05/09/05
ハイソサエティに憧れ、田舎に住んでいるなりに精一杯頑張った結果なのだろうとは存じますが、しかしながら流石は僕の両親です。僕と同じDNAを元に構成されているだけあって、田園調布を目指したらアメリカに辿り着いたとかいうレベルで方向音痴だったらしく、その頑張りを向けるべき方向が絶望的に間違っておりまして、残念な事に、幼少の頃から朝食がパンでした。また、何なら一時期朝食ではなくぶれっくふぁーすとと呼ぶ事すら強いられ、最早方向音痴の域すら超え、うっかり火星に迷い込んでも二酸化炭素と岩石をエネルギーに変換して生きていけるんじゃないかと、改めて両親への尊敬の念を強くしたものでした。
左様な少年時代を過ごして参った僕でして、三つ子の魂何とやらと申しますように、刷り込まれた習慣は簡単に拭い去れるものではございません。今に至るまでずっと変わらず、朝食と言えば専らパンであり、そんなアメリカナイズされた生活を長く送って来たせいか、最近著しく白人化して参りました。肌は色素が抜けたかのように青白くなり、目はぽっこり落ち窪んでめっきり彫が深くなり、そして体臭を頼りにハエや大型の肉食獣とかが寄ってくるようになったのです。このままでは白人化はより一層進行し、僕は左の頬も差し出したり、正義を振りかざしたり、進化論を否定したりしかねません。自分をニューヨーカーだと信じ込んで、摩天楼をバックに世界征服を誓ったり、自由の女神を復活させて世界を7日で火の海にしたりしかねません。ニューヨーカーってのは本当恐ろしい人達だね。
という訳でして、世界平和をこよなく愛する僕としては、これ以上の白人化は必ずもって食い止めねばなりません。しかしながら、長年慣れ親しんだ生活習慣を突然に変える事は健康上大変な危険を伴います。朝食として白米を食べた瞬間、急激なアレルギー反応によって後天的な染色体異常を引き起こしてしまうかも分かりません。今の時点で既に、顔とか動きとかダウン症と言っても差し支えない僕ですので、これ以上染色体が増えたり減ったりしてしまえば一体如何なるものか見当も付かず、よって朝食はパンでなければならないのです。
そこで、僕は朝食にカレーパンを食べる事と致しました。なるほど、確かにカレーパンならば白人化は防げるに違いなく、代わりに口から零れる言葉が少しずつナマっていって、最終的に間違いなくナマステになったり、左手で直にウンコを拭いたりしてしまう事でしょうが、世界平和を乱す事に比べれば、ウンコの付いた手でうっかり人を触ってしまうだなんて、嗚呼、何て些細な事でしょうか。因みに、さっき出てきたナマってとナマステは完全に掛けました。これが僕の限界だと思って頂いて、何の問題もございません。さようなら。
こんにちは。先の段落で僕の限界が露呈した結果、8割ぐらいの人が居なくなったとは存じますが、兎に角もカレーパンを食べる事を聖なるガンジスに誓った僕は、それを確かに購入し、そして、そのまま放置しました。おやおや。こいつはおかしいね。カレーパンを買ったら翌朝食べたらいいじゃないか。それは本当に最もな話ではあると存じます。元からそのつもりで買ったものでもあります。しかし、僕は放置したのです。これは紛う方なき事実であり、辛いかもしれないけれども、受け入れて下さい。これが現実、リアルなんです。
まあ、簡単に言うとすっかり忘れてただけなんですが、僕がただのアルツハイマーと違うところは一度忘れても再び思い出せる点にあります。アルツハイマーは一度忘れると思い出せないのかと問われれば、適当言ってごめんなさいと滅多に見れない速度で四方に土下座を繰り返す所存でございますが、詰まり、思い出したのです。カレーパンを。思い出したらどうするか。数日前のカレーパン、賞味期限も過ぎているであろうカレーパン。まあ当然捨てます。アルツハイマーでないのであれば、捨てる以外の選択肢があろう筈もない訳ですが、残念ながら、ここで逆接を示す接続詞を使わねばならなくなってしまった事を、心より遺憾に存じます。頂きまーす!
酸っぱい。一口食べた時点で、僕はそう感じました。これは確かに不幸な出来事ではありましたが、しかしながら地獄に仏とはよく申したもので、幸運な事に、僕は一口目でそれに気付く事が出来たのです。このカレーパンはおかしい、と。二口目を食べました。今になって思えば、何ボタンを押したらこんな結果になるのか甚だ疑問ではありますが、恐らくは、何かを間違って先行入力してしまっていたのでしょう。そして恐るべき事には、その先行入力はあと2手先まで続きます。詰まり、更にパク、パクと。一体どんな複雑なコマンドを先行入力したのか、人生がストリートファイターだったらスクリューパイルを3連発して圧勝しているところではありますが、残念な事に、空高く舞い上がり急降下したのは、僕のお腹だったのです。何たる事。僕が地獄で見たアレはまったくもって仏ですらありませんでした。仏は地獄には居らず、そして、今この現実の中にも見えません。嗚呼、仏は一体どこに居るというのか。ゼイセーイイットワズインイーンディア。インドか。よし、カレーパン食えば仏に会えるぞー! パク! すっぺー! ブブブブブー!
