住処の隣町に、良く行く焼き肉屋がある。 ここの主人は、実はその昔は物理学科・素粒子屋であって(それもなんか理論臭い)、そこから足を洗って焼き肉屋の主人に収まった、という人である。 世代からしてどうも著名な素粒子の学者と直接の面識があるようでもある。 従って、手の空いた主人と酒飲みながら話をすると、物理屋だけに通じるような話題が出てくることになる。 (僕はこれも学生では理論物理(但し物性・低エネルギーの物理)の専攻であった。あまり信じてもらえないが……(^^;)。
ある日、物理学者の偉さ、という話になって、或る有名な学者を、「あれは専門バカが偶然にとんでもない成果にぶち当たっただけであって、人間的には優れているとは思えない」なんて恐れ多い評になって、その対極に出てきた「優れた人」が、朝永先生であった。
そのときに思い出したのが、僕の学生時代、指導教授との会話である。
教授「どんな教科書で勉強しているんだ?」
σ(^_^)「Schiffの量子力学とKittelの熱物理学です」
教授「なんだ、最近の学生は、計算が出来るようになる本しか読まないのか?」
σ(^_^)「(何が悪いんだろう??)」
そして僕の中では、「読んだって計算が出来るようにはならない教科書」の筆頭が、Diracと朝永の量子力学であった。
しかし、朝永量子力学の良さは、計算なんてところとは関係のないところにあると、今になって思う。 この教科書の白眉は、やはり量子力学に至るまでの先達の思考過程が記されている「I」であるような気もするし、そもそも、一部だけ取り出して「すばらしい」なんて言うことがおかしいのかもしれない。
そしてそのような朝永量子力学、若く血気盛んで未熟な学生の僕にはその良さが全くわからなかった。 今にして改めて読んでみると、あの難しい話を平易に説いていく、普通の語り口には驚きを感じる そういえば、朝永先生は落語のひいきであったと聞く。それが影響しているのかもしれないし、あるいは達人の語りはそのようなものなのかもしれない。
そんなことをその主人に話すと、「やっとわかるようになったんだよ」なんて言われてしまった。 まあ、年取って、この良さがわかるようになっただけでも少しは進歩したのかなぁ、 でも実情は、未熟は未だそのまま、計算力がたがたで、恥ずかしい限りなのだが(^^;)
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優秀な、しかしちょっと変わった後輩が会社にいる。 彼は物理の質問だけをだるぺんに持ってくる。 こちとら知的財産の専門家というのが表看板なのだが、彼はこれには全く興味を示さない。 こちらも、裏芸としての物理を認められるのは、嬉しいものだから(表看板を褒められると却って怒り出すのだが(プロの心理です))、時間をかけて答えようとしてしまう。 まあ、彼は相手の気持ちをつかむことが上手い、とも言える。
ある時の質問は、結晶光学に関するものであった。 これまた、昔の結晶解析学等のノートをひっくり返しながら、さびた物理的頭でうんうんと考えるうちに、これを教えてもらった(故)池田拓郎教授のことを思い出していた。
現在、池田先生の講義の二年生後期期→三年生前期分は計測工学の教科書として発刊されている。 しかし、その内容は一般に「センサ工学・データ処理工学」として把握される計測工学とはだいぶんと趣が異なる。 それはいきなりフーリエ変換・伝達関数という具合に始まって、電気-機械結合系・Wiener-Khinchinの定理(相関関数なんて二年生じゃ想像すら出来ない)等まで出てくる。 当然に最小自乗法・PID調整なんかも出てくる。 しかし当の二年生程度の学生には(これがまた生意気盛りで「量子力学」「相対論」なんてことを全てわかっているように話す。 実はブルーバックス物理に過ぎないのだが)、「なんじゃ、これは?」という内容である。
これが四年生通年講義である「応用物理学原論」になると、その一見ノンジャンルぶりはもっと自由奔放なものになる。 結晶光学・Green関数・Kramers-Kroenigの関係式・Raman-Nath散乱・Nyquistの定理・・・・。 四年生程度では全くわからない。 それでいて、先生、自らの学生時代を顧みて「講義に出なければ学問がわからないような馬鹿ではない、との粋がりがあったから、出席なんてしなかった」なんておっしゃる。 この言葉は学生に明瞭にわかるので、見習う。 あれやこれやで、学生時代にはその講義の価値は全くわからなかった、というのがお恥ずかしい話ながら事実である。
ところが、企業に入って、雑多な技術分野・業務内容に触れるようになると、「あれ、原論でそんなこと言ってたな?」という話題が出てくる。 それを確認し、自分の知っている物理現象とアナロジーをとりつつ、ごちゃごちゃと考えながら仕事をしていくうちに、「よくわからない現象を物理的に説明することが出来る人」「技術を理解する間口が広い」なんて風評が立ってくる(冒頭の後輩はそのころの新入社員であって、よーするに刷り込まれてしまったらしい)。 そんな風評は嬉しいものだから、勉強を続ける、そうするとまた原論の講義録を通じて技術の関連がついてくる・・・・という循環になる。 そして、今では「裏芸」なんて大きく出るようになった(年取って図々しくなったこともあるが(^_^;。
さて、今に思えば、池田先生の講義は種々の物理現象に現れる「伝達関数」と「フーリエ変換」という概念について話していたように思える。 それが一見、気のおもむくままに講義内容を決めていたように、未熟な学生には見えていたのである。 その意味では、年を取って経験が広がってくると、その重要性は自然にわかってくるし、また類書がその前後を通じて全く現れない事(強いて言えば「物理現象に共通して流れる主題と変奏」というコンセプトでは「高橋秀俊の物理学講義―物理学汎論」か? 但し、高橋先生の切り口はこれまた異なるところにある。ちなみにこの本は絶版なんですね・・・・)でもわかるとおり、これは池田先生の「物理的な高い見識」を少しかいま見ることが出来る講義だったのである。 今となってはこの「原論」講義のノートはだるぺんには宝物だ。
池田先生はどちらかというと伝統的なタイプの理学者(誘電体物性論の大家であった)であり、先生か友人かわからないような身近さが求められ、「研究者」よりも「教育者」型の先生が受ける現代では、その評価は消えていくようなタイプの先生ではあるとも思う。 だから未熟者が敢えて「池田先生へのオマージュ」をネット上で述べてみようと思ったのである。
そうそう、忘れていた、知財専門家のだるぺんにとっての最大の恩義は、この講義のおかげで弁理士試験の選択教科は(制御工学・計測工学を選択した)勉強が殆ど不要であったことである。 37歳で勉強を始めて受験4度目で合格したのだが、このアドバンテージがなければ、年齢の関係で受験を断念していたかも知れない。 「知財プロのだるぺん」を作ってくれたのも池田先生だったのである!!
