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  異境の肉地獄

 「とうとうチビリやがったな!」
 エリックはほくほくとしてその蜜液を指で絡めとった。透明で粘気が少ない。意外にも処女の分泌液のようである。このラブジュースが成熟した女の体内からのものであるのを示すのは、多少、臭いが濃厚であることくらいだろう。彼は指で拭き取ってもまだ滲み出てくる様子に、ニヤリとして口を吸い付かせた。そして淫らな音を立てはじめる。
 ジャクリーンの動揺は激しかった。これは演技のやりすぎだが、もちろん演技ではなかったのだ。異常な状況が彼女の理性や身体を狂わせたといっていい。エリックのテクニックにかなり感じたとしても、こうもたやすく反応するはずはないのだが、やはり連続する拷問と幽閉状況にどこかがおかしくなってしまったのだろう。
 意に反して腰がひとりでに蠢きはじめた。そうすれば、エリックの舌のまだるっこしい動きを待つまでもなく、敏感な、刺戟を求めている部分をこすれるのだ。
 「オヤオヤ! 淫売が!」
 「違うわ。これは違う……」
 少しも違わないのはジャクリーン本人がはっきりと自覚していた。頭がボゥーッとしてきている。いや、理性とか知性とかをつかさどる脳の部分だけが弛緩しているのであって、それ以外は貪欲な行為を指示してやまないのだ。
 エリックはクリトリスを剥きあげて、無防備の陰芯を舐めた。
 「オオッ」ジャクリーンは狂ったように顔を振りたくった。
 あともう少しで、ジャクリーンが快楽の絶頂にふきあげられるのは、エリックも、そしてとうのジャクリーンもわかりすぎるほどわかっていた。しかしエリックは少し興奮しすぎていて、フィル・パーマーとゴードンが帰ってくる時間を失念してしまっていた。あにはからんや、部屋の扉が音もなく開いた。
 エリック・ガードナーの行為は服務規定違反であって、当然ながら処罰の対象である。この場合、服務規定とは刑務所のどこかにほこりをかぶって眠っている合衆国憲法ならびに州法の条文ではなく、刑務所長ジョージ・スピルマンの個人的な利益に合致するすべての事象なのだ。スピルマンがクライズヒルズ刑務所の法律であり、掟である。それを踏みにじろうとするものは例外なく罰せられる。とくに所長の権益と看守たちの権益が重なる時には見逃される可能性はまずなかった。
 ジャクリーン・ドーセットの肉体を独占しようなど、抜け駆けは赦されるはずのない違反であって、エリックはまずフィル・パーマーとゴードン・フラビウスによって袋叩きにされた。スピルマンの裁断がおりしだい、この哀れな若造には新たな刑罰が待っているのだ。
 「──さて、次はお前の処分だが」とフィル・パーマーは鉄ベッドのうえで伏臥させられているジャクリーンに向っていった。彼女はエリック・ガードナーへの凄惨なリンチをこの姿勢のまま目撃していたのだった。
 「変態女への罰にはいろいろあるが、お前のような重症のニンフォマニアにはやはり二度と性欲を起こさせないような処置をこうじるのが、妥当なところだろうと思われる」
 パーマーは彼女のブロンドの髪の毛を掴み、顔を仰け反らせる。
 「まったくいやらしい顔をしてるぜ。あんな糞ガキたらしこむのはわけないよな」
 「……私は誘惑なんかしてないわ。どうして私まで処分されなきゃならないのよ」
 「ふざけた口をきくんじゃねえ。プッシーをこんなに濡らしやがって、お前にその気がなかったとはいわせんぞ」
 パーマーは尻をピタピタと叩いたあと、その狭間に指を滑りこませ、潤んだヘア・バーガーをかき回した。彼が薄ら笑いを浮かべて、ジャクリーンの鼻先に差し出した指には糸を引くようなロイヤルハニーがギトついている。
 「あいつをたぶらかしてどうするつもりだったんだ。え? 脱獄の手引きでもさせる気だったか?」
 パーマーは指のヌメリをジャクリーンの鼻のしたにこすりつけながらいった。
 「まったく油断も隙もあったもんじゃない」とゴードン。
 彼はなにか手にもってそれを布でもって磨き上げている。
 「……私はしていないわ。あの男が無理矢理やったのよ。私はしてないわ……」
 ジャクリーンはそう繰り返すだけだった。
 彼女は鉄ベッドのうえに仰向けに引っ繰り返され、拘束されなおした。滑稽なスマイルシールを貼られた乳ぶさが大きく喘いでいる。その乳白色の乳肌に無残にもベッドのスプリングの痕がついていた。
 「これをお前の淫乱なクリトリスにはめておくことにしよう」とパーマーはゴードンの手からそれを取り上げ、彼女にみせつけた。一瞬、それはパールの指輪にみえた。そういう色をしている。しかし直径はかなり小さく、なるほどクリトリスにちょうど合う大きさである。
 「色情狂のための去勢リングだ。このリングの直径以上にクリトリスが勃起した場合にはどれほどの苦痛がともなうか、女のお前のほうがわかるだろう」
 「そんなものをつけられたら、逆におかしくなっちゃうわよ!」
 「へへ、やっぱり色情狂は心配することが違う。まあ、女らしくなる程度なら何も問題はない。過剰な欲情だけを押さえられればいいのだから」
 パーマーとゴードンは協力してジャクリーンの下半身に取りつき、こぼれでている肉芯をつまみだした。まだ半勃起状態のそれをいじくられると、美人弁護士は激しく泣き喚いた。
 鉄ベッドのうえで、じたばたと暴れることは柔肌へ多大なダメージを与えるハメになるのだが、ジャクリーンは女の急所へほどこされようとする制裁に恐れおののき、それどころではなかった。乳ぶさが重たげにブルンブルンと揺れ動いた。これほど抵抗されれば小さな的に小さなリングを通す作業はなかなか難しい。そこで、さらなる拘束ベルトがジャクリーンの身体をきつく戒めることになった。首へ咽喉を押し潰すように、それから幅広の皮ベルトが胴部に巻きつけられた。これで彼女はほとんど動けなくなったが、ついで両膝にもがっしりと皮紐が結びつけられた。それはベッドの脇からそれぞれでていて、膝を両サイドへ引っ張るようになっているのだ。いざとなれば奔放な蹴り技を繰りだす、長くてしなやかな彼女の下肢はガニ股に開脚された。
 「いい眺めだぞ。蛙を引っ繰り返したようだぜ」
 「おうおう、腹の中まで丸見えだ」
 二人は高笑いしながら再び下半身に鼻面を突き合わせる。やらずもがなの、揮発性の消毒液がクリトリスの潤みの膜を拭き取った。数限りなく悲鳴を迸しらせてきたジャクリーンであるが、その際に発した金切り声はそれまででも最大級のボルテージであったろう。
