「龍脈の記憶」

 

『この衝動は一体・・・?』

龍麻は黙々と1人草深い山道を歩いていた。地図を見ることも案内を受けることも無く、まるで何度も歩いた事があるかのように躊躇うことなく目的地へ向かっている。

本人は別に急ぐ必要を感じないのだが、心の内から迸る衝動に身を任せてしまいついペースを上げてしまう。

『“これ”を感じるのはあの時以来かな・・・』

龍麻がこの衝動を感じるのは初めてではない。

初めて感じたのは真神に転校して初登校の日、周囲の建物の隙間に旧校舎が見えたときに感じた強い既視感。

あの時はいきなりの衝動に自分をコントロールできず、気がついたら校庭まで全力疾走する羽目になり、朝錬の生徒に変な目で見られたものだった。

『でもなぜあんな記事に僕は?』

この行動はある1つの新聞記事が原因だった。

 

“山間に集落跡を発見。幕末の隠れ里か!?”

ごく普通の新聞に掲載された小さな地方記事。放り出した時に偶然開いたそのページに、何故か龍麻の眼は吸い寄せられた。

思わず手に取り丹念に読み返す。

記事自体はごく簡単なもので東京近郊のある山中で幕末期のものと思われる集落跡が見つかった、という簡単な説明と場所の地図が示されていた。

この地図を見た瞬間“あの衝動”が龍麻の身体を貫いた。

その後の事は龍麻自身もはっきりと覚えていない。新聞社に問い合わせて正確な場所と交通手段を確認、キャンプ用の荷物をまとめ、気がついたら今こうして山中を歩いている、といった具合だ。

しかし奇妙だ。初めて訪れる山中で地図の確認もなしにハイペースで歩くなど自殺行為に等しい。それにも拘らず龍麻は何の不安も感じていない。草木の1本、小石の1つに至るまでを知り尽くしているかのように、歩くというよりむしろ駆け抜けていく。

 

現場に入ると調査隊のリーダーと思しき人が近づいてくる。事前に鳴瀧を通じて話をしておいたのでスムーズに受け入れてもらえた。彼について集落跡を案内してもらう。

「ここが中央広場へ繋がる道だと思われるんだ。そしてこっちにあるのは村長の屋敷だと推測される。そしてあっちにあるのはおそらく礼拝堂だね」

「礼拝堂って、じゃあここは隠れキリシタンの里だったんですか?」

「我々はそう見ているよ。今、村の地図を作っているところだ。見るかね?」

誘われてベーステントに入ると、中では数人がコンピュータを操作していた。モニターをのぞかせてもらうと、そこにはCGで再現された村の想像図が表示されている。

それを見た途端に強い既視感が再び龍麻を襲った。半ばトランス状態に陥ると虚ろな口調で、

『違う・・・』

「え?」

オペレーターが聞き返すと、《龍麻》は画面を指差しつつ説明する。

『村長の屋敷がここで・・・、ここには村人の住んでいた長屋・・・。ここには工房があって、こっちには天井の高い屋敷があった・・・』

他の者が呆気にとられている中で《龍麻》は次々と村の構造を詳細に説明していく。それを元に地図を作成すると、地形とも合致する完全な地図が出来上がる。そして、それを確認するとその場で崩れるように倒れ、意識を失った。

 

「う―――ん・・・」

意識を取り戻した龍麻が起き上がると、そこはベーステントの中の仮眠用ベッドの上だった。周囲では調査隊の面々が心配そうに見ている。龍麻が上半身を起こすと、そのうちの1人が支えてくれた。

「君、大丈夫かい?」

「ええ、何とか・・・。でもなんで僕は寝ていたんですか?」

「覚えてないのかい!?」

訳がわからないという風の龍麻に、周囲の人達が口々に先程の彼の奇妙な行動を話す。

「・・・つまり《僕》が村の地図を、まるで実際に見ていたかのように説明したというんですか?」

「その通りだよ。つい今しがた地形との照合をしてみたのだが、ほぼ100%の完成度だよ」

信じられない、という風に首を振る隊長だが、それを実行した龍麻はもっと信じられなかった。何故自分が来た事も見た事もない幕末の隠れ里の正確な地図を再現できるのか・・・。訳が判らないという風に考え込んでいると、何故か周囲が慌しくなる。