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休日の飛行場は、やっぱ普段よりはのんびりとしている。 これでおわかりのとおり、またしても、例の工場廻りの飛行機の中である(この中でなければ、更新ができないみたいだなぁ。 ちなみにだるぺん、入社以来、祝日は殆ど休んでいない。 完全週休二日、ってメーカ標準の暦の関係である。 この「祝日に働く」ことは、お役所相手の特許屋には全く想像ができないらしい)。 そもそも、空港にアクセスする京浜急行自体に通勤客が少ないし、宮崎行きの飛行機の座席をかなり自由に選べるし(いつもANA9:30羽田発を利用)、乗る飛行機のすぐ側を着陸したばかりの飛行機が通り過ぎて行くと、「普段はあんな近くを通らない」なんてスチュワーデスさんが言い出して、搭乗をとめて眺めていたり(ちなみに宮崎行きは、搭乗時に地面を歩くことになる。 だから、乗客が少なく、搭乗がさっさとできる今日は、じゃまな人間がいないので飛行機が近くを通ったらしい)、また、乗客が少ないから、彼女達もかなり余裕があって、気持ちの余裕がこっちにも伝わってくる、個人的にはとても気持ちがいい。 余談ながら、東日本は運良く晴れたので、東京湾岸→京浜→三浦半島先端→三保→伊勢志摩→串本と海岸線をはっきりと確認できて、とてもおもしろいし。
そうそう、ほかのところで約束していたライブの話である(しかし、わたしゃライブの話しかないのかね、ここは知財のページでは、という感じですね。 しかし、良いライブが集中したんですよね、先月は)。 そんなわけで、知財のレポートをさぼって、またライブの話を
11月22日(金) 吉田美奈子 & The Band(東京キネマ倶楽部)
吉田美奈子。 「上手すぎる・技術をひけらかす」とかなんとか、各種雑誌で勝手に評されるけれど、ライブ聞くと、肉声の力に圧倒されて、「まわりが下手すぎる・技術がない・そんなもんと比べるな!」ぐらいに思える。 なにしろ一声で会場の空気が変わってしまう。
そして、The Band。 前回、「四人囃子」を「たぶん今の日本では一番上手いバンド」と評したけれど、それに対抗できるすばらしいバンド。
しかし、例年、年末にやるライブ(今までのグローブ座・ガーデンホール・サンプラザ・NHKホール・Quatro・STB、田舎の会社員のくせに見てきた)、工場廻りの関係(だいたい月末・週末)で仕事の都合で今年は見ることが出来ないと思っていた。 久しぶりの新譜が出ている年なのに不運だな、とも思っていた。
ところが、今月だけは、工場廻りが「水曜・木曜」で、土曜が下記のSakuma Summit、HP見たら追加の告知、長崎の工場から昼休みにPHS-TELでチケットゲット、ということで急遽、金曜の公演に行けることになった(会社の仕事は放り出すことになるのだが、まあ、仕方がない(??))、今年も見ることが出来たという大幸運でした。
ライブ会場は鶯谷のビルの上の方、入場がなかなかできないで、呼び出しが無粋だなぁ、と思ったり、ダフ屋が出ているのに気がついたりしながら、入場して開演を待つと、定刻にいきなりメンバーが出てきた(これは、吉田美奈子のライブでは、当たり前ではない。 気合いを入れるためか、開演がかなり遅れるのが普通)。
聞いていると、思わず涙がジトッと出てくる。 うん、肉声の力はすごい。 過去に一回だけ、ジェシー・ノーマンのリサイタルで感激して泣いたことがある。 そのときとは異質なんだけれど、シンプルなバンドで、音楽をそんなにもいじってないように聞こえるんだけれど、出ている音に心が揺さぶられる。 当然、無茶苦茶に上手い。 定番曲の「Town」等の疾走感はものすごいものがある。
そして未だ歌う意識が前に進んでいる。 あれぐらい巧くて、声の感動力があれば、それによりかかってしまえば無難なライブができるのに。 Sabraでは、最新CDを「ちょっとピントがずれているのでは?」と評していたけれど(そして、言ってしまえば、ライブ後半は、精神的な力みみたいなものが見えてしまうのだけど)、てやんでぇ、前進することの方がよっぽどすばらしいと、だるぺん強く思う次第。 あぁ、今年も、良い音楽に浸れたなぁ・・・・
11月23日(土) Sakuma Summit(SHIBUYA-AX)
例の、GLAYが出演する、発売4分でチケットが消えたライブである。 これに四人囃子が出るので行ってた。
会場時間前のAX近辺は、ダフ屋と女の子ばかり。 そのダフ屋がメモとっているだるぺんを「警察?」とか言ってものすごく気にする、そんな状況。 どうも観客の95%は女の子らしい、そこで四人囃子かぁ(^_^)。
入場順はローソンでのチケット購入者(?)をまず入れて、それからその他、ということで、1Fはオールスタンディング・ぎっしり詰まっている。 前へ行こうとしたんだけれど(だるぺん過激な時代のライブハウス育ち)、95%の女の子の中じゃ、気が引けて動けないなあ。 四人囃子HPの青木さんに挨拶するつもりだったんだけど、これは出会うにはでかすぎるわぁ・・・・(でも幕間に、四人囃子TRBの虎之助さんと会えましたけれど)。 とにかく女の子ばかりの集団の後ろについく(おかしな意味ではない。 男はでかい・幅が広いので、ステージを見るのにとにかくじゃま、なのである)。
ライブはThe Scanty→Pane(?)→Cune(このバンドは聞きたかった。予想通り、至極まっとうなロックバンドであった。)→四人囃子→GLAYという順番で進んだ(途中でヒステリックブルーが出てきた)。 詳報は、やはり四人囃子HPに任せるとして(このHP、青木さんの運営と集まる人々のモラルがすばらしく、特に著作権的には殆ど問題なしなので、安心してリンクすることができる)、あとは個人的な感想を。
