2003.11.22 博多座(福岡) 昼の部


「女優が主役のスーパー歌舞伎。猿之助の新たな創造を観た。」

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■観劇叶わなかった夫妻共演■

藤間紫with市川猿之助&彼の一門公演。

あと3日早ければ…猿之助&藤間紫の夫婦共演が観られたのに、観劇日の直前、猿之助丈が病に倒れ、残念ながらお二人の共演を拝見することは叶いませんでした。しかしながら、その分、猿之助一門の皆が頑張っていて、紫さんにしても、妻としては夫を看病したいでしょうに、まったく私情を見せることなく「西太后」その人になっていて、その女優魂に感動しました。


■舞台の話をしましょ■


この作品は、「エリザベート」と同じように、皇室を舞台にした、特殊な大家族の壮大なるホームドラマなんですね。「エリザベート」で言えば、西太后は、それこそゾフィそのもの。権力を我が物にするために、若い頃からありとあらゆる策略を駆使し、時には私情も捨てて、政治の世界に生きた女性。清王朝版ゾフィの生き様が描かれているわけです。

色んな意味で、私にとって、このテーマはとっても興味深いのですが、所々でヒロインに感情移入できなくなってしまうのが辛かった。特に、いつも彼女の味方だった東太后(門之助)の毒殺をほのめかすシーンなどは、「何なのこの女…」みたいな(汗)。政治の世界だから仕方がないと言えばそれまでなのですが、彼女のあまりのしたたかさと出しゃばりぶり(皇帝達が頼りないのも悪いんだけど)が延々と繰り返されるので、途中で飽きてしまう

原作者が中国人(孫徳民氏)である分、西太后の問題解決の方法や、観客への訴えどころがいかにも中国人のツボをつきそうなもので、(中国の話だから当たり前といえば当たり前なんだけどね^^;)日本の観客には理解しがたい部分もあったような気がします。それをウォーリーを探せ!みたいに見つけるのも興味深いけど、二コールの場合、文化的差異を探すための観劇じゃないし…かなりダラダラしてしまいました。

せっかく中国の方が書いた原作を元にしているのですから、日本人の価値観に合うように捻じ曲げる必要はないと思います。しかし、文化的差異はもとより、歴史事項の上辺をなぞっている感が否めず、舞台に深く入り込めなかった。この点については、改良されていくことを願っています。解決策としては…事件の一つ一つに登場する人の人物像に、深みを持たせることかなぁ。あと、西太后の恭親王への恋を多く描くとか。…専門家じゃないので、このあたりで逃げときます。(爆)


■この場面ですべてチャラさ■

ダラダラしていた二コールですが、さすがに、恭親王(右近)との別れの場面には胸迫るものがありましたね。今思い出しても胸が熱くなります。自分の寿命がもうじき尽きることを知っていて、隠居の地に向かおうとする恭親王が、載せられた馬車(?)から弱々しく手を伸ばして、初めて西太后の本名(「蘭」ちゃんというのです)を呼ぶところ。

謀計の限りを尽くして権力をふるいながらも、一人の女性としては、ずっと彼に焦がれていた西太后。「最後に一つだけお教えください。あなた様が若くして隠居されたのは…私のせいですか?」多くの家臣が見守る中、老いた西太后の精一杯の愛の告白。それに対する彼の答えは、ここには書きますまい。ただ、出発の際、手を伸ばして、「蘭よ…」。どんな台詞よりも、彼の気持ちを表してますよね。西太后、いえ、蘭は、長年の想いが叶っていたことを知り、感慨無量で彼を見送る…。ここがこの芝居の最大の見せ場です。

恭親王、ホントは師匠が演るはずだったんだけど…(二コールが観る2、3日前まで実際演じてたんですけど^^;)右近さんは情感たっぷりに演じていて、年齢的に40歳くらい年上(!)の紫さん相手に立派に代役をこなしていました。もともと、情熱的な芝居をする人ですしね。あまり心配もしていなかったのですが。ちなみに右近さんの代役・喜猿さんもキリリとした男前で、声の通る皇帝陛下でした。