 だが去勢リングはゆっくりと、ピカピカに光った繊細な神経の束といえる突起に通されていく。外皮を畳み込むように根元へと装着されたそれは実にジャクリーンのクリトリスにぴったりであった。これ以降、囚われの女弁護士ジャクリーン・ドーセットは、つねに下腹部に違和感を覚えながら拷問部屋の日々を過ごすことになった。違和感はある時はとめどもなく増大して彼女の果汁を絞りとり、ある時は耐えがたい苦痛をもたらした。たしかなのは、ジャクリーンは間断ない淫らな熱に脳を始終火照らせるはめになった事実。それが長期間にわたれば、たしかにこのリングの名称のとおり、去勢の効果を発揮するのは間違いないように思われた。

 ホンジュラスの首都の空港に降りたったジョージ・スピルマンは初めて訪れたのではないのに、やはり今回もこの国の救いがたい貧しさに驚かずにはおれなかった。一歩、近代的な空港の外へ出ると、金持ちの外国人目当ての物乞いの少年たちが彼にたかってきた。同行してきたロドリコ・ゴメスがスペイン語で激しく追い払い、スピルマンを迎えにきていたロールスロイスにやっと押し込むのだった。
 主要幹線道路はどうにか首都の面目を保って綺麗に繕われてはいるものの、路地裏に回りこめば極貧と犯罪がかさぶたのようにこびりついた第三世界の生活が剥き出しであった。テキサスからほんの数時間、飛行機にのってつく距離にこんな風景があるなど、ちょっと信じがたい驚きである。残酷なまでの国家間格差がそこにはあった。
 女の喚き声や子供たちの歓声をなぎ倒すようにロールスロイスは突出した威容をこの都市の暗黒街へとすべらせていった。
 スピルマンはサマーバケーションの残りの一週間のうちの半分を、突如思い立ってホンジュラスで過ごすことに決めた。もちろん、ロドリコによればここの淫売宿へ売り飛ばされたモニカ・グラントの様子が知りたくなったのである。
 「あの阿女、相当、てこずらせたようですがね」と機中、ロドリコがスピルマンに説明したとおり、小生意気な人権擁護局の女傑はその身を異国へ奴隷として連れてこられた運命に従うことなく、何度か逃亡を企てたのだと、迎えにでたザイド・ヌギルはいった。ヌギルは中米人ではなく狡猾なアラブ商人で、本国からも国際指名手配を受けている札付きの人物だ。でっぷりと太り、ちょび髭を生やした中年の奴隷商人はいつも極上の品物を提供してくれるアメリカ人には丁重で腰が低い。
 「今回のはちょっと、お転婆がすぎるようですぞ。ミスター・スピルマン」
 ヌギルは助手席から巨体をようやく捻って後を振り返った。その表情はしかし、ちっとも不満そうではなかった。彼もまたスピルマンのようなサディストであって、自分が調教する女奴隷はイキがよければよいほど気分がいいのである。
 「ロドリコのところで、そこそこ教育はしたんですがね。でもまあ、ヌギルさん、あなたのことだ。もう完全に手懐けているのでしょうな」
 ヌギルは笑いながら、まあ、そいつはご覧になればわかるでしょう、といった。彼によれば、モニカはまず、ホンジュラスの富を九十パーセント近くを独占している特権階級のなかのその趣味のある人物たちにレンタルされたのだった。四十代の年齢は彼らの気にはそわなかったものの、十歳は若く見えるモニカの美貌とグラマラスなプロポーション。中米の特権階級にとっては目のうえのたんこぶの如き、合衆国の人権派という彼女の思想性が彼らの嗜虐欲に油を注いだ。そしてなんといっても彼女はアメリカ人で、燃えるような赤毛の持ち主なのであった。高い値で売れないわけがなかったのだ。
 「あの腐れ淫売は」とヌギル。「最初の晩から脱走を企てやがりましてね」
 ヌギルの細い眼がますます細くなる。
 「ほう、初日から。それはそれは頼もしい。さすがは誇り高き白人だ」
 スピルマンはニヤついた。
 「誇り高いのはいいのですが、大事な客人のタマにかじりつくのはよくない。その男は元軍人でしたからなおさら始末が悪かった。銃を持ち出して撃ち殺してやると大騒ぎだ」
 スピルマンもロドリコも苦笑する。
 「それを収めるのに、捕まえたモニカの足の裏を鞭で叩きのめし、乳首にピアッシングするところを観せて、ようやく納得させたんですがね。二週間は使いものにならなくて大損でした」
 「乳首にピアッシングか。そりゃ最初から厳しいものだな」ロドリコが眼を丸くする。
 「ちっとも厳しくなんてありゃしませんよ。その証拠に、一ヵ月もたたないうちにまた逃げだそうとしやがった。今度は店のガードマンの拳銃をくすねて大立ち回り──」
 ヌギルはヤレヤレと、両手を大袈裟に広げる。ガードマンといってもようするに彼の生命と財産を守る私兵である。こんな仕事をしていると敵は無数にいるから町のゴロツキを集めて武器をもたせ配備しているのだ。
 「その一人を色仕掛けで誘惑して、まんまと盗みやがった。拳銃はド素人だったから良かったものの、それでももう少しで警察に駆け込まれるところだった」
 「サツにだって、鼻薬はきかせてあるんでしょう」とニヤニヤ笑うロドリコ。
 「それはこの国では当然のこと。しかし素っ裸のアメリカ女が飛び込んでくれば大使館に報告しないとも限らない」
 「あぶないところでしたな。それは」
 「そうですよ。あなたたちのことが表沙汰になる瀬戸際だったんですよ。だからもう二度とそんな気が起こらなくなるように、太腿の内側に刺青を彫ってやったんです」
 事もなげにいうヌギルに、スピルマンとロドリコは顔を見合わせた。
 「小さいやつですがね。黒いバタフライをきっちりと。さすがに観念したのか、それ以来は一応おとなしくしていますが、まだまだ油断はならない。今度、悪さしたら鼻に穴を穿ってリングをぶらさげると脅かしてます。おっと、これはそちらの趣味でもありましたな。カウボーイの国の人だからね」
 アラビア人は腹を抱えて大笑いをした。
 「……最近はどんな客がついている。やはり特権階級かね」
 「いやいや。あいつらは気位が高いので、一度、使った売春婦は二度と買わないんだ。今は羽振りのいい旅行者が多い。日本人とかドイツ人とか」
 その客足も遠退いたときから、モニカの本当の悲劇が始まるのだと、スピルマンは思った。しだいに商品価値がなくなれば、客種もどんどん落ちていき、それこそ真の安淫売としてホンジュラスの一般人相手に身体を売るはめになる。そうなれば薄利多売で肉体は酷使され、消耗し、さらに価値が低くなっていき……。
 いやいや、とヌギルはそれを否定した。
 「そんなになるまでここにいやしませんよ。何しろ年齢が年齢だ。元手がかかってるんだし、あと少しの実働期間にどんどん儲けさせてもらわなければ話にならない。そうでしょう」