最初は、頭に響いていたビートが、あとのバンドになるに従ってだんだん下に入ってくる。 やっぱバンドの力の差かなぁ。 でもこれらのバンドの中で、四人囃子だけが踊れない・組曲構成で一曲が長いので、GLAYファンの女の子達は、やっぱ鳩に豆鉄砲だったらしい(「まだやってる??」なんてことを言っていた)。
さて、その演奏、たぶん今年のライブではかなり良い演奏だと思う。 それにもまして、いきなり最初に「おまつり」が流れてきたときに、あまりにも雰囲気があって、つい、一本涙を流してしまった(じわっとではない)。 ただし、坂下さんのKbをPAが拾っていなくて、「一触即発」のあのきらびやかなプレイが聞こえなかったのが残念。
ことしは、ライブの連発、さらに全アルバムリイシュー、「日本のロックギタリスト」オムニバスCD発売等、四人囃子が狂い咲いたような一年でした。
それでは、飛行機も宮崎に近づいて降下し始めたし、そろそろ本業の知財屋に戻ります。
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こう見えてもだるぺん、音楽が好きである(どう見えるのだ??)。 それもジャンルをあまり問わない。
サントリーホールでクリーブランド管弦楽団が演奏会をするなら、なんとしても聞こうとし(アメリカ一番のオーケストラはここだと信じている。 なおだるぺん、開設当初からのサントリーホールメンバースであり、ホールできたときには優先予約を利用してチケットを手に入れて、平塚の田舎からせっせと通った。)、出張帰りに「秋山一将」なんて見たら、立場忘れて立ち見でPit-Innに潜り込む(それにしても「NewYork」での演奏は最高!! また、この中には故大村憲司・松原正樹なんて人々の、たぶんベストトラックの一つが入っている、とても良いディスク)。
でも、一番好きなのは、70年頃のロック・ポップスかなぁ。 だから、山下達郎なんて、無条件で「良し!!」、なんたってファースト出た当初、仙台のロック喫茶のJBL+マッキントッシュで聞いて、その声の威力にぶっ飛んだ。 未だに、日本の最高のロックアルバムの一つは「JOY」だなんても思っている。
しかし、ファンクラブまで入りたいとなるとその思い入れ度はだいぶ違う(だいたい、男はファンクラブなんて入るものではないと思っている旧人類である)。 そんなだるぺんが、ファンクラブに入っていたような人たちが、次々とライブをしてくれた。それは、「四人囃子」と、「吉田美奈子」と一緒にやっている「村上"ポンタ"秀一」である。
そこで今回はその話を。
10月25日(金) Rock Regend II 「伝説破壊」
出演者は「四人囃子」と「頭脳警察」
これ見て、「まだ活動しているの??」と思う人は、いるよなぁ。
四人囃子については、青木さんがものすごい公式HPをやっているので、紹介等はそこに任しましょう(この人、四人囃子命・とても献身的なWebmasterという顔をこちらには見せているんだけれど、実は有名な経済学者。 四人囃子メンバー関係のライブにはリハも含めて必ずいるんだけれど、いつ仕事をしているんだろう(^_^))。
以下は、だるぺんの私感を。
四人囃子って、70年頃の東京・中央線沿線の雰囲気がぷんぷんなんだけど、でもそれが、ある意味でイギリスローカルぷんぷんのプロコルハルムの影響をもろに受けているのが面白い(今回のライブでは、プロコルハルムの曲を演奏したのですが、だるぺんはわからなかった(^_^;。 その雰囲気は、「お祭り」とか「空と雲」に現れているようで、ぐっと来るものがある。
そして、また、無茶苦茶に上手い!! 去年・今年は、狂い咲きしたみたいに(失礼)ライブを続けているのだが、その場に偶然に居合わせた若い人たちの中には「とんでもないものを見たような気がする」なんて言う人もいる。 そのうまさは、寒気が走るぐらい。 レパートリーは限られているけれど、たぶん今の日本では一番上手いバンドだと思う。
また、70年代の活動中は、ライトショーとか、サウンドとかについて、アイデアに対してテクノロジー律速があって、ライブで出し切れなかった様な気がするが、それが現在に復活したら、律速の条件が取り払われて、ものすごいライブが現れた、というあたりだろうか。
頭脳警察というと、やはり、パンタが言うように、「日本のパンクの走り(「先駆者」が正しいと思うのだけど)」ということに尽きると思う。 あのやばさは、刃を向けられるような感じで、いまでも「凄い!!」と思う。 そして、四人囃子が頭脳警察のバックについた「頭脳囃子」は、これは「同窓会」的ではなく、本当に良かった。 感覚的な言葉だけど、「これがロック」なんだろう。
さて、次の四人囃子は、「Sakuma Summit」というライブに出るんだけれど(プロデューサの佐久間正英さんは四人囃子のBass)、これが、佐久間さん子飼いのGLAYも出ることになっていて、さあ大変。 チケットがぴあでは4分で消えたらしいんだけど、GLAYのファンには、まさに鳩に豆鉄砲になるはずの佐久間さんがいる四人囃子は、どのように見えるのだろうかなぁ(幸運にもだるぺんはチケットを持っているので、見てきます)。
10月26日(土) 村上"ポンタ"秀一
この人、日本のポップスの方向を決定づけた主要メンバーの一人だと思う。 スタジオミュージシャンが集まって音楽を作るムーブメントを日本で実現した人(その成果の代表が山下達郎の「It's a poppin' time」だよね)、というとらえ方だけでは、少し足りないのではないかなぁ、やっぱ凄い人、ですよ(加えてだるぺんには、吉田美奈子とデュオをはれる凄い人、であるとも思っている)。 この人も、公式サイトを持っているので、だるぺん私感だけを言うと、六本木PitInnの10周年記念ライブ週間に平塚から通い続けて「なんて凄い人だ!!」と思った(あと追加すれば、だるぺん、ラジオで大村憲司+村上秀一が加わった「赤い鳥」を知っている。 やっぱ凄い演奏だとは思っていたが、あれがポンタがプロで最初だとは思っていなかった)。 その人が、好きなミュージシャンを集めてやったライブをやると聞いて、とにかく行ってきました。
