殺し状態のようです。 A木室長が兵庫の支社長、H田経理部長が東北の支社長 S野は、そのまま。生き残ったのか?流石にしぶとい。どういう意味があるのかよく分かりません。 マァいいか!どうでもいいや!! |
|
2000 年7月8日土曜日 第27話 |
|
何とも腹立たしい事件がありました。信頼して一緒に仕事をしていた、センター長 (旧所長)がA社により辞めさせられることになりました。何といっても、噂ばかりが飛び交う陰湿なA社なので真相は、多分最後まで明らかにされることは無いでしょうが、私なりの推測で書いてみようと思います。 6月のある月曜日の朝、そのセンター社員が出勤すると、既ににA社の本社の人間が30人ほど来ていて、全員足止めされ、センターについての取調べを受けたそうです。調査は3日間続いたそうです。 センター長は支店に連れて行かれてそちらで調べられたそうです。容疑は、使い込みです。 どうも、内部告発があったような噂ですが、真実はあくまでもわかりません。大分前から周辺調査に入っていたようです。 その後センター長の自宅待機の事例が出ただけでしたので、それからは、社内で噂が飛び交うことになります。臆に近い金額まで噂になりました。 しかしどう考えてもそんな金額が自由になるわけが無いのは考えればわかることですが、どうも内部リークのようでした。 兎に角、挙げたコブシを下ろすために噂を飛ばした形跡があります。何とも陰湿な会社です。 7月になって、やっとセンターの幹部の辞令が出ました。センター長と一緒に仕事をしていたものが殆ど降格になっていました。ところがセンター長自身の処分はまだ出ていません。 このあたりにも、胡散臭いものが感じられます。どうやらその後の情報では辞めさせられたようです。 そして、実際に流用された金額は噂の1/10程の金額にもならなかったようですし、個人で私服を肥やしたような証拠は無かったようです。しかし、会社のメンツの為に詰め腹を切らせたのではないでしょうか? 私が付き合ってきた感想では、会社の金を使いこんで自分の腹を肥やすような人間とはどうしても思えません。確かに、センターを運営するためには自由に使える金が必要なので、そういうお金を作っておくことはあると思いますが、それは会社に損を与えると言うより必要悪であると思います。 噂によれば、今回のこの事件の裏にはどうも上の方の権力争いと言うか仲間割れの喧嘩があるようです。 それは、一緒につるんでいたその上司が失脚した時にS野が本性を現して、コロット寝返ったことを恨んでいるという事です。利益でしか動かないそんな奴を見抜け無かっただけなのですがね。 そして、その上司が第24話の政変で返り咲いたのです。そしてその仕返しでS野を追い落とそうとしていたときに、丁度、当時の部下であるセンター長の疑惑がたれ込まれたのではないでしょうか? これ幸いと、センター長を調べて、S野を追い落とす証拠を探し出そうとと思ったようなのです。ところがそんな証拠は挙がらなかったようです。 何とも、陰湿な仲間割れにセンター長は巻き込まれたようです。 自分達の嫌らしい喧嘩に部下を巻き込んで平気な奴らなのです。一緒につるんでいたのですから、そちらで勝手にやれば良いのに何の罪もない部下を犠牲にしてしまったのです。 そして、犠牲になったセンター長はそんな奴らよりズット会社の為に働いていたのです。しかし、それはお客さんが一番良く知っているようで、既に彼の扱いを怒ったお客様から撤去通告が来ているようです。いかに A社の上層部が現場を見ていないかの証拠です。誰が本当に仕事をしている事が分からないのです。上に向かってゴマをする人間ばかりを集めているからこんな事になるのです。今に大事な得意先は他社に侵食されて、気がついた時にはどうにもならなくなっている事でしょう。そんなことにも気がつかないこの会社は、一体何処へ行くのでしょう! |
|
2000 年7月9日日曜日 第28話 |
|