「どうしたんですか?」

「いや実はね・・・」

訝しげに問う龍麻に隊員の1人が説明する。この辺りは山間で日没が早い。日が暮れる前に麓の村へ全員マイクロバスで引き上げるというのだ。それを聞いた龍麻は首を捻った。麓の村といってもかなりの距離があり、往復の時間も馬鹿にならない。さっき歩いたがここは村の跡地でかなり地ならしされていて、宿営地を作って野営すればかなり時間の節約になる筈だ。この季節なら凍えたり風邪をひいたりする心配もない。自身はそうするつもりで装備一式を持参していた。それを口にするとその隊員は気まずそうに、

「最初は僕達もそうしていたんだけどね・・・。実は・・・“出る”んだよ。ここ」

「出るって?」

「いや・・・、だから“これ”が出るんだよ」

そう言うと、自分の胸元に引き寄せた両手をだらりと垂らす。そのポーズが指すものといえば・・・、

「幽霊ですか?」

「正確に言えば人魂・鬼火だけどね。ほぼ全員が目撃しているんだ。青白く光る人影を見た、って証言もあるよ。ちなみに僕も見てる。だから皆怯えちゃってね、日没までには全員ここを離れることになってるんだよ。さあ、君も一緒に降りよう」

共に下山する事を促されるが、少し考え込んだ龍麻は首を横に振る。それを見た彼等は驚き、一様に翻意を促すが決意は変わらなかった。調査隊には言わないが彼なりの目算もある。《力》を持たない一般人である調査隊に対して、その霊は危害どころか干渉すらしていない。ただ姿を見せるだけだ。霊に対して干渉力を持つ自分が相手ならば、ひょっとしたら何かのリアクションを起こすかもしれない。そう判断したのだ。それにもし危害を加えられるにしろ、自分1人なら反撃も容易だ。

決意が固いのを見て取ると、調査隊も無理に引きとめようとはせず自分たちの引き上げ準備を進める。案内無しでここまで来たことといい、さっきの地図の件といい、どうやら何か《訳有り》らしいのが彼等にも判った。

「では我々は引き上げるが・・・。本当に1人で大丈夫かね?」

1人でテントを張り終えて火を起こしている龍麻に、隊長が心配そうに問いかける。彼としては発掘現場で何かあっては困るのだ。下手に人命に関わる事件でも起きれば発掘作業そのものが足止めされてしまう。それを心配しているのだが、龍麻にとっては杞憂に過ぎない。

「大丈夫ですよ、そういうのへの対処法も知ってますから」

さらりと言われ、隊長も諦めるしかなく調査隊の面々の待つマイクロバスへ向かい、彼が乗り込むと何かに追われる様に麓へと向かった。

バスが見えなくなり、エンジン音も聞こえなくなると、もはや周囲には虫の音しか聞こえない。空を見上げると、夕暮れの赤と夜の青が入り混じった独特の紫色が美しい。少しすると宵の明星が輝きだし、周囲を夜の闇が覆う。

「さ〜て、鬼が出るか蛇が出るか・・・。あ、でも《鬼》が出たらヤだな」

幽霊が出るという場所で、龍麻は全く緊張感を感じさせない風に飄々としていた。

しばらく気を張っていたが何も起きず、諦めて寝ようとシュラフ(寝袋)に潜り込むと少しして安らかな寝息を立て始めた。

 

(・・・ん・・・?)

眠りについてどれほど経ったか、気配に気付いた龍麻は目を覚ます。仰向けになったまま周囲を見回して驚く。テントの中に鬼火が侵入しており、彼を囲む様にふわふわと漂っているのだ。反射的に飛び起きようとするが指一本動かない。金縛りに陥ってしまったらしい。

(それならこれでどうだ!)