それでねぇ、共演のTOKU、Tinaはともにとても才能のある人であるのはよくわかったんだけど、でも、しかし、一番びっくりしたのは(語弊があるのを承知して言えば)、先の二人よりも、才能・若さとも負けるかな、と思っていた上田正樹! とにかく、すごい、感服した。それを一言にすれば、「なにも老成していない、まだ攻め続けている凄さ!!」、汗みどろのステージ、これぞまさしく「Mr. R&B in Japan」!!
そしてポンタ+高水健司の「日本最強のリズムセクション」(by上田正樹)もすばらしかった。 でも、この二人が上記の「主要メンバー」「六本木PitInn10周年記念ライブ週間のメインリズム隊」だったから、長いんだなぁ・・・・
11月3日(日) 早川義夫with佐久間正英
早川義夫、という名前を見ると、何かを突きつけられたような気持ちになる。 ジャックス、と言うだけも十分なのに、「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」という、ある意味では日本の音楽史上に残るアルバムまで創ってしまったのに、69年にさっさと活動を中止し、94年に復活し、独自の活動をしている、と言う感じであろうか。
このライブ、上記の「Rock Regend II」の前日に、青山のライブハウスで公演があって、それを見に行けずに泣いていたら(いちおうだるぺんサラリーマンのつもりなので(勤め先では認められていない節がある)、連日休暇取ってとか、会社終わって平塚から青山、ってのはできなかった)、和光大学の大学祭委員の方が、ライブの告知を「四人囃子HP」に書き込みをされていて、それで知ることができたので、行くことにした。
ライブは、あの既にスタンダードとなっている「サルビアの花」で始まって、男と女の歌で終始し、「堕天使ロック」で終わるという、知っている人にはなんとも凄い構成だった。 ステージで歌う早川義夫は、ほんとはだるぺんよりもずっと年上の筈なんだけど、歌う姿がなんとも若く、やばい。 ここでも老成・丸くなったなんて言葉と無縁の人が歌っている。 それはやはり凶器を突きつけるような迫力がある。 観客は、年配者もいるが、若い人たちがなんか引き込まれたようにステージを取り巻いている。 異様な感激がある。 正直言って、ギターの佐久間正英さんが、単なる「非常に優れたバックミュージシャン」となるような、早川義夫そのもののようなステージだった。 12月14日の「ROOTS MUSIC音楽祭」にも出演するので、だるぺんまた聞けるのが、楽しみ(気合い入れなきゃ、だから怖い??)。
余談ながら、先日、同期合格の弁理士の集まりで(だるぺんが一番年下!!)、その中の一人が突然「昔のフォーク」の楽譜を持ち出した。 そこには当然「サルビアの花」が入っている。 そこで、早川義夫のライブに行って来たと話したら、いやぁ、みんな語ること、酔った勢いでジャックスのフレーズも出てくるんだなぁ。
今回は、いつものだるぺんと少し趣向を変えて、こんなところで。 今回は、オフィシャルHPが無い古い人が実に多く(だるぺん、リンクはるなら、オフィシャルHPからだと思っている。 UnofficialHPでは、どうも著作権・肖像権侵害が起こっていそうな気がして、商売柄でリンクをはってそこへ行ってもらうのに気が進まない)。 こんなところからも「昔の人たちの活動」みたいなところがあるのかな、とも考えてしまいました。
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羽田からB737に乗るとは思っていませんでした。 確か、かなり昔、だるぺんの学生時代に(そのころ体育会常任委員会なるところで外交官もどきをやっていたので、札幌に行くことがあったのです)、仙台←→札幌を飛んでいたのですから(当時、地方線はB737とDC10でした)(10/18追記:JALも羽田←→宮崎便はB737のようですね。それぐらいの乗客数の路線なのですね。)。
10月17日に、また工場廻りをしたのですが、最初の羽田9:25発ANA603便に乗り遅れてしまったのです。 ちょいと愚痴を言えば、なんで、電車の乗り継ぎ待ち時間が10分×3回なんて馬鹿なことになるんだよぉ。 しかも後の二回は京急だもんね、なんじゃい・・・・ 横浜から空港直通が走るのでアクセスが良くなったのなんのと宣伝しているけれど、朝は何も変わっていないじゃないか!! 京急蒲田でさんざ待たされて(羽田からの電車は回送になるんだものね)やっと乗った品川方面からの羽田空港駅行きはかなりの混雑で(駅に着いたら乗客がどんどん走るんだもんね)、 また電車から降りてみると、高校生(?)の団体旅行で出発ロビーに行くエスカレータ乗り場が占拠されていて、エスカレータに全く乗れなくて、急いでいる人達があわてること、あわてること(だるぺん、既にあきらめていた(あきれていた?)ので、しらっと見ている)。 これビジネス用空港のアクセス・構造じゃないね。
さて、愚痴から戻って、とにかく一番早い宮崎行きを捜したら、次はJASの14時の便。 うーん、時間があきすぎる、ということで、ふと「スカイネットが飛んでいるよね」とANAカウンターで話をしたら、これが時間がわからないんですよね。 また横道にそれるけれど、これなんか見ても、既存の航空会社が新規参入を警戒している様子が想像できますね。 だるぺんの専門から言えば(一応契約関係も、専門の一つです)、既存会社の羽田←→宮崎便の特待キャンペーン、「やばいことやるなぁ」と思っていたら、見事に公正取引委員会からイエローカードが出たし(要するに、会社の規模の差を悪用した競争排除行為と取られるような営業をやってしまった)。 でも、ビジネス客からすると、出発時間が重要であって、会社の違いはあまり関係がないんですけどね。 だから、14時まで待つ→論外の答え、ということになります。
