イラン映画で子供が主人公というとキアロスタミの傑作『友達の家はどこ?』を思い出すだろう。でも、この映画ではあの映画のような満足感を得ることができない。その主たる原因はなぜ子供が金魚を欲しがったのかということが理解できないからだと思う。金魚が欲しくて、子供が金魚を買いに行くこの映画で、この部分が理解できないと、単なるわがままな子供が買い物に行って、いろいろと不快な目に会うというひどい映画となってしまう。『友達の家はどこ?』では「友達にノートをかえさなくちゃ」という子供の気持ちにシンクロできたから、一緒に動いていくおもしろさがあった。でも、その最初の動機付けに失敗すると、映画が根本から崩れてしまう。
更に、この映画で、周りにでてくるおとなたちも不快な存在でしかない。おとうさんは、すごいわがままだし、大道芸人も、子供からお金を巻き上げ、しかも周りのおとなたちも、それをとめようとしない。ひどい社会だなあと思わせることには成功しているけど、この映画のねらいってそこじゃないんでしょ。