 どうやらモニカは、また違う国に連れ出されるらしい。アフリカか中近東、それもアメリカと敵対している国が彼女の永住の地となるだろうと、ヌギルはいった。
 ロールスロイスはあるホテルの車寄せにとまった。ホテルといっても良からぬ快楽のための胡散臭い盛場で、どことなくクライズヒルズの『アミーゴ』に似ていなくもない。ホテルボーイではなく、小銃を手にしたガードマンが扉を開けた。
 三人は連れ立って建物の中に入ったが、ドぎつい化粧をした半裸の美女たちが彼らのまわりに取りついてくる。種々雑多な国籍を思わせる女たちであり、ヌギルに気付くと一様に恐怖の表情で挨拶をする。
 「ナオミ、ちゃんと働いてるか、え?」
 ヌギルは髪の長い東洋人の若い娘のTバックの尻をピシャリと叩いた。娘は大きな黒い瞳をおどおどさせて、へたくそなスペイン語で挨拶した。彼女は日本人の女子大生でヨーロッパをヒッチハイクしているときに人身売買組織に誘拐され、ここまで流れついてきたのだ。なかなかエキゾチックな美人だが、無数に姦されてきた悲哀が肌に滲んでいるようだった。
 「あとで私が買いましょう」とロドリコは請け負った。
 三人はエレベーターにのり、地下へ下りた。
 「さて、今は何をやっておるかな」ヌギルは先頭に立って、地下室の扉を開ける。
 いよいよモニカ・グラントの姿を眼にできるのかと思うと、スピルマンの心はかなり浮かれた。コールガールにズッポリ身を落としたキャリアウーマンはかつての仇敵を認めたら、いったいどんな反応を示すのだろうか。
 外装の粗末さに比べて中はけっこう金がかかっている。どうやらここは調教部屋として使われているだけでなく、観賞用としても客を招く場所のようだった。部屋に入ってすぐには映画館のような椅子席が二列、並んでいる。正面はガラスで仕切られ、その向こうにまだ広い部屋がつづいているのだ。椅子に座って、そこで繰り広げられるショウをじっくり楽しめる造りである。
 しかしスピルマンは腰をおろさず、ガラス仕切りに近寄って、中で展開されている異様な光景に釘づけとなった。
 モニカ・グラントの変わり果てた姿がそこにあったのだ。
 彼女は今、四肢をひとつにまとめてロープで縛られ、床から一メートルの高さに吊られている。そしてその傍らに大柄の黒人と、顔だけはやけに大きなこの国の人間と思われる小人が、それぞれ性器を丸出しにして、彼女を責めているのだ。
 全裸に剥かれた彼女のヌードも、いつぞや手ごめにしたときに呆れ返ったほどの豊満さを、いっそう増しているようであったし、顔こそ別人のようであった。ちょうど仰け反るようにあごを突き出してこちらへ逆さまに向けている顔には、かつての知性的で頑固な、冷徹な雰囲気はまったく影をひそめ、痴呆のように惚けきった、弛緩した表情だけが浮かんでいるのである。それこそニンフォマニアの顔だとスピルマンは思った。美しい赤毛だけが、かつての彼女の面影をとどめているものの、それすらショートヘアは安淫売にはむかないという理由で、肩まで伸ばしかかったところであり、いわゆる颯爽としたスポーティさは消えているのだった。
 彼女が濡れた瞳を開き、こちらへ視線をふらつかせた。一瞬眼と眼があったような気がしてスピルマンはドキリとしたが、このガラスはマジックミラーであって、向こうからは見えないはずである。
 黒人の大男と小人が彼女の調教師であると、ヌギルは語った。たびかさなる逃走の前科が徹底した色修業を強要することになったのだ。
 「毎日、睡眠時間は四時間弱。この地下室でセックス三昧ですから、いかに頭脳明晰な女傑といえどもボケてきますよ」とヌギル。
 彼はガラス窓をコツコツと叩き、壁のスイッチを入れた。生々しい女の息遣いとスペイン語の怒号がスピーカーから流れてきた。スペイン語はロドリコが通訳した。
 「このハメ好きでコック狂いのド変態プッタ! さあ、また美味しい精液をたっぷり呑みやがれ!」
 嗄れ声で怒鳴りつけた黒人は九尾の鞭を手に取ると彼女のまるまるとした双臀へめがけて打ちおろした。緩慢な、濁った呻きが赤毛女の口から漏れてくる。もう激しい咆哮をあげる気力も体力もないといったところだ。
 ついで、小人は甲高い独特の声で通訳不能の言葉を喚きちらし、もりあがる乳ぶさを小さな手で握り締める。幼児が母親のオッパイをねだっているような妖しい雰囲気だ。乳頭をつまみあげ、ツンツンと引っ張りだしている。モニカの先っぽは淫らに充血して発情状態にあることを物語っていた。
 「好き者のオバン! そんな歳になっても雄を咥えこみたいのか!」
 今度はロドリコにもわかるスペイン語であった。小人は乳ぶさを嬲りつつ、赤毛を掴んで顔をもたげさせ、そのつぼみのような唇を貪った。
 「うむむ」モニカの見事な獅子鼻から甘く屈従した女っぽい喘ぎが噴きこぼれた。美しい白人女と醜悪な小人の顔が交錯し、ゾクゾクするような戦慄をスピルマンに与える。
 鞭を容赦なくふるっていた黒人が、その熱く火照った尻を抱え込み、みるからに精力絶倫の巨大なコックを挿入しはじめた。彼らはその瞬間をガラスの外の客たちにみせるべく、位置を移動する。揃って吊り上げられているムセかえるような太腿を開かせると、付け根に密茂する頭髪よりいくぶん濃厚な色の陰毛が眼に飛び込んできた。そしてたしかに黒い蝶の刺青も。
 黒人のコックの、ピンク色の亀頭が茂みを掻き分けるとプッシーが露呈される。
 「ひどい爛れようだ」
 ロドリコが思わず呟いたように、モニカのプッシーは毒々しいまでに黒光りしていた。もちろん亭主持ちの大年増なのだから、クライズヒルズで拝んだときも例えばドーセット姉妹の持ち物と比べても使い古しの印象は否めなかったのだが、黒人のペニスでつつかれているヘア・バーガーときたらまるで娼婦そのものなのだ。何百回、摩擦されたかわからないほどに、色素が沈着しラピアも軟らかくなっている感じ。特大のロットすら楽々と呑み込んでいき、抵抗感もなく根元まで埋まったのだ。それでも彼女の感受性は磨ぎすまされたようで、スラストが開始されると、女体はすぐにくねりだした。
 「アーン、たまらないわっ、このオ×××ン!」
 小人のディープキスを振り払ってグラント夫人が発したその卑猥な言葉を、スピルマンは信じられない気持ちで耳にした。奴隷調教師たちによる苛酷な行為によって、完全に洗脳されてしまった言葉だった。わずか二三ヵ月前には、同じ口で小難しい法律用語や怜悧な追及の舌鋒をまくしたてていたのが嘘のようではないか。
 「女とはこういう動物なのですよ」
 いっぱしの奴隷商人のようにロドリコがいったが、彼もまたエロチックなモニカの喘ぎ顔に驚き、魅了されていた。