昨日の続きですが、一番悲しいのはこの会社にはあのセンター長をかばってやる上司が一人もいないという事です。例え、やったことが事実であっても弁護すべき事は沢山あるはずです。 新しいセンター長には私も良く一緒に仕事をする営業マンが抜擢されました。真面目にコツコツと仕事をしてくれる信頼できる男です。 新しいセンター長を殺さないように何とか助けてやりたいと思います。 |
|
2000 年7月13日木曜日 第29話 |
|
昨日処分が発表されました。前のセンター長は、ヤッパリ懲戒解雇になりました。相変らず中身は分かりません。同時に以前の事業部長二人が二ヶ月の減給5%、他にも何人か当時の上司と今の上司が処分を受けています。 と思っていると、今日又、新たな処分が発表されました。 やはり、今度の事件は第27話で言ったようにS野を追い落とすためだった事は間違い無かったようです。強引に処分まで持っていったようです。 K氏はとばっちりを受けたという事でしょう。事業部長の時もS野の残した取り巻きの為に殆ど仕事にならず気の毒でしたが、今度も気の毒な物です。しかしながら、多分今回のS野の件が収まったらいずれもとに戻されるでしょう。 S野が降格になったことは、以前から言っているように会社にとっては非常に良かったと思います。しかし上の方の権力争いというか仲間割れの喧嘩のトバッチリを受けたセンター長の事を考えると素直には喜べないのがつらい所です。 私にとっては、一番嬉しい事がこんな事で実現されるのも「なんだかなぁ〜!」って感じです。 マァいいか!取り敢えずはバンザイだ!! しかし、今まで S野を取り巻いていた直系の奴等が残っています。こうなっても今までと同じように仲良くやるのでしょうか、それならそれで大したものですが、そうはいかないでしょう。それにしても、取り巻きを排除しないと折角のS野の処分も中途半端におわることになるでしょう。 しかし、残念ながら、A社がそこまで考えているとも思えない!もしそこまでやれば、少しはA社も良くなるかもしれない。 期待しないで見ていよう! |
|
2000 年8月17日木曜日 第30話 |
|
何だか、A社にも興味が無くなってしまって更新も久しぶりです。 何も無かったというのでなく、結構面白いことがあったのですが、私が書く気にならなかっただけです。 以前から、彼らが何時もやっていることなんですが、どうも今回はタレコミがあったようなのです。それが、次男の耳に入り逆鱗に触れたということらしいです。何時ものように、あくまでも噂です。 それで、S野は執行役員付から営業本部のただの営業に、H田に至っては、なんと私と同じ部に異動になったのです。 マア、当然の事とはいえ余りにも遅かった事だといえるでしょう。今頃になって彼らの本質が分かったのでしょうか?どうもそうとも思えないのです。単なる、派閥争いであり、好き嫌いの本質は変わっていないのです。 それでも、会社を食い物にしていた人間がそれなりの罰を受けることは悪いことではないと思います。現場で一生懸命やっている社員にとっては納得のいくことだと思います。 それにしても、何時までも好き嫌い人事ばかりやっていて、この A社は大丈夫なんでしょうか?マアいいか! 興味もなくなった会社なんだから・・・! |
|
2001 年5月5日土曜日 第31話 |
|
A社に興味が無くなってしまったのでここも長い間更新することも忘れていました。その間私の単身赴任もおわり2月から坂出に帰っていることは団塊の世代の部屋で何度か取り上げています。 仕事の中身は単なる取次ぎ業務のようなものですが、今まで経験がないので戸惑う毎日です。 ノーツなんてものを導入したのはいいのですが、本社からのメールによる通達が各部署から毎日あふれるほど来るために休む暇がないほどです。 しかしながら、現場の人員を減らしているのにメールによる通達はそんなことはお構いなしで、調査依頼等現場の仕事の邪魔にしかならないようなことが多すぎます。本社の間接部門は仕事をしているポーズをしたいのでしょうが、実情に合わない現場にとっては迷惑でしかない。 確かに、本社の人達も一生懸命仕事をしているのでしょうし、悪気もないのでしょうが、折角のアイデアもそれを実行する余裕のない実情では邪魔でしかないのが分からないのでしょう。 