リンクは自由(日経BP社HPより)(02/11/10・14日加筆)

 まずは、この記事を読んで欲しい。この記事からは、「慣習上、リンクには承諾がいる」という印象を持たないだろうか?
 だるぺん、リンクが自由であることは当然であり、ほんの少しの議論の余地しかないと思っていたら、デンマークで「ディープリンクを禁止する」との判決が出たりサイト削除要求の話が出てきたり(14日加筆)でなんかおかしな雰囲気になってきて、その上でこの記事である。 正直、びっくりしたと言おうか、この記事の著者が弁護士なだけに「ちょっと待てぇなぁ??」と言いたくなった。
 今回取り上げた記事について法律家に馴染みのない方々向けに一応解説しておくと、法律家が完全な文章を書こうとすると、原則をちょこっと書いて、例外を十分に書いて、しかも、例外的事例に陥らないための注意を安全サイドに立って書く、というのが通例だと思う。 そして結局として、大半の記載が例外だらけの、原則がすっ飛んだ印象を与える文章を書くことになる。 ちなみに、弁理士試験では論文試験が課されるが、そこでこのような法律家が書きかねない文章を書いたら、その文章自体は論理的に正しくても、逆の印象を採点をする人(当然この人は専門家である)に与えてしまって、たぶんアウトである。 専門家に読んでもらう文章ですらそうなのだから、、敢えて言えば、一般向けに発信する文章として、これは読者に誤解を生じさせかねない「悪文」と言っても良いと思う。 「一般向けに発信する文章」ということから、その質の善し悪しのハードルは、フェイストゥフェイス・対プロ的なものよりもかなり高く判断されるべきだと、だるぺん思うからである。 また、このような文章を掲載するというのも、「編集・内容チェックはされていないのかいなぁ・・・・」という疑念を抱かせるに十分であるとも思う。

 批判ばかりしていても何だから、リンクについてだるぺん考えるところを記す(当たり前のことを言っているようで、本当に情けないのだが)。
 要するに、リンクは自由なのである。
 これについては、まず、著作権の解釈について、最もオーソドックスである筈の、社団法人 著作権情報センターのページには、まさに、「リンクは著作権侵害を構成しない、リンク制限に法的根拠はない」と書いてある。
 また、学者の見解としては、東北大学の後藤斉助教授のページが良いと思う。 学者の文章は、大抵は論理優先・自分的な理想追求・世の中の実状無視、という感じのものになるのだが、その分だけ、ロジックが先鋭に浮かび上がり、良い論文を読むと、スポーツカーですっ飛ばすような爽快感がある。 また、このページ、国会答弁を引用していたり、リンクに関する情報が豊富に集まっている。
 実務的には、パテントサロンのリンクポリシーのページが最もまとまっていると思う。 ここには、上記のページへのリンクの他に、知財報道 で話題になったリンクに関する事件も良くまとめられている。 何しろ、このサイト、殆どリンクでできているのであり、この辺りの理論武装と現状分析は、一つの義務として行っているような感がある。

 さて、だるぺん思うに、

  1.  リンクが不適切な場合の例に必ず挙がる問題は、「フレームの問題」である。
     しかしこれだって、現時点でHPを構成しようとする者ならば、フレーム技術なんて当然知っている筈の技術である以上、「フレームを用いたリンク」をされる可能性は、HPで情報を発信しようとする者ならば当然に覚悟する責めを有するはずである。
     そんなわけで、だるぺん、実は「フレームの問題」ですらも、問題ではない、ぐらいに考えている。
     少なくとも、問題が発生する場合には「損害賠償」等の問題であって、リンク自体の善し悪しの問題ではない筈である。
  2.  「リンクに承諾を要する」という人は(含法人)、どこかで「情報は発信したいが批判は受けたくない」という、一種軟弱な思想を持っているのではないだろうか? 今までの情報発信は一方通行的なメディアに乗って為されるものであったから、その体制でもって双方向的なインターネットを使って情報発信をやろうとしたときには、応答が「怖く」なるはずだからなぁ。
     これは自戒でもあるのだが、つまり、「情報を発信する以上は、批判を受けることは覚悟の上、インターネットは批判を行う為のポテンシャルバリアが低いだけ」ということでもあろう。
  3.  上記「2」に関連するが、「リンクに承諾を要する」という人、自分の立場を、「自分に関わる言動で、地位・名誉が簡単に毀損される」ぐらいに「高いもの」と思いこんでしまっているのではないか?
     良く考え直してみると、「リンクされただけで毀損される地位・名誉って、どんな程度のもの?」という感じがする。
  4.  「そんなもん、ネットの本質からして、理屈の通らないリンク制限なんて、当然通らない筋合いのものなんだから、黙って見ていれば良い。」という議論もあり得るかと思うがだるぺんこれには与しない。 民法(要するに私人間の紛争の解決について、これの日本でのルールを定めている法律)では、実は原則として、契約→慣習→法令の順に優先して効力があるように定められている(民法第91条・92条)。 リンク問題の場合には、少なくとも「リンク承諾が慣習になっている現状ではリンク承諾を受けなければならない」と解釈される事例が発生しないとは限らない。 そのように考えると、「リンクは自由」と言い続けることには「リンク承諾を慣習とさせない」という意味合いが含まれていると考えている。
  5.  今回の話題は、「報道を比較する」というみてある記の趣旨には添ってはいないが、しかし、だるぺん、リンク制限というのは、ある種の(スクリプト内容の)検閲であるとも捕らえている。 かなり気になった記事であったので、敢えて一社の報道なのだが論じてみた。 本音を言えば、判決審決や雑記帳でネタがあるので、そちらを書きたいところではあったが・・・・
     

 リンク制限については、表現の自由についてこれを最大に援護すべき筈の日本弁護士連合会ですらやってしまうのである。 問題が発生する意識の根は深いのである。

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