横道にそれすぎているか、また元に戻すと、スカイネットのカウンターがある場所を教えてもらい、大ANAの前の小さなカウンターに行ってみたら「10時の便がありますから、乗るなら急いで!!」という感じで、チケット購入→搭乗口に行ったら、係員の外人の女性が途中まで迎えにきていて、手に持っていたチケットをビリッ、即座にチェックイン、なんてやって、ぎりぎりでセーフ、と言う感じでした。
久しぶりに乗るB737は、やはり小さい、昨今の大きな飛行機に慣れていると、片側3列がけ2列というのは、やなり狭い断面空間です(座席は快適なんですが)。 そして、離陸時には、ギューンと昇って、ギューンと降りるように思えるのは、これは昔の記憶通りでした。 昔、航空部の友人が、「グライダー乗りは失速を想像するから、怖いよ」なんて言ってたぐらいです。 あと、パイロットが「気流は非常に安定している」と言っていたけれど、やっぱり少し揺れるかな、と言う感じでしょう。 単に空港内を動いているときに、車輪の辺りが「キーキー」音を立てるように思えるのは、ご愛敬か(でも、不安になる人もいるかな?)。 要するに、今の時代となっては、機体の反応が乗客にわかる、小さいシステムなんだなぁ、ってことが実感できました。
機内自体・内装はカラフル、そして観光地宮崎ローカル線と言う感じで、なんか本当に創業時の航空会社ですね。 機内のサービスも、良い意味であっさりしていて、だるぺん非常に気持ちが良かったです。 これで片道8500円ならば、かなりのところまで対抗できるのかな、という気持ちにはなりますね。 昼間の便をうまく使えば、ビジネスシャトルぐらいにはなるかもしれない。
そして、機内誌を見たら、宮崎地区にかなり密着している様子が見えます。 やはり、こんな形で、少しづつ地方への分権は進んでいくのかな、という感想です。
まあ、今回は、機内で書けたのはこれぐらい、ということで。 でも、宮崎は暑いなぁ、半袖でも汗が出ます・・・・
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インターネット上に、「水商売ウォッチング」というサイトがある。 制作・管理者は天羽さんといい、液体の光物性を研究している物理学者である。 Googleで「水商売」と入れると、トップにこのページが現れる(02/10/05現在)。 このサイトに注目する人が多いということの現れであろう(そんなわけで、インターネット上では「水商売」と言うと、文字通り「水を売る商売」なのである。言い過ぎか・・・・)。 ここには、文字通りに「水」に関する情報が集まっており、特に「マイナスイオン」「水クラスター」等の言葉について、科学的な裏付けが薄いと考えられる根拠を集めてある。 だるぺん、これでも大学時代には一応は物性理論物理の研究室で修行をしており(信じてくれない人多し)、 しかし、これらの言葉については「健康オタク時代の都市伝説だよなぁ」と何となく感じていたのだが、その「感じ」の根拠をはっきりとは追求・理解はしていなかった(お恥ずかしい)。 そして、それらの言葉について科学的根拠がどこまで存在しているのかは、このページを見て初めて(しかし「なんとなく」というレベルでもある・またまたお恥ずかしい)理解することができた。
そして、このサイトの情報は、決して「そんなもん間違っている」と声高に言ってはいないのだが、これにクレームをつけてきた業者等には、毅然として反論をする。 その反論には、専門職がその見識を公表することに対する使命感が感じられる(これは天羽さんも意識されていると思う)。 「専門職は恐れることなくもっと発言しなきゃぁ」と常々考えているだるぺんは、大いに「良し!!」と思っている(ほらほら、お里が現れた)。 そんなわけで、だるぺん、このサイトは大好きだし、非常に優れているサイトだと思っている(HP立上げ時から、リンクを張っているぐらいである)。
そしたら先日、ひょんなことから、天羽さんとメールでやりとりをすることになった。 そのきっかけは、このページに掲載された「0-1 科学知識の情報源について考える」においての「特許」(情報)に関する解説であった。
一目、おかしい。 新入社員の技術者が最初に考え違いをするところを、彼らに比べて遙かに豊富な研究の経験を持つ天羽さんが、同じように考えているように思えた。
これは惜しい。 というのは、時間がない専門職が、新聞・論説集等の総合的な解説集を読んで、そのレベルを推察するときの定跡があり、それは、自分が専門としている部分の解説を読んで、その程度を見て、他の部分もそれと同じ程度であろうと推察する、というものである。 この定跡をこのコンテンツに無造作に使うと、その全体の評価がほめられたものにはならないことになる。 この「0-1 科学知識の情報源について考える」のみならずこのサイトには、その他の部分にも非常に有益な情報が詰まっているのに。
そこで、天羽さんにそのあたりの意見をお伝えした。 このメールに対して、天羽さんが望外の評価をしてくださって、何回かのやりとりの後に、「水商売ウォッチング」どころか、その上位のページからリンクを張って掲載してくださった、というのがことの顛末である(10月17日現在、上位ページのリンクは消えている。 最新の情報のみを上位ページにあげるらしい。 更新履歴にはリンクが存在している)。
この話は、(大げさに言えば)知財知識の偏在・教育の不備等に関する問題が現れているように思える。
それは、特許出願時には形式(特許の世界では「方式」という)以外には何もチェックされず、しかもその内容は原則的に全て公開される、しかも、特許付与の審査においては「新しい」ことにその重点が置かれ、「科学的正確性」については「再現可能に見える」という程度の正しさしか審査されていない、という事実が殆ど知られていないことである。