身体は動かなくても《氣》を練り上げるのに差し支えはない。練り上げた陽の《氣》を全身から爆発的に放出する。陰の《氣》で構成されている鬼火や幽霊の類には覿面に効く筈だが、眼の前で展開された光景に息を呑む。霧散する筈の鬼火が陽の《氣》を吸収して人形に変じたのだ。

(嘘―――っ!!)

心の中で絶叫を上げていると、人形の1つが手を伸ばしてきて額に触れようとする。幽霊に触れられるなど危険以外の何物でもないが、不思議に恐怖は感じなかった。その手が触れると心の中に声が響く。

『よく来たな、緋勇の末裔(すえ)、龍の血を受け継ぐものよ』

『え?』

『ここは俺達の村“鬼哭村”だ』

『鬼哭村?』

『ああ・・・、すまんが説明すると長くなる。そうなると俺達も姿を維持するのが大変でな。仲間が眠りの術を施すから、それを受け入れて眠ってくれんか? 夢の中で話を続けよう』

『判りました。ではお願いします』

『聞き分けが良くて助かる。おい桔梗、頼む』

幽霊の呼びかけに他の幽霊が頷き、近づくと同じ様に額に手を当てる。すると聞こえてきたのは妖艶な女の声だ。

『うふふ、それじゃ始めようかねえ。それにしても流石はたーさんの子孫だねえ。顔も生き写しで・・・、水も滴るいい男ってのはこの事だよ』

『あの〜、時間がないみたいですからチャチャッとお願いします』

『・・・たーさんと違って粋ってモノを判ってないね。それじゃいくよ』

チリーン、チリーン、チリーン・・・・・・、

脳裏に鈴の音が響くと、龍麻の意識は急速に落下していった。

 

再び龍麻が目を覚ますと、そこは《鬼哭村》の広場だ。しかし昼間見た風景と違うのは建物が全て当時のままで、周囲に十数人の人垣ができている事だ。そして人垣の中から一人の男が現れた。紅い髪が特徴的だが、それ以上に感じた事のある《氣》が龍麻を戸惑わせる。

「さて自己紹介させてもらおうか、俺は九角天戒。かつてここにあった鬼哭村の長で、鬼道衆の頭目を務めていた」

「鬼道衆!? それに“九角”ってことは・・・」

「龍の末裔よ、お前が戦った九角天童は俺の末裔(すえ)だ。その件に関しては詫びさせて貰う。すまなかった」

そう言って頭を下げる天戒に龍麻は慌てて声をかける。

「ちょっと待ってください! 子孫のやった事で先祖に頭を下げられても困ります! それと末裔っていうのは止めてください。僕には緋勇龍麻という名前があります」

名乗りを聞くと周囲から驚きの声が漏れる。すると今度は三味線を持った女が話しかける。

「おやおや、龍麻っていうのかいボーヤは? 驚いたねえ、たーさんと名前までそっくりじゃないか」

声からするとさっき眠りの術を施した相手らしい。今度は違う呼び名に面食らう。どうやら同じ人間を指しているらしいが・・・。

「すみませんが、その“龍”とか“たーさん”っていうのは一体誰なんですか? それと貴女は・・・?」

「ああすまないねえ、自己紹介がまだだったかい? あたしは桔梗、天戒様の下で戦った鬼道衆の一人だよ。それと“たーさん”っていうのはあんたのご先祖様 “緋勇龍斗”の事さ」

「僕の先祖を知ってるんですか!?」

驚く龍麻に、今度は横から僧形の男が声をかける。

「ああ、師匠に生き写しだな君は。おっと、俺は九桐尚雲。見ての通りの破戒僧だ。よろしくな」

「あなたも鬼道衆?」

衣の下に鎖帷子を着込み、本身の大槍を担いでいる姿は破戒僧というより僧兵だ。尚雲は龍麻の問いに頷くと周囲をぐるりと見渡す。

「その通り。もっともここにいるのは全員そうだがな。《鬼道衆》というのは、濡れ衣を着せられたり家を潰されたりした者達が、徳川に対する私怨で集った反幕集団なんだ」

「それでここがその隠れ里というわけですか」

「そうさ! 俺達は御屋形様の下で徳川と戦い続けたんだ。お前の先祖のたんたんも一緒だったんだぜ! っと悪りい、俺は風祭澳継だ」

風祭と名乗った少年の身のこなしはどこか壬生に似ている。しかしそれに気付かないほど、今の言葉に龍麻は衝撃を受けていた。今何と言った!?