 小人は黒人と比較すべくもない矮小なペニスを逆さまになって悶えている彼女の口先に突き出した。どんよりと淫乱に濁った両眼がその色形をみとめると、吸い寄せられるように赤い舌を差しのばしていく。チロチロとスリットを舐めさすり、その部分から滲み出てくる分泌汁をこそぎとっている。さらに小人が腰を突き出すと、ゴルフ球のような双つのボールが顔面に密着した。彼女はそれに頬ずりし、丹念に舌技をほどこしていった。異様な膨張が小人のペニスに起こり、プッシーを責め苛んでいる黒人の肉棒に追い立てられるモニカの口を一気に蹂躙する。
 二本の醜怪な男根に貫かれた女体は幾度も幾度もアクメを連続させていた。しかし男たちはすでに何度も爆発を遂げているらしく、簡単には思いを遂げさせてくれはしない。これが調教なのだろう。
 「フフフ。少し長すぎますな。あれでは本当に狂ってしまう。客人の限られた時間も考えないと」
 ヌギルは再びガラスを叩いて合図した。
 途端に男たちの動きが激しくなった。女の肉体など無視するようにガッツンガッツンとスラストする。肉を肉が打ち、汗が汗と混じり、呻きに呻きが重なった。声を掛け合ったわけでもないのに、男たちの高揚はその頂点をぴたりと揃えた。黒人は腰を力任せに抱き込み、小人は頭髪をわし掴んで根元まで衝きたてる。モニカも尽きていたはずの力を振り絞るように、両手両足の関節を縮かめた。女体がもちあがったかと思うと、強烈なエクスタシーに痙攣をはじめた。どっと、二匹の野獣の精液が発射されたのだ。
 「──ああして、寝るまで姦しつづけられるのですから、四十女には、ちと辛すぎる日々かも知れませんな。もっともそれも自らがまいた種。自業自得というものです」
 オルガスムスが終わり男たちがそれぞれコックを引きぬくと、モニカはぐったりと身体から緊張をといてロープに身を委ねた。彼女の上の口からも、下の口からも、白いザーメンがパールのネックレスのようにしたたりおちた。
 「さて、そろそろご対面ということですが」とヌギル。「少し趣向を凝らしてみましょう。当店自慢のスペシャルメニューで歓迎いたします」
 ヌギルはマイクを持ち出して中の男に指示した。「ホカホカの用意をしろ」
 「ホカホカとは?」スピルマンが尋ねた。
 「動物学の用語です」
 ヌギルが説明している間にガラスの向こうでは忙しく準備が始まっている。モニカの死んだような肉体がひとまず床におろされていた。
 「動物学の用語?」
 「そうです。チンパンジーの牝にみられる一種の同性愛のことですな」
 「ほう。それは面白そうだ」
 「二匹の牝が両手で枝を掴んでぶらさがって、正面を向きあい、股間の性器を激しくこすりあう様のことをホカホカと呼んでいるのです」
 なるほど今度は、モニカの両手が万歳するように天井からのロープに結びつけられた。
 「相手は誰にします、旦那?」小人がこちらを向いて尋ねた。
 「ナオミがいいだろう。客人のお一人がご執心だ」
 ヌギルの言葉に恭しく一礼すると、小人は部屋をでていった。
 「そんな浅ましいショーを演じているところへ、顔見知りの人間がのりこんできたとしたら、いったいどんなショックを受けるでしょうな」
 ヌギルの高笑いに二人もつられて声をあわせる。やはり野蛮人の考える仕掛けは違う──自分の変態性をさしおいてスピルマンは肩をすくめた。そんなことをすれば、羞恥と屈辱でモニカは気が狂ってしまうかもしれないと思うのが文明人だ。しかしそういうふうに乱暴に扱っても女は決しておかしくなるものではないと、長年の経験がヌギルにはあるのだろう。いずれもう彼女は自分の持ち物ではなかった。それにすでにあの女は狂ったも同然なのである。
 モニカの両手を吊ったロープが巻き上げられ、彼女の豊満な身体は一直線に伸びきった。たった今、射こまれた男の体液が内腿に流れ落ちてきた。ちょっと驚くのは彼女の曝された腋窩に腋毛が生えていることだった。アメリカの娼婦にはみられない習慣である。
 「ここでは毛深い女が好まれるのです」ヌギルはパイプに火をつけながらいった。「うちの女はみなそうですよ」
 話をしているうちに小人がナオミを連れてきた。奴隷らしく首輪に繋がれた鎖を引かれてきた。日本の女子大生は細面の顔を絶望的に怯えさせている。Tバック以外は全裸の身体にまとったスケスケの白いレースとストレートロングの黒髪が美しくマッチしている。ナオミは吊られたモニカ・グラントのおぞましい姿を眼にすると、ギョッとして立ちすくんだ。自分がこれから何をさせられるのか悟ったようである。黒人がレースを一気に剥ぎとった。可憐な東洋人の乳ぶさがあらわとなる。腰のTバックは小人が脱がせた。ほっそりとした身体つきの学生には似合わぬ漆黒の茂みが人目を引いた。
 「東洋の女はどうしても毛が薄いので、何度も剃って人工的に濃くするのです」
 ナオミは放心状態になってしまったのか、男たちのされるがままとなっている。モニカと向かいあわせに両手を吊られると、成熟しきった白人女とは対照的な細身の女体が伸びきるのだ。彼女の腋の下にもモジャモジャと黒毛が密茂している。
 二人の異なった美女は乳ぶさの先っぽを触れ合わせんばかりに接近させられた。そして白い四本の下肢が互いの腰に巻きつくように組まされ、その足首を縛られたのだ。モニカの脂の乗り切った太腿がナオミの繊細な腰に、贅肉ひとつ付いてないナオミの足がモニカのパンチの効いた腰に、それぞれを抱くようにである。
 触れ合っているのはそればかりではなかった。モニカの消耗しきった化粧っ気のない顔とまだ若々しく張りのあるドぎついメイクを施されているナオミの顔。背けていなければ、その顔の中央にあるナオミの癖のない鼻とモニカの獅子鼻も、その頭をぶつけあっているはずだ。もちろん、精液をこびりつかせたモニカの股間の赤毛は小判型に茂ったナオミの黒毛と絡み合っていたし、ひょっとするとヴァギナからこぼれでている宝石の突起をもチクチクと刺激しあっているのかもしれなかった。もう今すぐに、小人や黒人の命令がくだされれば、二人は羞恥と不潔感を捨ててそれらを狂ったように擦りつけあわねばならないのである。
 突如、アフリカ音楽が鳴りだした。ドラムが単調なリズムを間断なく刻み付けるあれだ。黒人が奇声を発して鞭をナオミの丸い尻にぶち当てた。と同時に小人もチェーンの鞭をモニカの双臀へ炸裂させる。
