『Kids Return』

北野武の映画では映画における達成感というものを味わうことができない。
その瞬間を充実させる映画なのだと思う。気になる部分もあるけど傑作です。

★★★★
1997/04/01 高崎東宝 19:00 混雑度:40%


 北野武の映画の登場人物は何かを達成することはない。だから、映画における達成感というものを味わうことができない。この映画では、その作風が顕著に出ている。ラストでの「まだ始まってもいねえよ」という宣言からしてそうだ。しかし、”何も達成しない”ではあるが、その瞬間を充実して生きている映画となっているのだと思う。エピソードの積み重ねによって映画ができているが、そのエピソードの新鮮さが映画全体の力となっているのだろう。

 武の映画を人に語るのは難しい。この『Kids Return』も「どんな映画?」という問いかけに対して、「二人の高校生の生活を描いた映画。一人はボクシングをして、一人がやくざになって二人とも結局はそれが続けられなくなってしまう映画」とでも答えることになるのだろう。でも、これでは全然映画の魅力は説明できていない。でも、気にすることはない。この映画において説明ということは、本当に無意味だからなのだ。”生”の躍動感は言葉で説明できないから躍動感を持ちえているのだから。あえて説明するとしたら、生を感じることができる映画、そう言ってもいいかもしれない。

 意味という言葉は、武の映画では無力である。だから、説明することはとても難しい。でも、だれが『ソナチネ』での、砂浜での紙相撲の意味を説明できるのだろう。無理でしょう。

 この映画は、今までの作品よりわかりやすい映画だ。しかし、そのせいか今までの作品が持っていた危うさが、ちょっと奥に引っ込んでいるような気もした。妙に端整な映画になっているのが少し気になる。もうちょっと、ざらざらした手触りを次回作には期待したい。