報告業務に忙殺されて市場に対する対応が手薄になってしまっているのでは全くの本末転倒なのですが、その当たりは現場を知らないものには分からないようです。こうやって企業は一生懸命ズレたことをやって衰退していくのでしょう。面白いが悲しいものです。 どんな良いシステムも人員が揃っていなければ却って組織の足を引っ張るだけということでしょう。 ところで、 第26話でS野とともに降格させられ飼い殺し状態だったT中氏がとうとう3月末で退職しました。一年間仕事もなく机に座っているだけのいじめ状態だったそうです。身から出たさびとは言え会社の扱いも酷いものです。そんな奴を取り上げたのは自分達だったはずなのにそんなことはおくびにも出しません。こんなことやってて社員が納得していると思ってるんでしょうか。 しかし、S野は未だに辞めずに復活を狙って活躍しているようです。本当に懲りない奴です。サラリーマンの鏡です。流石にA社良い社員を持っていますね。 |
|
2001 年10月7日日曜日 第32話 |
|
御多分に漏れずA社の業績も低迷しているようです。ここに来て、慌てて経費の節減を打ち出し、予算の修正を各支社に命じています。まさに、泥縄の様相をきたしています。 さてそれはともかく今回久し振りに書いたのは、リンクをして頂いている think or dieで、オーナー企業について書いているのを見つけたからです。一々うなずけます。愛と苦悩の日記 2001/10/04 |
|
2001 年12月24日月曜日 第33話 |
|
とうとうその時が来ました。1月から香川 SCで営業マンをやってくれとのことです。2月の異動で生まれて初めて事務を経験して、何とか慣れてきてそれなりに楽しんでいましたが、それも許されなくなりました。何とか辞めさせたいのでしょうが、こちらも生活がありますので、そうは行きません。今の所、割り切って一営業マンとして、やれるところまでやってみるつもりです。そうは言っても、香川の市場からいってもかなり厳しいものになることは目に見えています。要は、気力と体力の問題になるでしょうが、どこまで持つか見ものです。 きつい年になりそうです! |
|
2002 年2月3日日曜日 第34話 遂に来た |
|
一月から営業ということで、年明けから引継ぎが始まりました。なかなか気持ちの切り替えも出来ず前半は殆どやる気も起きませんでした。しかし、生き残るためにはそういうわけにも行かず、何とか自分なりの営業をやる気になるように気持ちを奮い立たせてきました。 病院を中心にそれなりに売り上げの見込めそうなところへパワーポイントで企画書を作って提出することも始めました。これは、病院プロジェクトのときに私が始めた企画書作りなのですが一年もブランクがあると結構忘れてしまって驚きました。それでも、少しやりだすと思い出すものです。なんとかこうして少しずつ、「やるしかないなぁ!」と覚悟をきめつつありました。 ところが、2月1日に会社が希望退職募集を打ち出しました。50歳以上213名のうち50名を募集です。これの応募すると自己都合の退職なら半額にしかならない退職金が満額プラス加算金(54歳で28か月分)となります。 さて、職探しをしなくちゃ! |
| 2002年2月28日木曜日 第35話 希望退職受諾 |
|
やっと25日に募集が始まりました。と思ったら26日に50名集まったので締め切りと掲示版に出ました。心配していたように皆、一瞬にして応募したようです。のんびりしていたら50名に入れないところでした。うわさでは、応募者全員を承諾したようですが、果たして何名応募したのか? 一番驚いたのは26日に希望退職承諾通知書というのが届いたことです。団塊の世代の第903話にも書きましたが、A社始まって以来の迅速な対応でした。この迅速さを忘れなければ今後も生き残れるかもしれません。 折角の人員整理で年寄りを整理することができたのですから若い人達にとって希望のある良い会社になることを期待したいものです。とは言いながらも、今のような、誰も本当の事を経営陣に言えない体質が続く限り無理でしょう。 じっくり、眺めさせてもらいます! 3月31日で退職になります。この部屋もそろそろ終わりかも・・・。 |