 弾けるように悲鳴をあげた二人のオダリスクは顔を背けたままに、淫らに腰を使いはじめた。ナオミの細腰が右に左にくねると、モニカのボリュームたっぷりの尻が悩ましげに前後する。初め、消極的だった二人の動きは奴隷調教師たちの巧みな鞭に操られるように激しくなっていった。アフリカの音楽も彼女たちのケダモノの肉欲を煽るのに一役かっている。重なりあう女体からは汗が玉となって滑り落ち、喘ぐ半開きの口からは熱い吐息が互いの鼻面を擽った。昂奮が脳髄を弛緩させたのか、汚辱感も薄らいでしまったらしく、背けていたその顔もしだいに正面をむいてき、きつく頬ずりをかわしあう。汗ばんだ乳頭が擦れあうたびに、ピアシングを受けているモニカのほうがひときわ甲高い反応を示すのは当然としても、ナオミもまんざらの表情ではなくより体力がある分、より積極的に白人女の巨乳へアタックしているようにもみえる。
 リズムにあわせて鞭が彼女たちの肌へ活を入れつづけた。そのたびに腰をぶつけあい、牝チンパンジーの如きホカホカの度合いが激しくなるのだ。やがて、二人のなかで何かが切れたように、頬ずりばかりでは済まされなくなったのか、熱烈な口吻をかわしはじめた。発情はより高まり、額から流れ落ちてくる生汗のために彼女たちのどちらも、瞼を開けてすらいられなくなっている。互いの汗を頭からかぶるので、それぞれの頭髪はギトギトに濡れそぼり、互いの白肌へも貼りつくのだ。モニカが打ち付けるようにプッシーをぶつければ、ナオミも呼応して一拍ずつたしかめるように前後運動させた。まるでアメリカンクラッカーだ。かと思うと、今度は紙やすりで木肌を摩擦するように、身体を上下させてゴシゴシと陰毛同士を擦りあわせる。パラパラと床へそれが抜け落ちていくほどの執拗さであった。
 小人がチェーンを振るう手を休めて、二人の股ぐらへ手を差し入れた。ニヤリと醜く笑って引き抜くと、かざされた指の間には小便のように大量の分泌物がネトついているのである。
 「そろそろ行きますかな」
 ヌギルは二人を先導してひとまず部屋をでた。裏を回って向こうの部屋へ行かなければならないのだ。
 ゆっくりと部屋へ入ると、生々しい声だけではなく、発情し、昂奮した女体から発散される胸のつまるような匂いが充満していた。三人の侵入者に気付くことなく、モニカとナオミはホカホカに体力のつづくかぎり没頭している。
 黒人と小人がスピルマンとロドリコに場所を譲った。
 「牝豚! もっと気合いを入れてやらないか!」
 スピルマンはチェーンをモニカの尻へ叩きつけた。
 「あぅッ!」モニカはナオミの舌を吐きだして、涙と唾液に濡れた顔を仰け反らせた。
 そしてふと気付いたようだ。自分を叱りつける言葉がスペイン語ではなく英語であることに。悩乱する脳であってもそれに気付いたのは、よほど母国語に飢えていたのだろう。
 「いやらしいヒップの安淫売! もっともっとプッシーを擦りあげるんだ!」
 もうそれは明らかであった。どんなに薄汚く下劣であっても、懐かしい英語であるのにはかわりがない。この地獄に連れこられて以来、ずっとスペイン語か、あるいは旅行者の口走るドイツ語、日本語ばかりなのである。
 モニカはすがるようにその声の主を振り返りみた。そして……。
 「スピルマン──」
 絶息するように呟いた。瞳が大きく見開かれた。
 「ジョージ・スピルマン! どうしてここに!」
 「しばらくだったな。グラント夫人。たいそう元気なようで、安心したぜ」
 ニヤリと嗤うスピルマンにモニカは絶叫の迸りをあげた。自分の運命を地獄の底に叩きこんだ張本人が、あまりにも浅ましいケダモノの行為の真っ最中に訪れるなんて、死に勝る恥辱に違いない。
 「セニョーラ、俺もいるぜ。忘れたわけじゃないだろうな」
 ナオミを背後から抱き締め、頬ずりするように顔を覗かせたロドリコ・ゴメス。
 忘れられるわけもない。この男の手によってヌギルの元へ『出荷』されてきたのだ。悪魔よりも憎い男。
 「こらプッタ、ちゃんと仕事に励まんか」ヌギルがモニカの乳ぶさに手を伸ばした。
 「だ、旦那様! お願いします。この人たちはいや。この人たちだけは赦して!」
 自分の飼い主であるヌギルに必死の哀願をするモニカ。彼女の前の職業を考えれば、これほど皮肉なこともない。人身売買の元締めと人権擁護局の調査員。それが旦那様と呼んでいるのだ。
 「我侭をいうでない。モニカ。娼婦とは客を選り好みしないから娼婦なのだ。お前ももうプロフェッショナルの女なのだから、気合いを入れてご奉仕するんだよ」
 ヌギルの手には金色のリングが握られていた。巨乳を搾りあげ、乳頭を突き出させると、そのリングをピアッシングされた部分へ通した。
 「ああ、うーン……」
 モニカは鼻を鳴らして抗議したが、もう片方へもほどこされてしまう。
 「これで奴隷の分が身に染みただろう。わかったら精根こめてホカホカをおみせするんだ」
 ヌギルはモニカの顔を両手で挟んでいってきかせた。
 「さ、腰を振りたててみせてくれよ。モニカ・グラント。成長した姿を我々に」
 スピルマンも尻をピタピタと叩いて囁いた。モニカは悲痛な涙をこぼしつつ、ひとしきり恨み言を口走りつづけたが、観念したように性器を日本人の女子大生に重ねていく。これほど近くでみると、それはやはり強烈な眺めであった。冷徹な行政官であることを除けば、一人の貞淑な人妻にすぎなかったモニカと、処女を喪失してから何年もたっていないはずのナオミのそこは、それぞれの過去を想像できないほどに腫れあがり、男根慣れしているようにみえる。ヌチャヌチャと卑猥な音をあげながら、形をハンバーガーのようにいびつにしながら、擦りあっている。思ったとおり、勃起したクリトリス同士もコチコチした亀頭をぶつけあい、淫水を粘つかせていた。
 「ほら、ナオミ。もっとオッパイもくっつけて」
 ロドリコは背後からナオミの乳ぶさを掴むと、搾りだすように突き出させた甘海老色の乳首をモニカのリング付きの乳首に触れ合わせる。金属輪の冷たい感触にナオミは眉をひそめて呻いた。
 「もっと励まないと、お前にもこれをすることになるぞ」
 ヌギルの脅かしはナオミを子供のように怯えさせ、身体を揺さ振って乳ぶさを擦りつけさせる。モニカのバストのダメージがより大きいのは当然であった。背後のスピルマンの肩に後頭部を押しつけて仰け反り、大口を開けて絶叫する。
 その表情をみているうちに、スピルマンの欲情が兆してきた。ヌギルに許可を求める視線を送り、彼が恭しく頷くと一気にズボンのベルトを引き抜いた。ロドリコもスピルマンに倣って下半身を剥き出しにした。
 「久しぶりにアメリカ人のペニスを味わわせてやるぞ。歓べ、モニカ・グラント!」
 ムンと垂れた巨臀を両手でヌルヌルと愛撫し、ナオミの細足に重なっている彼女の太腿へ手を這わせた。
 「ああ、もうどうなってもいいわ! なんでもいいから早く楽にして!」