「ち、ちょっと待って! 今何て!? 僕の先祖が一緒にって事はひょっとして?」

驚く龍麻を見て周囲の全員が笑う。だがそれどころではない、今の言葉をそのまま受け取れば自分の先祖も鬼道衆という事だ。一体どういうことか・・・。頭を抱えていると天戒が、

「まあ落ち着くがいい龍麻。あいつは俺達の仲間でもあったが、幕府組織《龍閃組》の一員でもあったのだ。かといって間者(スパイ)というわけではないがな」

「?????」

その言葉に龍麻はますます混乱してしまう。一人の人間が対立する2つの組織に所属するとなれば普通はどちらかの、もしくは二重スパイしか思いつかない。そんな様子を見かねた尚雲が声をかける。

「やれやれ、訳が分からないか。仕方ないな、それを仕組んだ本人に説明してもらおうか。お〜い比良坂、出てきてくれ」

その声に応じて人垣の間から出てきたのは金髪の女性だった。両の眼は硬く閉ざされており、摺り足気味の歩き方からも盲目という事がわかる。

「ようこそ龍麻、私は比良坂。常世の闇と現世(うつしよ)を繋ぐ者」

「比良坂って、貴女はひょっとして・・・?」

名前からある少女を連想するが、眼前の女性は疑問には答えず唄う様に言葉を紡ぐ。

「貴方の先祖《緋勇龍斗》は私が紡いだ時の輪環の中で《陰》たる鬼道衆と《陽》たる龍閃組に属し、二つの組織の架け橋となって陰陽相克を成し遂げ、彼の《凶星の者》柳生宗崇と対峙、そして霊峰富士の決戦で遂に退ける事に成功したのですよ。そして龍麻、その記憶は同じ《黄龍の器》である貴方に受け継がれているのです」

はっきり言って比良坂の言う事はあまりにも信じられない。まさか先祖も自分と同じ様に柳生と戦ったとは・・・、しかし思い当たる事もある。あの寛永寺の決戦の時、地に伏した柳生はこう言った。

『緋勇の血を受け継ぐ者が我が大望の前に立ち塞がるのは、もはや運命(さだめ)かもしれぬな・・・』と。

あの時は《陰の器》を止めるのに急いでおり気にも留めていなかったが、よく考えればおかしな言葉だ。龍麻の父弦麻が戦っただけなら“再び”で済む筈だ。あえて“運命”という言葉を使うのは、父以前にも《緋勇》と対峙したことを意味している。

それにここを知ってからのあの強烈な既視感、それと村の構造を悉く説明した事は・・・。原記憶が表面に出てきたと考えれば説明がつく。

「言葉で説明するよりも、こちらの方が早いですね」

更なる混乱に陥った龍麻を見て(!?)、比良坂は笑みを浮かべると軽く息を吸い込み唄い始める。日本でも何処の国でもない言葉で紡がれる旋律は、彼の脳裏に直接響き渡る。すると彼の脳裏で何かが破裂するような感触を覚えた。物理的なものではなく、記憶の奥底から泡が立ち上り弾ける様な感じに眩暈を覚える。

「それは貴方の魂に刻まれた《黄龍の器》の記憶。私の唄を呼び水にしてそれを呼び醒まします」

「・・・・・・う、う、うあ―――――っ!!!」

唄が終わると同時に龍麻の精神へ膨大な量の情報が流れ込む。先程の泡沫とは比べ物にならない、さながら洪水の様なそれに彼自身の精神は木の葉の様に翻弄されるが、辛うじて自我を保つ。

そして知った。嘗てここで過ごした先祖の生き様を、彼が共に戦った仲間達との思い出を。そして彼らが戦い、100年以上後に自分が滅した《凶星の者》柳生宗崇との死闘を。

(でもあの甲冑は趣味悪いな・・・。まだ天龍院の制服の方がマシかな?)