この理由付けとして、発明は「技術的思想」である以上、出願前にこれをチェックすることは思想の検閲であって、全く許されるものではない以上は当然のことである、とする論を見たことがある(出典失念・申し訳ない)。
しかし、だるぺん考えるところを乱暴に言い切ってしまえば(以下、公開されている天羽さんへのメールの内容に重複する部分があるが、これは重要な事項なので、一回だけ言って終わり、という性質のものでもなかろう、ということで再度記載する)、
特許という国策的なシステムは、「情報を秘匿させずに公開させることを目的とする。公開のインセンティブとして「本当に新しい情報ならば」権利を与える。」と設計されている。
つまり、審査においては「新しい」ということが優先され、「科学的に正しい」というのは厳密には判断しない(東京高裁判決例に同旨有り)。 でも、正しいことを書いていないと、権利行使時に支障が出る可能性が大なので(技術的範囲解釈における作用効果の基準)、第三者に不測の不利益を被らせるおそれはない。 従って、出願時の第三者によるチェックを行わなくても何ら問題はない、
という一種ドライな考え方が根本にあるような気がする。
そして、この考え方を知らないことが、「内容が正しいから公報に載る・特許される」という、「特許初心者」が(これは、企業の新入社員に限らない。 既に社内・社外各所で活躍している人にもいる)陥る典型的な誤解の一つにつながっていくのである。 従って、新入社員に対する特許教育の講師にだるぺんが立つときには、これは必ず指摘する点の一つなのである(余談ながら、だるぺんの勤め先の規模の知財部だと、そこの弁理士は出願のみならず「知財」と名がつく業務は何でもやることになる。 先日なんぞ、特許情報配布用のサーバーを立ち上げていた(^_^)。
閑話休題、このような、いわば「特許情報とつきあう方法」は、日々特許情報を通じて競合他社の動向を知ろうと格闘している、企業の技術部門では当たり前に備えているテクニックではあるが、これは現在では残念ながら「企業にのみ存在するノウハウ」なのだろう。 さて、現在「知的財産戦略大綱」に沿った大きな動きが出てきて、その中では「人材の育成」として、中学・高校での知財教育が取り上げられているが(たぶん教職員・学者・弁理士等の、企業の実務からは距離を置いている人たちが先生となるのであろう)、このような「特許(及びその情報)が持つ負の部分」について、どれぐらい常識化が出来るであろうか?
最後になるが、非常に多忙であろうにもかかわらず、突然のだるぺんのメールに対して、早速に特許の基本書の記載を確認されてHPの記載を書き換える等、真摯な対応をとられた天羽さんに対して心から敬服差し上げるとともに(HPでの意見の公表を、公的な行為として非常に重視されているのだと感じました。 たぶん、とてもエネルギーを持っている人なのだろうなぁ。 同旨の推察もあるし)、今後のますますのご活躍を祈念致します。
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そんなわけで23〜25日にかけて、ソウルに行って来ました(明洞(ミョンドン)はソウル一の繁華街・ガイドブックには「ソウルの銀座」と書いてあったけれど、だるぺんは心斎橋筋に似ていると思った。 知り合いの女の子は「上野」と言ってました)。
だるぺんが懇意にしてもらっている、伊勢原駅前の焼肉屋の大将は(この人、元N社のテストドライバーで、試作車の特性測定も自らやっていて、現場派だっただるぺんとは話がよく合う、時速300キロの世界を知っている人で、韓国人の元気な奥さんとチョゴリがとても似合いそうな美人の娘さんがいます)、毎年春秋に韓国に食材を仕入れに行くのですが(調味料に町中で売っているものを使うからでしょう、この店の味が最もソウルの味に近いことを、今回確認できました)、秋の仕入れはお客を連れての韓国食べ歩きツアーになる(春はプライベートで気持ちをゆっくりしたいからツアーは堪忍ね、と言っている)。 今回は、初めてそれに参加することができて、またまた空を飛んできました。
ソウルと言っても、町中(下町らしい)の豊田(プンジョン)ホテルから「地球の歩き方」のソウル地図の左端にちょこっと出ている住宅街(ここに奥さんの妹が住んでいる)までツアー一行で一日一回は行って(そこに大将の一家が泊まっていて、毎日ディープ韓国の料理で歓迎会を催してくれる)、免税店・土産屋には全く行かなかったので日本人とも会わなず、殆どの時間は日本人がいないソウルを歩いてきたのです。 そんなところで、感じたことを
- ソウルは英語なんて知らない
何しろ、大韓航空のスチュワーデスですら、英語が通じない人がいるぐらいで(だるぺんの発音が悪いのではないと思う)、町中では全く通じない、ってところ、むしろ日本語の方が通じる。 マクドナルドがないディープ韓国に米国人が行くと、だんだん元気がなくなってホテルに閉じこもりになる、と言う笑い話が実感できます。
訪問の後半で延世大学出身の男性(地方官僚のキャリアだと思う)と全編英語で会食したのですが、受験勉強をきちっとした人以外は英語に触れる機会がないそうで、その人も「職場では全く使わない」と言ってました。
だるぺん思ったのは、「日本に来る欧米人はこんな気持ちなのかなぁ」というあたり。 町を歩いても、何もわからないから、人の親切と、自分が培った雰囲気の感受性に頼って歩いてきました。これはとても勉強になりました。
- ソウルは眠らない
ワールドカップの大群衆で有名な東大門(トンデムン)、ここに10階建て程度の大きなデパートが三軒ほどあるのですが、その営業時間がAM11:00-AM05:00?