 猥褻なホカホカに完全に昇せあがった年増の赤毛夫人はかつての仇敵に尻を振ってセックスをねだった。スピルマンは彼女の汗のしたたるあごをとって振り向かせ、その魅力的な唇にむしゃぶりついた。野獣のように舌を吸い上げ、荒々しいディープキスをしつつ、乳ぶさを力任せに揉みたてる。こうまで乱れきった熟女にはハードな愛撫がことのほか効果的なのだ。
 黒人と小人が近付き、モニカとナオミの足を縛っている縄をほどいた。だらりと力なく垂れ下った二肢をさっそく割り裂き、スピルマンは猛々しくエレクトしたコックをお見舞いする。
 「アヒィィィーッ」モニカは裸身を棒のように緊張させて、白目を剥き出した。
 「おうおう、これはスムーズになったなあ」とスピルマンは万感胸に迫るといった顔になる。「この前、ファックしたときはもっとキツキツだったはずだが。しかし中はトロトロに蕩けて、まったりと絡み付いてくる。娼婦のカントだ。努力したんだな、お前も」
 スピルマンにつづいて、ロドリコもナオミを姦しはじめた。モニカの肩越しに東洋人の女子大生の可憐な花園を凶々しく蹂躙しているロドリコのペニスがみてとれた。鉛色の極太が出入されるたびに、喜悦の雫がシミだしていた。
 「こっちも気をだしていこうぜ。あーん? プッタ」
 腰を回転させられ、衝きあげられ、小刻みにバイブレーションをくわえられ、と、モニカはあらゆるテクニックで攻めあげられて、火だるまになっている。ここではご法度の英語でわめきちらし、よだれを垂らし、ついには吠えるようにオルガスムスの歔き声を発した。ロドリコ=ナオミ組もわずかに遅れて頂上へ昇りつめる。ナオミは誰にもわからぬ日本語で歓喜の表現を叫んでいる。
 「いいか、モニカ!」スピルマンが真っ赤な顔をしてほざいた。「これがお前が食らう最後のアメリカ人の子種だぞ。心して子宮に受けとめるんだ、わかったか!」
 言葉が終わらぬうちに、スピルマンのコックは膨張の限界に達して、激しく爆ぜた。モニカの体内に熱い迸りがかけめぐり、彼女を失神に誘った。
 がっくり天井からぶらさがった双つの白い肉塊のまわりを、無数の薮蚊が旋回している。女の脂っこい体臭と甘酸っぱい精液の香りに群がる羽虫たちは、いずれ男たちがそこから離れたわずかな隙をついて、どっとたかってくるだろう。この娼館をねじろにする吸血虫には数限りなく訪れる真夏の夜の出来事なのである。


  二度目の対決

 ほぼ三週間ぶりに訪れたスピルマン所長の屋敷の廊下を、例のポンチョを着せられたジャクリーンが黒人女の召使、ポーターに手錠と連結したロープを引かれて歩いていた。足取りは重く、表情は冴えない。腰の位置がずいぶん下がっている印象である。この間とは状況が違っているのだ。おぞましい拷問部屋での地獄の幽閉生活がジャクリーンを消耗させている。肉体も精神もボロボロで、今はただゆっくりと眠って休みたいというのが彼女のただひとつの望みなのであった。
 「今日もスピルマンさんに楽しく遊んでもらうんだね」ポーターはそんなジャクリーンの心情を玩ぶようなことをいって、背後からポンチョの裾をめくりあげ、露出した生白い双臀を平手打ちした。「おら、もっと景気のいい面をして、スピルマンさんを歓ばせるんだよ。ブロンドの色情狂弁護士!」
 しかしジャクリーンは頬がこけ、眼窩の落ち窪んだ顔をポーターに向けるだけで無言である。足枷の鎖を引きずる音も弱々しいばかりだ。
 「──囚人147番を連行しました」
 客室のドアを開けるとポーターはスピルマンに報告し、ジャクリーンの肩を押した。
 スピルマンはいつものようにリラックスしたガウン姿でドライマティーニを片手に安楽椅子にふんぞり返っていた。
 先日、彼の誘惑を拒絶したジャクリーンには一切の配慮がなされず、椅子さえも与えられなかった。彼女は仕方なく、じかに絨毯に腰をおろさねばならなかった。スピルマンに見下される感じがいやらしい。
 「相当、ひどい顔になってきたな」
 スピルマンの第一声は予想していたものなので、ジャクリーンはフンと無愛想に顔を背けた。
 「まだ強がっているのか。なんなら今すぐ、刑務所に送り返してもいいんだぞ。もう一ヵ月ばかり、あの部屋の中で生活してから話し合ったほうがいいというのならな」
 それはジャクリーンにとっても痛いところである。スピルマンの嘲笑と侮蔑を頭から浴びせられると知っていても、この屋敷でのひとときは拷問部屋での一日よりはずっと安楽なのはたしかである。悔しいがそういう感情を操ろうとするスピルマンの手管にひとまず屈するしかないのであった。というのも彼女の計算によれば、スピルマンに肉体を与えて彼の信頼を勝ちえる最良のタイミングは今日ではなく、この次の機会なのだ。ここまで陵辱された身にとって、もう、一度や二度、貞操を裏切ろうと、さほどの思いはなく、すぐにでも決着を付けたいのは山々なのであるが、逆にここまでひどい目にあっているのだから、計画は必ずや成功させねばならないと、悲壮な決意も深まっている。だからこそ、釣り糸を引くタイミングを辛抱強く待たねばならない。今日一日、前回のようにあごを撫でてご馳走をついばみながら、肝腎のところで肘鉄を食らわす際どい芝居を打たねばならないのだ。
 「……今日はどんな御用なのです。また下剤入りのディナーでも?」
 「フフフ、よほどうまかったとみえるな。しかし心配はいらない。同じ手を二度使うなどは私のプライドが赦さないからな。今夜は正真正銘のチャイニーズフードが君を待っている」
 「チャイニーズフード……」
 ジャクリーンはよからぬ魂胆がそこに潜んでいるのであろうことを確信しつつも、生唾を呑み込んだ。ほとんどドックフードしか食べさせてもらえていないこの三週間の劣悪な食生活ではそれも致し方ないと、ジャクリーンは念じた。そのうえで、ニンニクやトウバンジャンやあんかけの、食欲をとことん刺激する匂いを思い出して、あやうく失神しそうになるのだった。
 「よだれを垂らしそうな顔をしているな。だがまだ時間は早い。それまでちょっと遊ぶのもよかろう」
 スピルマンはインターカムでポーターに連絡を取った。
 ポーターが運んできたものをみて、ジャクリーンはほとんど卒倒しかけた。
 「おやつの時間だよ。アイスクリーム・サンデーだ」
 いわれなくたってわかっている! 安楽椅子のサイドテーブルに置かれたトレイのうえに洒落た縦長のフロートグラスがふたつあって、どちらにもこぼれおちんばかりのアイスクリームが浮かんでいるのだ。そこにはバナナやサクランボといった新鮮そうな果物が添えられ、炒ったナッツが散りばめられ、バタースコッチ・シロップとホイップトクリーム、もちろんチョコレートソースもたっぷりとかかっている。間違いなくそれはアイスクリーム・サンデーなのだ!