混乱から回復してふと考えると、何時の間にか眼の前に天戒が立っている。真剣な眼差しで自分を見つめ、周囲の皆も同様だ。

「どうだ? 思い出したか?」

「いいえ。“思い出した”のではなく“知った”んです。僕は《緋勇龍斗》ではなく《緋勇龍麻》なんですから」

「ふふっ、そうだったな。すまん。では改めて言おう、《緋勇龍斗》の末裔・龍麻よ」

ここで天戒は言葉を切り、意味有り気に周囲を見回す。全員が嬉しそうに笑顔を浮かべている。そして口を揃えて一斉に、

『ようこそ鬼哭村へ!!』

全員が龍麻に群がり、担ぎ上げる。龍麻はその顔と名前を全て知っている。御神槌、奈涸、霜葉、雹、們天丸、泰山、炎邑、弥勒、クリス、嵐王・・・。
皆彼の先祖《緋勇龍斗》と共に戦った仲間だ。龍麻本来の記憶ではないのだが、まるで彼自身が共にいたかのように感じる。

(ご先祖様、貴方もこんな仲間達と共に戦ったんですね・・・)

一通りもみくちゃにされると、彼等は自分達のお気に入りの場所に連れて行き龍麻をもてなす。

雹は比良坂と共に自らの屋敷で茶を振舞ってくれた。

御神槌とクリスは礼拝堂で当時の龍斗の様子を話してくれた。

弥勒と嵐王は工房で自らの作品の自慢話をしてくれた。

泰山と們天丸、それに火邑は那智滝で岩魚を獲り、その場で塩焼きにしてくれた。

奈涸は妹の子孫が自分の店を継いでいる事に驚き、当時の仲間達の裏話を聞かせてくれた。

霜葉は自分の子孫が風祭の技・徒手空拳《陰》の使い手になっている事を聞いて複雑な顔をする。そして己が愛刀・村正と渡り合ったと聞いて、心底すまなそうに頭を下げてくれた。

 

瞬く間に時間は過ぎ、中央広場に全員が集まり酒盛りを始める。泰山達が獲った岩魚を骨酒にして飲んでいると、傍らから桔梗が酒を注いでくれる。好い飲みっぷりに周囲から感歎のどよめきが響く。すると天戒が話しかけてきた。

「どうだ? お前の先祖が共に戦った仲間達は? 素晴しいだろう」

「・・・はい。でもあの人達が僕達の時代に《鬼道五人衆》としてあんな酷い事をしたなんて信じられません・・・」

そう言う龍麻の視線の先には御神槌・雹・泰山・火邑・嵐王の五人がいる。それを聞くと天戒は悲しげに、

「彼等は柳生に復讐心を利用されてな、《五色の摩尼》に蓄積した《陰氣》の作用で鬼となったのだ。お前が戦ったのは本人達ではなく、摩尼に残った彼等の《陰氣》を具現化された存在だ」

「そういう事ですか・・・。今更ながら柳生を滅ぼして良かったと思いますよ」

ここで九角天童の名を口にしなかったのは天戒への心遣いだ。摩尼から外法を以って五人衆を復活させたのは実際には彼なのだから。天戒もそれに気付いたのか、黙って頭を下げる。すると龍麻が何かに気付いた様に、

「そういえば皆さん本当に幽霊なんですか? さっき陽《氣》をぶつけた時に思ったんですけど・・・。普通陰《氣》で構成されているのならば陽《氣》で消滅する筈なのに、それを吸収してのけた。それに貴方達は怨念とかそういった負の気配を全く感じないんです。一体どういう事ですか?」

