「では先に戻ります。」
上着を手に取り宿直の兵士に敬礼をした。
「明日はお休みでしたよね。ごゆっくり」
若い兵士は笑顔で私を見送ってくれた。
建物の外は雪が積もっており、今は止んでいるがまたいつ振り出すかもわからないような雲行きだ。
上着を着込み、ポケットに無造作に突っ込んでいた手袋を取り出し手にはめる。
ウールの手袋は「手を寒さから守る」という使用目的のためにはめられる。
決してそこから焔が繰り出されるわけではない。
錬金術が使えなくなって二年がたつ。
練成陣が描けなくなった訳ではなく、式を忘れたわけでもない。
ただ、心が。
心が、焔を繰り出すことを拒否している。
イシュバールの英雄と呼ばれた私が、焔で何もかもを燃やすこともいとわなかった私が、唯一つ、彼を見失った後悔からか、あの時引き止めなかった懺悔からか。
心が彼を思い出させる練成術を拒否している。

明日は休みだ。
一日何をして過ごそうかと、宿舎の門を入る前に一瞬足を止めたとき、建物の裏側に光を見た。

錬成光?
あの青白い光はまさしくそれで・・・。
私はその光の方向に歩き出した。
この北方司令部に国家錬金術師はいない。
アメストリスの北、極寒の地でほぼ一年中雪で覆われている山を越えなければ隣国へはいけない。
そんな場所なので一種姥捨て山の様相をしている。
建物の裏手に回ると、そこに人影が見えた。
地面に仰向けに倒れている。
警備用の照明のために、ふんわりとした明かりがついている。
その明かりに照らされて、彼は雪に溶けそうな状態でそこにいた。
彼。
そう、人影は一糸纏わぬ姿でそこに倒れている。
多少の異形。
そこにいる人物には右手と左足が無かった。
そして、金色の髪。
年齢の割には小柄な身体。
まさか・・・
まさか・・・
「エド?」
私は駆け寄り、その身体を抱き起こした。
少し大人びているが、そこにはこの二年間一度たりとも忘れたことの無かった人物がいた。
あの時守りそこねたもの。
「・・・エド!」
名を呼びながら、抱きしめると、彼はうっすらと目を開けて、薄く微笑んだ。
そのまま目を閉じ、また意識を失ったようだ。
抱え挙げると私は宿舎に運んだ。

ああ、まさか。
こんな形での再会になろうとは。
とりあえず服を着せて、ベッドに寝かしつけた。
氷のように冷たくなった身体を温めるために部屋のストーブも火力を上げる。
コーヒーでも飲もう。
自分を落ち着かせるのだ。
さっきから手が細かく震えている。
なんだろう。
この高揚感。
もしくは、恐怖?
サイフォンを操るためベッドに背を向けたとき、後ろから声が聞こえた。
「・・・目、どうしたの?」
懐かしい声。
変わらない。
いや、少しだけ、ハスキーになったか。
喜びで笑い出しそうになった。
彼が生きている。
「・・・気づいたのか?」
それには答えず、振り向いた。
それにしても、第一声が私の目のこととは。
相変わらずだと感じた。
彼は何も変わってはいない。
まっすぐに見つめる金瞳。
間違いない、彼だ。
「何か飲むかね?簡単なスープか・・・ホットココアでも・・・」
彼は答えず、ただその瞳にみるみると涙を溢れさせた。
嗚咽も無く、ただ涙だけが溢れる。
左手でそっと顔を覆い、
「ココアを」
と小さく呟いた。

淹れたココアのカップをサイドテーブルに置き彼の身を起こすのを手伝おうと、身体に手を添えた。
手足が無いことに彼は少し戸惑っているようで、ゆっくりとその身を起こした。
「・・・持って帰れなかったのかな」
「何を?」
「あっちの世界のモノ。」
あっちの世界?
行方不明の二年間、彼はどこにいたというのだろう。
残った手のひらをじっと見て、ため息をつく。
「何か無くしたのかね?」
「・・・思い出、かな。」
ふっと、軽く笑って、泣いた後のまだ潤んだ瞳で私を見た。
「ただいま。」
片方の腕だけで私の頭をかき抱き、彼は私に唇を寄せた。
私もその身を抱きしめその行為に答える。
鍛えているといいがたいその身体は二年前と比べると幾分華奢になり私の腕にすっとおさまる。
私達はむさぼるようにお互いの味を確かめた。
「エド・・・エド・・・」
「あ・・・ん・・・」
ずいぶんとキスが上手くなった。
私以外の男と付き合っていたのだろうか・・・
思い出を無くしたと言っていたが。
まあいい。
今、彼がこの腕の中にいることが真実なのだ。
無くして二度と戻らないと思っていたのもがまた腕の中に帰ってきた。
神にこれ以上何を望むだろう。
ひとしきりの後、唇を離し、彼は私の頬をいとおしそうに撫でた。
「大佐、だよね?本物の」
今はただの一兵士だが・・・といいそうになってやめた。
彼が聞きたいのはそういうことじゃない。
「いかにも、ロイ・マスタングだ」
地位は大佐ではないし、焔の錬金術師も名乗れないが。
「帰ってこれたんだ・・・」
もう一度、ぎゅっと私に抱きつき、今度は大きく嗚咽を上げながら泣きじゃくった。
「大佐。会いたかった。」
「私もだよ。鋼の」
私は彼をそっと抱きしめた。
壊さないように、彼を。

その時彼の口から「ごめんね」という謝罪の言葉が聞こえた。
とても小さく、でも聞き間違えのない声で。

「誰に謝っている?」
私は問うた。
「俺がここにいるために、あんたに会うために、頑張ってくれた仲間に」
「仲間?」
色々ありすぎて、何から話していいかわからない。
そう言って、彼は抱きついた手に力を込め。
「俺の願いが叶ったってことは、あいつらの願いは叶わななかったってことだから・・・」
よくはわからないが、彼を助けてくれた仲間が願っていたことは・・・もしかして、エドと一緒にいることか?
「でも、みんな俺の幸せを願ってくれたから」
だからここにいる。
扉を開けて、俺は戻ってきた。

「何から話そうか。・・・本当に、色々あったんだよ?」
薄く笑う彼にもう一度私は口付けた。
「大丈夫。夜は長い。・・・私も話したいことがある。」
彼を手にして、私はまた私の心の中に小さな焔が灯るのを感じていた。
頭の奥で彼の掌を叩く音が聞こえる。
錬成光が光り、エネルギーが一点に集中する。
彼の背中に回した右手をぎゅっと握り締め、ぱっと勢い良く開いた。
指をはじけば練成できる。

そう、確信した。




誰かの願いが叶うころ