 「頂戴っ!」ジャクリーンは手を差し出してすがった。
 「女囚の分際で口にできる贅沢ではなかろう」
 「じゃあ、なぜふたつも運んできたのよ!」三十歳の女弁護士は真剣に怒って叫んだ。
 「むろん、知能テストに合格したときの褒美としてだよ。女であり、犯罪者であるという知能的な欠陥をもし克服できるなら、このまともな人間の口にするデザートを与えてやらないでもないわけだ」
 スピルマンはドライマティーニのグラスを傾けた。
 「知能テスト?」とジャクリーン。
 「身上調書によれば、お前は学生の頃、チェスの大会に出場して優勝しているな」
 「……そうよ。それで」
 「私と今から対戦して勝ったあかつきには、これが戦利品となるわけだな」
 「やるわ!」ジャクリーンは何のためらいもなく対局を受けた。そういえば初めてここを訪れたとき、部屋の隅にヨーロッパ製と思われる豪華な盤駒が並んでいたのをジャクリーンは思い出した。あんな高価な道具を揃えているくらいだから、スピルマンがかなりの腕前であることは予想できた。だが、恐れるにはたらない。自分だって素人はだしの実力者である。空手なんかよりはるかにレベルが高いのだ。並みのアマチュアに負けるはずがなかった。
 「で、私が負けたときは、それがお預けになるっていうわけね」
 現金なものでジャクリーンの声に生気が戻ってきている。
 「まさか」スピルマンは微笑する。「それではちっともスリルがないではないか。お前にも背負うべきリスクがないとね。知能テストであり、賭けでもある。ようするに大人のお遊びだからな」
 「そのリスクとは?」
 ジャクリーンの問いにスピルマンは懐から一枚の写真をとりだした。
 「この写真に映っている女と同じ格好をしてもらおう」
 ジャクリーンはそれを受け取り、一瞥するだにあっと小声を発した。スピルマンと女が並んで映っている。スピルマンは椅子に座っている女の肩に手を置き、微笑を浮かべている。そしてその女は他の誰でもない、妹のサラではないか。サラは双つの鼻の穴に長いタバコを差し込まれ、虚ろな表情で映っている。タバコの先から白い煙がユラユラと立ち昇っていた。
 「……なんというひどいことを……」
 「そうとも思わないぞ。彼女は賭けに負けただけだ。むろん、どうなるかは事前に知らせていたし、承諾もしているんだから」
 「彼女のチェスの腕前は初心者クラスだったわ。それを玩ぶなんて卑怯よ」
 「何をいっておる。チェスの勝負ではないぞ。スカッシュが、私との対戦に際して彼女の選んだ『剣』だったのだ」
 ジャクリーンは唇を噛みしめた。スカッシュはサラの得意種目でまんまと乗せられたとしても不思議ではない。彼女に勝つとはスピルマンの運動能力は底知れないものがある。年齢に誤魔化されてはいけない。
 「姉妹揃って私のコレクションにおさまる気は出来たかな。記念撮影の準備はすぐにOKだぞ」
 スピルマン所長はそのタバコの実物を取り出してテーブルへ置いた。
 「……やるわ」とジャクリーン。写真を握り締める。
 「そういってくれると思ったよ。妹思いのお前のことだ。食物の恨みと肉親の敵討が一緒になれば逃げるわけにもいかないよな」スピルマンは立ち上がってアイスクリーム・サンデーをホームバーのフリーザーにしまった。「さあ、こちらへきたまえ」
 ジャクリーンをともなってスピルマンはチェス盤の置かれているテーブルの席についた。
 「?……」ジャクリーンは市松模様のうえに並んでいる白と黒の駒をみて絶句した。どうみても、それは男性象徴と女性象徴の形に造られているのだった。チェスの駒には六種類、十六個、それが白黒あるから、計三十二個、あるわけなのだが、黒はすべてキノコを思わせるずんぐりとした亀頭を持ち、とくに一回り大きなキング駒には卑猥なスリットや根元にボールまでついている。その横に並んでいるクィーン駒は亀頭にヴァギナを象ったいびつな輪を冠している凝りようである。
 それと升目四つを空けて対峙している白の駒ほうはすべてがウァギナだ。むっちりとしたラピアや陰核が巧みに彫られている。この触れるだけでも汚らわしい駒を摘んで操作させようというのである。ジャクリーンは吹き出しそうになっているスピルマンの顔を睨みつけながらも、椅子に腰をおろした。
 「どちらがペニスをもつのかしら」
 「当然私さ。これは男性対女性の戦いなのだ」
 ジャクリーンはこうして先手番を握った。「少しハンディが欲しいわ」
 なぜなら自分は寝不足だし体力も衰え切っている。それにひきかえあなたは……。そう、スピルマンはまた一段と血色がよく、艶々とした肌と男盛りの気力がみなぎっている。ホンジュラスでの休暇の直後なのだから当然だ。
 「なるほどそれも道理だ。持ち時間に差を付けようか」
 スピルマンは傍らの考慮時間時計を操作した。ジャクリーンが二時間、スピルマンはその半分の一時間だ。どちらもその時間内に終局までいきつかねば時間切れ負けとなる。
 スピルマンが時計のボタンを押すとジャクリーンの時計の針が動きはじめた。ジャクリーンは小さなヴァギナの駒を中央へ移動させ、ボタンを押す。ジャクリーンの時計が停止し、今度はスピルマンの時計が動きだす。スピルマンも小さなペニスの駒を進めた。
 試合が始まったのだ。
 腹の探り合いの序盤戦の結果、ジャクリーンはこれならいけると確信した。スピルマンはなるほどかなりの腕前のようであったが、それでもどこか読みがアバウトで定跡にも精通していない。アマチュアの、中の上程度の実力であると判定した。序盤の終わり頃から大学でチャンピオンになったジャクリーンの実力が発揮されはじめた。徐々に差を開くとまではいかないが、主導権はこちらにあり、局面を思い通りに展開できる。スピルマンはしかしちっとも焦った様子を見せずに淡々と読み、ペニスを愛しげにさすりながら動かしている。
 中盤戦の彼はなかなかしぶとく立ち回り、有効打を与えてくれなかったが、一瞬の隙をついてジャクリーンの攻撃が始まった。敵陣の防御ラインのかすかな乱れへ、強力な駒を集中させる。今やこぜりあいではなく、致命傷を食らわせるための、一局の命運をかけた戦いに発展した。かすかなスピルマン陣営の乱れは、しだいに大きくなっているように思われた。キング・ペニスの前線を守っていた歩兵・ペニスはジャクリーンの繰りだすグロテスクなまでに花弁を開いたヴァギナたちによって呑み込まれ、征服されようとしている。やむをえず、敵ヴァギナ軍団奥深くに切りこんでいたクィーン・ペニス──うっとりするほど黒光りしている!──はキングの窮地を救うべく自陣にとって返すことになったが、これによってジャクリーンのキング・ヴァギナに危険がまったくなくなり、いよいよ敵城攻略に全兵力を向かわせることが出来るようになったのだ。誰の目にもジャクリーンの優勢は動かしがたい事実となったようにみえた。
 「勝ったと思った瞬間こそ、ミスを犯しやすい時間帯はない、ということを知っているね」スピルマンは優雅に紅茶をカップに注ぎながらいった。「九十九の努力と知的労働を積み重ねても、たったひとつの失敗でそれらは何の意味ももたなくなる。待っているのは惨めな敗北と、屈辱的な罰だけだ。どんなに悔やんでも、とり返しのつかないミスを、アマチュアは悲運と呼び、プロフェッショナルは実力と呼ぶ。お前は潔くこの運命を受け入れられるかな」
 自信たっぷりのスピルマンの表情だが、ジャクリーンは冷笑を浮かべてはねつけた。
 「負けそうなイカサマ師は能弁になるものだわ。少しでも相手の思考を掻き乱そうとするのでしょうけど、私にプラフは通用しないわよ」