だるぺんは午前一時ごろに、ホテルから歩いて(!)東大門に行ったのですが、デパートのあたりは露天がたくさん並んでいて全くのお祭り状態、これがまた勤め人と言うことで??
それでは朝は?というと、午前8時頃、これまた人の波なんですね???
偶然、知り合いになることができた広島在住の日本人写真家曰く、「日本人と比較して、韓国人は全く眠らないと考えてよいですよ」とのことでした(同時に知り合いになった韓国の写真家のHPにもリンク)。
余談ながら、ソウル全体の印象としては、日本なら福岡に近いような感じを持ちました。
- ソウルは太っ腹
食事に行って、メニューで「\14000won」であったとしても(これは実際の時のレートで10won=1.2円)、その量が凄い、その上キムチ(辛い辛くない含めて五種類ぐらい)食べ放題、要するに安い。
また、だるぺん、上記の日本人が全くいない町で、「ダイエー」みたいなところに行ったのですが、食料品売り場が各種の大量の果物でカラフル・しかもやはり安い・おいしいことは、本当にびっくり。
豊田ホテルの近くには、築地の場外市場のような大市場があって(こんなものが町中にあるのかぁ? だるぺん朝七時ぐらいから歩いたので見ることができた)、その中をぶらぶらすると、検疫の心配がなければあれこれ買い込みたくなりますよぉ。
要するに、韓国は自国の産品がとても多くて、国土が十分に国民を養えて、だから安価なんですよね。 なんか、日本の実際は商品の購入力があるだけの、産物があまり無い貧しい国なのかなぁ、と思いますよ(裸の王様)、ほんと。
- ソウルは、濃い
まず、、単純な話で、食べ物の味がしっかりとしているので(ただし、いがらっぽくはない。自然の味が十分に出ている。 唐辛子も実は辛くない唐辛子もあり、何とも言えない滋味が出てくる。)、日本に帰ってきて、まだ、食事に味がないような気がしています。
また、だるぺんは勝手に単独行動を取る乱暴な客で、朝7時からホテルのあたりをうろついていると、映画街・印刷街・家具街・照明機器街・写真街・・・・とがんがんと固まっているのですよね。 これなんかも、「局地的に濃度が高い」という意味で、濃いのかな? そし、どの町もカラフル! それがセンスなんしょねぇ。
人間関係も、濃いんじゃないかなぁ。 明洞を歩いているとカップルが手をつないで歩いているのだが(しかし、その姿も日本よりは明らかに熱い!!)、高校生ぐらいの女の子が三人ぐらい並んで手をつないで歩いていたり(初めてこれを見たときには「やたらおおっぴらなレズだなぁ?」と思ったのだけど、あとからあとからそんなのを見て、やっと習慣だってわかりました)、男同士が手をつないで歩いていたり(これはほんとびっくりした)。
以前から「韓国美人事情」(川島淳子著・洋泉社新書)を読んでたのだけれど、やっぱ、読むと見るとじゃ大違い、ってところですね。
そんなわけで、楽しいソウル二泊三日でした。ここは日記代わりの記録開帳みたいなところもあるから、だるぺんがどこに行ったかを書いておきます。
一日目
成田→大韓航空で仁川(イチョン)空港(ガンガンとバスが走る近代空港)→車で豊田ホテル→タクシーでソウル市の左端の大将がいる地域に行く(ウンピョン区のウアム交差点と言うらしい。以下ソウル左端と略記)・歓迎会(豚焼き肉・焼き肉は牛・豚・鳥それぞれ店が違う。タクシーはむちゃくちゃに安い!!)→ソウル左端で垢擦りサウナ(ほんとに日本人が全くいない辺り、そこでの裸の世界ってのはおもしろかった。元気が戻ってこれで30000wonだから安い!! このあたりでだるぺんの放浪癖が頭を持ち上げる)→タクシーで豊田ホテル(ソウルのタクシーは運転が荒い)→歩いて東大門・やはり日本人がいないコリアン点心??の店で食事の後にデパート散策(夜の0時頃のはずなんだけど町は大騒ぎ)→歩いて豊田ホテル
二日目
朝6時起床→豊田ホテルで朝食(おいしかったのだが・・・・)→ホテル周辺を散策(朝に悪所なし)・市場があるのを発見して地団駄踏んで悔しがる(ここで朝食食べたかった・・・・この市場のにおいは強烈で、未だに少し残っている)→車でソウル左端・海鮮チゲで会食→バスで(!!)ソウル駅まで移動(延世大学周辺はやはり日本と同じ学生街のにおいがして、言葉がわからなくてもこのあたりで場所がわかったので後は地図でたどり着いた)→地下鉄で(!!)鐘閣駅(初めてのソウルで言葉もわからずにこの乱暴さ、同行者達(特に大将の韓国人の奥さん)は信じられないようだった。 しかし地下鉄駅には、漢字・英語の表記はされている。 地図を見ていたら、韓国人に話しかけられた。どうも道を聞いているらしいので、自分を指さして「イルポン!(日本人)」と言ったら、「ごめんなさい」みたいなことを言って行ってしまった。)→鐘路散策(なんか歌舞伎町みたいな町だなぁ、と思った。夜は一人では生きたくないと思ったりして)→明洞散策(デパートのお姉さんが本当に美人でびっくり)・百済参鶏湯で食事→歩いて(!!)ソウルタワー(ちょうど夕方に上がったので、ソウルがどんどん夜景に夜景に変わっていって、そのきれいなことには感激しました)→歩いて明洞・写真街を散策→歩いて豊田ホテル(韓国人の大群がコンビニ・屋台の前で酒飲んで大声で話してる。)→もう一回歩いて明洞・トゥンナムチブという店で豚焼肉(高級店らしいのだが、それでも飲んで食べて20000won程度。ここでも、しばらくの間、日本人だとわかってもらえなかった)→明洞の音楽喫茶?の前でぼぉっとビデオを見る(レベッカみたいなバンドだったり、昔のクラプトンみたいだったり、ブライアン・アダムスみたいだったり、だいたい10年前の日本の音楽、と言う感じ)→歩いて豊田ホテル(ホテルの近くの病院の外科患者が入り口でたむろして大声で話している。 おいおい、もう一時なんだよ、あんたら怪我人なんだよ、なんて思いながら、しかし、さっきのコンビニの前では相変わらず大騒ぎが続いている。 韓国人は本当に眠らないらしい。)
