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- 始めの余談
始めから余談も何であるが、この案件、例の日亜化学工業(以下日亜と略記)が関係する青色LED事件の一つである。 時期から考えてちょっと掲載が遅れたかな? と思ったらそうでもないらしい。 日亜の特許が訴訟手続を通じて弱くなった事例に挙げられている(日経エレクトロニクス2002/10/07号P60)
。 と、いうことは日亜と豊田合成の和解を促した判決ともなる。 また、一見権利範囲が広そうな特許が、狭く解釈される典型例であることは間違いないので、このタイミングでも改めて発表して良いかな、と思った次第である。
- 特許権の権利範囲の判断
特許権の実体的な権利範囲である「特許発明の技術的範囲」は、特許請求の範囲の記載に基いて定める(特許法第70条1項)。 ここで、「基づいて」という文言がくせ者である。 少し特許をかじったことがある人は、「特許請求の範囲に記載されている発明が、即、特許権の効力範囲」とするのだが、そうではない。 この判断は(「抵触判断」と言う)、弁理士が行う仕事の中で、最もセンシティブなものの一つであり、適切な判断を行う為には、法的判断力のみならず、技術的な判断力・技術開発の経過の流れを読む力等の、特許屋・技術者としての総合的なセンスが求められるものである。
さて、難しいとだけ言っているのも何であるから、その代表的な判断基準を法的なものと技術的なものに分けてみると、
法的なもの→詳細な説明の参酌・禁反言・意識的除外&限定等
技術的なもの→作用効果の基準・公知技術除外の基準等
両者を求められるもの→均等論等
という感じだと思える。
これでおわかりの通り、作用効果の基準をきちんと使いこなすには、技術的なバックグラウンドが必須であり、そのように考えれば、世の弁理士・弁護士が(これらの人々は、理系ではあるが、大抵は、つっこんだ立場に立っての技術開発の経験を持っていない。 要するに技術的に鍛えられていないんだなぁ。)苦手なものであることは、当然であろう。 このことが、この判決が、特許屋にとって意外感をもってとらえられている様にに思えることにつながると思う(この判決批評、だるぺんがある弁理士の研究会で発表して、判決妥当の結論を出したときには、反発を受けた。また、先の日経の記事も、意外とされたというニュアンスがある。 まあ、日経の記者も、技術開発の現場では鍛えられてはいないでしょうから、弁理士と同じ反応になることはもっともです)。
- 作用効果の基準
これは、要するに、「特許発明が奏する作用効果を奏していない実施(特許法第2条3項)は、形式上は特許発明の技術的範囲に含まれたとしても、実質的には特許発明の技術的範囲に属さない」とする考え方である。 代表例は、特許品である防震ゴムを単に隙間ふさぎに使用する場合が挙げられる。
ところが、この判断が難しい。 だいたい、先ほどの防震ゴムの例にしても、このように使用する行為は非侵害であるにしても、そのゴムを製造する行為は、そのように決められない(実施行為独立の原則)。 さらに、同一の構造に対して、それが効果を奏しているかどうかの判断は、極めて学問的なものであり、その際に学問上の論点が判断ポイントに入ってくると、両陣営からの鑑定書の出し合いになる。
- 何が問題となったか?
この特許は、実施例はいわゆるダブルへテロ構造の青色LEDデバイスが記載されているのだが、特許請求の範囲の記載は、ダブルへテロ構造のデバイスには限られない、デバイスの構造を記載したものになっていた。 その特許が存在している下で、ある種のシングルへテロ構造のデバイス(形式的には技術的範囲に含まれる)が外国メーカから輸入された。 それに対して特許権者である日亜が提訴してきたというのが本事件である。
さて、ダブルへテロ構造が示す作用効果は、要するに「電子・正孔の空間的な閉じこめ(要するに発光確率自体の増大)」と「光の空間的な閉じこめ(要するに誘導放出確率の増大)」に大別されるが、自然放出を利用するLEDで問題になるのは電子等の閉じこめの方である。 この閉じこめの効果を奏するか否かは、デバイスの構造と、デバイスを構成する半導体材料の物性(拡散長)とキャリアが電子か正孔か、の相互関係による。ご存じの通り、この物性を測るためには、品質の良い結晶が必要なのであるが、良質のp型GaN
薄膜がなかなか作れないため(これを作ったのが中村さんのブレークスルーの本質であり、日亜以外ではそんなに作れるわけがない)、この鑑定書の結論がばらついたようである。
- 裁判所は、非侵害と判断した
最も注目すべきことは、「正孔の拡散長を特定することは、現在のところ不可能である」とする鑑定書(甲第5号証)に対して、(雑に言うならば)「それならば特許権者が不利を被るべきだ」としている点である。 ここで、形式的(文言解釈的)には、侵害被疑品は特許発明の技術的範囲に属しているように見えることに注意されたい。 要するに、形式的な侵害では足りず、侵害被疑品が奏する作用効果についてまで特許権者側に証明責任を持たせたことを示している。
- 何が興味深いのか
企業の実務として良く直面するのは、「自分の製品はどうも特許発明の構成を備えているようだが、特許権者が考えている作用効果を奏しているのか否かがわからない。 特許権者だってたぶん証明はできない」という事態である(第三者には信じられないかもしれないが、一時全盛であったパラメータ特許に対しては、発生し得るのである)。 このような場合において、問題が起こったときにどのように対処するかの指針になる話である。 要するに、「ほら話を記載すれば、権利はとれるのだが(オリジナルなほら話には近似する先行技術は無い以上、特許を取得することができる。 この辺りをわかっていない方が多いことは、何度もここで書いているが、今後もまた書くのだろう。)、その権利は使えないよ。」というあたりであろう。
- 最後の余談
ここからは、本当jの余談(??)
- しかし、乱暴な物言いではあるが、文系の裁判官が、良くもまあ、こんな技術的な判断を仕切れるものだと思う。 理系人種に対しても、この話はかなり難しいですよ(だるぺん、実は発光デバイスの基礎知識を知っているので、すらすらとわかったのだが)。 裁判官には調査官がついていると言っても、最終的に技術内容を理解しなければ、こんな判決を書くことはできないと思う。 正直言って、敬服致します。
- 技術がわからないのなら、侵害系の弁理士はできない。 権利行使時の明細書の扱われ方がわからなければ、明細書を書くことはできない。 よって技術がわからなければ、弁理士はできない、ということになる、のかなぁ?
- この事件、何で問題となったかというと、GaNという材料が、まだ結晶の品質が悪いにもかかわらず、pn接合を作ってみたら思ったよりも光ってしまって、「シングルへテロでも十分」なんて予想範囲外の展開になったので、「ダブルへテロ」を当初は考えていた特許をシングルへテロに拡張解釈した、という状況じゃないかなぁ。 あえて言ってしまえば、技術者としてみたときには「筋が悪い」議論のように思えます。
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