『目撃』

イーストウッド時代の新しい幕開け
紛れもない傑作。50年たってもこの映画は”傑作”と呼ばれるだろう。

★★★★


 ぼくは、『ダーティー・ハリー』で映画を観始め、『ガントレット』で映画ファンになり、文芸坐での『ダーティー・ファイター』などのイーストウッド特集で映画から離れなれなくなった人間です(でも未だに逃しているものもあるのですが、なかなか劇場でやらないのでお許し下さい)。「イーストウッドこそ男の中の男である」「イーストウッド映画こそ映画である」ということを、それ以来疑ったことがありません。そんなぼくに、この映画は本当に素晴らしい体験をさせてくれました。

 ぼくは気に入った映画なら同じ映画を2度3度と観るタイプで、つまらない映画を観るくらいなら、すばらしい映画をロードショー期間中でも何度でも足を運びます。以前はこうではなかったのですが、数を多く観れば観るほど、いかに映画というものがつまらないかを痛感してきて、1本分の価値もない映画を観るくらいなら、10本分の価値がある映画に足が向いてしまうのです。相米の『東京上空いらっしゃいませ』は10日間で4回足を運び、ルビッチの『天国は待ってくれる』はロードショーで2回、さらに劇場にかかれば四ほどのことがない限り1度は観に行きます。北野武の『ソナチネ』に至っては、ロードショーで2回観ているにもかかわらず、地元でやったレイトショーに4日連続で通ってしまうほどです。この『目撃』、公開されてそれ程時間は経っていませんが、すでに2回観に行きました。そして、2度目に観た時、この映画のすごさがルビッチの『天国は待ってくれる』に匹敵するように思えました。『天国は待ってくれる』が製作後50年経っても現在の映画を同様に鮮度を感じさせたように、この『目撃』は50年経っても、その時代の人に”傑作”と呼ばれるような気がします。

 どうして、こんなに絶賛してしまうのか。この映画に新たなるイーストウッド時代の幕開けを感じるからなのです。この『目撃』では、『ガントレット』での男の意地と、『センチメンタル・アドベンチャー』での家族の愛情がみごとに融合している。2つの傑作が反発することなく融合しているこの世界は”芸術”といってもいいかもしれません。

 彼の映画は「たたずまい」がすべて。だから、ストーリー展開などを語ることは非常に陳腐。そんな部分に目を向けてしまうと「『パーフェクト・ワールド』は、無駄が多い」などと一見正しそうに思えるが、実は無意味な意見を口にしてしまう。「たたずまい」を感じられれば、いいじゃないですか。ぼくはそう信じます。そして、この映画では娘が自分の冷蔵庫を開け、そこに食べ物がたくさん置かれていたことに気付いた瞬間の”間”、これがこの映画のすべてです。この”間”は学ぼうとしても学べるものではなりません。イーストウッドと長年の相棒Joel Cox(編集)の2人が紡ぎだす芸術なのです。それをぜひ感じ取って欲しい。

 イーストウッドは、彼の作品(マルパソ作品)の中でも明らかにできの悪い方の『許されざる者』でアカデミー賞を独占しました。彼に昔から熱狂してきた人たちにとっては、少々違和感があるのですが、それは『ガントレット』『ペイルライダー』『ルーキー』『アウトロー』などの傑作と比べてしまうからであって、やはりかなり高水準であることは間違いないのです。『許されざる者』で”暴力を暴力で越える美しさ”を描き、『パーフェクト・ワールド』で”暴力を暴力で越えなければならない悲しさ”を描いた後、この『目撃』の境地に達したイーストウッドはこれからどこへ行くのでしょうか。