 「そうかな。私にはお前のその素敵な鼻の穴にマルボロを差し込まれた顔が鮮明にみえてきたがな」
 スピルマンは紅茶を静かに啜り上げた。
 ジャクリーンは紅茶には見向きもせず、仕上げの読み筋を反芻する。完璧だ。勝利は確定的である。スピルマンが中途でギブアップせず──ゴルフでいうところのOKをださずに──最後まで最善の応手をつづけたとすれば八手後に僧侶・ヴァギナがクィーン・ペニスを締めあげ、その三手後には丸裸にされたキング・ペニスがクィーン・ヴァギナによって千切り殺される。フリーザーの中にしまわれているあの甘い甘いアイスクリーム・サンデーを口のなかでとろかせるのは時間の問題なのだ。同時にサラの無念に仇討ちすることも。
 ジャクリーンはもう一度、消費時間を割いて読みに没頭した。そして細い指でヴァギナを摘み、黒の舛へ移動させた。
 「それで──」とスピルマンはいった。「七手後にお前は敗北する」
 「っ……」ジャクリーンはギョッとして盤をみおろした。何か手がある? まさか……。混乱した頭を整理する前に、スピルマンの手がしなった。
 「あっ」ジャクリーンは思わず叫んでいた。スピルマンの帰陣していたクィーン・ペニスが長征よろしくジャクリーンのキング・ヴァギナの頭上に体当たり攻撃をかけたのだ。それでクィーンは討ち死にだ。いっけん無謀にもみえる神風突進は、じつは精緻な読みの裏付けのもとに敢行されたものであった。クィーンが身を捨てて切り開いた突入ルートこそ、起死回生の手筋を生み出す虎口だったのだ。冷静になるにつれ、ジャクリーンはことの重大さに気付きはじめた。クィーンを自爆させる手など、まったくもって読みから外れていた。もはやこれを回復する手段は世界チャンピオンにもスーパーコンピュータにも発見できないだろう。
 「女性の思考が男性の思考に及ばないのは、大脳生理学的な構造の差異にあるのではなく、肉体的不安定さが論理的思考の連続性に影響を及ぼすからなのだ。乳ぶさの疼きひとつが、子宮の伸縮ひとつが、論理のエレガントな整合性を生理的に掻き乱す。ジャクリーン・ドーセット。お前がどうやってそれを克服するか、楽しみにしていたが、凡百な女の浅知恵を露呈しおって。失望したぞ。知能テストには不合格だ。観念してもらおう」
 スピルマンの男性優越主義、女性蔑視の勝利宣言にジャクリーンはホゾを噛むしかなかった。ここでギブアップするのが潮時といえたが、サラのあの写真が脳裏にちらつき、とても潔さをみせるような気分にはなれなかった。ジャクリーンは徹底交戦を試みた。しかしスピルマンはそのすべてを予期したように的確に対応した。しかもノータイムだ。ガン患者に死の時期を予告する医者の告知は残酷なまでに正確だった。どんな経路をたどってもスピルマンが予告した七手より先には進めない。ついにジャクリーンのキング・ヴァギナは最も身分の低い歩兵・ペニスに追い詰められ、一歩も動けなくなった。
 「f4のナイトをd2へ──チェックメイト、そして極上のオーガスムス」
 ジャクリーンのキング・ヴァギナが突き殺され、ゲームは終了した。
 「あなた、マスターね……」ジャクリーンは絞りだすようにいった。
 スピルマンは笑いながらそれに答えず、紅茶をうまそうに啜った。
 「そうに決まってる。騙したのね。最初からこうするつもりだったんでしょう」
 序盤戦のもたつきぶりは計画的なものだったに違いない。ジャクリーンの攻撃を誘ったディフェンスの隙でさえ故意だった可能性がある。逆転のカウンターブローは決してラッキーパンチではなく、そこからの必然的な流れだったとすれば、あの優勢さえまぼろしだったわけだ。すべては彼の手のひらのなかで踊らされていたことになり、ジャクリーンの戦いぶりをスピルマンは腹の底で嘲笑しながらずっとみつづけていたのだろう。
 「どこまで卑劣なのっ。女を絶頂から奈落に落として歓ぶなんて、最低だわ、スピルマン!」
 「自分の知能の低さを知られた人間は吠えたがるものさ」
 そういいながらスピルマンはシガレットケースからタバコを二本、選びだし、激戦の終わったチェス盤に並べた。
 「……」ジャクリーンの呼吸が大きくなる。
 スピルマンは一本を口に咥え、火をつけた。そしてゆっくりと煙を吐き出した。
 「勝利のあとの一服はやめられないな。私の唾液の臭いを嗅ぎながらせいぜい敗北の味を楽しみたまえ」
 ポーターが三脚を用意し、ポラロイド・カメラを取り付けた。二本とも火をつけ、指の間に挟むと、スピルマンはやおら立ち上がり、ジャクリーンの傍らへ歩み寄った。
 「……本当にするの……」
 「いまさらそんなことをいってどうする。すべてはお前の自由意志を尊重した結果ではないか」
 悔しいがその通りである。ジャクリーンは自分の愚かしさに腹を立てたが後の祭りであった。
 「さあ、カメラのほうをみたまえ」
 スピルマンは彼女のブロンドの頭髪をポンポンと叩いて促した。逡巡する彼女のあごに手をやり、すべすべの触り心地に浮き立ちながら前を向かせた。
 「どうです。いっそのこと、そのつまらないポンチョをとって丸裸にして記念撮影したら」
 ポーターが提案したがスピルマンは否定した。彼は懐から十数枚の写真をテーブルにぶちまけた。それはすべてポンチョ姿の女の滑稽な鼻タバコ写真なのだった。
 「いまさら違う姿で撮ったら、コレクションの意味がなくなるからね」
 「く、悔しい……」こんなコレクションに加えられるのかと思うと頭に血が昇る。
 あごを掴む手に力がこめられた。
 ジャクリーンは呻き、鼻面を彼に突き出す格好にされる。煙の立ち昇っているタバコを彼女の鼻孔へ差し込んでいく。
 「ああっ、いや……」
 美しい眉根がきつくひそみ、小皺が刻まれる。すっと鼻腔をくすぐる不潔な感触が忍びこんできた。無残にも腔道が狭隘になる奥深くまで詰め込まれた。ギュッとつぶっていた眼を開けると、自分の鼻から斜め横へ突き出しているタバコがみえた。先端に真っ赤な灰が明滅し、白く煙が糸を引いている。つい鼻から息を吸いこんでジャクリーンはゴホゴホと咳き込んだ。目尻から涙がこぼれおちる。
 「こら、口で呼吸しないからだ。灰が太腿に落ちてしまうぞ」
 「もういや」
 「まだ一本ある」スピルマンはもう片方の鼻孔にもタバコを差し入れた。
 美人弁護士の鼻は塞がれ、彼女は恥辱と煙に咽び泣いている。
 「そのままゆっくりとカメラのほうをみなさい」
 命じられたとおり、ジャクリーンはポーターが狙いを付けているポラロイドに顔を向けた。
 「私のコレクションに姉妹が加わるのは初めてだ。感謝するぞ、147番」
 肩に手を置き、腰を屈めるようにして顔を並べる。フラッシュがたかれ、シャッターがおりた。すぐに写真が吐き出され、それを何度か繰り返した。
 撮影が終わるとジャクリーンはタバコを払い除け、咳き込みながら突っ伏した。卑猥なチェス駒がテーブルから落ちた。
 「チャイニーズフードなんかいらないわ。スピルマン」ジャクリーンは叫ぶ。「どんな扱いをされても、あなたに抱かれる気持ちなんか、これっぽちも起こらなくってよ。私が拷問に耐えられなくて気が変になっても、あなたに抱かれるくらいなら犬に姦されるのを望むでしょう。スピルマン、あなたは正常な人間の感情を知らぬまま死ぬのよ!」
 むろんスピルマンは彼女の頭を撫でながら、映像の浮かんできた写真にご満悦で、彼女の叫びを聴いてはいないのだった。


  
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