■有無を言わさぬラスト■

このせつないシーンで終っても良かったと思うのだが…。
やはり、西太后は「愛するあの人が行ってしまうなら、私も余生を静かに…」なんていうヤワな女ではないのである(笑)。

恭親王が去った後、腹心の部下である宦官・李蓮英(笑也)を従えて、「私はまだまだ引退できない!」と太陽に向かって仁王立ちになって芝居は終る(笑)。それまで、「でしゃばらないで頤和園(「いわえん」。西太后の隠居屋敷。じっくり見たければ3日かかる程でかい←実際行って途中で飽きた人)でのんびりしてなさいよ!」なんて思いながら観ていた二コールだが、この瞬間ばかりは、もう、恐れ入りました(ひれ伏し)の一言。有無を言わさず幕!みたいな。やっぱ只者じゃないよ、アナタ。

さて、 この李蓮英。宦官になったばかりの少年の頃から彼女の為に裏に表に暗躍してきた懐刀で、「女を捨てた女=西太后」と「男を捨てた男=李蓮英」という、不思議な連帯感で結ばれた最強の相棒。西太后の大胆な命令に彼があたふたとしたと思えば、西太后がへこたれそうな時、李蓮英が怖いくらい冷静に、決断を促したり。この共犯者的な李蓮英=笑也の存在は面白かった。


■キャストに虫めがね。■

藤間紫さん。旦那さまである師匠が仰るとおり、日本でただ一人の女優さんだと思います。いえ、女優は沢山いるけれど、自分以外のキャストを殆ど全員歌舞伎俳優に囲まれて、歌舞伎の様式で演技できる女優は、彼女だけでしょう。見得も綺麗に切るし…。

紫さんといえば、実は一度、歌舞伎座でお見かけしたことがあるのですが(2002年の「七月大歌舞伎」しばい目の「おまけ」参照)、オフは華奢で、しとやかで、物腰柔らかな方だったんですね。それが、この西太后の迫力!しかも御年を考えると…超人的です。

また、今回共演した猿之助一門の人たちは、殆ど全員が彼女の指導を受けています。成長したお弟子さんたちとこんな形で一座を組んで共演できるのも、彼女にとっては幸せでしょうね。ただただ、師匠の休演が残念です。

その他。既述の笑也さんは、少年時代は初々しかったのが、西太后のために暗躍し、手を汚していく内に、だんだんと肝が据わった老宦官に変貌していく表現が巧く、右近さんの恭親王と同レベルの準主役。猿弥ちゃんには、もういつも唸らされっぱなしですが、今回も心の中で大向こう張りました(笑)。宮廷内のいざこざを傍観してる暢気な宦官・小阿達役。いつも一緒にいた老阿達(小島慶四郎)が死んでしまった時の「じいさん!!」の叫びが凄い。何ていうんでしょうか…平面じゃないんだよね、彼の演技は。「人格」ある3Dな人間を舞台上に出現させてしまう。脱帽です。

段治郎くん、若く綺麗な皇帝でした。春猿くんの役は、もっと書き込んでいいよね。脚本。望んでもいないのに、「皇帝にするから」と姉(西太后)に一人息子を取り上げられてしまった哀しさと恨みを。笑三郎さんは頭のいい女のズルさと迫力が上手く出ていた。今までにない役柄に出会えたのではないでしょうか。


 

■へびの足■

2004年9月、この作品は新橋演舞場(東京)で再演されています。 一部新しいキャストが入っているようで、観てみたいですね〜。演出変えてるところも絶対あるはずだし…って観劇は絶対無理だけど。 しかしながら、演出に師匠が名を連ねているのを聞いて安心しています。現場復帰はされてるってことだもんね。舞台に出ないだけで。

いつの日か、夫婦共演が観られますように…。

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