三日目
朝6時起床→歩いて東大門・牛焼肉で朝食(要するに、殆ど寝ていない。ソウルパワーをもらったらしい(^_^)・未だ牛焼肉を食べていないのに気がついて、そんな店(24時間営業!!)に行った。 ビール飲みながら焼き肉を食べていると、きれいな女性が娘と母親を連れて入ってきた。 朝っぱらから凄いなぁ、特に小さい娘は、韓国人の「眠らない」という生活パターンを刷り込まれるねぇ。 外に出ると、韓国人は、ビビンパの店で、大騒ぎしながら食事をしている。 それにしても、結局、あの市場で食事ができなかったので、前日の朝ご飯が悔やまれる)→歩いて豊田ホテル→タクシーでソウル左端・地元スーパー散策・プルコギで会食(ここで上記の延世大学出身者と会う・一行では英語を少し使うのがだるぺんだけで、食事をしないで会話を続けた)→車で仁川空港・食事→大韓航空で成田
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このHPのことを、友人の村山弁理士に話したら、このタイトルでおちょくられたのですが、いやぁ、この一週間は、文字通り空飛んでいました。
9月6日の東京←→大阪シャトル往復で始まって、12〜13日に東京→宮崎→長崎→東京と勤め先の国内工場を回って(これでもだるぺん、会社員20年選手です)知財契約関連相談業務をやってきました。 これ、多忙な一般人からするとそんなに凄い話でもないのですが、書面・特許庁中心で仕事を進めるドメスな知財屋にとっては珍しい状態なのです。
まあ、大阪は単発仕事だったので、割に余裕などがあるのですが、九州トライアングルは、この飛び回りの間、休めません。 何しろ、各主力工場の技術者達は、特許の件で悩んでいることが多いのに対して、会社の規模からしてやはり十分な知財サポートが出来ない、という実状があります。 余談ながら、知財部門は、典型的な間接部門なので、この厳しいご時世で十分な運営をするにはかなりの経営体力が必要なようで、だるぺんの勤務先の規模の企業では、どこでも知財部員の数は少ないのですよね。
閑話休題、そんなわけで、この相談会の最中は、各工場でスタンバイしたとたんにアポが入って、そのまま気がついたら日も暮れてしまい、食事していてもどんどん相談が集まってきて(これ、社員食堂での「パワーランチ」なんですかねぇ(^_^)、その夜は泊まりならば知財関係者と会食と言う名の知財OJTを行うし、移動ならば、空港に向かう時間まで、まったく相談漬け、ということになります。 休める時間は、空を飛んでいる間だけ、と言う感じかなぁ。でも、その間には、レポート書いていますから……
この移動経路の中で、だるぺんが面白く感じるのは、宮崎→長崎の航空機で、なんと双発プロペラ36人乗りのSAAB340Bが飛んでいるのです。 東京→九州の飛行機は、横に3列・全7席並びぐらいのジャンボが凄い勢いで空を突っ走る、と言う感じで、機内でも多数のスチュワーデスさんが、チームワークをしっかりととって、機能的にサービスしてくれる、と言うまさに「高速移動装置に載っている」という感じですが、その後にこの飛行機になると、全3席並びの(そう、片側は窓際1列なんです!)小さな機体がゆっくり・ふわふわと浮かびながら飛んでいるようで、たった一人のスチュワーデスさんが乗客の相手をする、なんて感じで、まさに昔の飛行機、という雰囲気ですね(だるぺん、バイカウント・フレンドシップに子供のときに乗ったことがあります)。搭乗・降りるときにも空港ビルから直接に地面を歩いて機体に向かう、など風情があってとても良いです。
但し、天候が悪いときには、この飛行機に乗ると、かなり機体が翻弄されるようで、一般人は心細いらしいです。このあたりも、やはり昔の雰囲気なんでしょうね。
余談ながら、長崎空港は大村市にあるので、空港周辺には「観光地長崎」の感じは稀薄ですし、長崎工場はハイテクパークの中にあるので、その雰囲気は一般的な工場そのものです。 このあたり、殆ど仕事で外に出向かない、事務所環境しか知らない東京の知財屋と話をすると、どうもかみあわないですね。彼ら・彼女らは長崎→休暇・観光と考えるので(その上、メーカの工場のことは、組織・設備・業務内容等が全く想像することができない人が多い)、長崎での仕事というと「いいなぁ、時間みつけて遊べて」という反応が返ってきます。 時間があったとしても、観光なんて出来るわけがない、というあたりが本当のことなのですが。 まあ、だるぺんの日頃の行いがちょっと会社員離れしているので、仕事をしている姿が想像できない、というあたりもあるでしょうが(^_^)
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