さようなら。
05/09/16-20
甘い蜜が染み出しているのか何なのかは存じ上げませんが、毎晩帰宅すると、我が家の玄関のドア一面に小さな蛾がびっしりと張り付いております。この凄惨な光景を目の当たりにすれば、大の大人であるこの僕でさえ危うく失禁してしまいそうになる訳でして、まあ、そこは何とか堪え、毎日綱渡り的に自らの尊厳を守ってはおりますが、本日、ドアを開けようと手を伸ばした瞬間、止まっていた蛾どもが一斉に僕を犯そうと襲い掛かって参りまして、綱から転げ落ちました。なるほど。これが噂に聞くもうお嫁に行けないって奴か。
斯様に、僕の人生を弄ぶ人の風上にも置けない(鱗粉が飛ぶから?)ような蛾どもでありまして、失禁しようがしまいが、レイプされようがされまいが、元からお嫁にもお婿にも行けない、戸籍が無期懲役喰らってる僕などはどうでも宜しい訳ですが、もし万が一、未来ある小さなお子様などがその毒牙にかかってしまおうものなら、その先二度と笑顔を見せる事がなくなったり、身体検査の時ブリーフの前の部分が黄色く染みているのを発見され生き地獄を味わったりしないとも限りません。後者を見ると、何故か生ぬるい汗が脇から流れ出し、胃液がこみ上げて来ます。不思議ですね。
さて、子供達が悪魔によって蹂躙される事態だけは、何に変えても避けられねばなりません。子供達を、ひいては日本の未来を救うため如何すべきか。小さなお子様の手の届かない所に保管してください。日本に古来より伝わるこの格言に従い、何処か遠くの山奥か或いはタンスの上の段とかにこのドアごと一緒に捨ててしまおうか、とプライベートの無い生活を送る覚悟を固めていたところではありましたが、近隣から聞こえて来る噂や回覧板、お向かいさんちのゴミ袋から出てきた夏休みの注意事項などから、未来を憂う同志の方々によって「あそこへは決して近づいてはならない」という御触れが既に出されていた事が明らかとなりました。 これならば僕も一安心です。プライベートの無い生活を思うと多少の興奮を覚えただけに少し残念な気も致しますが、日本の未来が救われた事と比べれば、それは大した問題ではありません。どうしても我慢できなくなった時点で、蛾とか関係なく自主的にプライベートを解き放てば済む話です。でも、幾ら子供達に危険を分かり易く伝える為とは言え、頭のおかしい人がいるからって嘘は良くないよね。本当に僕の頭がおかしいと思われたらどうしてくれるのよ。ぷんぷん。
という訳で日本の明日は何とか守られはしましたが、しかしながら、根本的な問題はまだ解決しておりません。未だ我が家のドアからは蜜が流れ出しているのです。僕の気が確かであれば、ここで言う我が家とは安アパートの一室であり、決して雑木林の事を指しませんので、よってこのドアが実はクヌギの木であったなどの確率は非常に低く、樹液が独りでに染み出す事はないと言えます。前提としての、僕の気が確かであるか否かといった点が最も危うい部分ではありますが、まあ、もしこの仮定が間違っていたとしても、この後の展開には何ら影響を及ぼさない、と申しますか、どっちにしろ最終的に判断すれば気が違っている事に変わりはございませんので、どうぞお気遣いなく。そう思えば、お気遣いもどことなくお気違いに見えてきます。
さて、ドアがクヌギの木ではない以上、それではこの甘い蜜は一体何ゆえか。男が泣くのは、産まれた時と愛する人を亡くした時。そして、男がハチミツを塗るのは、カブトムシを獲る時と鶏肉をローストする時だけであります。しかしながら、幾らカブトムシが欲しいとは言え、この閑静な住宅街のど真ん中で、しかも金属製のドアーにハチミツを塗りたくる妖怪が存在するとは聞いた事もなく、蛾だけが大漁のこの結果からもそれは明らかです。ひょっとしたら、僕が帰宅するのは毎回決まって妖怪がカブトムシを食べ終わった後だからカブトムシだけが居ないのかも分かりませんが、お前、本当にそんな可能性があると思ってんだったら病院行けよ。行って来ます。
ただいま。さあ、妖怪の線が無くなった今、残るはローストただ一つです。詰まり、彼は僕のドアーをこんがりとローストするつもりだったに違いなく、まあ、それだけ美味しそうに見えたのであれば悪い気持ちもしないかな?といったところではありますが、致命的な事に、これはドアーであってチキンではありません。何処かのキチガイグルメがチキンとドアーを間違えるどじっ子ぶりを発揮していない限り、これはローストそのものが目的なのであり、即ち放火予告なのです。病院に行った甲斐もなく、病状がどんどん深刻になっている気がしますが気付かなかった事にします。嗚呼、突然家が焼かれてしまうとしたら。こんな時どんな顔すればいいか分からないの。笑えばいいと思うよ。という人生の教訓に従い、他人事なら爆笑をお約束も出来ますが、事に自らがとなると、どうすれば良いか分からないの。笑えばいいと思うよ。^^
という訳で笑顔を絶やす事のないよう、10年分の笑顔を1日で使い果たそうかというほどの笑顔っぷりで日々過ごして参った僕ですが、その笑顔が余りにも気持ち悪かったので、全身32ヶ所を滅多刺しにされて死にました。終わり。
05/09/21
こんにちは。先日の日記において、最後の段落を書いている時に史上稀に見る勢いで急激に飽きて、とりあえず死んどきゃどうにかなるだろ的な思想を露呈させてしまいました事を心よりお詫び申し上げますが、勿論、本当は悪いなどとは微塵も感じておらず、この世にある日記が全て上手い事まとまってると思ったら大間違いだぞぐらいの事は思っておりますので、どうぞお構いなく。さようなら。
05/09/21 #2
ああん。今気付いたんですが、先日の日記だけでなく二個前の日記も最後で急激に飽きて、適当にも程がある終り方をしておりましたので、これはもうそういう病気なんだと思います。病気の治療にはご家族の方々の協力が必要不可欠です。僕にとって家族と言えば、それは皆様をおいて他にない訳ですから、是非皆さんで力をあわせ、この病気と闘ってください。僕は後ろの方で見てるから。