『そして僕は恋をする』

映画とはすべてアメリカ映画に通じる。その対極にある”フランス映画っぽい”
映画はこういう映画。あってもいいが、観なくてもいっこうにかまわない。


1997/04/12 高崎市市民文化会館15:20 混雑度:80%


 ぼくは映画とはすべてアメリカ映画に通じると思っている。アメリカ映画を無視しては、映画というのは存在しないと思っているし、ヌーベル・バーグだってそういう流れにあったものだから。アンチという意味も含めると、アメリカ映画の影響力は無限大だから。少なくとも基準にはなっているのだし。

 逆に、”フランス”映画はきらいです。ただ、これは「フランスっぽい映画」という意味で使い、特にこの『そして僕は恋をする』のただこねくり回しているような映画について、”フランス”映画という形容をしている。だから、エリック・ロメールとかジャン=リュック・ゴダールなどはこの範疇に入らないし、もちろん、それほど評価をしてはいないが、リュック・ベッソンも入らない。リュック・ベッソンって、カラックスよりは才能はないけど、カラックスよりシンプルな映画を撮ってきている。

 『そして僕は恋をする』は意味もなく込み入っているし、楽しめなかった。これは個人的な志向ともかかわってくるので、強く主張する気もないが、私はこういう映画は好きにはなれない。

 こういう自分にとってどうでもいい映画を観てしまうと、エリック・ロメールの『夏物語』を逃してしまったのが、本当に悔やまれる。おそらくロメールはまたみずみずしい映画を撮っているのだろうなぁ。そう、この2つは鮮度が違うのだと思う。この『そして僕は恋をする』は恋愛特有の鮮度を持っていない。それが、楽しめない理由になっているのかもしれない。