判決文の読み方(03/11/27)

 昨今、知的財産事件の判決が、殆ど毎日のように新聞等に取り上げられるようになっている。
 ところが、その見出しと内容を見ると、「被告が勝訴した」「被告の主張が正当と認められた」等の記事になっていることがある。 また、知的財産事件の一つである審決取消訴訟で、「特許庁の無効審決が棄却されたので、権利は有効である」との記事になっていることもある。
 これらの記事は、はっきり言えば間違いに近い。 裁判という「紛争に黒白をつける装置」がどのように動くかを知らないが故に、世の中一般に通じると思い込んでいる単純な論理を使った推察でしかないのである。
 ここらで一回このあたりを簡単に整理してみよう。 但し、説明を簡略化するために、例外的な手続等について、枝葉を刈り込んである。 これは、決して正しくはないのだが、しかし世間的にはこの方が良くわかるだろう。

1. 民事裁判は、原告の主張が認められるか(原告勝訴)、原告の主張が認められないか(原告敗訴)だけが結論になる。 従って、「被告の主張が正しい」という結論は出てこない。
 民事裁判は「裁判官が原告の主張の正しさを認めるか否かを明らかにする。 そして認める場合には原告に一定の法的強制力を与える」という手続であり、被告の主張がねらうところは、要するに「原告の主張を裁判官が疑う状態にする」ということになる。 よって、被告にとっては決して「自分が正しい」ということを認めさせるわけではない。
 しかし、これを混同する人は多い。 これの裏返しとして、
(1) 原告が主張をミスすれば、被告が何を主張しようとも(たとえ科学的にムリ筋なオカルト主張であっても)、原告敗訴である。
 ここで、主張を認めさせるためには証明が必要であり、「主張をミスする」とは「間違った主張」をすることも「証明を失敗する」ことも含まれる。 当然「主張をし忘れた」「法で定められた期間内に主張しなかった」等の形式的なミスも含まれる。
 実際上、裁判所にその権利主張が認められるために証明すべき必要条件(要件)が複数存在していることが普通である(知的財産事件も例外ではない)。 そしてその条件を満たしている旨の主張を要件一つについてででもミスすれば原告敗訴である。 そこまで考慮に入れると、知的財産事件はこの「主張をミスする」というのは決して少くはない。 ましてや判決文一つで「被告の主張が正しい」とはとても言えるものではないのである。
(2) たとえ被告が「主張する事実関係が正しい」と主張・立証したとしても、一般論として裁判所は「原告の主張は採用できない」旨しか判示しない。
 それで充分だからである。 但し、その判旨中で「被告の全証言から原告の主張は不合理であると考える」とすることはあるが、そのことと「被告の主張が正しい」とすることとは全く違うレベルの話である。

2. 審決取消訴訟で、原告勝訴が出たとしても、その後に特許庁でもう一度判断を受ける。 従って「審決取消訴訟で原告が勝ったから原告が全て正しいと決着した」ということにはならない。
 審決取消訴訟とは、要するに特許庁が工業所有権の存否等に関して審判で出した決定(審決)に違法があるとして、不利な審決を受けた当事者がその取消を求めるために提起した訴訟である(これは問題がある表現だが、あらっぽく言えばこんなものであろう)。
 従って、判決は「審決を取り消す(原告勝訴)」か「審決を維持する(原告敗訴)」になる。
 しかし、
原告勝訴であってもその結果は「審決取消・特許庁への差し戻し」になるのである。 そして、その後には審判手続の再開が待っており、そこでどのように判断されるかは事案次第で全くわからない。 但し判決に反した認定は差し戻し後の審判では出来ないという拘束はかかる。
 例えば、ドクター中松の商標権事件を例にとる。 これは、ドクター中松が取得している登録商標を「使用」していないとして、JOCが権利の取消審判請求をした事件である(商標制度には、登録商標の使用義務が定められており、「使用」していない登録商標は一定条件下で請求によって取り消される)。
(1) この審判で、ドクター中松側が「使用」の証拠を提出した(この手の不使用についての審判は「使用」については権利者(ドクター中松側)の証明すべき事項となっている)。
(2) この「使用」にもいくつか要件がある。 その内の一要件具備(「指定商品」に対して表示したものか?)が証明できていないとして(その他の要件を判断せずに)「これは「一要件具備」が証明されていない以上は「使用」が証明されていない・「使用」が証明されていない以上は「使用」していない」との理由で取消審決が出た。
(3) これをドクター中松側が争った結果として「その一要件具備については証明されている」として裁判所は審決を取り消した。
(4) 従って、今後この事件は特許庁に差し戻されて、新版が再開され、「その一要件具備については証明されている」ことを前提に、他の「使用」の要件が議論されることになる。
これが「権利が有効とされた」とはほど遠い状態であることは明らかであろう。 要するに、「認定が一つ間違っていた・他の認定はされていない」という状態なのだから。 裁判所も「たとえ結論が正しいものであったとしても、この要件だけでの議論では足りないよ」との旨を判示している。 要するにそれだけである。

 とりあえずはこんなところだろうか。 原告・被告の関係を把握してから、これらの点だけを注意して報道記事をみるだけでも、書いた記者・編集者の知財への理解の程度がわかりますよ。

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