それを聞いて天戒は傍らの桔梗に説明するように促す。桔梗はクスクスと笑いながら説明を始めた。

「そりゃあもっともな疑問だね。でも根本的な事を忘れちゃいけないよ」

「は?」

「これほどの連中がここから離れもせずに揃って若死にしたと思うかい?」

「・・・・・・?」

「新政府が発足してから鬼道衆は解散、皆それぞれの道を歩んだのさ。散り散りになってバラバラに生涯を終えた連中が、何で同じ時代の姿で同じ場所にいるんだい?」

「その中でも一番極端なのは霜葉と奈涸だぜ。霜葉は新撰組の仲間が心配だってんで函館に行ってそれっきりだし、奈涸なんざ異国へ流れて、え〜と、なんつったかな・・・、そうそう! 《とれじゃあ・はんたあ》とかになったらしいからな」

桔梗の説明と風祭の補足に頷く龍麻だが、それでは何故? 考え込んでいると今度は尚雲が口を挟んでくる。

「はっはっはっ、師匠、じゃなかった龍麻君。ここに来て龍脈の力を感じなかったか? 師匠と同じ《黄龍の器》である君なら判る筈だ」

問いかけに対して龍麻は頷く。昼間歩き回った時、村の一角で龍脈の吹き溜まりを見つけた。まるで真神の旧校舎の様なそれに内心驚いたものだ。しかしそれが一体? 考えていると龍脈について調べた事が脳裏に浮かぶ。その古文書にはこう記されていた。

『龍脈とは大地に流れる《氣》の流れで、人体でいえば“経絡”に相当する。そしてそれの集中する部位が“龍穴”で、これは人体でいえば“ツボ”に該当する場所である』

と記されていた。それを読んだ時に“地球も人体みたいな物だな”と思ったものだが、もしそれが事実ならば・・・。

「・・・ひょっとして貴方達はこの地の龍脈に刻み付けられた記憶・・・、いや大地の“思い出”なんですか?」

その回答に、桔梗は大正解とばかりに満面の笑みで頷く。彼等はこの鬼哭村の龍脈に焼き付けられた写真のような存在なのだ。それならば同じ時代の姿でいるのも納得できる。おそらくは自らの持つ《力》が、印画紙に対する光の様な役割を果たしたのだろう。

鬼道衆だけで他の村人がいないのは一般人である彼等は光=《力》がなくて写らなかったと考えれば説明がつく。

「その通りさ坊や。あたし達は怨念や未練が凝り固まった幽霊じゃない。この鬼哭村が撮った“ほとがら”(フォトグラフ=写真)みたいなものなんだよ。この地が消えでもしない限り残るのさ」

「・・・消えたいんですか?」

恐る恐る龍麻が聞くと、全員が首を横に振る。代表して天戒がしみじみと、

「俺達も何度もそう思ったがな、ずっと人の世の移り変わりを見るのも悪くない。龍脈を通じて他の土地を知ることも出来るしな。それにこの地を護り続ける事が出来るなら俺達も本望だ。それともう一つ・・・」

「?」

思わせぶりな言葉に龍麻が身を乗り出すと心底嬉しそうに、

「お前のような者が遊びに来てくれるのならば尚更だ」

「はい!」

その返事を全員が嬉しそうに受け取る。すると桔梗が何かに気付いた様に、

「天戒様、そろそろ・・・」

「ああ、もうそんな刻限か。さて龍、いや龍麻。名残惜しいがそろそろお別れだ。いくら怨霊でないとはいえ太陽はきついのでな」

その言葉に龍麻は驚く。既に数日が経過した様に感じていたのだ。それが顔に出たのか桔梗がクスリと笑う。

「いやだねえ、坊やも《邯鄲の夢》の故事は知ってるだろう?」

「ああ、そういう事ですね」

龍麻も苦笑する。科挙を受けようとした青年が食堂で仙人から青磁の枕を受け取り、それで昼寝をすると出世して死ぬまでを夢に見る。しかし眼が覚めた時、寝る前に火にかけた黍粥が煮えていないのを見て出世が虚しくなり、受験する事無く故郷に帰るという有名な中国説話だ。

「ではさらばだ」

天戒の別れの言葉が合図となって皆名残惜しそうに消えていく。すると奈涸が近づいてきて懐から何かを取り出し、龍麻に差し出す。

「龍麻君、これを涼浬の子孫に渡してくれないか?」

受け取った物を見てみると、玄武の意匠を施した刀の鍔だ。どうやら《力》の込められた代物らしく、水《氣》を感じる。受け取ってもらうと奈涸は照れくさそうに、

「涼浬には店を押し付けてしまったからな。罪滅ぼしという訳ではないが・・・」

「承知しました、確かに渡します。あ、そうだ天戒さん! 一寸待ってください!!」

消えようとする天戒を龍麻は大声で呼ぶ。何事かと振り向くと楽しそうに、

「また来ますけど・・・、今度は僕の仲間達を連れてきますよ」

「おお、是非とも呼んで来てくれ」

頷く天戒は今度こそ消える。それと同時に村の景色も消え、龍麻の意識も落下していく。

 

「・・・う―――ん・・・」

再び目を覚ますとテントの中だった。朝日がテントに差してきているところをみると日の出らしい。今まで夢を見ていたのだろうか、それにしては鮮明に全てを覚えている。まるで現実に彼等と出逢ったかのように・・・。ふと枕元を見ると何か土に汚れた板状の物がある。手に取ってみると金属板の様だ。しかも極微かに水《氣》を感じる。

「ひょっとしてこれ・・・」

跳ね起きるとそれを掴み、集落跡の中を流れる川に浸して土汚れを落とす。すると現れたのは夢の中で奈涸から受け取った刀の鍔だ。川の水と龍麻の《氣》に反応したのか水《氣》も蘇り、錆も落ちて綺麗になった。

「本当だったんだ・・・」

立ち上がると周囲を見回した。そうしてみると鬼哭村の村並がはっきりと見えるような気がする。そこで暮らしていたご先祖様や仲間達の姿も・・・。

朝食を摂り終わると麓からエンジン音が聞こえてきた。どうやら調査隊の人達が戻ってきたらしい。バスの姿が見えると皆が窓から身を乗り出し、口々に龍麻を呼んでいるのが見てとれる。

(さて、どうやって話そうかな・・・?)

バスへ向かって歩きながら、龍麻はどの様に説明しようか考えていた。

 

発掘調査が終わった後、集落跡一帯は陰陽寮によって人払いの結界が張られ、一般人は侵入できないよう処置された。当然ながら龍麻が鳴瀧に働きかけた結果で、表向きは一般人が龍脈の影響を受けないようにというのが理由だ。しかし龍麻個人としては彼等の土地に踏み込んで欲しくないのが本音だった。彼は見回りの名目で仲間達と共に訪れ、皆を鬼道衆に会わせたのは言うまでもない。

 

大地に刻まれた記憶。それは人の心よりも書物の記録よりも堅固な、彼等が生きたなによりの証・・・。

 

 

 

あとがき

今回は龍麻&外法帖鬼道衆というあまり見ない組み合わせです。実はC.A.T様の“CAPRICE”とリンクした際に拝読した“死天使”に感動、自分なりに作ってみようと考えました。(C.A.T様有難うございます)

さて書いてみたものの、“死天使”のイメージが強すぎて書いては消しの連続となり、しばらくお蔵入りとなってしまっていましたが、フォルダに眠っていたデータを引きずり出し、精神に鞭打って書きあがったのが本作です。

最初は龍麻の中に眠る龍斗の魂が鬼道衆の霊と語らうという形にしようかと思ったのですが、鬼道衆が未練を残すというのに抵抗を感じてこの形になりました。

では失礼します。(礼)

 

BGM:村下孝蔵・かざぐるま

 

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